第十九話:達成
町に帰ろう。ここに留まっていてはもう一体のペルーダに襲われてしまう。もうこの子たちの事は考えない。
って、しまった、ペルーダの討伐証明をどうやればいいのか分からない。…取りあえず、頭を切り落として行くか?ウエストポーチに入らないのが難点だけど、頭部丸ごとなら信憑性も高いだろう。
「『風刃』」
先程討伐したペルーダの頭部を切り落とし、切断面を下にしながら服に血が付かないように沼地を離れる。血が抜けてくれば話は別だろうが、かなりの重量だ。一度別の場所で血が抜けるのを待って、そのあとに移動した方がいいだろう。
この近くで待機するような場所、と言えば、俺が思いつくのは泉だけだ。あそこだって安全地帯とは言えないが、水を飲める場所だからな。
再び泉の近く、湿り気の無い所を探して腰を下ろす。反対に少し水が流れている場所にペルーダの首を置いた。
町に帰ったら、一度ギルドに行こう。ペルーダの討伐依頼を探して、その依頼布に達成印を押してもらえば首を持っていく代わりになるかもしれない。生首を商人の馬車の中に持っていくのは嫌がられると思うのだ。
二時間もマッタリ歩いていては日が暮れてしまう。走ろう。
◇◇◇
一時間ほど走って、ヒゼキヤに到着。ギルドカードを門番に見せて、町の中へ。
ギルドへは歩いて向かう。
………一時間。一時間も走り続けられるとは、これも異常な事だ。
俺の予想であり、確証はないのだが…、やはり、あの回復能力も、身体能力強化の恩恵なのではないだろうか?アリュ―シャ様からこの能力についての話を聞いた時は、筋肉とか、体力とか、そういう物に対してのみ働く物だと思っていた。
実際、今日に限ったことではなく、休憩をはさまずにいくら走っても疲れを感じる事はなかった。今までは深く考えもせずただただ便利な能力だ、と思っていた程度だったが…。
だが、以前ロルナンの町でも、異常なほどに視力が上昇していると言うことにも気が付いた。つまり、身体能力とは、体機能そのものの事を指しているのかもしれない、と言う事。
よく考えれば、筋肉だけが強くなっても内臓がその負荷に耐えられないだろう。そう考えれば丈夫になった事は確実、それ以外にも能力が上昇しているかも知れない。どうやら想像以上に俺の体は人間離れしているらしい。
だが、脳については余り変化がないかもしれない。と言うのも、頭が良くなった、と言う感覚がないのだ。
強いて言うなら、魔術を複数のゴブリンに向けたりしているあたり処理能力は上がっているかも知れないが、その程度ならまあ、良い。
…天寿を全うできる、とは言われたのだし、内臓機能の問題で病気になったり、とかはないだろう。
と、通りの奥にギルドが見えた。取りあえず考えすぎても意味はないし、アリュ―シャ様に会うまで保留と言うことにしよう。
◇◇◇
ギルドに到着。他の冒険者が受付にいるので、時間をつぶすのも兼ねて先にぺル―ダの討伐依頼の依頼布を探しに依頼掲示へと向かった。ロルナンと比べればいくらかは見やすい、と言うか、依頼の件数そのものが少し少ないようだ。
「…あ、有った。どれどれ…。やっぱり常設依頼かどうかは書いていないな。だったらこれを外して持っていくのはまずいか…」
結局構成員さんと話をしてから、と言うことになりそうだ。どうやら先程の冒険者との話もほとんど終わりに近い模様。椅子に座って待っている事にしよう。
数分後、受付に他の冒険者が居なくなったので立ち上がる。ちなみに、今の受付は昨日の男性と同じだ。
「おや、その様子だと早速ペルーダの討伐に成功したようですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
俺が両手で抱えていたペルーダの首を見て構成員さんがそう言う。この流れで本題まで持っていってしまおう。
「実は、今回このペルーダを討伐しにこの町に来たのは、Eランクに上昇したことによって、強制的に討伐依頼を受けなければいけない、というシステムからなんですけど、この首を持って商人さんの馬車に乗るっていうのは少し難しいような気がして…、どうにか、証明できるように達成印付きの依頼布を先に用意してもらうことってできませんか?」
「…それなら、このギルドで手続きを行ってもらえば、あなたの町に帰る必要はないですよ。そちらの町で受付の者にギルドカードを渡してもらえれば確認が取れると思いますので」
「え?そうなんですか?…だったら、お願いします」
思いもしないことだったが、よく考えれば同じ組織の別の部署で手続きを踏むと言うことか。それならそこまでの問題では無いのかも。…違う支店でも、同じ銀行で金を振り込めば同じ口座に振り込まれる、みたいな。
とにかく、それなら何の問題もない。報酬を貰ったら、明日の朝にロルナンへと向かう商人からの護衛依頼を探そう。
「手続き、完了しました。こちら、報酬の銀貨五枚です。お確かめになって下さい」
「…あ、はい」
…銀貨五枚!?一体ペルーダを討伐するだけで五日間生きられると言う事だぞ!?そんな旨い話が有るわけ………いや、実際に今日は今までで一番の大けがを負った。生命の危機と言う度合いが更に高まっていると言うことか…。
これからは、もっと気を引き締めていかなければいけないのだろう。もうしばらくの間は、ロルナンを離れるつもりはないが、他のEランクの依頼を行うことになった時には気を引き締めなければいけない。
今日は、商人の護衛依頼を探して宿に戻ろう。
◇◇◇
翌朝。
一昨日のリィヴさんの依頼布に書いて有った事と、到着時間から推測するに、月二刻と言うのは日が沈んでから二時間と言うことののだろう。日本語で刻、というのは、時間とは単位が違った気がするが、周囲の人々の会話から察するにほとんど確定だと言っても良いだろう。
そして、今日引き受けた依頼の開始時刻は陽三刻。一昨日より一時間早い、と言うことだ。宿の主人に聞いたところ、今の時刻は陽二刻。ロルナンに向かう依頼なので、集合する門は今いる場所とは逆の、南側の門だ。
あっちに行くのには三、四十分ほどかかるので、そろそろ向かっておくべきだろう。
宿を出て、町を歩く。どこかで果物を買っていく必要が有るな。朝だからきっと門の周りで朝市でもやっているかとは思うが…。道で見かけたなら先に買っておこう。一昨日程の余裕はない。
幸い、今歩いている大通りは商店街のような様相だ。すぐにでも見つける事ができるだろう。
◇◇◇
ギルドを経由して向かった訳ではないので、三十分と少し、と言う好タイムで到着。この間に一昨日と同じペクリルとレージカを買っている事を考えればかなり速く行動できたほうだろう。
さて、依頼者の姿を探しましょうか。幸いにも、今回は迷う必要がない。視界に入ればそれだけで判断できるから。
そう考えながら、馬車の集まっている場所へ。ここもロルナンと同じで冒険者と商人が入り乱れている。
その中に、今日の依頼者を発見した。
「おはようございます。リーヴさん」
「………ゲェ…」
どうやら既に苦手意識を持たれているらしい。やはり感情的になりすぎていたか。
「何でお前が来るんだよ。嫌がらせか?それともそっちのケでも有るのか?」
「いやいや違いますって。だれが出した依頼なのかは依頼を受けるまで教えてもらえないですから」
「は~ん…まあいい。乗っとけよ」
そう言われたので一昨日と同じようにもう一台の馬車の荷台に乗りこむ。但し、一昨日とは違うことが一つ。積み荷の量がかなり少ないのだ。
とはいえ、一昨日の積み荷とは違うようなので、この町からロルナンへは嵩の小さい物を運んでいるのか、ハルジィル商会がロルナンからは輸出中心と決めているのかは分からないが、スペースだけなら俺が乗った後にペルーダの頭を三つくらい置いても問題ないほどある。
まあ、振動が激しすぎて結局あまり休めないのだろうが。
「お~い、そろそろ行くぞ!準備は良いか?」
「あ、はい!大丈夫です!」
…一昨日よりもかなり態度が軟化している気がする。嫌われたとも思ったが、逆に気に入られでもしたのだろうか?いや、確証はないのだが。
馬車に揺られながら、少し考え事をする。と言うのも、俺がこの馬車の中で待機している間に、前を走る馬車の間にリーヴさん以外にもう一人、誰かが乗った気がしたのだ。
確信は無いのだが、足音が二人分あったように感じる。
まあ、商会と言うくらいだ。ヒゼキヤに有るであろう支店から従業員を連れ出したのかもしれないが。
今は町を出てから三時間ほど。後六時間は確実にかかるだろう。何も起こらないのが一番なのだが、やはり暇だ。一人だけで馬車に座っているのもなあ…。
コミュニケーションが得意とは言わないが、人と話したいな。
今話せるのは…御者さんくらいか。仕事中に話しかける訳にもなぁ…。
…と言うか、友人が欲しいのだ。学校のように区切られたコミュニティでは無いから、それこそ自分から話しかけたり、一緒に仕事をしたりとかで少しずつ仲良くなるしかないだろうけど、この世界に来てからほとんど仕事か必要に応じての話しかしていないような気すらしてくる。
この世界に来て、今日で確か一週間。そろそろ個人的な知り合いも得たいところだ。
…見た目と同年代の人って…あぁ、エリクスさんの妹さんくらいだな。名前も知らないし、そもそも女性と仲良くなれるくらいにコミュニケ―ションが取れるのなら困りはしない。
そうなってくると最早普通の会話をしたのなんてボルゾフさんとクリフトさんくらいか…?人間関係狭すぎるかもしれ会いな、俺。と言うかで会う人の多くが見た目的に年上。精神的な事を言うなら…、いや、逆にもっと増えるかもしれないな、あまり考えたくはない事だが。
しかし、今日も暇だ。護衛依頼が多く有る以上、冒険者の手が必要になる事が有るんだとは思うけれど…。
…取りあえず、ゆっくりしていよう。
◇◇◇
五時間経過。そろそろロルナンとヒゼキヤの中間あたりの位地だろうと思う。東の森は、少し前から近い位置に有る。ヒゼキヤから少しした所で更に東へと森が曲がっているのだ。あの森は、ミディリアさんの言う通りかなり広大らしい。
このくらいの場所じゃないと、ゴブリンが出てきたりもしないだろうし、何かあったらすぐに動け
「ゲキャアッ!」
ッ!早速現れたのか?馬車が停まった事を考えるに、待ち伏せでもされていたんだろう。
だったら仕事の時間だ。馬車から飛び降り、ゴブリンの声が聞こえた方向、前方へと走る。
「はっ!かかってこいや【小人鬼】共!ちゃっちゃと片付けてやっからよう!」
人の声だ。もちろんリーヴさんではない。音程からして女性だ。御者は二人とも男性なので、俺が馬車の中で聞いた足音はその人の声だろう。
俺以外にもう一人冒険者を雇っていた、と言うことだろうが…。聞き覚えのある声だと思う。
とにかく加勢しよう。何体いるかは分からないが、その方が早く討伐できる。
「護衛のタクミ・サイトウです!遅れて申し訳…あ」
「ん?おお!あんたか!あの時は尻蹴っ飛ばして悪かったな!」
そこにいたのは数日前の先頭試験で戦ったエリクスさんの妹さん。彼女の方も俺の事を覚えていたらしい。
「え~っと…あれはもう忘れて下さい。ッと、とにかく、加勢します!」
「分かった、助かるよ!今そっちに行ってる四体を取りあえず殺してくれ!」
「…は、はい!」
見れば、彼女を避けて四体ほどのゴブリンがこちらへと向かってきている。初めて見た姿と同じ濃い緑色。瘴気汚染体ではないようだ。
思考能力は増しているだろうが…。しかし、今の俺なら油断せず冷静に対処すれば問題ない筈だ。
そう思い、奴らに集中する。
「『風刃』」
その一撃で的確に首を飛ばす。今のところ彼女が相手をしている奴ら以外にはゴブリンはいないようだ。ただ、草は非常に生い茂っている。この中に潜んでいないとは言い切れないだろう。経験豊富そうな彼女に指示を仰ごう。
「倒しましたっ!次は何をっ!?」
「こっち来て何体か受け持ってくれ!五体くらいにしてくれればアタシも楽勝だッ!!」
「了解です!」
そのまま彼女の方へと駆けよる。彼女が今相手にしているのは八体。見る限り魔術は使っていないし、それだけで戦えるとは…凄い人だ。
彼女へと襲いかかろうとし、こちらへの注意を怠っている二体に『砂弾』を撃ち込み倒す。道のような、砂を中心にした場所だと目標としていた威力が出る。これなら十分ゴブリンを倒すのには十分のようだ。
後一体俺が討伐しよう。でも下手に魔術を撃ちこむと邪魔になるかもしれないから、少し離れた場所に行ったのを見計らって…今だ!
「『風刃』!」
命中。すぐに彼女のもとへと戻りそうだったので少し焦りはしたが、どうにかなったようだ。
「大丈夫ですか!」
「ああ、これならすぐに仕留められるから、お前は馬車の近くで他のゴブリンが居ないか警戒を続けていてくれ!」
「はいっ!」
馬車の方へと走って戻る。リーヴさんの反応を見るに、今のところは特に襲われてはいない様子。
「リーヴさん、俺は後方を見てきます。何かあったら呼んで下さるとありがたいです」
「あ、…ああ」
…?何か違和感を感じたが、そこまで気にする事でもあるまい。とにかく他のゴブリンが居ないかどうか確認をしよう。
森側を通り、馬車の後方へと向かう。こちら側からゴブリン達の声はしないが、警戒は怠らない方がいいだろう。
二代目の馬車の後方に出る。すると…ちょうど草むらから出てきたゴブリンと目が合った。
「…『風刃』」
ちゃんと命中。しかし、これはいつどこからゴブリンが出て来たっておかしくないと言う事だろう?この草むら、ちょっと危ないよな…。
「………『風刃』」
出来る限り範囲を広くした風刃を道に沿うように撃ってみる。三つほど血しぶきが飛んだ。逆側でもやったが、こちらでは一体も討伐できなかった。道を超えた先にはあまりいないようだ。
とにかく、草が減ったおかげでこれで少し見やすくなった。逆を通って前方へ戻ろう。
と、その時既にゴブリンを討伐し終えたのであろう妹さんがこちらへと戻ってきた。
「そっちはどうだ?」
「一体出てきましたが、ちゃんと倒しました」
「ああ、それならいい…さっきの草切り倒したのはお前の魔術か?何体かあれで殺せてたみたいだが…」
「あ…はい。草むらが有るとゴブリンを見つけづらいな、と思いまして」
「ふうん…、なるほどな、魔術の才能が有って特例的にギルドランク上げようっつう話になってたわけだし、このくらいの実力は有るってことか。そのうえ、魔力も多そうだな」
…なるほど、やっぱりこの世界でもかなりの才能なんだな。少し不安も有ったけど、やっぱり女神さまに対して感謝の気持ちは忘れてはいけないな。
なんにせよ、一件落着と言った所だろう。リィヴさんに報告しなければ。
「リィヴさんに報告しに行ってきます」
「ああ、分かった」
前の馬車の御者席にいるリィヴさんに話しかける。
「リィヴさん、ゴブリン討伐完了しました。もう大丈夫そうです」
「ああ…なあ、お前はさっきの女と知り合いか?」
「え?以前一度話した事が有る、といった程度ですけど…?」
「そうか…ああ、冒険者ってのは倒した忌種からなんか持ってかないといけないんだろ?すぐ終わらせるんなら構わない」
そう言ったっきり、リィヴさんは黙って馬車に入ってしまった。彼の事はほとんど知らないから何とも言えないが、不機嫌になっていると思う。何がいけなかったのだろうか…?
「…取りあえず、右耳を取りに行くか…」
律儀にも妹さんは俺が倒したゴブリンの右耳を残している。取りあえず探して、『風刃』で右耳を切り取っていく。
合計十二匹分。しっかり確保できた。
言い訳にしかならないのですが、学校が始まってから執筆の時間ががくんと減ってしまいました。週末にはできる限り書こうとも思いますが、平日は最高でも二日に一話が限度かもしれません…。
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