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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第六話:死ではなく

 狙いをつける必要は無かった。中には亡骸も交じっていただろうが、眼下の世界は帝国軍で埋め尽くされていたから。


「『風刃』!『風刃』!」


 叫びながら、弓に矢を番えて撃ち放つ。矢より早く跳び出す『風刃』が大地へと到着する頃には、再び梯子を立て懸けようとしていた帝国軍が矢の周囲に発生した暴風に巻き上げられていた所だった。

 僅かに壁付近の兵が減ったのを見計らい、疑問を口に出す。


「何なんだこの数…!」

「アタシ達が狭い所に居っからそう感じるだけで、壁の内側には王国軍も控えてるよ。…異常なのはむしろ士気の方だな。何でこの状況で突撃かけ続けられんだよこいつ等」


 確かに、壁まで到達した兵の(ことごと)くが屍をさらしているというのに、彼等には怯む様子が無い。危機として、とまでは言えないが、それでも進軍する事に躊躇は窺えない。

 少し離れたところに再び『風刃』を叩きこんだ所で、背後から声を掛けられた。


「お二人とも、奮戦御苦労であります!その強壮ぶり、我等の部隊にも見習わせたい所存!」


 そう言ってきたのは、後ろに五名ほど若い男を引き連れた、三十代半ばほどに見える男性。

 魔術を使っているが故にあまり口は開けないのだが、彼等が何をしようとしているのかは知っておくべきだろう。見たところ正式な王国軍なのだが、そんな彼がどうして冒険者の、それも俺とレイリという年下に敬礼なんてしているのか。


「本来は衆生を救うために忌種を討つための力、戦に使わされるのは甚だ不本意で有る事と思いますが、我等の為、そしてこの王国に住まう人々の為、どうかそのお力をお貸しください!」


 ――そんな事を言われるほどの圧倒的な力を見せつけているとは思えない。だから、これはあくまでも美辞麗句をならべ立てているだけであり、俺達をおだてて戦わせよう、という魂胆なのだろう。

 だがしかし…先程レイリに言われた『自分を騙せる言葉』に追加できそうな物だな、とは思った。

 具体的に言えば、彼等の方が、侯爵の演説よりも俺の心に響いたというだけの事だ。だが、実際に汗水たらして戦っている人から直接言われた方が言葉の重みが違うというもの!

 伝わるように大きく会釈をして、再び『風刃』を叩きこもうとして。


「タクミッ!」


 レイリの叫びに起句を止め、下ではなく前方を見る。

 何時の間に浮かびあがってきていたのか、そこには、十数本の矢と、同じく十数個の魔術があった。勿論それは、こちらへと直進してきている。


「『操風』!」


 強い風を巻き起こし、矢を薙ぎ払う。しかし、魔術たちの進路に歪みは生まれない。恐らくは、此処に着弾するまでを一つの事象として生み出された魔術なのだ。

 そこまで考えた時には、俺の胸当ての背中側に延びた革紐を引っ張りながらレイリが投げた二個の石が、幾つかの魔術を正面から打ち砕いた。

 それでも尚、炎、水、塵の塊、そして、見えない空気の塊はこちらへと進んでくる。

 『飛翔』や『雷然』なら避けられなくはない速度。だがしかし、選択が遅かった。

 俺達の後方に、先程の兵士たちがいたままだった、という事も有る。俺達が避ければ、この魔術は彼等の事を貫いていただろう。それを分かった状態では、自分だけ避ける決断は取れなかった。

 …正直、後悔している。こう言う所が浅ましいと自嘲してしまう原因なのだろうな、なんて考えた俺の視界を、――何かが遮った。


「ぐッ…!」


 構えた大きな楯で炎弾を防いだのは、先程階段の下で冒険者達を壁の上へと案内をしていた兵だ。思い返せば、先程の兵たちの中にも彼の顔は有った様な気がする。

 炎弾が楯に燃え移り、しかし、結果としては幸運に、続く水弾がその火を消す。

 楯を削るような塵の塊をどうにか凌いで、そして彼は、俺達と、その後ろに居る彼の上官や同僚たちへと笑顔を向けて。


「まだっ…!」

「避けて!」


 俺とレイリが何を焦っているのか理解できないままに、後頭部へと風弾の直撃を受けた。

 身体が嘘のように上下を反転させ、楯と共に床へと頭を擦り付ける兵士。かかと落としの様に振りおろされる両足を受け止め、体を持ち上げてから壁の内側へと運び、そっと横たえる。


「大丈夫ですか!?」


 呼びかけに答えは無く、彼の体は痙攣するばかりだった。

 だが、考えていたよりは出血量が少ない。これならまだ、どうにかなるのではないか?


「地上に連れ帰ってください!早く!」

「分かっている!貴様等行くぞ!死なせてなるものか!」


 四人が男性を抱えて、階段の方へと向かって行く。先導する上官らしき男性は、彼等の進路を確保するために幾度となく声を張り上げていた。


「…タクミ、大丈夫…じゃねえよな。下がろうぜ」

「…」


 死人が出ていることくらい、分かっていた。ここは戦場だ。一方的に殺すだけの空間じゃあない。だからこそ俺達は此処に立っている。

 …それでも、もし自分が彼の様に魔術で吹き飛ばされたらと思うと、…体の震えが収まらなくなり始めた。

 分かっていた。分かっていたつもりだった。

 初めて忌種と戦った日。目の前で冒険者が殺された日。邪教と呼ばれる彼等と戦った日。忌種に深手を負わされた日。

 王国で戦争が有ったと知った日。そんな王国へと戻る決意を固めた日。子ども達を助けに行こうとした日。貴族から招集がかかった日。この要塞都市へと向かった三日間。そして、始めて戦場を見た、少し前。

 その全てで、大小の差は有っても、俺は死を覚悟していた。そう思う。それは嘘ではない筈だ。

 だがしかし、死を前にして竦まず動く為の覚悟は、いまだに定まってはいなかったのだ。どこかで安堵していたのだろう。死の危険は有る場所でも、きっとどうにかなる、などと。

 何時からだろうか、こんな安堵を抱き始めたのは。

 地球に住んでいた頃は、死を意識する事自体が無かったけれど、そんな安堵は無かった筈だ。

 なら、一度死んで(・・・・・)、このアイゼルへと二度目の生を受けてから?

 ああ、そうかもしれない。死を経験し、しかし実感しなかったのだ。覚悟を抱けないのが普通だろう。

 ――だが、それは甘えだ。

 アリュ―シャ様は俺を生き返らせてくれたが、それは、俺が特別だから、などという理由ではない。全て、アリュ―シャ様自身が、神々の引き起こした戦争の余波を受けて死んでしまった俺に対し、代表としてその責任を果たしに来ただけの事。

 変わらない。死ねば終わりだ。その生で何を築き上げようとも、例えば、後世へと引き継がれる何かが有ったとしても、その者個人にとって、死は全ての終焉を意味する。

 ならば、生に意味は無いのだろうか。

 この戦場には死が溢れている。戦いが始まってから二刻程しか経っていないというのに、ずっと下、壁の外の大地には無数の屍が(うずたか)く積もり、鉄交じりの臭気を風に乗せてこの場所まで届かせてくる。

 終わりを迎えた命はあまりに多い。そして、その内の数十は、俺が終わらせたものなのだ。

 ――殺される覚悟も無い、俺のような奴が、終わらせた。

 レイリはしゃがみ込んだ俺の視線に合わせるように、自らもしゃがみ込んで俺の事を見つめてくる。

 彼女は本当に優しい。俺よりずっと多くの命を終わらせて、それでも、俺の事を気遣って、その上で自らがどう戦うのか、という事にも意識を向けている。

 彼女の背後を通り、俺の後ろの壁へと、炎弾が届いた。

 弾けた炎が照らす彼女の顔は、強い意志をありありと浮かべていて――しかし、その眦から、一(すじ)の涙が流れたのが、灯の消える直前、俺の瞳に焼きついた。

 その涙は、誰に向けられたものだろう。

 死にゆく王国の兵か、自らも手に掛ける帝国の兵か。しゃがみ込む俺の、その弱さにか。

 再び帝国軍の犇めく方へと振り向いたレイリの顔から、涙の一滴のみが宙へと舞い、周囲の僅かな光を乱反射しながら、俺の胸へと落ちた。金属板と布の向こうに落ちたそれが、俺には、とても暑く感じられた。

 そもそも、俺はさっきまで何を考えていたのだ?何度も何度も、こう思っているのだろう?彼女と『対等になりたい』と。だというのにこの醜態は何だ。彼女ばかり危険に晒して、俺は後ろで蹲っているだけなのか?それで良いのか!?

 ――良いわけ無いに決まっているッ!!


「大丈夫じゃない!でもやる!」


 石を掴み上げていたレイリは、俺の声に振り向く。その表情は、暗闇の中で尚、驚愕に染まっている事が分かった。

 

「おま、何言ってんだ!落ち着いてないなら下がってろ!」

「さっき言った!無理してでも、今は戦うって!そう決めて、もうレイリにも行ったんだ!…今更引き下がらない。変になっているのも分かる。でも、…もう目は逸らさないから。今は信じて」


 俺がそう言うと、レイリは一度迷ったように視線を左右させ、しかし結局、俺へと強い眼差しを向けてきた。


「…そこまで言ったんだ。アタシのコンビとして、全力でやれよ?じゃなきゃ許さん」

「当たり前だよ。…コンビだからね。これでやっと隣に立てた」

「まだまだだっつうの。…行くぞ!」

「『風刃』!」


 風の刃と燐光が混じり合い、大地へと一直線に突き刺さる。錯覚だろうが、今までよりもずっと速く飛んで行ったように思えた。


「『風刃』!」


 叫ぶ度、命が終わる。到底、一人の命では購えないほどの死がその場へ生まれ、蔓延って行く。

 俺に、覚悟は有るのだろうか。自問自答すれども、明確な答えは浮かび上がって来ない。ただ、死んでもいいなどとは思っていない事は確かだった。

 俺達がこうして活躍する事は、きっと、優先的に排除するべき対象として、帝国軍からの攻撃を受ける要因になるだろう。そうして、遂に自分の死を目前とした時。…きっと足掻く。死ぬかもしれないと覚悟する事と、自らの死をただ受け入れる事は別の物だと思うから。

 それに、その時も隣にレイリがいるのなら、先に死ぬことなんて出来ないし、レイリを先に死なせる事も出来ない。二人で生き抜くのだ。どれだけの命を終わらせても。

 ――そうして、気がついた。

 得るべき覚悟とは、『死ぬ覚悟』ではなく『生きる覚悟』、『生き抜く覚悟』だったのではないか?

 そう思う事は、少しだけ、俺を前向きにさせてくれるような気がした。

 ならば、生き抜こう。二人で。

 眼下の帝国兵たちの勢いが、心成しか弱まったように見えた。


次回更新が遅れそうです。

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