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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第四話:要塞都市

 今までに通ってきた街道よりも丁寧に舗装されているからか、馬車の揺れは酷く少ない。


「山、高いな…」

「そりゃそうだろ。有名だし」


 首が痛くなるほど見上げるのは、昨晩、侯爵が説明していた山脈の尾根。

 現在俺達は、要塞都市へと続く道を馬車で着々と進んでいた。

 二つの山脈、その端に当たる部分が平行にすれ違う所を削り取って道に整備し直したようで、馬車二、三台が横に並ぶ程度の道幅を越えれば文字通りの断崖絶壁が聳え立っている。

 しかし、そんな荒々しい印象とは裏腹に、整備は細かな所まで行きとどいていた。防衛都市が重要だからこそ、この道も重要度が上がっているという事だろう。主要街道、それも、王都周辺の物とほぼ同じくらいに手の込んだ整備が為されている。

 また、万が一にも帝国軍が奇襲をかけて来ないようにか、警備の兵も配置されていた。山脈を越えられないという前提が有るにしても、要塞都市に直接つながっているらしいこの道を敵に通られてはどうしようもなく危険だろうから、当然だ。


「もうすぐ到着か…というかレイリ、ここが有名なら、要塞都市も有名なんでしょ?何か知ってる?」

「行った事は…有るらしいけど覚えてねえな。まあ、昨日もあれが言ってたけど、対帝国における防衛の要で、要塞ってだけじゃなくて、普通の奴も住んでんだよ。ずっと兵士止めとくんなら、その場で物資作れる方がいいだろ、みたいな理論で」

「へぇ…じゃあかなり大きいんだろうね。都市って事は、この状況でも人が住んでるってことなんだろうし」

「いや、前の侵攻でおもいっきりやられたって話だし、住人はいねえだろ」


 …そう言えば、確かにその話は既に聞いていた。

 要塞都市は一度陥落し、その後、帝国軍の撤退、及び殲滅という過程の後に奪還され、再び要塞としての機能を取り戻した…らしい。だが成程、『要塞としての機能』を取り戻してはいても、『都市としての機能』はまだ取り戻されていない、という意味も裏に込められた情報だったのかもしれない。


「お」


 俺とは逆側から身を乗り出して馬車の進行方向を見たレイリが、小さくそう呟いた。


「見えて来たぜ、多分」

「どれどれ…」


 レイリの上から覆いかぶさるように身を乗り出してみれば、先程までは前方の馬車の陰で見えなかった湾曲した通路の先、塔に似た何かの建物が見えた。

 あれは要塞都市の一部だろうか。それを断言する事はまだ出来ないが、しかし、その可能性はかなり高いように思える。


「山に沿って立ってんなら、要塞都市の壁だぜ、それ」


 エリクスさんが壁に背を預けつつ両腕を上へと伸ばしながら、そう言った。どうやら体の凝りを《ほぐ》しているらしい。

 再び頭を見れば、確かに、より馬車に近い左側の壁に寄り添っているように見える。湾曲した先の事なので、まだ塔の全形は見えないのだが。

 そうこうしている内に、もう少し離れたところにもう一本、塔が立っているのが分かるようになった。要塞都市の壁だとすれば、あれは右側の壁に繋がっているのだろう。


「荷物まとめとけ」

「おう」

「はい」


 エリクスさんから言われて確認するが、馬車の中で荷物を広げたりもしなかったので、大きな鞄一つを持っていけば忘れ物をする事も無さそうだ。

 それから数十分ほどして、馬車は一度停まり、兵士が入ってきた。


「ギルドカードの提示をお願いします」


 正直なところ、兵士のその求めに応じるのは最近の経験(・・・・・)から少し忌避感も有ったのだが、エリクスさんやレイリを含めた周囲の冒険者達が特に気にする様子も無く提示している事を確認して、すぐに俺も提示した。

 すると兵士は、ずらりと並んだ俺達のギルドカードを一瞥するや否や、『問題ありません』と一言だけ告げて馬車から出て行ってしまった。

 早く移動できるのはいいことだが、この程度の防犯体制で本当に大丈夫なのだろうか。

 とはいえ、問題ないという結果が出た以上馬車は動き出す。

 すぐ目の前にまで迫った要塞都市の壁は、首が、すぐそこの山脈を見上げた時と同じくらい痛みを発する程度には高く見えた。これは勿論、ほとんど地面と垂直に立てられた建物を真下から見上げたからそう見えているにすぎないのだろうが、しかし実際、高い高いと思っていた王都の壁よりも少し高いのではないか?

 都市の中は閑散としていた。…いや、その表現は決して正しくは無いだろう。

 閑散としているのは事実だ、だがしかし、そもそもその街には、本来当然の様にいるはずの人間が、軍人以外にいないのだ。


「廃墟も有る…」

「相当、大量の兵がなだれ込んできた、ってとこだろ。めんどくせぇ…帝国の軍隊は人数多過ぎなんだよな」


 そうぼやくのはエリクスさん。巻物などを含めて一つの荷物に纏めた結果、その大きさはとんでもない物に変わっていた。


「で、集合はあっちだ」


 一言だけ発してから、侯爵が冒険者を集め始めた方へと歩いて行くエリクスさん。俺もそれについて行こうとしたが、馬車の中でレイリが、何故か荷物まとめを手間取っているようなので、そちらを手伝う事んした。


「何か見つからない?」

「いや、まあ、最低限必要な物はそろってんだけど、入れといたはずの短剣、いつの間にか消えてやがった」

「短剣…短剣?何でそんな物が無くなるの…?」

「盗まれる様な高級品でもねえし、ここに無けりゃ、うっかり忘れたって事だろうな、と…ねえか」


 話しながら自分の荷物を持ち上げたレイリは、落胆の溜息を()きつつ馬車から下りて、急いで侯爵の元へと走った。

 現在陽六刻。太陽は天頂へ至っていた――正直、暑い。

 五の月半ばの日差しは、まだ夏本番ではないとはいえ、既に十分暑かった。この場合、暑さそのものから来る肉体疲労ではなく、陽射しに当てられている事からくる精神疲労が大きいのだろう。肉体そのものは既に強いのだから、このくらいは気にならない筈なのだが、やはり太陽に照らされるという状況が、変に耐えようと思う物でも無いからかもしれない。


「三日間の行軍、ご苦労だった。疲れているだろう、今日は寝所で英気を養うと良い」


 侯爵がそう言うと、冒険者のうちの数名が口笛を吹いたり『良いぞ!』などと言ったりして茶化し始めた。

 途端に侯爵の後ろから、トーリィという名前の例の侍女が顔を出し、凍えるような視線で冒険者達を睨みつけ、すぐさま静寂を作り出す。


「明朝より早速、君達には仕事をしてもらうことになる。戦闘があるかはまだわからないが、戦場には出てもらう事になるだろうから、今日は本当に、早く休むべきである。案内は我々で行おう」


 侯爵からの挨拶はたったそれだけで終わった。侯爵とトーリィはそこから離脱して、俺達は侍従達に連れられ、要塞都市の中を移動して行く。

 かなり広い面積を持つ要塞都市だが、十数分ほど歩けばその『寝所』にも到着した。

 宿だ。

 営んでいた家主、そして、利用していた客。そのどちらもが居なくなったが故に、比較的綺麗な状態のまま放置された宿が、そこには有った。

 かなり大きな宿だ。だがしかし、要塞として利用されている筈のこの町において、宿とはどのくらい求められていた物だったのだろうか。住民たちには済む家が有った筈だと、周囲の風景を見れば分かるし、兵士たちにも、国の作った軍用の建物が有る筈だ。

 …となれば、この大きな宿がこの町全体の宿泊市場の一切を独占していたのかもしれない。この場に集まった冒険者全員を泊める余裕が有るのだから、あながち間違いでも無いだろう。


「女性は一、二階。男性は三回より上でお願いします。知り合いに同性の方がいらっしゃる方は相部屋で」


 そう言われたので、エリクスさんと同じ部屋に泊まることにした。それでも部屋にあまりはある様で、一人部屋の人もかなりいたが、特にもめ事が起こるわけでもなく、着々と部屋の割り振りも決まって行く。

 出来ればレイリとは近い部屋の方が良かったが、これは仕方がない。


「ま、此処に逗留するのもかなり(なげ)ぇだろ。荷物出すなら丁寧にやんねえとな…」

「あ、はい、そうですね…」


 エリクスさんの言葉を耳にしながら、窓の外を見つめる。すると、大通りや、壁の上に続く階段を、慌ただしく兵士たちが走っているのが見えた。ここは宿の四階だから、遠くまでよく見える。

 …それこそ、戦いの為に走っているのだろう。そう考えて、ふと気がつく。


「エリクスさん、結局説明が無かったんですけど、帝国の軍って何処まで来てるんですか?」

「もう直ぐそこだぜ。壁の向こうは戦場って考えりゃいい」

「…それは、また」


 安心なんて全くできないな、と思いつつ、そもそも戦場に安心を求める方が間違っているだろうと気がついて、小さく溜息。

 人の戦う姿が見えないこの場所も、文字通りに壁一枚隔てた先は戦場で、俺は明日、そこに行くのだ。


「…準備しとく事ってありますかね」

「早く寝て、明日早く起きて、体ほぐしといたら多少は良いんじゃねえか」


 当たり前のことを告げるエリクスさんの口調に、俺は緊張を取りはらわれたのか、或いは増してしまったのか、自分の中でも今一つ理解できなかった。


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