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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第三話:見張り

 すれ違う人々の顔は、皆一様に暗い。

 ――当然だろう。故郷から無理やり引き離されて、もしかしたらもうずっと帰って来られないかもしれないなどという状況になれば、気持ちが高揚などするはずがない。

 行軍二日目の朝、戦場に程近い村に住む人達が王都の方向へと避難して行く列と、俺達はすれ違っていた。

 老若男女入り乱れて長蛇の列を作るその様は、見ているだけで物悲しい雰囲気をこちらまで伝えてくる。以前にも戦争が有ったから、もしかしたら村人たちは村へと戻って来たばかりだったのかもしれない。そう考えればより一層、彼等の苦しみも分かるような気がした。

 見れば、遠くに有る畑には多くの苗が植えられているのが分かる。だがしかし、あの周辺に有る村人たちは長と今、ここを非難している筈で…作付を済ませてこれでは、財産もかなり減ってしまっている事だろう。避難した先で充分な生活ができる訳ではなさそうだ。

 助けたいと思うが、これだけの数の人達を満足させられる様な財産など持ってはいない。俺達にできる事は戦争を速く解決させる事だけなのだ。そう考え――近い内に大量の忌種が現れ、今よりもひどい状況になるのだと言う事を思い出した。


「解決の方法が無い…」

「…おい、あんま考え過ぎんじゃねえって言ったろ?アタシ達冒険者が人助けできるのは、瞬間的な事以外では忌種を倒す事くらいだぜ。届かない所まで考えを巡らせるのは時間の無駄」

「そうかもしれないけどさ、やっぱり、困っている人がいるって言うのを見ちゃうと、考えるのは止められないよ。…解決できるわけじゃないから、誰かの助けになるわけでもないけど」

「…自分だってあぶねえ所行ってんだから、生き残る事に集中しろって事だ。察せ、あんま言わせんな」

「…ごめん。そうだよね、死んだら元も子もなさすぎる…」


 (かぶり)を振って、深く考え込むのを止める。そう――助けたいとは思うが、実際問題そんな事は不可能なのだ。結論はそれだけ。彼らを助けるべきなのは、この国そのものであり、範囲を広げるのなら、実際に彼等と暮らす人達と、何より彼ら自身である。

 俺がこうして考えているのなんて、結局は単なる自己満足でしか無いのだろう――などと内心で自嘲すれば、向かい側に座るレイリの顔が何時の間にやら不機嫌そうな物になっていた。周囲で何か特別な事が起きていたわけでもない以上、俺がこんな事を考えているのがいけないのだろう。

 気分を変えるために再び外を見る。勿論、そこには避難民が歩いている訳だが、それそのものについて再び悩みこんでしまうような事は無かった。

 だが、かわりに想定外の物を見かけることにもなった。


「ソウヴォーダ商会…!?」

「ん?…それってあれか?例の」


 リィヴさんが立ち上げたあの商会の馬車が、避難民の列に交ざっていた。それも、よく見てみれば一台だけではない。…少なくとも、四台はここから確認できる。離れた場所に有る馬車の全てがそうだとは思えないが、反対に、その内の数台はソウヴォーダ商会の馬車だろう。


「知り合いがいるかもしれないけど…外に出て来ないし、俺達も出られないから、挨拶には行けないか」

「まあ、流石にな…でもあれ、聖教国の商会だろ?王国の西側で何やってんだ?」

「仕事、だとは思う。…島で貿易始めたばっかりだったのに、こんな所で仕事する余力が有ったのかな。いくらなんでも、俺が想像もつかないほど本当は大きな商会だった、って事は無いだろうし」


 すれ違う馬車の荷台に張られた幕の間から見える顔には、見慣れた物も幾つか有った。だがしかし、親しく話していたと言うほどの人はおらず、声をかける事も結局は出来なかった。


「あー…復興事業に聖教国の方も参加してるって聞いたから、それじゃねえのか?」


 そう言ったのは、エリクスさんだ。頭を掻き、『どれどれ』と言いながら馬車の外へ身を乗り出す。


「おう、多分そうだな。まあ、どっちにしたって小さい商会が此処まで来てるってのは不思議な話だが」


 もしかしたら、ローヴキィさんが実家から引っ張ってきた仕事なのかもしれないとも思ったけど、いちいち口に出さない事にした。少なくとも、普段の仕事を続けつつもこうやって遠くで別の仕事をできるくらいに大きくなったのだろう。半年くらいの期間だと考えれば、かなりの成長速度だと思う。

 ――ただ、エリクスさんの言う通りに復興が目的だとすれば、今から再び破壊されてしまうかもしれない、という状況は、彼等の胸に虚しさを去来させている事だろう。

 故郷を捨てて逃げる村人たちより、商会の皆の方へとより同情してしまったのは、気のせいではないのだろう。


◇◇◇


「並び立つあの山脈が見えるな?」


 その晩、侯爵からの話はその一言で始まった。


「帝国と王国にとって、一時期は国境代わりにもなっていたあの両山脈の間には、両国を最短距離で結ぶ街道が作られている。北に避けても南に避けても、山脈がなだらかになるまで歩いて一週間程の時間が必要となる。そして、歩いて山脈を踏破する事はさらに困難――ともなれば、帝国が王国へと進行する際、何処を通ろうとするかは自明の理。

 街道保護の為に作られた要塞都市が、あの山脈の先に有る。君たちの守る場所、君たちの戦う場所は、そこだ」


 今日も今日とて、侯爵の話は――或いは、俺の先入観かもしれないが――胡散臭い。流石にこの言葉そのものにも、説明が長い事をはじめとして問題はあると思うのだが、例えば、これをミディリアさんのお父さんや、シュリ―フィアさんあたりに言われたら、少なくとも今以上に感じ入る物が有るだろうと言う事も分かるから、確かに俺の個人的な意見が強いのかもしれない。

 しかし、それを考慮に入れても、俺には周囲の高揚が理解できなかった。冗談で思っただけだったが、ここまで来ると本当に魔術でも使っているのではないかと思うほどだ。

 などと考えている内に、侯爵の話は終わる。(なか)ば聞き流してはいたが、よほど大事な内容が有れば聞き逃しはしないだろうから問題ないだろう。

 今晩は、昨日レイリが言っていた通りに警戒態勢が張られていた。何人か起きる人を忌めて見張りをする、というありふれたものだったが、とりあえず、一人だけではないという事も有って、俺が見張りに着くことになった。

 レイリもエリクスさんも、もう自分たちでやった事が有るらしいから、経験が無い俺がしてみようと思ったのだ。今は一応安全圏にいるから、練習にはもってこいという事らしい。


「で、暇になってしまう、と」


 仕方のない事だとは思うが、周囲にいる他の冒険者達と知り合いだと言う訳でもないから、話など出来る訳もない。…いや、そもそも知り合いがいたとしても、見張りの最中だから話とかはするべきじゃないとも思うのだが。

 しかし暇なのだ。焚火の火もかなり小さくなって、周囲が仄かな月明かりだけで照らされる様になると、いよいよもって睡魔が襲いかかってくる。座っていては寝てしまうからと立ち上がったが、ここまで眠くなってしまうと立っていようが座っていようが特に変わりは無い様な気すらする。

 いやしかし、練習だからこそ、気を抜いていては駄目だ。身体を大きく動かして眠気を飛ばす。

 すると、どこかで聞き覚えのある声が耳に届いた。


『それではご主人、見張りはお任せしますよ』

『お前は…!』

『ご主人の選ぶ仕事が悪いのだ、と自己弁護させていただきます』


 言い争っているのは、一組の男女。会話の内容からして主従の関係らしいが、しかし何とも、主従の上下関係が歪んでいるようだ。とまで考えたところで、――思い出す。

 思わず声を上げそうになり、咄嗟に腕を口に押し付けて主従の逆を向く。心拍数は上昇し、それに釣られるように呼吸も荒くなる。

 気付かれる筈は無い。筈は無いが…しかし、それでもこちらの存在を把握されたいとはとても思えなかった。

 あの二人は、間違いなく、――孤児院の子供たちを助けようとした時に戦った、あの冒険者だ。

 今の俺を見て、彼等が個人を特定する事は出来ないだろう。なぜなら、顔が違うからだ。単純でしかないが、それ故に強力な要素である。

 …それを前提とすると、そこまで警戒する事も無い、かもしれない。彼らだって、別に王国に反抗しようとしてあの仕事をしていたわけではないのだろうから、裏切られるとか、そう言う発想は現実味のないものだろう。


「うん…よし、本当に、気にしないようにしよう。変に考え過ぎると良くない。同じ場所で戦うんだから…」

「ほう、何を考え過ぎると良くないのでしょう」

「…ッ!?」


 耳元で囁かれた声に振り向けば、そこには、今まで思考を向けていた主従の中、女性の方が立っていた。


「おや、驚かせてしまったようですね、これは失敬。ですが、何やら様子が不自然でしたので」

「い、いえ…ちょっと考え事をしていましたから。でも、それが良くないな、と思っただけです」

「そうでしたか、それならば何よりです」


 女性はそう言って颯爽と立ち去ったが、しかし、俺から視線を外す最後の一瞬まで、瞳に警戒の色を滲ませたままだった。いや、わざと警戒している事をこちらに見せつけていた、というのがより事実に近いのかも知れない。

 俺から彼等に害を成す気は無かったが、彼等からすれば警戒するべきものだった、という事なのだろうか。あるいは、言葉通りに怪しい挙動から確認しに来た、というだけの事かも知れないが。

 離れたところから、女性を再び叱りつける男性の声が聞こえる。それを飄々(ひょうひょう)とした態度で(かわ)す女性の口から、俺に関する言葉が出てくる事は無かった。


「大丈夫だったか?」


 再び、近くから唐突に駆けられる声。しかし、今度の声を聞いて感じるのは安心だった。


「うん、大丈夫だった。…起きてたの、レイリ」

「たまたま、な。知らねえ女の声聞こえたし」

「あんな話声だけで起きられるんだ…」


 拘束が異常に緩い寝袋から上体を持ちあげる彼女の顔には、しかし、眠気に類する感情が浮かんでいない様に見えた。…しかし、レイリは特別寝起きが良いという訳ではない。それを考えれば、一体彼女が何時から俺の事を気にかけていたのか、という事も分かるというもの。

 ――しかし、俺が見張りを始めてからかれこれ二刻も経っているのだ。それだけの間心配されていたと考えれば、素直に感謝もしていられない。


「まあ、大丈夫だったからさ。レイリは早く寝て。…ありがとね」

「…おう、分かってんなら(・・・・・・・)それでいい。じゃ、明日」

「うん、朝ね」


 自分で言っているだけでは安っぽい言葉だとも思うが、レイリはコンビなのだ。『対等でありたい』。

 レイリからこうして助けられているのだから、俺もレイリに対してちゃんと、力になれる存在であり、どこかしら、頼れる部分を持たなければならないだろう。


「まだまだ」


 まだ眠ってはいないだろうレイリにも聞こえないほど小さく、口の中だけで呟いた。


更新をまた忘れていた…(汗)

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