第二話:行軍一日目
「さて、君たちには強襲部隊…というと語弊が有るかもしれないが、それに近い形での運用をさせてもらう」
王都を発った日の夜、野宿するために最低限切り開いた森の中で、俺達は侯爵から追加の説明を受けていた。
「具体的には、敵軍の展開が薄いと思われる忌種の存在する地域からの強襲だ。君達は忌種の相手には慣れているだろうし、あそこはよく戦争になるから、忌種も精々低位のものばかりだからな。潜伏したり陣を築く事は出来なくても、突破する事なら容易の筈だ」
侯爵はそう言うが、俺はイマイチ理解できてはいなかった。いや、実現できるのなら効果はあるのだろうが、結局前から考えていたのと同じで、俺達を別枠で招集した意味が分からない。昨日は俺達の事を『実力者』と表現していたから、精鋭部隊でも作るつもりだったのかもしれないが、連携もまともに取れていないんだから、まともな『運用』なんて出来るとは思えない。
…大体、忌種の増加が予測されている今の状況では、正直何も安心できない発言だった。侯爵もその情報を持っている筈なのだから、何か別の言葉を伝えればいいのに。
…いや、過度な期待はしないようにしよう。何が有ってもおかしくない、位には考えておかなければ、いざという時に困るのは自分なのだから。
「その性質上、移動距離、回数共に他の部隊より多く、少数精鋭という形になる。有る程度連携が取れるようにするため、部隊の編成は君達自身に任せよう」
その発言に、場はざわめきに包まれる。
部隊…部隊?
「すみません、部隊というのは、おおよそどのくらいの人数で編成すればいいんですか?」
「五人程度だ」
「連携の方を重視している。多少の人数変更は問題ないぞ」
そう言われ、レイリとエリクスさんの方を見つめる。
――連携というのなら、結局この三人が一番いい、と俺は思うのだ。単純に、周囲の冒険者の事を俺は知らないし、反対に、二人がどんな風に戦うのか、という事はここ数カ月の特訓で知っているのだから。
「いや、結局三人だろ?今更別の奴と組みたくねえし」
「ま、それが一番だろうな…」
「俺もそれが一番いいです」
レイリは満足そうに頷いていたが、エリクスさんは冒険者達の方を眺めて何やら探しているようだった。組みたい誰かが――特定の個人、という事は無いだろうから、武器や魔術士かどうかで判断しているのだろうが――居るのかもしれないが、しかし結局、十秒程度眺めた後、小さく溜息をついて視線を侯爵の方へと戻した。
とはいえ、侯爵ももう解説を止めて、自分専用の馬車の方へと戻っていく最中。俺達は結局各自解散して、夜を過ごす準備を始めるのだった。
「タクミ、大丈夫か?」
寝袋のようなものを用意している最中、レイリがそう話しかけてきた。
「大丈夫じゃない、かな。一日くらいならどうってことないけど、森の中で何日も野宿って…経験はあるけど、何度もやりたいとは思わない」
思い返すのは、聖教国で村の皆と一緒に森の中を踏破した記憶。あの時と比べれば先に食事などを確保できているうえ、忌種も出ないからいっそ楽な方かもしれないが。…いや、空気が重い分、むしろ精神的にはこっちの方がより疲労しているかもしれない。
戦争へと向かっているという状況が問題なのかもな、とまで考えた時、レイリの顔がどうにも呆れたものになっている事に気がついた。
「んな事聞いてねえって…アタシが言いてえのは、変に苛立ってねえかって事」
「苛立って、って…多分、そんな事無いとは思う、かな?いや、自分からは分からないかも…」
「…まあ、そう言う言葉が口から出てくるくらいなら大丈夫か」
そう言うとレイリは、僅かに息を吐きながら肩を落とした。落胆ではなく、安堵の溜息だろうと言う事は分かったが…特別注意される様な何かが、俺に有ったのだろうか?
そう問いかければ、返ってきたのは単純な答えだった。
「いや、戦争が目の前だし、実際他の奴らも当たり強くなってっから。タクミも変になってんじゃねえかってな」
「精神的な問題だよね…。多分気がついてないと思うよ、皆」
よく考えれば俺も、不審な所が有るとはいえ侯爵の事を頭ごなしに否定していたような気もする。これも精神的に追い詰められていた結果だろうか?…いや、何でもかんでもそれのせいにするべきではないか。
寝袋の準備を終えると、エリクスさんが巻物を一つ、持ってきた。
「じゃ、今日も頼むわ」
「はい」
手短に答えて、その巻物を受け取り、開く。
今日は屋内じゃないから、地面にこすったりしないように慎重に。
昨日も一冊(一巻?)読み終えていたので、今日読むこれは新しい物だ。
「『猪程度、杭の一本でもあれば如何様にでもなろうものだが、いかんせんあの若造は貧弱』…なんだろこれ」
「いやアタシに聞かれても」
「猪って何だよ…つうか、また何かの続きか、これ」
「そうみたいですね。えっと、他には…『平均的に強くなったが突出する者もいなくなった』。『巡礼の効果が表れるのは何時になるのか』…どういう事なんだろう。間の文章は繋がっているんですけど、前提として知っておくべき情報がごっそり抜けているみたいです。あ、部下の一人に子供が出来たみたいです。猪倒せなかった人ですね」
「知らねえよ…別の持ってくるわ」
エリクスさんが他の巻物を取りに行っている間、俺はもう少し巻物を読んでみる。
どうやらこの巻物を書いたエリクスさんとレイリの祖父は、何らかの部隊を率いる立場に有ったようだ。これは、その間に起きた出来事を綴った日記のようなものらしい。
しかし、表紙となる部分には題名も巻数も書いていない物だから、開いてみるまで内容は分からない。エリクスさんとレイリが求めているのは、自分たちの使う雷然という技術についての詳しい情報だ。
俺がこの巻物を読めると分かった日に早速、堂々と表紙に『雷然』と書かれた本は読んで、解説もしたのだが、二人ともまだ他にも情報が有ると信じて疑わない。エリクスさんもレイリも、修行に相当の効果が有ったと言っていたので、仕方のない事かも知れないのだが。
ちなみに、俺は視覚に表示される日本語に訳された文字を読んでいる。訳される前の文字だって日本語なのだが、あまりにも達筆――そう表現するべきものなのかすら分からない――で、端的に言って読めないのだ。実質、日本人じゃなくても、アイゼルへと他の世界から来た人なら全員が読む事が出来るだろう。
そうしている間にエリクスさんが荷物から掘り出した巻物を俺に手渡してきた。
「『最速に肉体だけで至る為には、筋力を鍛えるだけでは当然、足りない。一つ一つの太刀筋を反復して覚え、自らの動作を完全に制御する事。そして最後に、それだけの経験を以って、反射で剣を振りきる事である』…当たり、だと思います」
「剣の早い振り方、か?雷然使えるのにそう言う訓練もしてたんだな、よし、先読んでくれ」
少しずつ先を読み進めていけば、エリクスさんとレイリから『ふーん』とか、『へぇ―』とか、少しだけ間の抜けた感嘆の声が聞こえてくるようになった。内容に関しては、正直剣をほとんど使った事のない俺には分からない内容ばかりだったのだが、二人にとっては新しく知った事も多かったようだ。
「二人って、何処で剣を習ったんですか?」
「兄貴から」
「俺は我流」
「我流!?」
我流って、言葉の響きは強そうでも、実際の所基本的には弱い、と言う話を聞いた事が有るぞ。歴史が無いとか、そんな理由で。
身体能力の高さも有るだろうけど、それであれだけ戦えるエリクスさんとレイリって凄いな、本当に。
「流派とかめんどくさくてな…でもまあ、ちったあ修正するべき所も見えたわ。そろそろ終わりにしようぜ、タクミ」
「もう随分暗くなりましたからね…」
寝袋へこもり、三人ともかなりの至近距離で眠る。周囲からは、規則的な寝息も、鼾も、或いは歯ぎしりだって聞こえてくるが、屋外だからか、逆に不快感はあまりなかった。文字通りの環境音が周囲に溢れていたからかもしれない。
「明後日には要塞都市だろ?…明日の夜はかなりの警戒態勢だろうから、今日はしっかり寝ようぜタクミ」
「うん、お休みレイリ…」
瞳を閉じて、意識を投げだす。行軍一日目の夜の事だった。
投稿遅れて申し訳ないです――と言いつつも、言い訳(泣きごと)。
卒業式の送辞が難しいのだ…。




