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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第六章:対帝国戦。――そして
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第六章プロローグ:戦場まで/安堵

 屋敷の門前、左右を芝生に挟まれた石畳の上で、冒険者達が(ひし)めき合う。

 彼等は皆――俺達を含めて――この屋敷に住む貴族から、兵として招集を受けた者達だ。

 ミディリアさんから招集についての情報を得てから、かれこれ一週間。特訓と言う意味でも物資の補給と言う意味でも、覚悟と言う意味でも、俺達は準備を重ねてここに立っていた。

 しかし、屋敷の扉は開かない。二階の大きな窓から中で慌ただしく侍従の執事たちが走り回っているのは分かるのだが。準備が終わっていなのだろうか。

 …勝手に呼び立てておいて何様のつもりか、とも一瞬思ったが、言うまでもなく貴族様であった。どうやら知らないうちに気が立っているらしい。

 とはいえ、気が立っているのは何も俺だけでは無い。レイリとエリクスさんは普段とほとんど変わりなかったが、それでもあまりふざけ合ったりはしなくなったし、今周囲にいる冒険者達は、さっき俺が考えていたような事を口に出してしまうくらいには鬱憤を溜めているようでもある。

 そんな事を確認した時、扉がゆっくりと、軋みを上げつつも開いた。

 そこから現れたのは、三十代後半の女性だ。服装からして家政婦――と言うか、メイドだ。吊りあがった眦でこちらを見つめる彼女からは、どうにも“有能”という印象を強く受ける。…それ以上に強く感じるのは、威圧感だが。睨まれていると言う訳でも無いのだろうが、何となく緊張してしまう。

 見る見るうちに冒険者達のざわめきも鎮静化して行き、そして、奥からさらに数人、今度は武装した衛兵達が歩み出てくる。

 その内の一人は、…成程、あの日、この屋敷の警護に来た時に俺のギルドカードを一度受け取った男に相違なかった。


「静まれ!」


 メイドが、役職からはかけ離れた、しかし本人の印象からは納得出来る厳しい声を発すると、もともと下火になっていた冒険者達の会話もたちどころに掻き消えた。


「これより、ヴァルダ・アルスワル侯爵より、貴様等に有りがたき訓示を行う!心して聞くがよい!貴様等のうち一人でも無駄口を垂れるような事があれば」

「そこまでだ、トーリィ」

「――ハッ!出過ぎた真似をお許しください」


 トーリィと呼ばれたメイドは、恭しい態度で片膝を地面に突き、そして、彼女を止めた声の主を待った。

 俺達にもすぐ、その町人は確認できた。いや、顔を伏せているトーリィさんより、正面から見据える俺達冒険者の方が早かっただろう。

 屋敷の奥から現れたのは壮年の男性。肉体的に屈強と言う事は無さそうだが、しかし、歩んだ年月をその身に刻んでいるかのように“重い”風格を漂わせる男性だった。

 侯爵の視線が、俺達を射竦める。先程のメイドと同じで、特に睨みを効かせられている訳でもないが、自然と見つめ返してしまうような強い瞳だった。


「へぇ…」


 すぐ側からエリクスさんが感嘆の声を漏らしたのが聞こえた。それが咎められる事は無かったが、一瞬トーリィさんが何かに反応したようにふるえたのは気のせいではないだろう。


「さて…今日はよく集まってくれた。冒険者諸君」


 侯爵の演説は、そんなありふれた言葉で始まった。


「ここへ集まった冒険者達は、皆、私自身が直接選定した実力者であろう。それを心配してなどはいない。私の目から見て、皆一様に、一人で数十の兵を薙ぎ払えるだけの実力を持っている筈だ」


 俺には、侯爵が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。いや、言語と言う意味では勿論分かっているのだが、まるでこちらの機嫌を取っているかのような発言に今更意味が有るとは思えなかったのだ。

 何せ、ここには命令されてやってきているのだから。それも、戦争の為に。

 いずれ自分たちから国を、故郷を守るために立ち上がった人だっていたとは思うが、その人達にしたって自分から参戦するのと無理やり徴兵されるのとではあまりに印象が違う。実力を褒めたところで『私自身が』などと言ってしまえばその不審と忌避感はとめどなく増大して行くことになる。


「無論、君達は人を斬るためでなく、忌種を斬るためにこそ力を高めてきたのだろう。この招集に本心から従った訳ではないことくらい、私も重々承知している。皆、私に対して嫌悪を抱いている事だろうが…」


 侯爵はそこで言葉を区切る、こちらを、今度は本当に、一瞬だけではあるが睨みつけた。


「そうしなければ、君たちの立つこの地、そして君たちの故郷、その全てがたちどころに灰燼と帰すぞ」


 …周囲の(・・・)反応は劇的だった。ここに集まった五十名を越える冒険者、そのほぼ全員が一斉に纏う空気を硬化させたのがひしひしと伝わってくる。横目で見れば、先程まで侯爵が現れない事に愚痴を並べていた冒険者の一人も、瞳には強い輝きを宿らせていた。あたかも『自分がこの国を守るのだ』とでも言わんばかりの態度である。

 俺とレイリ、そしてエリクスさん。それ以外には本当に数人だけしか、今の言葉に心揺り動かされなかった人はいない様だ。


「故郷を、そして家族の命を奪う敵という観点において、奴らも忌種も何も変わりは無い。これからの戦いは、ただの戦いでは無いのだ。――この国を、人を守るために、奴らとの戦いを長引かせるわけには絶対に行かない。だからこそ私自身が軍とは別に君達を選び出し、集めたのだ。…戦ってもらうぞ、人の為!」


 『おお!』と言う声が伝播する。静かな貴族街の隅々まで、その時の声は響き渡った事だろう。

 だが俺としては、正直なところあまり気分の高揚を感じられなかった。

 俺の故郷が、厳密にはこの国では無いと言う事も有るかもしれない。しかしそれよりも、単純に、今の演説にそれほど心を揺さぶる様な力が有ったようには思えなかったのだ。

 いや、俺の間隔が違うだけと言う事でも無いだろう。レイリとエリクスさんも、冷めた目で侯爵を見つめている。恐らくは俺も同じような目をしているのだろう。

 エリクスさんなど、先程感嘆の声を漏らした事を後悔しているようだった。確かに、最初に感じた印象とは随分とかけ離れた結果に終わったとも思う。拍子抜けと言うか、期待外れと言うか。

 強いて言うのなら、侯爵の言葉の裏から瘴気の増加を知っているのだろうと推測できる事くらいか。それにしたって、軍などとは別で動いて冒険者を集める理由が有るのか、俺にはとんと見当がつかない。

 いっそ魔術でも使われたのではないかと思うほどに周囲の高揚は現実離れしてもいたが、かといってそれを止めるのかと言われれば、そんな事は無い。それこそ聞きかじりでは有ったが、戦いにおいて士気と言うのは非常に重要らしいから、やる気に満ち溢れている方がずっといいのだろう。ああ、故郷を守ると言う事で士気を上げるから、はっきり聖教国出身だと分かるカルスとラスティアは招集されなかったのかもしれないな。

 ――などと他人目線で見ているあたり、俺はやっぱり戦争に行きたいとまでは思っていないのだな、と、安心と自嘲の混ざりあったような複雑な思いを得たのとほぼ同時、トーリィが再び声を張り上げ、俺達に解散を命じた。

 俺が考え込んでいた間に行われていたらしい説明によれば、出発は明日らしい。招集が今日だったから、てっきりこのまま出発する物だとばかり思っていたのだが、勘違いだったらしい。いやしかし、普通はそう考えると思うのだ。

 庭の外へ出て、再び王都の中心へと向かう。レイリやラスティア、シュリ―フィアさんにも挨拶を済ませてきたというのに、どんな顔で翠月へと戻ればいいのやら。


『はあ…』


 異口同音の溜息が洩れたのは、その時。


「…疲れたわ、どうなってんだありゃあ」

「アタシに効くなよ兄貴。『へぇ…』とか言ってたくせに」

「何か変な感じだった。…えっと、あのくらいで皆、奮い立つものなの?」

「まさかな。魔術でも使われたのかって感じだぜ、まったく」


 エリクスさんからしても、やはり違和感を感じる光景だったようだ。少しだけ安心すると同時、何故あんな不可思議な状況が生まれてしまったのか疑念は増す。

 とはいえ、あの貴族が帝国側に寝返っていたり、と言うような最悪の部類に入る想像をする必要はない筈だ。俺達を罠にはめるような事に意味は無い筈だから。


「あ…」


 ふと視線を向ければ、そこにいたのはカルスとラスティアだった。二人が宿から少し離れたこの道で何をしていたのかは分からないが…しかし、今の二人の表情は、どう考えても唖然と表現するべきものだった。


「――え、三人とももう行ってしまったんじゃ!?」

「まだ、居たの…?」

「うん、出発は明日になったから…まだ?」


 ラスティアさんの発言は少々不穏だったが、しかし、予想通りだったと言えば予想通りか。今日出発する筈だったのに、こうしてのこのこと宿まで戻ってきているのだから。


◇◇◇


 シュリ―フィアさんからも呆れたような、少し安心したかのような視線を向けられてから一晩。俺達は再び荷物をまとめて、集合場所として指定された貴族街の大通りへと来ていた。

 昨日、ここの道を真っ直ぐ西側の門へと抜けていくと言う話もされていたようなので、今日は、カルスとラスティアさん、シュリ―フィアさんも道沿いのどこかで送ってくれるそうだ。俺達は馬車に乗って行くから、顔を出したりできないかもしれないが、それでも、とてもありがたい。

 きちんと誰かが見ていてくれていると言うのは、安心できる。…そう思う。


「どうしたタクミ、また考え事か?」

「え?いや…まあ、そんな所。別に重大な話って訳じゃないよ」

「ふうん…いやさ、もうそろそろ出発だってよ」


 レイリが言い終わるよりも早く、馬車は進み始めた。町の中と言う事もあって、速度はかなり穏やかだ。

 場所の乗り込み口付近に座ってはいるものの、さて、カルスたちを見つける事が出来るのかどうか。速度的に問題は無いのだが、いつも通りに王都は混雑していて、近くにいなければ見つけられそうにない。

 ――よっぽど、周囲と違う事をしていなければ。


「エリクス殿!」


 シュリ―フィアさんの声だ、と一瞬で理解できた。前方から聞こえてきたその声に身を乗り出して確認すれば、一台前の馬車から見えるように『飛翔』して手を振るシュリ―フィアさんの姿。人波から身体の上半分程を浮き上がらせたその姿は、一瞬、身長がとてつもなく伸びてしまったかのようにも見えるものである。

 視線を感じたかのように、シュリ―フィアさんはこちらを見た。そして、何やら自分の足元へ向けて呟いた。

 すると、シュリ―フィアさんと頭部の高さが同じになるくらいまでラスティアさんが浮上し、次いで、シュリ―フィアさんとラスティアさんに片腕ずつ掴まれたカルスが、二人より少し低い位置まで持ち上げられてきた。

 その間もシュリ―フィアさんはエリクスさんへと手を振っている。何時の間にやら随分と距離が縮まった物だ。

 さて、持ち上げられたカルスはといえば、何やら緊張しているようで、そのまま何もせず俺達の馬車とすれ違い――その時、二人に持ち上げられたままの状態で、一度深呼吸するのが俺とレイリの目には見えた。そして、


「タクミー!レイリー!頑張って!僕達も後で行くから!それまでちゃんと、無事でッ!」


 そう、大声で叫んだ。

 ラスティアさんほどではないにしろ、カルスだって人前で大声を出せるような性格をしていない。だと言うのにこんな大通りで、それも、未だに呼び捨てし辛そうにしていたレイリまできちんと呼んで言葉を伝えたのだ。

 ――成程、昨日の冒険者たちではないが、奮い立たない訳も無い。


「当然だ!無事に決まってんだろ!」


 レイリが俺より一足早くそう返す。だが恐らく、俺が返そうと思った言葉と、レイリが続ける言葉は同じだろうと思った。

 だから、そのままつなげる。


『待ってる!そっちも無事でッ!』


 離れて行くカルスとラスティアが、頷きを返してくれたように見えた。

 隣で、再び腰を下ろしたレイリが小さく笑った。それを聞いた時には、俺も同じように笑っていた。何が面白かったわけでもない、だが、強いて近い感情を上げるのならば、気が抜けた、または、安心した、という感情だろう。

 …そう、俺達の事を見て、そして思ってくれていると分かるのは、知らず知らずに追い詰められていたこんな状況でも尚、俺達へと安心をもたらしてくれるのだった。

 ――目的地は王国西部、要塞都市。

 一度は帝国軍に陥落させられ、急造で復興したばかりの、王国国防の要所だ。


投稿遅れて申し訳ありませんでした。

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