第五章エピローグ:招集と、
1/14,あとがきに追記
シュリ―フィアさんから帝国の進攻についての事実を聞いて――それでも尚、やる事は変わらなかった。
生活も変わらない。王都の住人にもその話は伝わっていないのだ。だが数日経つと、町の店に並ぶ食材の値段が少し上がっているような気はした。
町中を歩く兵の数が増えた、馬車の行き来が激しくなった。そんな細かな違いも、戦争がはじまったと知っているからこそ気が付ける程度の物だったのかもしれない。
だがまあ…何となく、空気は澱んでいる様な気もする。
午前の特訓を追えた俺は、宿に帰りながらそんな事を考えていた。
俺は兵士では無い。だが、いつだっただろうか、多分ミディリアさんから、戦争が有れば冒険者にも招集がかかるとか、そんな物騒な事を聞いた事が有る。
いやまあ、戦える力が有って、自分の故郷が滅ぼされそうだ、となった時に『兵士じゃないから』と言って無視する様な人格の人は冒険者にはいないだろうし、実力のある人間が多い冒険者を、戦争をしている国家が見逃すわけもない。それは分かる。分かるのだが…やはり、嫌だ。
人を傷つける事を目的として戦いたくない。
それは多分、普通の事だと思う。戦争の目的は殺人では無く勝利だろうとも思うし、今回は帝国から攻め込んできているから被害者は王国だ、反撃も当然、とも考えられる。
だから、個人的な感情論なのだ。…いやだいやだと言ってはいても、実際に自分やレイリ達が攻撃されたとなれば何を優先するのか、するべきかは分かっているし、無駄に終わるのは間違いないだろうけど、戦争そのものを止めようと動いている訳でも無い以上、あーだこーだと騒ぎたてるのはみっともない。
…でも、できる事なら命を奪う事は自重したい。戦争には捕虜という物が有った筈だし、忌種という強大な脅威が近づいている中、戦力となるだろう兵士を殺すのは余りに馬鹿らしい。
これも個人の努力で救える命なんてたかが知れているとは思うのだが、やらないよりはずっとましだろう。それに、きっと国も動いてくれる筈。
迫りくる戦争という恐怖に対して、覚悟と、そして楽観。その二つを重ねつつ、心の準備を行う。
とはいえ、だ。
「まあ、俺が戦争に招集されない、って可能性はあるよな」
「あー、確かにな。タクミは王国内での活動期間短ぇし」
新しい剣を鍛冶屋に頼んでいたというレイリも、今日は午前で特訓を切り上げている。
「まあでも、アタシと兄貴に関しては間違いねえだろうな」
「え」
「そりゃそうだろ。国内で育って、実力も有るんだからな」
そう言われれば、確かに納得だ。一瞬脳内を空白が埋め尽くし、そして、ほとんど何を考える事も無く応えを返していた。
「その時は、俺も無理やりついて行く」
「…おう」
レイリは一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔を見せてくれた。
――レイリに対してそんな事を想うのはおかしいかもしれないけど。
それでも、守りたいと。そう想った。
「…見つけた。二人とも」
その声は、唐突に向けられた。誰が発したのかと視線を向ければ、そこにいたのはミディリアさん。
「話が有るの。出来れば、エリクスさんにも伝えたいんだけど、今日は帰ってくる?」
「は、はい。まだ後数刻はかかると思いますけど」
「という事は王都の外…二人は忙しい?」
「えっと、俺はシュリ―フィアさんに言えば大丈夫ですけど、レイリは剣の受け取りが」
「…なら、良いわ。夜にもう一度来るから、その時には待っててもらって」
「あ、はい…」
ミディリアさんはすぐに立ち去ってしまった。方向からすると、行き先はギルド。
「何だったんだろう」
「…いやいや、流石に早すぎるか」
レイリには心当たりも有るようだったが、結局はそれも自分で否定していた。
レイリと別れ宿に入り、『飛翔』――と呼んでいいのだろうか――で帰ってきていたラスティアと合流、シュリ―フィアさんから魔術の訓練を受ける。最近はシュリ―フィアさんも忙しく、今日の様に半日ずっと付き合ってくれるのは珍しいので、出来る限り進展が生まれるように本気で訓練。
それから数刻経ち、レイリが戻ってきて、更に数刻もすれば、エリクスさんとカルスが宿へと帰ってきた。
「ミディリアさんが呼んでる?」
「はい。俺と、レイリと、エリクスさんを」
「…あっちが来るって?」
「はい」
「なら早めに飯は済ませとくか」
早めに夕食を終えて、一度部屋に戻ろうとしたその時、ミディリアさんが宿の扉を開けてはいってくる。
「…部屋まで上がってもいいかしら?あまり、人の多い所で話したい事ではないから」
「なら、俺の部屋で頼む」
エリクスさんの部屋へと向かう――全員で。ミディリアさんは俺とレイリとエリクスさん以外に話はないようだが、聞かせてはいけない話と言う訳でもないらしい。
「…さて」
「まあ、先延ばしにしても仕方がねえ、すっと言っちまってくれるか?」
ミディリアさんは少し疲れたような表情を浮かべていた。だがエリクスさんの言葉を受けた後、一度だけ目を強く閉じ、仕事をしている時の真面目な表情へ戻る。
そして、俺達に告げられたのは。
「エリクス・ライゼン、レイリ・ライゼン、そしてタクミ・サイトウ。以下四名には、この度の対帝国戦への派遣が、王国より命じられました」
――逃避の許されない、出兵の命令。
「やっぱりか、めんどくせぇ…だが何故だ?いくらなんでも早すぎる」
「冒険者はもっと深く侵攻されてからじゃねえのか?それに、何でタクミまで名指しなんだよミディ」
二人は落ち着いていたが、俺はかなり焦っていた。
いや、焦っていたというのは違うだろう。単純に、齎された事実の重さで思考が停止していた。
戦場へと向かう覚悟は、自分としては、少しずつ醸成させてきたつもりだった。だがしかし、これほど早く、そして強制的な形で向かわされることになるとは思っていなかったのだ。
「それに関しては、御免なさい、私の落ち度よ」
「…ミディが推薦した、とかじゃねえだろ?じゃあなんで」
「…タクミ君、タクミ君が王都に来たばかりの時に受けた貴族邸の護衛依頼、あったでしょ?」
「は、はい…」
どうにか答えて、その理由を聞こうとする。
「今回の冒険者に対する徴兵令、調べてみたら根元にそこが関わってたの。多分、依頼を受けた時にギルドカードを渡した?その時に、情報を抜かれてた…んだと思うわ」
「情報を…?」
記憶を遡れば、確かにそんな事が…有ったような。だがしかし、その言葉から思い出す事が出来たのはもう一つ、同じ時期にミディリアさんから聞いた事。
「『ギルドカードは他人に渡すな』…ミディリアさんに言われてたのに」
「あれは、貴族がこんな行動とるとは想定していなかったから、私の言葉を無視したとか言う話じゃないわ。変に落ち込まないで…結局、私が皆と個人的に関わっていると知られていなければ、皆に情報を渡す事は出来ないって言い張る事も出来たんだから」
ミディリアさんはそう言うが、あれはその言葉を聞いてすぐの事だった筈だ。だとすれば、警戒心が足りなかったのは事実だろう。
…いや、もう後悔したって仕方が無い。受け入れて、その上でどうにかする方法を考えなければ。
「招集は一週間後です。これは強制されたものであり、拒否に際して冒険者としての資格を永久に破棄されます。…でも、そうね、ええ、逃げられるのなら、逃げても良いんじゃないかしら」
「…ま、俺は無理だわ」
「アタシもだ」
「…俺も、です」
俺達がそう答えるのを聞いたミディリアさんは、一度唇をかみしめた後、頭を下げ、部屋から出て行った。
「…ふむ、仕方のない事とは言え、某もこの状況ではまだ攻勢には出られぬ。三人とも、勝てとは言わぬ、だが、どうか生き延びてくれ」
「シュリ―フィアさんに言われなくても、当然っすよ。…生きなきゃならない理由が有る」
「…まあ、正規の兵じゃないですし、最悪は逃げますよ」
「絶対に生きて帰ります。こんな所で死んだら意味が無い」
行こう。逃げたって戦争そのものはなくならないんだから、どれだけの事ができるかは分からないけど。
「せ、戦争…に行くの?三人とも?」
僅かに震える声でそう呟いたのは、カルス。
「…私も、行く」
「ぼ、僕も!」
カルスとラスティアはそう言うが、しかし、…個人的には行ってほしくない。
強制された訳では無く、王国が故郷と言う訳でも無いのだから、無理に戦場に出て危険な目に合う事はないだろうと思うのだ。
「二人は、無理についてこない方がいいと思う。戦場はやっぱり危ないし、招集もないんだから」
「…まあ、そうだろうな。今はまだあれだが、もし戦況がやばくなったら、聖教国の方に行くのも有りだと思うぜ、俺は」
俺とエリクスさんの言葉に、しかし二人は怯まなかった。意見を翻さないという強い意思すら、その瞳からは感じる。
「タクミ達は危ない所に行くんでしょ?それも強制的に。だったら、それを放って待ってるなんて出来ない」
「私達も、強くなった。足手まといには、ならない。…ちゃんと、考えてた」
「考えてた、って」
「シュリ―フィア、さんが、戦争が有る、って言った時から」
「もしも皆が行くのなら、僕達も行こう、ってね。…流されてる訳じゃないよ」
…そこまで言われると、俺に断る事は出来ない。結局の所二人の意思で決めるべきではあるし、既に考えを巡らせた後だと言うのなら、仕方が無い。
などと考えている俺の隣で、レイリが二人へ話しかけた。
「いやまあ、それは良いんだけど。…カルスとラスティアは招集されなかったろ?となると、どうやって参加するのか分かったもんじゃねえぞ。…アタシ達と同じ場所とは限らねえし」
「それでも、ここで待ってるよりはずっと近い場所でしょ?」
「それも、気がついてた」
――最終的には二人も参加する事が決まった。既に二人が決めているのだから、当然と言えば当然だ。だがしかし、まだ一般の冒険者に出兵要請は届いていないようだ。二人は国内での活動が少ないから、俺と同じでギルドカードの情報が貴族に渡っていても招集されなかったのだと考えれば、一般に招集が下るまで戦場には向かえないだろうと言う話だ。
そこで無理を通して戦場へとついて来ると、むしろ邪魔になる可能性が高いという話になって、カルスとラスティアの参戦はその時まで先延ばしにされることになった。
そして、その後。俺、レイリ、エリクスさんの三人だけが残った部屋で、再びエリクスさんが口を開く。
「…行き先は戦場だ。相手は忌種じゃなくて人間。組み手じゃなくて殺しあい。殺せとは言わねえけど、殺さずにどうにかしようってのが甘い考えだってのは分かるか」
「ま、当然だな」
「はい。分かってます」
「俺もレイリも、まあ大丈夫だ。…俺とレイリは昔、北の方で小競り合いに巻き込まれた事が有る。その時に人は斬った。今更吐いたりはしねえ…がタクミ、お前はどうだ?」
エリクスさんとレイリが人を殺した事が有る、という発言は、少し心を波打たせたが…昔レイリが言っていた言葉からなんとなく分かっていた事でもあるから、動揺は少なかった。
だがしかし、最後の問いかけは別。俺自身への問いかけだ。
「人を殺した事は、無いです。無いと思います。ロルナンで…邪教と戦った時は攻撃しましたけど、あの時は結局、自分では止めを刺そうとしていませんでしたし」
「そうか、なら最初は気をつけろ…あれはな、覚悟を決めたくらいでどうにかなるもんじゃねえぞ」
…唾を飲み込む。後一週間あるが、それでも尚、凄まじい緊張感だった。
戦争なんて物、結局は話や映像でしか知らないのだ。大勢の人間が正面から殺しあいをする、なんて状況に放り込まれた事などはない。覚悟を決めたと自分が思っても、実際にできるかどうかは分からない。
――それでもきっと、俺は、やらなきゃならない時にはやるのだろう。言い訳して逃れるか、現実を直視して立ち向かえるか、それはその時に成らないと分からない。
『慣れろとも言わねえけど』とエリクスさんは付けたして、立ちあがり、部屋の隅に積まれた荷物に手を伸ばした。
何やら古臭い物の様に見える。二人の家にあんな物が有っただろうかと思うも、隅々まで見たわけではないのだから分かる筈など無かった。
「まだ一週間はあるが、荷物の整理しとけよ?荷物は全部、どっか別に用意される場所に保管だろうから…っと」
風呂敷に包まれていた大量の荷物は、どうやら本や巻物のようなものらしい。一枚の大きな布で縛られたそれには隙間も多く、他の荷物と壁の間から抜かれた衝撃で中身がこぼれおちてきた。
「…やっぱこれ多いな。もうちょっと選別してくるんだったか」
「ま、こんなもんだろ。アタシも荷物の準備しとかねえとな。…そうだ兄貴、絵とか綺麗に保存しとく方法あるか?」
二人は何やら話しあっていたが、俺はそっちを気にする余裕はなかった。
開いた巻物に書いてある字に、日本語として訳された文字が浮かぶ。だが、それは。
「おい、どうしたタクミ?何で兄貴の巻物眺めてんだ」
「…これ、エリクスさんのなんですか?」
「ん?ああ、俺の祖父が書いてた物っぽいな。どうかしたか?」
「読めますか、これ」
「いや、さっぱりわからん。昔に貰ってたやつは、読み聞かせられたから内容は分かるってくらいだし」
――だとすれば、ほぼ間違いないだろう。
今、俺の目に前に有る二つの文字。だがしかし、いつもは浮かび上がった方の者を読むのに対して、これは…元から書かれた方の字が読める。
「『雷然』、その扱い方と応用について…」
「…は?」
「…読めんのか!?それ!」
エリクスさんの祖父が書いたという巻物は、どこからどう見ても、日本語で書かれたものだった。
これにて第五章終了です。六章以降が後半ですが、おそらく後三章程で終わるかと。
六章は来週末には投稿開始の予定です。それと、おそらくそれまでにあらすじを書きかえるか書きたすかすると思います。今の状況とは乖離していますので。
※上記の内容について、これから約二週間ほどはとても忙しい(検定取得や臨時試験など)ので、早くても今週の平日、遅ければ再来週の休日まで実効が遅れる目算です。申し訳ありません。




