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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第五章:獣人、信仰、悪意、そして
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第五十四話:布告

「神託…多分、あの日の、タクミと、同じ。そう思って、来た」

「…二人も、見たの?」


 驚きつつも、同時に納得できる言葉だった。と言うか、アリュ―シャ様の口ぶりからすれば当然の事だと思う。神の子孫三代目まで、と言っても、二人はそもそも確実に神の子孫である事が確実とされていたあの村で育ったのだ。カルスの両親は無くなっているけれど、村の構成を見るだけでも、確実に神様の血が入っている筈。


「瘴気の量が増えて、強い忌種が生まれる。出来るだけ瘴気を消してほしい…って」

「でも、余りに、多過ぎる」

「うん。…浄化の力だけで対処するのは無理が有るかな」


 大陸と同じだけの体積に、例えば、村を覆っていたあの瘴気の液体が入るとしよう。皆は一か所にまとまって浄化の力を使って、それでも耐えるばかりだった。今は力の使い方にも慣れている筈だけど、それだけでどうにかなるなんてとても思えない。と言うよりむしろ、焼け石に水と言ってしまった方が近いだろう。


「ちょっと待てよ。何の話してんだお前ら」


 不機嫌そうにレイリはそう言った。

 …確かに、レイリには全くついて行けない話だったか。会話の内容に分かる部分が有ったとしても、変な妄想としか捉えられないような物だし。


「えっと…信じてもらえないかもしれないけど」


 前置きしてから、説明する。瘴気の増加によって強力な忌種が増える事になると言う話を神様から聞いた事、カルスとラスティア達が神の子孫である事も、話す。


「はぁ…?」

 

 それでも尚、レイリは全く理解してくれなかった。でもまあ当然だ、自分で説明するたびに思うが、こんなの当事者じゃ無ければ到底納得できないだろう。

 どうするべきかと考えても、答えは出ない。レイリは結局、そう言う設定で自分達がどういう行動を取るか、と言う話をしている――つまりはシミュレーション――だと思う事にしたようで、自分の意見なども出してはくれるのだが、この場合、…結局、少人数ではどうしようもない、という結論しか出ないのだ。

 まあ、社会的な立場が無い俺達がどうこう言っても、状況を変える為には力が足りないと言う事だ。僅かに自嘲しながら、とりあえず朝食を取ろうと一階へ降りようとすると、エリクスさんがちょうど上がってきた。


「…お、おまえらも起きたか」


 その表情は、何処となく嬉しそうではあったが、どちらかと言うと落胆が強く表れているようだった。


「何が有ったんですか?その…疲れているように見えると言うか」

「いや、な…。何か俺、昨晩ずっと、シュリ―フィアさんと食堂で寝てたみてぇなんだわ。しかも寄り添って」

「…えっと、多分ですけど、おめでとうございます」


 そう言うと、エリクスさんは微妙な表情を浮かべた。


「そりゃまあ、それ自体は嬉しいけどよ。朝急にシュリ―フィアさんに起こされたと思ったら、何かシュリ―フィアさん、怒ったっつうか、焦ってる感じで、『すまない、急用だ』って一言だけ言って宿出てっちまった」

「ゲェ…兄貴寝てる間になんかしたんじゃねえの」

「してねえよ!…してねえよな?」

「知らねえ」


 エリクスさんとレイリが兄妹漫才を行っている横、俺は、『まさか』と言う感覚を抱いていた。

 いや、本当に『まさか』なのだ。だが、起きてすぐ、焦った様にどこかへ出かけた、となると…シュリ―フィアさんにも神託が有った、と言う可能性もあるのではないか?

 勿論、そうでない可能性は大きい。だがしかし、神の子孫であるカルスとラスティアや村の皆が浄化の力を使えるように、シュリ―フィアさんもまた、神の子孫であるが故に、守人に成れるほどの何らかの力を持っている、と言う事だってあり得るのではないか?

 アリュ―シャ様は『聖銀弓姫』と呼ばれる女神であり、聖十神の『聖陽白浄』に仕えていると言う事だった筈。でも、他にも聖十神はいる訳だし、仕える神々の数は更に多くなる筈だ。戦争、というものはそんな少人数で行うものではないだろうから、それこそかなりの数に成る筈。

 『聖陽白浄』、『蒼光覇伐』、『賢静智深』、『深淵裁審』、『月煌癒漂』…確か、アリュ―シャ様はこれらの神々と、それに仕える神々の子孫へと神託を出す、と言っていた筈だ。単純計算なら全ての神のうち半分の子孫に、と言う事に成る。まあ、そこまで血の濃い人は少ないだろうとも思うが。


「できる事が無いとはいえ、何もしないって言うのはおかしな話だよな」

「だからこうやって修行してんだろ。明確に期限って言えるような時期を作ったんなら頑張れって」

「分かってる、よ!」


 加速するレイリに追いすがる。

 レイリも、食事時ですらある程度結論が出ていた筈の神託について俺達が話しあうせいで、ある程度は真面目に聞いてくれるようになった。まあ、神の子孫がどうこうという話では無く、近い未来に脅威が訪れると言う事についてなのだが。

 『強くなる事に貪欲になるのなら、コンビとしては願ったり叶ったりだぜ』と言われれば、義務感以上にやる気も湧きあがる。

 だが結局、やること自体は変わらないのだ。明確な目的と期限が生まれ、激しさを増すだけで。


「体力もついたし、こっちから弓の特訓進めといて何だが、やっぱあれだわ、タクミ。…接近戦、出来ねえだろ」

「はい!避ける方しか出来ません!」

「魔術でも何でもいいからかかって来い!但し接近戦のみだ!」


 そう叫ぶエリクスさんへと向かって疾駆する。そう言う事ならと、結局今まで数度しか使っていない『本能』――カルスたちの族長から教わりつつも、求められていた物とは違うと言われたそれを再び使用。

 肉体に掛けられた加瀬が外れるような感覚と共に、体が加速、戦闘欲求の上昇と共に思考が鈍化して行き、次第に、自分の行動を、行った後から俯瞰する様な意識に変わって行く。

 エリクスさんの背後へ回る、回れない、既に振り返っていた。蹴られ、飛ばされ、宙返りして再び前へ出た瞬間、顔面に足裏を合わせられ、止まる。

 出来たのはそれだけ。ぐうの音も出ないほどの完敗。


「魔術使えってったろ。誰も殴り合いで勝てなんて言ってねえ。頑丈な武器持ってねえんだから、囲まれて接近戦するしか無くなった時とかは限界まで攪乱するように動け!」

「はい!」


 そりゃそうか。エリクスさんは軽装だが、これが例えば、鎧を着こんだ相手なんかだと、腹を殴ったりしても相手は痛くも痒くもないだろう。むしろ俺の拳が砕ける。忌種の肉体は固いから、武器なしでどうんかできるものではないのだ。

 魔術だけが、きちんと通用する武器。となれば俺が目指すのは、乱戦の中でも攻撃に当たらず、相手を撹乱して魔術を打ち込む事…あれ、攻撃に当たらない、って、カルスのやってる事とほぼ同じ?


「でもカルスのあれ、本能を利用している訳で」


 今更どうにかできるとは思えない。それでも、攻撃に対する対処とかは、どうにか真似できる所も有るかなとは思う。午後の訓練では練習してみよう。

 …と、シュリ―フィアさんの『急用』が午前中では終わらないという前提で動いている訳だが、これがもし信託などに何らかかわりのない物だった場合、シュリ―フィアさんに午後の訓練もこっちでやるって伝えてないから入れちがいに成りかねないな。


「まあ、それはそれ、これはこれ、と」


 持ってきた弓を構え、矢を番える。当てるべき目標は特にない。今日の練習は射撃の精密さを鍛えるためのものではないのだ。

 シュリ―フィアさんから教わった技術の一つ。魔法陣からの派生であるらしいそれは、僅かな細工を必要とするものの、矢の威力を向上するには都合のいいものだったと言える。


『魔術を魔術士でなく、物体に彫られた陣が代行する。それが魔法陣だ。そして、その陣の最も簡素な形を使えば、魔法を記録、代行するという行為のみを行う事に成る。

 単純化されたそれは魔術的な解析も可能であり、物体や事象へと、魔法陣の様に彫り込む事も可能』


 シュリ―フィアさんに言われた時は何が何やらさっぱりわからなかったのだが、何度か質問して、更に実行に移したことでようやく理解が出来た。

『魔術士が発動した魔術を、周囲の魔力をかき集めて何度か発動させる』それが、最も簡素な魔法陣によって引き起こされる事象であり、それを解析した魔術で引き起こせる事でもある。

 それが発見されるより前に有った魔術と似通ったものであったがために、疑似と頭へ付けられたその魔術の起句は『疑似模倣』。

 …弦から僅かに軋む音がするほど矢を引き絞る。


「『疑似模倣』『風刃』」


 起句を唱え、それと同時、番えた矢を中心に、周囲を漂う魔力が引き込まれる感覚を得る。

 それを感じた瞬間には、もう矢から手を話していた。飛んでいく。

 先に放った『風刃』は、少し先で地面へ傷をつけていた。威力にも方向にもこだわらない一撃だが、それでもその傷はかなり深い。

 それを確認した時、ちょうど矢がその傷を越えた。そして、遂に効果が発揮される。


「…まあ、最初よりは全然ましか」


 矢が通った場所を中心に風がうねり、四方八方へと草が散らばる。だがそれは決して一定の物ではなかった。

 切断されたもの、これは間違いなく『風刃』が『風刃』として、正しく効果を発したのだろう。

 だがしかし、根から掘り起こされた様に散らばっている草に関してはそうではない筈だ。これまでも経験してきた失敗――難しい魔術は再現できない、原則として伝えられているそれが、見事に効果を現している。

 『風刃』ですらまともに再現は出来ないこの魔法陣。だが、例え刃の形に成らなくても、風雨に晒されて固まった土地から綺麗に草を抜いてしまうほどの暴風が吹き荒れれば、飛ばされるか、そうでなくても身動きを止めてしまうくらいの効果は望める筈だ。


「とはいっても、【滅亡級】だったっけ?そんなのが来たら絶対に効かないだろうし」


 強くなった、それは間違いない。多分、準備して行けば、聖教国で戦った中位忌種の群れにも一人で対処できるだろう。それは、カルスとラスティアも同じだ。

 でも、やっぱり足りないのだ。守人程の圧倒的な力が無ければ、とてつもない力を持つ忌種に正面からは抗えない。


「修行は欠かせない。都合よく強くなる方法なんてない。でもなぁ…焦るな、やっぱり」


 情報を得て、その為に備えている。でもまあ、これは極端な話ではあるのかもしれないが。

 もし【滅亡級】なんて呼ばれるとんでもない忌種が突然自分の隣に現れたとして、俺は生き残る事が出来るだろうか?

 …そんな事は、自問自答するまでもなく分かっている。死だ。死しか無い。準備してから近づいても生きて帰る事が出来るとは思えないのに、不意打ちなんてされてどうにかできるわけがないのだ。

 弱音を吐いていると思う。でも同時に、これが事実でもあるだろうと思う。中位忌種に勝てると言っても、苦戦は免れない。つまり、今の状況でも上位忌種に複数囲まれれば生存は怪しいのだ。

 知らず、溜息が零れる。生きる事を諦めるわけはないが、どうしようもなくなる事は有り得るのだとようやく理解した。

 まあ後は、そんな状況に陥っても、出来る限り抗う事が出来るように鍛えるだけ、結局はそこに帰結するのだ。


◇◇◇


 カルスの動きを真似しようとして、結局どうやって攻撃を察知するのか、完全に感覚派だったカルスの説明からは完全に理解できなかった。やっぱり無理が有るのかもしれないが、せめて攻撃の一つ一つを受け流す方法くらいは覚えようという決意を固めつつ、俺達は王都の中へと再び戻っていた。


「シュリ―フィアさん…帰っているだろうか」

「タクミ、兄貴がなんかこう…王都に近づくほど落ち込んでんだけど」

「シュリ―フィアさんに変なことしてないか、って心配になったんでしょ?多分だけど」

「疲、れた」


 ラスティアさんが疲労困憊を極めた結果、『飛翔』したうえでほとんど地面すれすれの高さに移動、直立状態で動くと言う横着を始めていたが、仕方が無いだろう。結局何か武術を極めると言う話の上がらなかったラスティアさんは、最終的には単純な体力作り――走り込みを、一日中させられていたのだから。

 意識だけで体が動かせるからちょうどいい、と言った所なのだろうか。いやしかし、道をすれ違う人達のうちの一部は奇怪な物を見たように目を見開いて驚いているから、こう言う本当に疲れた時以外はしない方が良いだろう。


「シュリ―フィアさんッ!」


 何となくで思考を重ねていた俺の耳に、そう叫ぶエリクスさんの声が聞こえてきた。緊張で幻覚でも見えてしまったのかと一瞬本気で疑ったが、道の奥、よく目を凝らしてみれば、見覚えのある蒼髪が見える。…シュリ―フィアさん限定で視力が上がるのだろうか。俺でもかなり危うい距離なのだが。


「俺行って来る!」

「ちょ、兄貴待て――行っちまった」

「まあ、場所は追えてるから大丈夫、だと思うよ」


 そのまま道を進んでいき、エリクスさんとシュリ―フィアさんが話しあっている場所へ。それは、どこかの商店の建物、その外壁すぐ傍だった。


「来たか、…某は、皆に報告しなければならない、某が報告しなければならないと思った情報を持ってきたのだ」


 シュリ―フィアさんはいきなりそう言う。俺の予想が当たっていたとすれば、ここで伝えられるのは忌種や瘴気についての情報だろう。シュリ―フィアさんからも情報を入手出来れば心強いことこの上ない。


「これは機密情報だ。貴殿等が機密保持に協力してくれると信じている。民衆が恐慌をきたしかねないものであるが故に、な」

「そんなに重い話なんですか?」


 エリクスさんがそう問いかけると、シュリ―フィアさんは深く頷く。


「先ほど、だ。某が有る情報を伝えに行ったその場で、帝国側よりある知らせが届いた」

「ある、知らせ」

「ああ。難解な長文では有ったが、要約すれば宣戦布告。――帝国が、半年前の一戦以来の進攻を始めた」


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