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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第一章:沈んだ先の戦世界
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第十八話:岩亀蛇

 起床。

 一回に降り、朝食を食べる。昨晩も少し思った事だが、おやっさんの料理が美味しすぎてこの店の料理がイマイチに感じる。別にこの店の料理がまずい訳ではないが。

 早くロルナンに帰りたい。

 まあ、明日の夜には帰る事ができるだろうし、それまでの辛抱か。


「さて、町の外に向かう事にしようかな」


 今日はいよいよペルーダ討伐だ。話を聞くたび、ゴブリンよりも強いのがひしひしと伝わってくるから、不安が無いとは言えないけれど、油断なく、周囲に注意を払っていればきっとどうにかなる筈だ。

 …今までどうにも注意不足だった所を襲われてピンチに陥っているからな、忌種が出没しそうな場所では不用意に走ったりしないようにしよう。

 白梟亭の外へ出て、そのまま門も通り抜ける。

 この町の北東に有る山、と言うのは…、あれか?山頂付近に雪の積もった、見た感じ、標高二千メートルは有りそうな岩山。ロルナンの町でも見えていた程の山だし、山頂に関しては、ここからでもかなり遠いのだが…、麓なら恐らく、歩いて二時間程度。

 それに加え、それ以外に北東の山は存在していないので、間違いないだろう。

 まあ、伝承が伝わるような山だし、地味なものではないと思ったが、この山の事だったのか。

 平野に関しては走っていっても良いだろう。二時間もただただ歩くのは、正直に言って暇すぎる。


◇◇◇


 岩山の麓、湿地帯。

 沼地と言うには少し地面がしっかりしているが、この近くに構成員さんが言っていたであろう沼地があるのは間違いないだろう。その証拠に、俺の足の数倍のサイズの足跡が地面に残っている。山からこのあたりまで下りてくることもあると言う事だろう。しかも最近だ。

 警戒を強めなければいけない…。

 水音がするのは、より山に近い方向だ。今のところペルーダの姿を見てはいないけれど、今の足跡からして、どう考えても見逃してしまう相手ではない。

 慎重に、目と耳を出来る限り活用しながら進んでいく。

 すると、木の間に、ほんの少しだけ開けた場所がある事が分かる。しかもその地面は光を反射しているのだ。沼地か川か、はっきりとした事は言えないが、確実に水場だ。

 顔をのぞかせた途端、そのすぐそばにペルーダが居るかもしれない、と言う恐怖を感じながらゆっくりと木の間から身を乗り出す。

 すると、そこに有ったのは泉。沼地とは呼べない、きれいな水が湧き出ていた。

 …少し、のどが渇いた。川なんかは動物のフンなんかから微生物が繁殖している、って言うけれど、地下水なら多少は大丈夫だろうか?

 意を決し、飲む。

 冷えた水が心地よい。この山の山頂には雪が積もっていたし、冬が近いのかもしれない。


「よし、喉も潤したし、もう一度ペルーダ捜索を開始しますか」


 ここは泉だった。だが、水の多い場所だと言う事に変わりはない。それならば、この泉の流れていく先に、水が蓄積されて沼地のようになっている場所があるのではないか?

 現に、俺が来た方向よりも太い小川が、別の方向に伸びている。そちらへ行くのが正解ではないだろうか?

 しかし、進めば進むほどに土がぬかるみ、泥に変わっていく。

一度歩きやすい場所に移動して、回り込むように向かうべきだろう。ぬかるみの少ない方向へと向かい、足場を確保しながら再度進む。

緩やかな坂道を登った先は、再び下り坂となり、その先に窪地と、泥の溜まった空間。

 そして、沼の中に生えた草むらに顔を突っ込む、亀の様な足に石のような灰色の鱗。背中の中心からから棘をはやした、巨大なトカゲのような生物。

 俺の首元辺りまでの高さと、おおよそ七メートルほどの全長。あれがペルーダだろう。今のところ俺の事には気が付いていない。

今までの反省を生かし、周囲に気を配りながら少しずつ近づく。

この距離からでも『風刃』は届く。しかし、ゴブリンとは違い奴は鱗で包まれている。当たった所で切り裂けない可能性があるのだ。

沼地で使える魔術は、『風刃』、『水槍』の二つか?いや、前回の森での『砂弾』の失敗経験を考えると『水槍』も泥混じりで重くなってしまうかもしれない。最も使いやすいのは『風刃』か。

 こう考えると『風刃』の使い勝手の良さはずば抜けている。頼りきりなってしまうと他の魔術を使うと言う選択肢が減りそうだから嫌なんだけどな…。

 …今回の相手は一体だけ。それなら、『水槍』や『砂弾』で狙う範囲を狭めていけば、問題なく討伐する事もできるんじゃあないだろうか。視界の外で泥や水を固められれば関係ないだろうし、むしろ重い分普通よりも威力は上がるかも知れない。

 ペルーダは、沼の草むらに顔を突っ込んだまま何かを探している様子だ。あの姿で草食と言う事はないだろうし、獲物でも探しているのだろうか。魚食?

 ペルーダまで、おおよそ残り六メートル。これ以上近づけば水音で木に隠れようが見つかってしまうだろう。

 出来る限りペルーダの近く、そして死角になっている場所に泥で出来た『水槍』を用意、狙える場所は胴体だけだから、一撃で止めを刺す事は出来ないだろうけれど、大量出血くらいなら狙えると思う。


「………『水槍』」


 泥混じりの黒く染まった水が槍の形状に変わり、いまだに草むらに顔を突っ込むペルーダの横っ腹に突き刺さり、


「ッ…!」


 そこで停止。あの石のようなうろこが想像以上に硬かった。五、六センチ程しか刺さっていない。ゴブリン相手ならかなりの深手だろうが、この巨体に対してどれほど効いてくれるのか…。


「グルゥゥゥゥ…!」


 痛みをこらえるようにうめき声をあげながらも水槽が飛来した方向を睨みつけるペルーダ。俺が何処にいるのかはまだ分かっていないようだが、どちらにしろ近くに自分の敵がいる事に気が付いている。不用意に逃げるのはむしろ危険か。

 ならば、もう一度死角から攻める必要があるだろう。火を吐いてくるような相手の目前に立つのは危険だ。

 しかしどうするべきか、『水槍』を撃ちこんでもあの程度の傷で、今もうろうろと歩きまわり、俺を探す程度の体力も残っている。普通に魔術を撃っても止めには成るまい。

 強力な一撃…魔力を普段よりも込める感覚で魔術を使うか?いや、今はかなり警戒している。不意打ちだったからこそ俺の居場所は見つけられていないが、もし大技を避けられてしまえば、流石に居場所が露見することは避けられないだろう。

 ならば、避けられない攻撃…面で攻めるか?威力は低いが、『砂弾』を食らって無傷と言う事もないだろうし…いや、それじゃあ火力が足りないか。いつまでたっても倒せない。

 …『砂弾』で足止めをしながら、『風刃』や『水槍』で傷つけていく、と言う事ならどうにか成るかもしれない。


「グルルルルッ!」


 こちらに歩いてくるのが水音で分かった。不意打ちなどと言っている状況ではない。

 先に飛び出して、俺が攻める流れを作ろう。

 木の右側へ飛び出す。視線の先、こちらへと向かっていると思っていたペルーダは、数メートル先で立ち止まり、


「グォォォォォォオオ!」


 一度大きく首を上に振り上げ、反動をつけながら振り下ろすと同時に、びっしりと牙の生えたあぎとから炎を吐き出した。

 ゴォッ、と音を立てながら火炎放射機のように空中を真っ直ぐ進む炎は、俺が今まで潜んでいた木に一瞬で燃えうつった。

この沼地で、大量の水分を含んでいたであろう木を一瞬で燃やす火力、正確な威力がどれ程までのものかは分からないが、間違っても自分の体でためそうなどと思う事はない。


「…!『砂弾』!」


 少し動きを留めたペルーダに対して『砂弾』を撃つ。多量の水分がふくまれた砂弾は、ペルーダの鱗に大小の傷をつけ、木に燃え移った炎の勢いを弱める。

 だが、ペルーダは再び動き出した。

 やはりこの程度の威力では駄目かッ!魔力をもっと込めなくては!


「『砂弾』ッ!」


 魔力をより多く込めた『砂弾』は、ペルーダの鱗を貫くことに成功した。流石に身体の中に泥を撃ちこまれては気にしない訳もなかったらしく、うめき声をあげながら大きく身もだえしている。

 この隙に追撃をかけなくてはいけない。


「『水槍』ッ!」


 飛び立った槍は再び鱗へと突き刺さり、そして、再現のように止まる。最早死は逃れられないであろう程度の傷は既につける事ができた。

 だが、それはこの場で倒せた、と言うこととは同義ではないのだ。あれだけの傷を負っても未だペルーダは動き続けている。そのうえ逃げようと言うそぶりすら見せず、執念のこもった瞳で俺を見つめながら、こちらに向かってる事を止めようとはしない。

 ならば、俺も逃げるわけにはいかない。早く仕留めなければいけないだろう。

 先ほどとは比べるべくもない程の痛みを感じているであろうに、まるで今の『水槍』は当たっていなかったかのような動きだ。

 今度は『風刃』を首に向けて撃ってやろう。『水槍』よりは威力が落ちるが、首は他より少し細い。忌種も命があるのなら、首を切られてどうにもならないなんて事はない筈だ。太い血管を切れれば尚の事。

 一度距離を取る。遠い相手には炎を吐いてくる可能性がない訳ではないが、真っ直ぐペルーダを観察していればその前兆は窺い知れる筈。炎を選ばなければ後は歩いてくるだけだが、それも今の奴にはつらい行動だろう。


「グゥッ!グルルルルルルォォォォォォォォォオオオオオッ!」


 しかし、そんな俺の想像とは裏腹にペルーダはいきなり体を前傾させ、突進するとともに炎を吐きだした!

 見ていれば回避することも可能だとたかをくくっていた俺の左腕が炎に包みこまれる!


「ッ!あああッ熱ッ!くっそ『風刃』!」


 あまりの熱さに咄嗟に右腕を水たまりに押しつける。沼地故に泥が浮き上がり、不潔だと一目でわかる様な水の色だが、気にしてはいなかった。

 『風刃』…それも、痛みをこらえようとした反動にかなり多量の魔力を込めた物を首に撃ち込んだ訳だが、効果は有ったのだろうか?それを確かめるために必死に振り向く。俺の視線の先、首から膨大な量の血を吹き、もがきながらゆっくりと倒れていくペルーダの姿が映った。

 …どうやら、命拾いしたようだ。どちらにしろ死ぬのは決まっていただろうに、あそこまで足掻くとは…。

 忌種、というものはやはり人間を襲うことを習性としているのだろうか?自分の命も投げうつ程に?いや、ゴブリン、人から小人鬼と呼ばれる奴らも、集落を築き生活をしていた。俺を追いかけて来たのだって、集団ならば勝てる、と踏んでいたからだろう。

 それをこのペルーダは深手を負って尚俺に向かってきた。理性の無い瘴気汚染体とは思えない動きだったし、どこか不可解だ。

 …気を逸らそうとしても、腕の痛みは消えなかった。一度ここから離れて、あの泉にでも移動するべきか。あそこの方がまだ水はきれいだ。

 そう思い腕を水たまりから引き上げる。火傷の様子を見てみれば、


「うわ…」


 肘のすぐ下から指先まで、僅かに赤くなっているだけの所から腫れ、変色した部分まで様々な形で大火傷。これはまずい。あの泉なら水も綺麗だ、早くあそこへ移動しなければいけない。

 走る。痛む左腕を抑えながら、坂道を上り、先程水を飲んだ泉へ。

 倒れこむように左腕を泉につける。

 更に痛覚が刺激されるが、何もしない訳にはいかない。更に言うなら、この対処法で正しいかすらも分からない。大火傷した人に水をかける訳もないと思うが…、俺は親に教えてもらったこの民間療法しか知らないのだ。

 取りあえず、数分間浸しておこう。

 …この火傷は、町に帰った所で治る様なものだろうか?先日ギルドの医療室のような場所にいたわけだが、あまりいい設備では無かった。医学的にはあまり信用できそうにない。この世界特有の、例えば、魔術を応用する様な医療があればいいのだが、もし無かったら…。

 ああ、あまり暗い方へ考えを向けるのは良くないな。それ以外の事を考えよう。

 …そうなれば、次に気になる事は、やはりあのペルーダの行動か。そう言えば、構成員さんも何故この沼地に来るのか分からないと言っていたし、俺が初めて奴を見た時も沼地に顔を突っ込み何をしているのか分からないような奇行を行っていた。

 痛みが引いたころに、あの草村を見に行ってみるか。もしかしたらそこに、あの執念の理由となる何かがあるのかもしれない。

 …取りあえず、今は少し休もう。痛みもほんの少しだけ引いた。数分後に様子を確認しよう。


◇◇◇


 「………………な」


 腕を水につけて数分。俺の左腕を見るも無残に覆っていた筈の火傷は、肌が赤く、痛みも、僅かにピリピリとする程度しか残っていなかった。

 水に()けるだけで、ここまで劇的な変化があるものか?いや、そんなことはない筈だ。火で炙られ、変色する程の火傷が水だけで回復するなら火傷を怖がる人はきっと減る。この泉に何か特別な効果があるのか、とも疑ってしまったが、隠れた場所に有るわけでもないこの泉にこんな効果があるのなら、もっと有名になっている事だろう。つまるところ、おかしいのは俺かあの炎のどちらかだ。

 正直なところ不気味としか言えない回復速度。そもそもあの炎は敵を害するためのものだろうし、それがこんな軽傷で収まるとは思えない。

 思い当たる節が無い訳ではないが、確証を得る事は出来ないだろう。

 ならば一度忘れる。泉を離れて、もう一度あの沼地に行くことにしよう。あの草むらの中に何があるのかが気になる。

 一体一体時間を空けて現れる、と言っていたし、危険がない訳ではないが、再びペルーダが現れた時は全力で逃げよう。

 再び沼地へ。

 有る程度あたりを探ってから沼地の中へと侵入する。気配なども感じないので、少なくとも今は近くにもペルーダはいないだろう。

 ペルーダがのぞきこんでいた草むらに近づき、中に入ってみる。

 何かがあるのか、と言われれば、余り変ったものがあるとは思えない。近くの草むらと同じようなものばかりだ。もちろん、俺は奴らが何を食っていたのかなんて知らないのだが。

 一応、屈んで詳しく見てみる。そこには、泥の黒にまぎれて巨大な亀のような形状のペルーダの足跡が。

 どうやら、この奥にまで入っているらしい。もう少し進んでみよう。

 ………そして、数メートルほど進んだ先に、ペルーダが立ち止まった理由が草にうずめられ、隠されていた。


「ピュァア!ミュッ!ミュミュ!」

「ピュルッ!キュィィィ!」

「ピィィ!」


 …ペルーダの、子ども。いや、まだ赤子なのだろう、目も開かず親を呼び続ける子どもたちが総勢八匹。

 恐らくは、あのペルーダはこの子たちの親だったのだ。何故山の洞窟に巣を作っている筈のペルーダの子どもがこんな所に居るのかは分からないが、ここに来ていたのは食事を与える為だったのだろう。

 ………助けてやろう、なんていうのは間違っているだろうな。この子たちの親を殺したのは俺だし、忌種を町で飼うなんて、きっと許されない。

 この子たちの親は、きっともう一体いるだろう。時間を空けて訪れていたなら番いで餌を取りに行っていると言うことだと思う。

 ………もしかしたら、冒険者として求められる行いは、この子たち…成長し、人を襲う忌種に変化する者を殺す事なのかもしれない。だが、それは今の気持ちでは行えそうになかった。

 偽善だろう。成長したペルーダに襲われる人、死んでしまう人だっているかもしれない。もしそれを確証と共に知ることになれば、後悔することになるのだろう。

 しかし、親を殺して子も殺すと言う行いが、人の道から外れる物のような気がして、どうしても行えなかったのだ。



 純粋に強敵。ランクが一つ上がると相手の格も変わってくると言う事が表現できたでしょうか?

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