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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第五章:獣人、信仰、悪意、そして
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閑話四:部隊のある日

「…成程、【覇光】から齎された情報は正しかったようですね」

「ああ、だがしかし…戦場へ派遣される兵も密偵として使う兵も、とは、帝国の欲深共め、どんな魔術を実現したのか」


 王都貴族街内部、ある法衣貴族の館、その庭に有る森の中。

 夜闇に包まれたその場所に、小声で何事か伝えあう男達が数人。そして、彼等が囲んだ中心に、昏倒して倒れた男が二人いる。


「だがまあ、生け捕りに出来た事は喜ばしい。予期せぬ不確定要素も、互いにつぶし合ってくれたようだしな。よし二番、お前の技能で探れ」

「了解しました、隊長」


 隊長と呼ばれた男は、倒れた男へと近づく二番以外の人間にも指示を出して行く。

 全員が番号で呼ばれる彼等が国王直属の特殊部隊である――という事を理解できる人間は、彼ら自身以外にはいない。

 その中の一人、『二番』と呼ばれた男――ヅェルは、倒れ伏す男達の精神を自らの技能で読み取ろうとしていた。

 気絶していても、彼の技能なら情報を二期出す事が出来る。むしろその特性上、何も考えていない隠岐の方がより、知りたい情報を読み取ることができる。そんな彼の技能を理解した隊長による采配は――しかし。


「隊長、どうやら、彼らには半年程度の記憶しか残されていない様です。…いえ、失われていると言うよりは、存在しなかったと言うべきですね、これは」


 ヅェルの発言で、ほとんど意味のない物と化す。


「何?だが…その瓜二つさ、何らかの魔術が作用しているとして、一人の人間をここまで育てるのにどれだけ…いや、成長の過程すら捻じ曲げている訳か。全く同じ命を作る事よりはいくらか可能性もあるだろうが、全く。…それで、どれだけの情報が有る?」

「彼等がどういう経緯で産まれたのか、は分かりません。ですが、何を目的としたのか、という事は」

「ふむ、詳しい話は帰還してから聞くとしよう。六番、周囲に敵影は?」

「ありません」

「五番?」

「問題ないです」


 そこまで部下の報告を聞いた隊長は、地面に転がる男を担ぎあげ、部下達に帰還を命じ、森を飛び出す。

 ――そして、帰還。尾行がついていないことを確認した後、隊長は再びヅェルへと問いかけた。


「二番、報告を」

「彼等は帝国の地方都市から王国まで来たようですね。地方都市と言っても、かなり王国側に近い場所ですが。ああ、記憶もその少し前から始まっています」

「ふむ、急襲して潰す、という事を考えるべきかもしれんな。他には?」

「彼等に指令を出しているのも、彼等と瓜二つの男です。その内容は…基本的には予想通りですね、貴族を懐柔、戦争へ向かわせる、と」


 ヅェルは着々と情報を伝えていく。隊長や周囲の隊員達も、各々の見解を述べ、これから取るべき方策を固めようとして行き…しかし、一つの疑問へと突きあたる。


「…それで、結局の所何故密偵まで使って、王国に戦争をさせようとしていたんだ?」

「それは…帝国は戦争を望んでいますし、実際にあそこの伯爵、戦略性を無視した案ばかり提出していたと言いますから、それを狙ったと言う事ではありませんでしょうか」


 隊員の一人がそう言うが、隊長には納得した様子が無い。


「それなら、奇襲をかければいいだけの話だ。王国は一枚岩では無く、最終的に国家を守ろうとする行動を取る者の方が当然多数派だ、ならば、戦争をする事になったとしても、結果的には周到な対策が練られていた事だろう。…情報収集ならともかく、声高に交戦を叫ばせる意味が分からない」


 隊長の言葉に、隊員達は黙り込んでしまう。だがしかし、ヅェルは動いた。


「隊長、確度の不足した情報ではあるのですが…少々、見過ごせない物を彼等の視覚記録から発見しました。何やら悪性のものが映り込んでいると思えば…」

「何だ?」

「以前、俺が派遣されていたロルナンで見つかった、瘴気の個体化した物質…瘴結晶、という物が」

「瘴結晶…ギルドから情報が上がっていた、あれか。だが…例の組織が関わっている、という話ではなかったか?」

「勿論その可能性は有りますが」


 そう言いながらもヅェルは、帝国軍の正装をした人間達が何人もいる建物の中に瘴結晶が無数に保管されていた、と隊長へ告げた。

 それは貴重な情報ではあったが…しかし、帝国の密偵がとった行動について何かを判明させる情報では無い、と隊員達は判断した。むしろ、手掛かりが増えた分考える事が増えてしまったとも考えられ、数人は憂鬱ささえ感じていた。

 ――だが。


「瘴結晶による瘴気濃度の上昇、…人為的な瘴気汚染体の発生?ロルナンでの事案すら帝国との関わりが有るとすれば…」

「隊長?」

「聖教国へと協力を要請するべきだと思います。かの国では数ヶ月前、【賢者】の代替わりが有ったと聞きますし、友好関係を保つためにも都合のいい事案です」


 ヅェルはそう隊長に上申し、隊長もそれを受け入れる。

 その翌日、聖教国における彼等と同じ特殊組織へと、とある依頼が舞い込む。

 内容は、『ミレニア帝国がレイラルド王国へと向ける策謀において、瘴結晶、及び瘴気汚染体を利用する可能性はどの程度か、有るとすれば、その方法は』という物であり、齎された情報は、瘴結晶を帝国が大量に所有している事、王都の貴族宅にも密偵が忍び込んでいた事、…そして、既に瘴結晶を用いて起こされた事件が有るかもしれないと言う事。

 結論が【賢者】によって送付される事を待ちつつ、彼等は次の行動を開始した。


「…既に精神状態の改善は不可能、という事で良いんだな?」

「はい、どうしようもなく」

「ならば、――仕方あるまいな」


 隊長の号令で、一番と呼ばれた隊員が、寝所で眠りこける男性の胸元へその手を押しつけ――それとほぼ同時、シュゴッという鋭い音と、有機物の焦げる香りが部屋に満ちた。

 隊員が手を放せば、眠る男が掛けていた布団には…いや、その下の肉体までもが、掌と同じ大きさの穴を開けられていた。その全てが完全に炭化しており、数秒前まで生きていた人間だと言うのに、血の一滴すら零れては来ない。

 ――男の表情は、苦しみを感じなかったのか、安らかとは言えないまでも、何処にでもいる、普通の寝顔のままだった。


「命じて何だが、…国内での粛清というのはどうもな。確証を得る方法が有るからとはいえ、滅びを速めている様に思えるものだ」


 思考回路が完全に帝国の益となるよう変えられてしまった貴族の始末をつけて帰還する途中、誰に向けるでもなく隊長はそう呟いた。

 

「行うべきではないと思いながら、行わなければならない理由の方が重要だと思って、その責を背負うのなら…ええ、俺達だけが出来る事だと、そう言う事も出来るでしょう。一隊員である俺が言うのも、何ですがね」

「…フフ、全くだ。聞いたかお前達、二番め、隊長を差し置いてこんな事を言っているぞ」


 任務中は出来る限り私語を慎む隊員達も、隊長がそれを最初に崩したと言う事もあってか、小さく笑う。

 それを聞いた隊長は、小さく咳こんでから、こう言った。


「私達にしか出来ないと言うのなら、やってやろうではないか」


 『おう』と、比較的落ち着いた会話を好む彼等にしては血気盛んな返事を受けた隊長は、どこか満足気な表情を浮かべながら帰還を完了し、そこで、再びヅェルから話しかけられた。


「どうした?」

「いえ、休暇を頂こうかと」

「…二番、最近休み過ぎではないか?ここ数カ月の間、何度その発言を聞いたことか。

 まあ、二番はこれまでほとんど休みを取らずに働いてくれた。他隊員と比べれば休暇を取った日数は少ないから良しとするが…何故なのだ?」

「いえ…子供が生まれたばかりでして。妻には迷惑をかけています」


 ヅェルのその言葉を聞いた隊長は、完全に呆けた顔をさらしていた。それを見ていた他の隊員も、ほぼ同じ。


「子供…妻?結婚していたのか!?何時の間に!」

「ロルナンでの任務終了時に、ですね。子どもも生まれたばかりですし、妻を放りだす訳には行きません」

「当たり前だ…!そう言う大事な事は早く言え!」


 隊長はヅェルを隊員達の中心へと追い詰め、無言の胴上げへと移行する。

 数十分間続いたそれが終わるころには、全員が疲労に腕を押さえていた。完全に馬鹿げた行いでは有ったが…結局は彼等も人間、陽の当らない所で生きようと思っていても、喜ばしい事なら喜ぶのだ。むしろ、それが普通より手に入れないものであるからこそ、より一層。

 最終的に六日に渡る長期休暇を入手したヅェルは、馬車へ乗って隣町、妻と我が子の暮らす家へと向かう馬車に乗り込み――そこに見知った顔を見つける。


「おや、ハウアさんではありませんか」

「…ヅェルさん、ですか。何故ここに?」

「家族の所へ。…ハウアさんこそ、何故王都から?」


 ――実際の所、ヅェルはハウアが王都に潜んでいた事を知っていた。自分達の部隊から情報を得て逃げ出したと言う獣人が赤髪の女性だ、という事で、ほとんど断定できるとも言える。


「…色々と、ありましたから。そろそろ素直に、いえ、心配をかけるようではまだまだ駄目ね、と思ったまでの事です」

「そうでしたか、それは喜ばしい事です」


 何やら動揺しているらしいハウアの事を見て見ぬふりしながら、ランストは六日間の事について思いを巡らせる。


(…ああ、そうですね。妻と子供と一緒に、彼等の元へ行ってみましょうか)


 夏前の、何も不安を感じさせない、よく晴れた日だった。


五章は今までより少し長いかな、と。後十話程度と考えていますが、それでおさまるかどうか…。

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