第十七話:護衛…
「あのねえ!僕は今、在庫の計算してるの!大声で騒がれると集中できないだろうがっ!」
「す、すみません…。あの、今日は冒険者ギルドから護衛依頼を受けて来たんですが…」
び、びっくりしたなあ…。しかし、本来来る筈の時間よりも早く来たのは俺だし、それで怒らせてしまったなら悪いのは俺か…。
「は?お前みたいなガキが?オイオイ、馬鹿言うなよ。僕はな、しっかりとFかEランクの冒険者をよこせっつったんだぜ?お前はせいぜいGランクだろう。一体どうやってギルドを騙したのかは知らねえが、さっさと帰れや!」
「なっ!」
何も知らず適当なことばっかり言って!と言おうかとも思ったのだが、あまり感情的になっても仕方ないだろう。とりあえずギルドカードさえ見せればランクについての誤解は解けるのだ。
しかし…ガキか。同年代に見えていると思うのだが、もしかして日本人は若く見える、と言うやつか?そう考えれば不本意に子供扱いされた記憶にも心当たりがあるな…。
「俺はEランクです。信じられないなら、このギルドカードを見て下さい」
「はぁ?………まじかよ、ありえねえ」
ギルドカードにはモノクロの写真が刷られている。この技術は門外非らしく、偽造される事も無いのだとミディリアさんは言う。それは周知された事実だとも。なので彼にも伝わったようだ。
ギルドカードと入れ替えるように依頼布を渡す。
「ああ、分かったよ…。くそっ」
しかし、あそこまで露骨に嫌悪を口に出す事も無いだろうに。商人なら、もう少し感情を隠したりできるものではないのだろうか…。
それとも、冒険者に何か恨みでもあるんだろうか?それなら仕方な…くも無いけど、許せはする。
どちらにしろ、彼の事なんてほとんど知らない今の状態では邪推以上には発展しないか。
「おい、奥の馬車の荷台に乗れ。商品に手をつけたら衛兵にしょっ引かせるからな!」
「そんなことしませんよ!」
咄嗟に否定を返しながら、奥側の馬車の荷台に乗りこむ。見れば荷台の半分以上は荷物で埋め尽くされており、少なくとも余裕のあるスペースとは言えない環境だった。
まあ、いい。そもそもこうやって護衛を受け持っているのはヒゼキヤの町に行くため。いちいちストレスをためる必要も、深く考えすぎる必要もない。俺は馬車に揺られながら、忌種が出たなら戦えばいい、と言う事だ。
「おい!もう乗ってるか!?出発すんぞ!」
「はい!いいですよ!」
図らずも口調が強いものに変わってしまう。ああいう相手は苦手だが、こちらからも友好的に行かなければ人間関係は進展しないだろう。
いつの間にか来ていた御者が、馬に鞭を打ち走らせる。馬車の乗り心地は、御世辞にもいいとは言えないものだった。石畳の凹凸が、そのまま振動に変換されているようにも感じる。
サスペンションなんて、まだ開発されていないだろうから仕方はないのだけれど、座っているだけでも腰が痛くなってしまいそうだ。
馬車に一つある窓から外を覗けば、この馬車よりも門に近い馬車は既にいなくなっていた。かなりのスピードで入れ替わっているようだ。この馬車も着々と門へと向かっていく。
門を出てもすぐさま襲われたりすることもないだろう。少しでも休められる体勢でも探しておこうかな…?
◇◇◇
ロルナンの町を出発してから数時間。今のところ何一つとして変わった様子はない。俺にとっては来た事のない場所だが、ときおり他の馬車とすれ違う程度で、それ以外はほとんど変わらない、草原地帯の連続だった。
ちなみに、この場所でも森は見える。西側は一時間程度で見えなくなったのだが、東の森は今も続く。この道は、少なくとも体感できるほどに大きくは曲がっていなかったのだが、いまだに進行方向へと広がり続けるこの森、一体どれだけ広いのだろうか。少なくとも、ロルナン東の森、と言うのは全体に対する名称では無いのだろう。
しかし、もしあの森からゴブリンが出て来たとして、この馬車で振り切れないものだろうか?もっと強力な忌種が襲ってくると言うならば、Fランクを対象に含められはしないだろうし…。
この場合、俺が働くのは、ゴブリンがタイミングよく道の先で待ち伏せをしていた時だけ、と言う事になるのではないだろうか?だとすれば、少しばかり神経質になるのも仕方がないのかもしれない。基本的に働かないような相手に給料を支払うのは、いやだろう。
しかし、この仕事は端的に言って…、暇だな。何もせず、誰かと話をするでもなく、ただただ荷台の中に腰をおろし、馬車に揺られ続ける。もしも本とかを持っていれば暇つぶしだって簡単に出来るが、この世界に小説の様な本が有るのかも分からない、たとえあったとしても、まともに暮らすことすらまだまだ怪しい俺は、そんな贅沢な事は言えないが。
不謹慎な話だが、ここまで暇だと何か事件が起きるのを期待してしまうな。実際に起きればそんな考えとはおさらばだろうが、兎にも角にも暇なのだ。
と言うか、本当にゴブリンなんかの忌種がこの道に現れる事があるのか?数十分に一度バスが通りかかるし、今だって赤い垂れ幕を掛けた馬車とすれ違った。なんだかんだで馬車の交通量が多いこの道に、ゴブリンが出没する事があるのだろうか…?
◇◇◇
…そんな都合のよいことなど起こる事はなく。
ロルナンの町を出てから体感十一時間ほど。
特筆すべき事項はあれ以降も何もなく、馬車は着々と進み続け、わずかな空腹感を抑えるために果物を食べながら時間を潰していると、日が暮れて二時間ほどで、遂にヒゼキヤの町に到着した。
ヒゼキヤの町は、ロルナンほどではないがかなり大きなもの。中世、と言う単語から想像される町と比べると、やはり随分と立派に思える。
リィヴさんの馬車は、ヒゼキヤの町の門をくぐった後ロルナンの町に有った馬車の停留所と同じような場所に向かい、そこで停止した。
「おい、冒険者!さっさと降りろや!」
全く調子の変わらないリィヴさんの声が響く。俺は、肉体としてはともかく、精神的にかなり疲れたのだが、彼にはこの程度、なんて事はないようだ。
もちろん、慣れていると言う事は大きいのだろうが、それにしたっていきなりこんな大声を出されれば更に疲労感が積み重なる。
返事を返さず馬車を降り、リィヴさんの声が聞こえた方向に顔を向ければ、そこには腕組みをし、仁王立ちになったリィヴさんの姿。
「おい、さっさと荷下し手伝えや!ぼくはなぁ!働いてもいない奴に金払う程奇怪な性格はしちゃあいねえんだよ!報酬分は働かせるからな!」
「…わかりました」
………報酬分働け、と言う事に拒否はしないが、もう少し喧嘩腰な態度を、胸に押し込めておくということはできないんだろうか?こんな事では、人間関係にも支障が出るだろうに。
リィヴさんのもとへと向かい、そのわきから交互に荷降ろしをする。
…よく考えれば、彼はハルジィル商会、と言う紹介の次男坊なんだよな?だったらなんで、こんな力仕事を部下も連れて来ずたった一人で行っているんだ?実際の規模がどのようなものかは分からないが、仮にも商会と名付けられているのだ、次男が一人だけで馬車に乗り、他の町で商売を行うなんて事は有るのだろうか…?
はあ…少しばかり憂鬱だ。これ以上彼としゃべっていても、険悪な雰囲気以上の物に変わる気配が全くないんだよな…。早い所仕事を終わらせて、今夜の宿でも探したいところだが、仕事だと言われてしまえば、そう簡単にほっぽり出す訳にはいかないだろう。
「ああ、その印が付いている奴はこっちに積み上げてくれ」
なんだこれ、石か何かが入っているのかと思うくらいに重い。少なくとも前世の肉体ならどうやっても持ち上げることなどできなかっただろう。
「そんで、野菜とか魚とか、とにかく生ものが入っている箱はそっちに置け。積むなよ」
「あれ?野菜なんて、ロルナンでとれるんですか?」
「はっ!これだから教養の無い冒険者は駄目なんだ。自分の暮らしている町で何を作っているかも知らないなんてな。本当に程度が知れる」
「………………俺は、あの町に流れ着いたんです。五日前に。だからあの町の事なんて、ほとんど知りませんよ」
「?なんだよ、よそ者か。ふうん…、なあ、あの町に流れてる川なんて東の森から流れ出ている一本だけだし、お前が流れて来たのは海だよな?瘴災にでもあったのか?よく無事だったな」
…?
「ああ…実は、そのあたりの記憶が明確じゃあ無くて、自分がどこに住んでいたのかも明確じゃあないんです」
「…そうか。
………ああ、もういいぞ。もう一つの馬車に積んだ荷物は今日使う物じゃあないんだ。お疲れさま、と言う事だよ」
そう言った彼は、懐を探ると、依頼布を取り出し、それに大きな印鑑を押した。
「これをこの町のギルドに持っていきな。それで仕事完了の扱いに…って、Eランクの奴には説明する必要なんてなかったな。さっさといけよ」
「…?はい。ありがとうございました」
そう言うとリィヴさんは、どこか呆けた顔を一瞬だけ見せ、そのまま後ろに振り返、、馬車の中に入ってしまった。
しかし…気のせいだろうか?最後の方、作業をしながら幾度か言葉を交わしているうちに、少しずつ彼の態度が軟化してきたような感覚がしたのは。
まあ、人の心は気分しだいだし、俺の行動のどこかが気に入られたのかもしれない、と思っておくことにしようか。
さて…。
「この町のギルドって、どこに有るんだろう…」
いまさらリィヴさんに聞きに戻るのも、何だか気が引ける。彼は今だって仕事中だろう。
馬車置き場に半分の荷を下ろして何がしたいのか分からないが、俺の知らない何かが商人たちには存在するのだ。その邪魔をしてしまうかもしれないし。
だが、このまま闇雲に探しまわったってギルドが何時見つかるかは分からない。ロルナンの事を考えるに、大通りに面して存在はしているだろうが、大通りを重点的に探したところで運が悪ければ数時間は経ってしまうだろう。
…一番単純な方法は、門にまで戻って門番の衛兵さん達に聞く事だろうな。何も考えずここまで歩いてきたから少し遠いが、まあ、何も考えず歩きまわるよりはずっとましだろう。
そう思い、衛兵のもとへと向かう。
「すいません、この町の冒険者ギルドってどこに有るんですか?」
「ん?君は冒険者か…。この道を突きあたりまで行って、そこで右に曲がり、二つ目の大通りをまがった先だな。分からなくなったら、壁伝いに行ってもたどり着けるよ。ここから見て北西に当たる場所にギルドがあるから」
「分かりました。お仕事中すみませんでした」
「いやいや、これも仕事だからな」
そして行動開始。この大通り、突き当たりはおそらく向かい側の外壁に相当近い場所に有ると思うので、どちらにしろ今は直進だ。
そう言えば、今日はまだどこに宿泊するのか、全く決めていなかった。
というか、この町の宿泊施設なんてしらない。どちらにしたって、まず向かうべきなのはギルドか。
◇◇◇
「…ここか」
約三十分間歩き続け、ようやくギルドに到着。ロルナンの町よりも若干規模が小さいように思える。外壁と併設しているからかもしれない。
さて、とりあえず中に入って、この依頼布を渡さなければ。
ギルドの内装は、ロルナンと変わらない。受付や売店の配置も同じ。
夜になっているからだろう。もう他の冒険者の姿もあまり見かけない。
受付に座っていた男の構成員さんに話しかける。
「すみません、ロルナンの町から護衛依頼でやって来たんですが、依頼布を受け取ってもらえますか?」
「ああ、いいですよ。見せて下さい」
手に持っていた依頼布を渡す。
「ハルジィル商会の、リィヴ・ハルジィルさんの護衛依頼ですね。達成印も既に押されているようですし、問題ないです。報酬は…、銀貨三枚、と」
「はい、それで間違いないです」
「それでは、報酬を持ってきますので、少し待っていて下さい」
言われたとおりに椅子に腰かける。当たり前だが、ギルドのシステムも変わらない様だ。
明日はペルーダを倒しに、山へ向かえばいいんだよな。あれ?ペルーダの討伐ってロルナンの町で受けたわけだから、この町で受けると二重になっちゃうのか。危なかった。このままでは明日依頼を探していたかもしれない。気がついて良かった。
そんな事を考えていると、構成員さんが戻ってきた。
「タクミさん、こちらが今回の依頼の報酬の銀貨三枚です。ご確認ください」
「あ、はい…。確認しました」
と言う訳で、今日の収入は銀貨三枚。まあ、一泊するのには困らない筈だ。さて、構成員さんに赤杉の泉と同じように、ギルドと提携している宿があるのかどうかを聞かなくてはいけない。ああ、もう一つあるな、ペルーダが何処に出没するのかを確かめなければ。
「すいません、構成員さん。この町に、ギルドと提携している宿ってありますか?」
「…?ああ、冒険者割引がきく宿ですね。ええっと…、そうだ、ギルドを出たら右側に行って、ロルナンとは逆側の門のすぐ近くにまで行くと、白梟亭と言う宿があるんです。その宿なら割引が効きますよ」
「そうですか、ありがとうございます。
もう一つ質問したい事がありまして、今回俺がこのヒゼキヤに来たのは、ペルーダと言う忌種を討伐するためなんです。その忌種は一体どこに出没するんですか?」
「【岩亀蛇】ですか。あの忌種はこの町を出て、北東に進んだ山の山腹に有る洞窟に巣を作っているんです。その洞窟そのものに足を踏み入れるのは自殺行為なので、餌を取りに外に出て来た個体を各個撃破してください。
それと、タクミさんはEランク冒険者なんですよね?」
「は、はい。と言っても、昨日なったばかりなんですけれどね」
「それなら、ペルーダを討伐するのは一体ですね。でしたら、明日はペルーダの巣がある山の東側の麓に有る沼地に向かうのが良いかと。あそこには個体数こそ少ないものの、一体一体時間をあけるように現れるのです。何か、少ししか取れない食糧でもあるのかもしれませんが、初めてペルーダと戦うのには好都合だと思いますよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
想像以上に良い情報が聞けた。ここにいる、弱体化したペルーダも出来るのかは分からないが、日を吐いてくるような忌種に対して囲まれたら、それも燃える物の多い山の中で、と考えて、不安だったのだ。
個体数も少なく、更に沼地なら火事になる事もないだろう。明日はそこに行くことで決まりだ。
構成員さんに再度礼を言い、ギルドを出て白梟亭を探す。ロルナンとは逆側に位置する門に近い、と言う事は、明日向かう山にも近い方向から出る事が出来るな。ちょうど良い。
十分ほど道を歩くと、賑わっている建物を発見。赤杉の泉亭と同じくらいの大きさの建物で、扉の上には白梟亭の文字がある。ここで間違いないだろう。
扉を開け、中に入る。ここも初日の赤杉の泉と変わらない混雑っぷリ。
しかし、運よく部屋の空きは有ったようなので、そのまま宿泊を決定。晩飯を食べて、部屋に上がるとともにベットにもぐりこんだ。




