プロローグ:そして青年は世界を渡る
長編小説を書くのは初めてです。お目汚しをすることもあるとも思いますが、皆さまお付き合いください。
「俺は、ダメ人間から脱却してやる!」
いきなり謎の宣言をする訳のわからない男がいる、と思っただろうが、この俺西鐙卓克(32)は俗に言うダメ人間そのものだ。
………いや、もう言ってしまおう。
俺はニートだ。
それはもう高校卒業してから30に成っても一度も職に就くことなく、親の脛をかじり続けてきた正真正銘のニート。親から何度も働け、働けと言われてきたが全く聞く耳を持たなかったダメ人間。
…だが、そんな俺にも学生時代には親友と呼べるようなやつらがいた。ほんの数人だが、あの頃は本当に楽しく過ごしていたんだ。
先日、そいつらから同窓会の知らせを受け取った俺は、刺激の無くなった生活から抜け出したい…などとと考えて、久しぶりに親友たちと話でもしようかと思い立ち、会場へと数年ぶりに高揚した気分で向かった。
だが、そこで出会ったのは、俺とは違い社会に出て、家庭も築いた、そんな、俺とは根本的に違う存在となってしまった親友たちの姿だった。
そいつらは俺に対して昔のように気軽に話しかけてきてくれたのだが、俺はすっかり動揺・委縮してしまい、ほとんどろくに会話することもできなくなり、一人逃げるようにその場を後にしてしまったのだ。
その日、俺は痛感した。今までの俺の行動は間違っていたのだと。
それから俺はひどく悩んだ。どうすれば今からまともな人生をやり直せるのか、そもそももう手遅れなのではないのか、と。
しかし、そんな俺を救ってくれたのはこれまでずっとこんな俺のことを見捨てないでいてくれた両親であった。
「おーい卓克ー?求人情報誌もってきてやったぞー、いいかげんにはたらけー」
「それだッ!!!」
「…おい、なんだそのテンションの高さは、そんなに騒げる気力があるなら、いい加減に定職に就けよ」
「おお!働く、働くよ俺!まともな社会人になるよ!」
「…おぉ、ちょ!ちょっと来てくれ朝陽!卓克が!卓克がついにやる気を出した!」
両親は共に急に変なテンションになった俺にどん引きした様だが(おそらくは今までとの対応の違いから)そんなこと今はどうでもいいとばかりに求人情報誌をむしりとって読み始めたオレを見て抑え気味な喜びの声と、わずかなむせび泣きが混ざった声で『がんばって』と言い残し俺の部屋から出ていった。
今だからわかる。俺が今もこうして生きているのは両親が俺を見捨てないでいてくれたから、その一点に尽きるのだと。
俺は両親へと感謝しながら、求人情報誌を読み続けた。
…そうして翌日の朝俺は人生初めてのバイトの面接へと向かったのだった。
「昨日までの俺は死んだ。これからの俺はもはや誰にも止められないっ!」
そうしてたどり着いたスーパー、始まる面接、いくつかの質問に答え、俺は…
落ちた。それはもう見事に、完膚なきまでに落ちた。
「なんだよ!関係ないだろー!今の俺はもうニートになんてならないのに!」
そうしてまともな人生計画が1日目にして頓挫してしまった俺はとぼとぼと家に帰っていた。
少し落ち着いた今では、落ちた理由が今まで碌に働いていなかった自分に有ると言う事が分かった。もうきっと、やり直すには遅すぎたのだ。社会から見た俺の価値など、ほとんど零に等しいのだろう。
家のすぐ近くにまで帰った時、そのまま家に帰ることで両親に見放されてしまうのでは、と考えてしまい怖くなった俺は、(…両親を信じきることができない浅ましさと罪悪感も胸に抱えて)少し町を巡ることにした。
その、数分後。家の近くを流れる川の向こう岸近くで遊ぶ子供たちを見かけた。今は夏休みなので、そうおかしなことでもないのだが、昨日この川の上流ではかなり酷い雨が降っていたので川が少し増水している筈なのだ。
そんな川の中で遊ぶなんて、危ないな、と他人事のように、思考の定まらない頭で思いながら歩いていると、子どもたちの一人が急に足をつってしまったようで、川に流されてしまった。
「なッ!」
人生再び諦めかかっていた俺だが、ここであの子を見捨ててしまってはいよいよもってただのクズにまで成り下がってしまうような気がして、気がつけば体が動き出していた。
「今助けるぞ!」
そう言って岸まで降りた俺はその勢いのままに川へと飛びこんだ。が、しかし、
「ちょっ、やばい、俺泳げないんだったっ!」
俺もまた流されてしまったのである。しかも思ったよりも水深がある。全く足がつかないのだ。どうやら、人生そのものが今日で終わりらしい。柄にもなく衝動的に人を助けようとして、そんな目的すら達する事が出来ず死んでしまう何処までも情けない自分へのいら立ちの気持ちと、そんなどうしようもない自分をずっと守ってくれた両親への申し訳なさで胸がいっぱいだった。
意識も遠くなってきた。
…ちなみに、さっきの子はすでに岸の近くにいる。どうやら水泳が達者なようだ。
その逆、俺はいまにも全身沈んでしまいそうな状況。バタつく手足が少し水面より上に出ているだろう程度である。
体が沈んでいくのを感じる。もう全身水の中だ。だんだん意識だって薄れてきた。
………………もしも次の人生があるのなら、もっとひた向きに生きよう…。
最後に考えたのが、そんな夢のようなものだったことに自分のことながら少し呆れ、
意識が途絶する。
◇◇◇
………頭が痛い。まともに思考をまとめられない。あっれ?俺は、生きてるのか?
「あのー」
「ん?」
…一体誰だろうか、アニメとか、漫画とか、そんな二次元から出てきたみたいな銀髪美少女がいる。
もしかして、俺を救助してくれた人だろうか?いや、それにしてはおかしいな。ここは、病院にも、ましてや河原になど見えやしない。
「西鐙卓克様…ですよね?」
俺がその少女から意識を話して別の事を考えている間に、少女が俺の名を呼ぶ。
「あ、はい、そう、ですけど」
「…ッ!ごめんなさいっっ!本ッ当にごめんなさい!」
戸惑いながらも肯定すれば、すぐさま飛んでくる謝罪の嵐。初対面である以上、誤られる覚えなど正直皆無なのだが…本当に誰なんだ?この娘。
「えっと、あの~どなたですか?」
「あっ、はい、えと、私は、その、一応神様、です」
………何だって?え?…俺の聞き間違いじゃないだろうか?
「へ?神、で、すか?」
「はい、この度はこちらの不手際のせいで西鐙様の御命を失わせてしまい本当に申し訳なく…」
ああもう、疑問が一つ解決される前に新しい疑問が増えすぎて脳内で処理できなくなりつつあるぞ!神?死んだ?不手際?
「…不手際ってどういうこと?」
「実は、神界で今かなり大規模な戦争が起こっておりまして、その影響がさまざまな世界に影響を起こしており、西鐙様の世界では運命や寿命を管理している数値がめちゃくちゃになってしまい、その結果西鐙様をこのように、その、殺してしまって……」
…頭が本当に痛くなってきた。もうまともな思考ができていない気がする。
「えーと、そうでしたか。戦争が起こっているとは、大変なんですね…それで、俺は生きかえられるの?」
「すみません出来無いんですごめんなさい…!」
最初から謝り倒してくる感じから予測してはいたけど、あれで俺の人生終了ですかー。
人生やり直そうと思った日にこうなるなんてなぁ…。
「ただ、その代わりと言っては何ですが、別の世界に転移させることならできなくもないと思います。
一度、命を終えてしまっているので、簡易的な転生処置の様なものになりますが」
えっ?転…生?
「それはあの…もしかしてファンタジーな感じの世界なんですか?」
「はい。ですが今のままではすぐに亡くなってしまうでしょうから、次の人生でも天寿を全うできる程度に私の方から能力を授けようと思います!」
ううむ…こういう展開を若いころに小説なんかで読んだ気もするが、なんだか都合が良すぎるような気もする。ただ、たとえ騙されているのだとしてもどうにもならないって事は分かるんだよなぁ…。
女神さま飛んでるし。どう足掻こうと届かない高みにいらっしゃるし。
「…ところでどんな能力がもらえるんですか?」
「は、はいっまず特別な能力…これはまだ準備できていないので出来た時点でお渡しさせていただきます。何かすごめの物を用意しておきますね。その他にも各属性魔術をその世界で言う上級魔術と呼ばれるものまで習得、それ以上の魔術に関しても素養を持った状態になりますっ。また身体能力もかなり引き上げ、体術などもある程度使えるようにさせていただきますっ!」
それは、多分非常にありがたい、けれどあまり強くなったことに浮かれて調子に乗ったりしないようにしよう。そんな失敗で再び死んだらたまらない。
…調子に乗らなくても死人が出るような世界なら、どちらにしろ長生きはできないかもな…。
「あと人生をやり直したいと言う願望があるようですので、そのついでに若返らせておきますね」
「あっ、ありがとうございます」
「それとその世界における一般常識もある程度のことはここで覚えていってもらいたいので教えておきますね」
「おねがいします」
「エー、あなたを転移させる場所はアイゼルと言う世界のレイラルド王国領内になります。先程も言いましたように剣と魔法のファンタジー!!って感じの世界ですー」
「おー」
剣と魔法のファンタジー…夢と希望より、血と戦いの方が多いように感じてしまうのはひねくれ過ぎか?
「ただですね、その、やっぱり他の世界からの命をその世界にねじ込むと言うのはなかなか難しいことなんですよ。なので環境が少しばかり厳しい世界をえらぶしかなかったわけですよ。そう言う世界の方が命が発生するのも失われるのも多くなっているのでごまかしが多少聞くんです。どうやら他の神々も僅かですが同じように異界へ転生させたりしているようです」
ほら。間違ってなかった。
そちらの理由は分かるが、できればもう少し安全な世界に行きたかったな。ゲームなんかで定番の魔物とかに、サクッとやられてしまいそうだ。
…しかし、世界を超えて被害がある戦争って何なんだろうか。
「本当に大きな戦争なんですね、他にも俺みたいな立場の人が…でもその世界、随分と危なそうですがさっきもらった能力で対応はできるんですか?」
「ええそれはもう一騎当千……と言うのは言いすぎですけども魔物の群れ程度であれば一人でも対処できると思いますよ。まああちらの世界は個人の力で戦況が変わる…なんてこともありますからね」
「やっぱりモンスターとかもいるんですね。魔王みたいなのっているんですか?」
「昔はいたんですけど今は討伐されたのでいませんね、200年くらい前だったと思います。あとゲームみたいに冒険者ギルドなんてものもありますよー」
本当にゲームみたいな世界だ。魔王、復活したりしたら嫌だな。
「注意しなければいけないこととかって何かありますか?」
「ほとんどありませんね。強いて言うのならその力は最強ではないので油断は禁物です。それと他にも転生していった方々が居る…ところですかね?」
結構被害大きいんだな神々の戦争。北欧神話の神々の黄昏とかそんな感じなのかな?…ん?早くおさまってくれないと、そのアイゼルという世界にも戦争の影響が伝わってきてしまうのではないか?
「わかりました。それで何かやらなければいけないこととかは無いんですか?」
「ありません」
え?
「え?無いんですか?」
「はい。先程も言った通り魔王なんてものはいませんし何か特別危ない物は今見つかっていませんのでして頂くことはないですよ。そもそもこちらのミスであなたを死なせてしまったのにその上都合がいいから何かさせようだなんていくらなんでも虫が良すぎますからね」
…あ、この神様、なんだかんだで本当にいい神様だ。これじゃあいっそ情けないな。あのまま生きていけば、結局ダメ人間のまま死んでいったかもしれない所に、やり直す大きなチャンスを与えてくれたと考えられるわけだし。心残りがあるとすれば、両親に会えなくなってしまった、ということだけど…。
………そういえば、親孝行ってろくにしていなかった気がする。ここまで育ててくれたことへの感謝の気持ちとか、もっと表に出しておけばよかった。
最後に出来そうだった親孝行も結局は失敗だったし…。俺の人生って、一体。
両親は、俺が死んだことに悲しんでくれるだろうか…?ずっと迷惑をかけ続けてきたけど、少しでも楽になれただろうか…。
…暗いことばかり考え続けても仕方がないか。これからのことについて考えないと。
「…神様の名前はなんて言うんですか?」
「私ですか?私の名前はアリュ―シャです」
「アリュ―シャさまって言うんですね」
「?それでは最後にひとつお聞きします。最初にお聞きするべきだったのですが…この世界への転生を望みますか?」
「………はい。不安もありますが、生き返ることができないならばせめて次こそ後悔しない人生を送りたいと思っているので」
「…そうですか。その言葉は聞き届けました。…それではそろそろ転移して頂きましょうか」
「よろしくお願いします」
…今度は自分に誇りを持てる生き方をしよう。たとえ考え方が違う世界でも、その中で守るべき何かを見つけたい。
「また何か伝えることがあればこちらから夢に入って話をするかもしれません。また先ほどお話した特別な能力の方も出来上がり次第夢でお伝えしたいと思います」
その声が聞こえたのを最後に、俺の意識は薄れていった。
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