第四十三話:仲間
翠月へと帰る途中、エリクスさんへと話しかける。…できるだけ、レイリ達からは離れた所で。
「あー、シュリ―フィアさんにも会えたし、なんだかんだでどうにかなったわ。人脈の力は偉大、っと…で、タクミ。何かあったのか?」
「…はい」
「シュリ―フィアさんと喧嘩した、ってわけじゃあ無さそうだ。でも大声出す事態になってたのは分かった。ちょっと聞こえたからな。
だとすれば、だ。シュリ―フィアさんにとって愉快じゃない事だが、互いの意見を否定し合うような状況にはならずに矛をおさめられたってことだろ?」
「そう、なんですけど。でも俺、今回がどうこうじゃなくて、これからの為にも、自分で自分の意思を強く持てるようになりたいな、って思ったんです」
「…それ、相談する相手は俺でいいのか?」
エリクスさんは心底意外そうな顔をしてそういうが、俺の知り合いで意志が強い人で、尚且つ今素直に教えを越える人ってエリクスさんくらいしか思い当たる人なんていないのだ。
…好きな人を追って違う土地に引っ越す、とか。なかなかじゃない決断力だと思う。
そう説明すると、エリクスさんは「そういうもんか」と言って、受け入れてくれた。
「と言ってもまあ、今日はもう暗くなるし。話は明日な」
「はい、よろしくお願いします」
「急に固くなんなよ。いつも通りだいつも通り」
僅かに歩調を速めたエリクスさんが離れていくと、俺の隣にレイリが寄ってきた。
「兄貴と何話してたんだ?」
「うーん…ちょっと、教えてほしい事が有ったから、お願いしてみた」
「へえ…まあ、そういうのなら問題ねえけど。でも、あれだ」
レイリはそこで一言切ってから、唐突にこう繰り出した。
「あんまり隠し事とか、すんじゃねえよ。友達の間に隠し事はあっても、コンビの間には無しだ。…後、友達相手にも出来るだけなしだ。カルスとラスティア、多分落ち込んでたぞ」
「う…」
「気がついてんならさっさと話しとけよな、全く。…後で話は聞かせてもらうからな」
「…分かった。じゃあ、夕食の後に」
「おう」
レイリからの短い返事を聞きつつ、小走りに移動。
「カルス、ラスティア!」
◇◇◇
――結局、説明はどこか言い訳じみたものに終わった気もしたけれど。
それでも、二人にはきちんと話ができた。何故聞かせられないのかという事も、きちんと説明すれば簡単な事なのだから。
だから、謝って、説明して、仲直り。文字にすればたったの三工程。子どもっぽいと思いながら、大人に成れていない事を認識もするものの…青臭いこれも、俺が強く求めていたものなんだと、そう思う。
喧嘩…というほど大きなものにまで発展した事はなかったと思うが、ちょっとしたすれ違いが起きる事はある。それも、こうやって解消できるのだ。こんなに素晴らしい事もそうは無い。
今ある満足感は、きっと夕食よりそちらが大きな比重を占めているのだろうと思いつつ、箸を置く。
机の向かい側、少し早く食べ終えたレイリが、俺の事を見つめていた。
「よし、ま、サクッと終わらせようぜ。大事な話なんだろうけど、長い話じゃなさそうだし」
「うん。…で、何処で話す?」
「ま、タクミの部屋でいいよ」
レイリ以外の皆に『先に上がります』と伝えれば、なにか奇妙な物を見ているような視線を向けられた。
が、止められたという訳では無かったので、そのまま向かう。
そして部屋に到着すると、レイリが唐突に呟いた。
「隣かよ」
「え?」
「いや、ここがタクミの部屋なんだろ?アタシ、ここの隣の部屋だぜ。兄貴は更にその隣」
「…見事に固まってるね。ミディリアさんから聞いたのは宿だけで、部屋までは知らなかったんだけど」
妙な偶然も有るものだが、それなら用事などが有った時も行きやすい。
扉を引いて中に入り、備え付けられていた椅子をレイリに渡して、俺は俺で別の椅子に。
「…それで、だね。シュリ―フィアさんに話したのは」
邪教の事について、話す。それと、シュリ―フィアさんとの会話で思い知った事も。
レイリはそれを静かに聞いてくれた。そして、俺が話し終わるのを確認してから、一言。
「…そんな事かよ。あー、ここまで心配する事無かったじゃねえか」
と、事も無げに言いきった。
「そんな事、って…俺としては、かなり大きな悩みなんだけど」
「いや、そんなもん抱えてる奴なんかいくらでもいるって。それこそ、解決せずに死ぬ奴だって多そうな物を…。
アタシはな?てっきり、聖教国の方の事でアタシには話してなかった事があって、それがこう、心に傷を付けて…みたいな?二人だけで、慎重に話す必要がある事だと思ってたんだよ。それが…」
心底安心したとばかりに明るい口調で言うレイリの姿を見ていると、『そんなに簡単な話じゃない』という否定の思いと、『皆そんな物なのか?』という疑問が同時に湧きあがってくる。
最早、自分の悩みから目を逸らさない、という事は既に決めた。だが、自分にとっては大きなことでも、周囲から見ればそうではなかったのだろうか。
それを確かめようとレイリの方を見れば、彼女もこちらを見つめていて。
「…まあ、それでも。タクミが成長するってんなら、コンビとしては嬉しい限りだけどな」
…と、笑いながらそう言った。
その笑顔を見ていると、心中の葛藤がどこかへ吹っ飛んでいってしまうかのように感じた。…変な意味ではないが、見惚れていたとも言い変えられるかもしれない。
だが、レイリはそんな俺の様子に気がつくことなく、その表情をほんの少し曇らせてしまう。
「というか、アタシもなあ…。兄貴に修行つけてもらってるんだけど、ある程度の所から上手く行かなくなっちまった」
「修行?って、戦いの?」
丁度その時、外で何か物音がしたような気がした。誰か部屋に戻ってきたんだろうか?
「おう。『雷然』って言うんだけど、…まあ、簡単に言うと滅茶苦茶速く動ける方法?なんだよ」
「へぇ…エリクスさんが速いのもそれなのかな。…俺から助言なんて出来ないけど、何処で躓いたの?」
「あー…アタシ自信が速く動くのは良いんだけど、自分が投げた物とかを速くするのとかがよく分かんねえ」
「…それ、体術じゃないの?投げる物を速くするって、足を速くするのとはまた違うんじゃあ…?」
「なんか、感覚的には違うな。魔術って訳じゃなさそうだけど、体だけでこれができるのかっつうと…明日くらいに見せるわ」
「分かった、見せてね」
◇◇◇
エリクスは息を殺し、扉に耳を当てていた。
その光景はあまりにも不審である為、一応周囲に気を配ってはいるものの…この廊下に知り合い以外が通りかかる事はそうないだろうと判断してか、本気の警戒には程遠い。
(さて、何やってんだお二人さん…!)
エリクスが耳を当てていたのは、タクミの部屋に他ならない。理由も単純、急にタクミとレイリが夕食を切り上げ、この部屋へ颯爽と消えていったからだ。
――彼の発想が少々下世話なものである事には、この際目を瞑るべきだろう。想い人との再会によって精神が昂ったままなのだ。
だが、その結果気がつけなかったのだ。彼の後に続いて登ってきたカルスとラスティアから向けられる視線が、着々と冷めきって行く事に。
「うまく聞こえねえな…断片的、っつうか」
エリクスがそんな事を言って唸っている間に、カルスとラスティアがそれぞれ部屋の中に。その後、ラスティアはカルスの部屋へ入り――。
壁を叩いた。
◇◇◇
明日の事についてレイリと話していると、急にドンドンと壁が叩かれる。
分厚い壁だから、俺達の声が漏れて迷惑した、って事はないと思うんだけど…何だろうか。
「というか、こっちの部屋ってカルスの部屋だ」
「…とりあえず、叩き返してみようぜ」
そう言いながらレイリは、既に壁を叩き返していた。すると、先程より少し弱い音で、再び壁が叩かれる。
「外に出て聞いてみよう。意味がわからない」
もしかして、部屋に誰か押し入ってきて危険な事になっているのだろうか?僅かな焦りと共に扉を勢いよく開け――鈍い音がした。しかも、扉は少しだけ開いた状態で止まる。
再度押し込むが、動かない。何やらくぐもった、人の声のような物まで聞こえる。もしかしたら俺達を部屋に閉じ込めようとしているのかもしれない。
――もちろん、それを受け入れる理由はない。レイリの力も借りて、一度扉を引き戻してから全力で開く。
すると、呻き声と共に、今度こそ外に出られるくらいの隙間ができた。
外に出て、扉の裏側を見れば――倒れ込んでいるエリクスさんが。
「え、エリクスさん大丈夫ですか!?というか、何してるんですか!?」
「うわ、よく考えたらこの宿、事故起こりそうな扉の取り付け方してんなぁ…と、兄貴、大丈夫か?こんな偶然が起こるとは…」
「ぐ、ぐぐ…気に、すんな」
そう言われて、カルスの部屋に行かなければならない事を思い出す。
「ッ!そうだ、カルス!」
「あ、大丈夫大丈夫。ちょっと体勢崩して壁にぶつかっただけだから」
振り向いた俺に、部屋から出て来たばかりらしいカルスはそう告げる。
ホッとして溜息を吐くと、いつの間にかその隣にいたラスティアさんが自分の部屋に入ろうとして、何かを思い出したかのようにこちらを見た。
「…教会の、皆。出発は…明日?」
「え?…あ、そうだ」
「明日の朝か、明後日の朝って話だったと思う。朝一番に教会に行って確認しようと思ってるんだけど」
「教会?って、例の、奴隷取引関係の話か。…関係ないアタシが行っても意味無いな」
それぞれで明日何をするのか話し合い、互いの日程を決めていく。
いつの間にか、此処にいる全員が仲間と呼べる関係に成れていたようだ。
後半は一度、ひどい下ネタになっていたので消しました。




