第四十二話:初志に向き合え
だが、邪教の事を話すにしても順序という物がある。シュリ―フィアさんにこれまでの事を話しながら、俺は考えた。
まず、単純な経緯と、奴隷商の事について話をするべきだ。今日は日が暮れかかっているとはいえ、流石に話も出来ないほど時間が無いわけではないから。
「ふむ…無理やり巻き込まれた訳ではないのだな。ならば、危険ではあったが、良いだろう。その介入が悲劇を引き起こした訳でも無いらしいからな」
「はい。…その、獣人に対する差別、って言うのは」
「事実だ。特に王都ではそれが顕著なのだよ。…詳しい話をしておくか」
そう言ったシュリ―フィアさんは、カルスとラスティアにも視線を向けた後、一拍時間をおいて、話し始めた。
「事の次第は数十年前…と言っても、絶忌戦争よりも前の話だ。王国北部には、今の小国群では無く、一つの、獣人で構成された国家が有った。この国家の体制は、今でいうミレニア帝国のそれに近く、絵に描いたような帝国主義。周辺国家の全てへ攻め込むという、一見すれば戦略も何もない様な行動を取っていた。
だがしかし、獣人は平均的に屈強であり、また、人間よりも多く子を成し、成長も非常に早い。力技であるが、現在の三大国を同時に相手取る無茶を実現してしまった」
――その後も続いた話をまとめると、こうだ。
獣人の国家は、何度も追い込まれるが、そのたびに再起、王国を含めた周辺国家を苦しめ続けた。
王国の貴族には、その頃前線で戦っていた者、或いは、その子孫などが多く存在しており、未だに恨みお引きずっているのだとか。
…基本的には、絶忌戦争で獣人が大きな功績を成したことでかなり悪感情は消えているらしいのだが、完全に無かった事にはならなかったという事らしい。
更に言えば、今王都に住む貴族――法衣貴族達は、当時各所に領地を持っていた貴族が、王都の中へ本拠地を変えた後の姿らしい。
『実際の戦場で背を預けていないが故に、醜い感情を引きずる事になるのだ』とはシュリ―フィアさんの言そのまま。
――しかし、絶忌戦争。以前ボルゾフさんにも少しだけ話してもらった気もするが、どんな戦いだったんだよ。今の口ぶりじゃ、いつ終わるかもわからない様な戦争してた国同士が完全に手を組んでた様に聞こえたし。
「とはいえ、最近はいろいろと動きも有ると聞く。感情そのものを解す事は出来まいが、実際の行動を抑える事は出来る筈である。…して、その孤児院の者達は王都から離れるのだったな?」
「はい。数日中には、と」
「某自身、少数ならともかく、この王都に集団で獣人が暮らしているという話は初めて聞いた。この町以外ではここまで厳しい差別はない。ならば、一安心という訳だ…。」
『やれやれ』とでも言いたそうに額に手を当てるシュリ―フィアさん。心から危機感を抱いているようだ。
――さて、これで話は一段落。
邪教の事について切り出しても、問題はないだろう。
「…シュリ―フィアさん、お話が有ります」
「む?まだ何かあったのか?」
「はい。その…邪教について」
よく考えたら同じ部屋にいるカルスとラスティアには話してはいけない内容だった。咄嗟に、後半部分の声は抑えてシュリ―フィアさんに伝える。
俺の背後で二人が怪訝そうにしているのは感覚で分かったが、二人への対処より、今はシュリ―フィアさんの反応を確認する方を優先する。
そのシュリ―フィアさんは、俺の方を見つめ、目を見張っていた。関わりは多少あったとはいえ、この場で俺の口からこの単語が飛び出すとは思わなかったらしい。
「…お二方、少々席を外してもらっても良いだろうか?」
「…わ、分かりました」
「何故?」
カルスはすぐに了承したが、ラスティアは突然そんな事を言われる事に納得していない様で、そう問いかける。
「ふむ…とある物事についての話なのだが、それそのものを知らない物には話をしてはいけない事になっているのだ。頼む」
「…分かった。じゃあタクミ、後で」
そう言ったラスティアの言葉を最後に、二人は部屋を出て行った。これで、此処にいるのは俺とシュリ―フィアさんの二人だけ。
椅子に座りなおしたシュリ―フィアさんが、俺の瞳を真っ直ぐ見つめて問いかけてくる。
「――何故、その言葉が出てくる?貴殿の性質からして、今、ロルナンで起きた事を聞かれたとしても、邪教の事について聞かれる事はないと踏んでいたのだがな、某は」
「…聖教国で、ロルナンで出会った邪教の男――司教に出会いました」
「な!…まさか、そこまで執拗にタクミ殿を狙っていたのか?聖教国の内側に潜り込むほど…!」
シュリ―フィアさんは更なる驚愕に襲われると同時、邪教への敵愾心を燃やしている様だ。
だが、本題としては全く別なのだ。
「そこで、ですね。言われたんです。えっと…邪教、と呼ばれている彼等の目的は瘴気の浄化であり、元は聖十神教の中、『赫獣魄栄』派と『月煌癒漂』派が繋がってできた組織なのだ、と」
「………………今、何と?」
「邪教は邪教じゃなかった、と…」
俺がそう言うと、シュリ―フィアさんは俺の瞳を見つめたまま硬直してしまった。…俺が身体を少し動かしてみても視線が揺らがないあたり、意識が少し飛んでいるのかもしれない。
「シュリ―フィアさん、大丈夫ですか?シュリ―フィアさん?」
「……だ」
シュリ―フィアさんは一言だけ口に出し、俺の姿を探すように視線を彷徨わせた後、俺の目に再び視線を合わせ、
「大丈夫な訳が有るかッ!」
そう、一喝した。
「ひっ」
シュリ―フィアさんに正面から疑われるのも肝が冷えたが、激情を向けられるのはその比では無い恐ろしさだ。守人だからとか、強いからとかじゃなく、純粋にシュリ―フィアさん自身の迫力が強すぎる。
…誤解だ、とは言えない。俺はあの司教が瘴気を浄化する所を見はしたが、本当に瘴気が消えたのかといわれれば、確証を持って答える事は出来ないのだ。
だがそれでも、シュリ―フィアさんに伝えなければいけない情報だと思うのだ。俺が知っていてもどうにもならない。もっと大きな力を持つ人に教えなければ、間違いだろうが真実だろうが意味が無い。
「奴らが邪教で無くて何だというのか!それが事実なら、奴らとの戦いから意味も意義も消え失せる!」
「せ、せめて話は聞いてください!」
激昂したままのシュリ―フィアさんを、何とか押し止める。…シュリ―フィアさんにとっても譲れない一線がある、のだろう。
…となると、俺が何か言った所で、騙されているだけだと思われて、聞きいれてはくれない可能性も大きいな、これは。
「彼等の目的は、瘴気の浄化。実際、司教によって瘴気の量が減る様を俺は見ました。聖十神教内部の事まではまだ詳しく分かりませんから、其方は確証が持てている訳ではありません」
「…その程度の事、多少準備しておけば如何様にも見せられよう。後者など、よっぽど聖十神教に具格潜り込んでいなければ確かな情報など手に入らないだろうしな」
痛そうに頭を右手で抑えるシュリ―フィアさん。やはり、信じられてはいないようだ。
「それと、もう一つ…彼等が俺に目を付けたのは、魔力を通さず瘴気を直接操ったから、だそうです」
「何?…そうか、あの刃状の瘴気が。だが何故だ?それが、瘴気の浄化に関わりが有ると?」
「はい。瘴気を操る事が出来るのも、瘴気を浄化する事が出来るのも、どちらも神の子孫だけだ、と」
またシュリ―フィアさんが絶句した。
だが、聖十神教の司祭ですら神の子孫そのものが存在すること自体はあっさりと認めたのだ。シュリ―フィアさんはよく教会に出入りしているし、その事については知っているのではないかと思っていたのだが。
それからさらに数秒経ってから、ようやくシュリ―フィアさんは会話を再開する。
「…そんな話が有るか。集団で教会から離れる様に別組織を作る、なんて…いくらなんでも出来ない筈なのだから。して、タクミ殿。…貴殿、自分が神の子孫だと?」
「い、いえ、違います。ただ、そう勘違いした理由には思い当たることも有る、というか…説明は出来ないんですが」
「何だそれは…」
そう呟いた後、シュリ―フィアさんは大きな溜息を吐いた。
…やはり、信じてもらう事は出来なさそうだ。
「某自身、今のタクミ殿が申した事を素直に信じる事は出来ない。…このまま話していても埒が明かぬ故、一度止めておこう。なに、思考の片隅には留め置き、次に奴らと会った時には、その真偽を確かめてから杖を振るうとも。
…少なくとも、貴殿自身が嘘をついている、という訳ではなさそうだからな」
そう言い残してシュリ―フィアさんは部屋を出て行った。一瞬、カルスとラスティアの姿が見えたのは、俺の事を心配してくれていたのか、何を話しているのか気になったのか。
防音性の高い部屋を選んではくれた様だけど、大声が完全に漏れなかった訳ではないだろう。皆の反応は少し心配だな。
――なんて考えてみても、情けなさはぬぐえない。
扉の取っ手に手を駆けて、開く前に立ち止まる。
「情けないな…。本当に」
自分で伝えようとした事なのに、途中で説得を諦めていた。
実際に可能かどうかでは無く、最後まで諦めないでいるべきだった。
「変わらなきゃ、駄目だ…こんなの、昔と何一つ変わっちゃいない」
何時までも、このままでいていいはずがない。
誰に決められた訳でも無く、昔からうっすらと自覚していた事と、真正面から向き合わなければならないのだ。
そもそもプロローグ時点から言ってることなので、決心が遅いと言うべきではあります。




