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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第五章:獣人、信仰、悪意、そして
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第三十九話:誤解

「…貴様、タクミ殿では無いな?何者だ…」


 医者を連れて帰ってきたシュリ―フィアさんが、突如俺に剣呑な視線を向けてきた。というか、実際に殺気がこもっている様な感じすらある。

 不思議な事に、その視線が本当に俺の体を貫いて壁に縫い付けてしまったかのようだった。

 声帯すら引きつけを起こし、上手く声を出せない。だがそれでも、真意を問わなければいけないだろう。


「何、者って…何言ってるん、ですか?シュリ―フィアさん」

「言い方を変えようか、…正体をあらわせ、と、そう言っている。例えエリクス殿やレイリ殿を誤魔化そうと、某の目を誤魔化す事は出来ぬと知れ」


 そんな事を言われても、俺に表す事が出来る正体なんてない。強いて言うのなら前世の体だろうが、地球での俺はもう死んでしまったのだから戻れるわけもない。

 というか、シュリ―フィアさんが言いたいのはそういう事ではない筈だ。

 …俺じゃない誰かが俺を演じている、というふうに解釈しているらしい。何故そうなったのか皆目見当もつかないのだが、誤解を解かなければどうなってしまうことか。


「え、えーっと、シュリ―フィアさん?タクミが偽物とか、何言ってんだ?」


 レイリが苦笑しながらシュリ―フィアさんに話しかける。当たり前の事だが、この場で俺が俺じゃないと思っているのはシュリ―フィアさんだけだ。だからまあ、傍から見れば何らかのおふざけに見えているのかもしれないが――シュリ―フィアさんの殺気は本物、俺にとっても、最早笑いごとではないのだ。

 だから、シュリ―フィアさんはレイリに対しても、至極真面目に言葉を交わす。


「レイリ殿は騙されているのだ…どこの組織のものか、或いは邪教、人に変化する忌種、その正体を暴く事は出来ずとも、何が有ったかを予想する事は出来る。

 タクミ殿は流れ着いた先で何者かの毒牙に襲われ、落命。恐らくはその際に聞きだしたか、脳から直接情報を入手、容姿をタクミ殿から奪い去り、今日、某らの前に現れた――!」


 …えっと、何それ。

 シュリ―フィアさんってこんなに妄想力激しい人だったか?というか、俺は以前にも誰かに死人扱いされた事があったような――あの時はミディリアさんか。

 とにかく、この壮大な誤解を解かなければ埒が明かない。何故こんな事になってしまったのかは分からないが、今シュリ―フィアさんが語った内容と矛盾する事を告げれば、どうにかなるのだろうか?


「俺は本物ですよ…えっと、その、…そうだ!シュリ―フィアさんのお母さん、スウィエト・アイゼンガルドさんにもお会いしました!」

「――母上に、何をしたッッ!」

「何もしてませんよッッ!」


 何故か全ての言動が、俺が偽物であるという方向に収束し始める。何か他に方法は無いものか?そう思い部屋を見渡せば、俺の背後にいたせいで同じくシュリ―フィアさんの眼光に射竦められているカルスとラスティアの姿が。

 初対面でこれでは、さっき告げた『シュリ―フィアさんは優しくていい人』という言葉は急速に薄れていったかもしれないなと思いつつ、二人に視線で助けを求める。

 この場の空気が相当に危険な状況だという事を、恐らく俺の次に感じていただろう二人は緊張しつつも、一歩前へ踏み出して口を開いてくれた。


「タ、タクミは、僕達の村に流れ着いて、皆を助けてくれたんです。偽物なんかじゃないです」

「そう、貴女は、勘違い、している。タクミは、誰かと、入れ替わってなんか、無い」


 シュリ―フィアさんは二人の方を見て、それから、こう告げる。


「貴殿らの言い分は分かった。成程、貴殿らからすればそうなのかもしれない、或いは、村を救ったタクミ殿はまだ、本物だったのかもな」


 …何だか、また不穏な空気が漂ってきている、ような。


「…どういう、意味ですか?」

「見た所その者、破壊工作をするでもなく、人の生活に溶け込もうとしている様だからな。その村に流れ着く前、或いは後に入れ替わっていた可能性もじゅうぶんにあるだろう?」

「…それは」


 何故そこでちょっと『一理ある』みたいな反応を返してしまうんだラスティアさん…!

 というか、いつの間にかレイリまで達一がシュリ―フィアさん側になって行っている様な。小さく『嘘、だろ?でも、そんな事言われたら、アタシ…』とか涙目で呟いているのが漏れ聞こえてくる。

 …いや、嘘だってば。騙されないでってば。

 これというのも、冗談なんて点で言わないシュリ―フィアさんが唐突にこんな事言いだすからだ。そのうえ守人が言っている事なので、その時点である程度信憑性が増してしまっているあたり本当に性質が悪い。

 というか、どうする?これ以上は本当にまずいぞ?これだけ長くふざけ続けるとは思えない以上、シュリ―フィアさんは本気だ。

 …せめて、その思考が何処から来たのかだけでも聞きださなければ。まさか根拠のない…例えば“勘”なんかで行っている訳ではない筈なのだ。だが現実とは異なっている以上、そこに付ける穴はある筈――!


「シュ、シュリ―フィアさん!何故そんな風に思ったんですか!?俺が偽物であると考えた理由は!」

「…証拠を出せ、などと。最近は接待で連れられる舞台ですらそのように使い古された台詞は出て来ないぞ?…だがそうだな、某がそう思ったのには、ちゃんと訳がある。当然だ」


 知らず、喉から唾を飲み込む音が聞こえた。緊張している。もしも言い返す事が出来なければ、俺の命は風前の灯だからだ。


「単純な事なのだ。――海に流されて行方不明になった人間は、こうも都合よく五体満足で帰ってくる筈もない!それどころかエリクス殿やレイリ殿と共に某の前に現れるなどあまりに都合がよすぎる!

 …よって、あり得ない。悲しい事だが、某はそれほどの幸運を呼び寄せる事は出来ぬのだ」


 …ええ、と?

 つまり、シュリ―フィアさんにとって幸運すぎる事が起きたから、そこには何か悪い物が紛れ込んでいると考えたのか?

 …どんな人生経験がその思考を導き出したのかは分からないが、後ろ向きすぎる発想だと思う。俺達との再会を喜んでくれるのは嬉しいが、そのせいで危険に陥るのはいくらなんでも受け入れられないぞ。


「ま、待って下さい。じゃあ、状況証拠と思いこみだけで俺が偽物だと?」

「む?…ああ、言ってしまえばそうなるな。だが、見つからない証拠を探すのは無駄だろう」


 そう言いきるシュリ―フィアさんの瞳には、罪悪感や後ろめたさという物が一切含まれていない。恐らく、今のところはこの思考回路で失敗していないのだろう。そうでなければここまで真っ直ぐこちらを見てくる筈もない。


「せめて、俺が犯人じゃないという証拠を集める事は出来ないですかね?その…例えば、『探査:瘴』で、俺の体に瘴気が含まれていないかどうか」

「ふむ、いいだろう。それでは…『探査:瘴』」


 そう言って、シュリ―フィアさんは俺の事を再度見つめ直す。

 …自分が忌種で無い事は、当然分かっているのだが。それでも見つめ返すのはどこか恐ろしく、視線を左右に遊ばせてしまう。

 すると、どうだろう。先程までシュリ―フィアさんの方で何やら呟いていたレイリが、半目になって俺の隣に立ち、シュリ―フィアさんの方を見つめていた。


「ど、どうしたのレイリ?」

「いや、なんかもう…流石にこれは勘違いだな、ってな」

「…それは、その」

「何で怯えた顔してんだ、シュリ―フィアさんが勘違いしてるって事だよ」


 怯えた顔をしていた、だろうか?いや、レイリから本気で別人扱いされるのは酷く応えるだろうから、本当にそんな顔をしていたのかもしれないが。


「あれはつまり、自分にとって都合がよすぎる事が起きた時に、いろいろ勘ぐっちまうあれを酷くした様なもんだよ。それにつられてアタシまで揺さぶられちまった。…しっかしまあ、あそこまでになるかね、普通」


 言葉の矛先を向けられたシュリ―フィアさんは、何やら(まばた)きを繰り返し、視線を右往左往させていた。心なしか冷や汗をかいているようにも見える。

 カルスとラスティアの二人も、既に落ち着いた様子だった。

 …つまりは、今この部屋の中で俺が偽物だと信じているのは、シュリ―フィアさんだけ。

 それを察したのか、はたまた他にも理由が有ったのか、シュリ―フィアさんは左腕を俺の方へ向けながら口を開く。その仕草はどこか自棄になっているようでもあった。


「き、忌種では無いようだが、体の中には瘴気が含まれているようだな!となれば、…邪教のものか?お、おのれ!一度は取り逃したタクミ殿を、再びとらえ、利用するとは!」


 『体の中に瘴気が含まれている』?何時の間にそんな事になってしまったのだろうかと、不安を覚えながら記憶をたどれば…分かった。ロルナンにいた時だ、食品に瘴気が混ざってしまっていたから、大なり小なり瘴気は含まれていて当然なのだ。


「アタシも見てみてくれ」

「うっ」


 …などと考えている間に、レイリが一言でシュリ―フィアさんを追い詰めていた。『うっ』と小さく呻いたシュリ―フィアさんは、やがて、ゆっくりと地面に膝をつく。

 ――どうやら、誤解だと分かってくれたらしい、或いは、俺を『探査:瘴』で調べた時にはもう気がついていたのか。


「…本当に、すまなかった。行方不明になった人間が、これほどあっさり現れるのが、信じられなかったのだ」

「いえ…言われてみれば確かに、そんな相手が突然、教えていない場所に自分を求めて訪ねて来ていたら、俺だって相当驚くとは思いますから」


 本気で落ち込んだシュリ―フィアさんの周りに集まって慰めながら、よく考えればそもそもシュリ―フィアさんがエリクスさんに何故あんな事をしたのかを聞いていなかった事を思い出す。

 少しだけ落ち着いてきたシュリ―フィアさんにそれを尋ねれば、


「貴族街内部に置いて、大声で騒ぎたてるのは許されないのだ。数少ない守人の集合地点を潰す訳にもいかなくてな、…かといって、焦りすぎたのは事実だ、すまない」


 と、答えが返ってきた。何とも単純な事ではあるが、状況も状況だ。冷静な判断は出来なくなっても仕方がない。もしかしたら俺が疑われたのも、その動揺を引きずっての事だったのかもしれないし。

 そう考えた時、部屋の扉が開かれた。そこから入ってきたのはオンドリッチ・ステミア侯爵。手には、数枚の紙束を抱えている。


「あ、シュリ―フィアさんは此処にいたのか。一月くらい前に、スウィエト・アイゼンガルドって人からシュリ―フィアさんあてに手紙が届いてたよ。紛れ込んでいたのか、こっちの書斎に有ったけれど」

「本当か、ステミア殿。ご足労お掛けした…。む、これは」

「うん、冒険者を使って届けられたらしいから、急ぎの用だったのかもしれない。僕が留守ばかりだから、ため込んでしまったみたい。ごめんね」

「いえ、恐らくそれほどの重大事では無い筈です。お気になさらず」

「そっか…それじゃあ、僕はこの辺で。皆さんと楽しんでね」


 そう告げて、オンドリッチさんはすぐに部屋を出て行った。

 それを確認するなり手紙を開け始めたあたり、やはり内容が緊急のものである可能性は大きいんだろうか?


「…書いて、有るな」

「何がですか?」

「いや、…某の知り合いを名乗るタクミ・サイトウという冒険者に出会った、良い青年だ、と。…すまないタクミ殿、これを見ていれば要らぬ誤解など抱かなかったのに」

「い、いえいえ。結局大丈夫だったんですから、そこまで気にしなくても大丈夫です」

「そ、そう言ってくれれば助かる…うう」


 落ち込んだシュリ―フィアさんというのは…ボルゾフさんと共に初めて出会った時以来、だろうか?少なくとも、これほどのものを見るのは初めてだと思う。

 何せそれから約半刻後、エリクスさんが意識を取り戻すまで続いたのだから。並大抵のものではなかった。

 …誰かと再会するたび、騒がしい事になっている様な気もしたが、出来る限り気にしない事にする。


この話で一話使うとは思っていなかった――と言うか、文字数増やすとかは完全に想定外でした。そろそろまた巻かなければ

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