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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第五章:獣人、信仰、悪意、そして
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第三十八話:再開(衝突)

本日二本目です、お気を付け下さい。

 突進してくる男に対し、三十路も半ばに達しつつある御者は戸惑いを隠し切れていなかった。当然だ、いつものように『やんごとなきお方』を貴族街の館まで馬車に乗せてきて、今日も緊張する仕事が終わる、と息を抜いた所でこれなのだから。

 走り寄ってくるのは、年若い男、日男子ではあるが、身なりからしてとても貴族とは思えない。となれば、この場にいるのはおかしい。不審者と断じたって問題はない位だ。

 だが、その男は、今この馬車に乗っている女性の名を叫んでいる。ほとんどが自分の身分や家名を隠す中、ここ一週間自分を雇ったこの客は、自分のような庶民に対しても対等に話してくれた。だからこそ、彼の内心には今まで抱いた事のない『貴族に対する畏敬の心』という物が初めて生まれていた。

 だからこそ、迷う。走ってくる男もまた、自分のようにこのお方が対等に接した相手であり、自分よりも付き合いの長い相手だという可能性は大いにあった。だがしかし、そうでなければ大問題だ。個人を狙って犯罪を起こそうとしていた場合を考えると、大惨事に発展する可能性も大きい。少なくとも、自分では冒険者として鍛えているのだろう目の前の男性を止めることなど出来なさそうだと理解して。

 それでも尚、せめてもの抵抗とばかりに自らの客へと危険を伝える為に振りかえり。

 ――その最中、振り返る自分とすれ違う形でその客が前に駆け抜けて行った。

 その表情は、今までに見た事のない位に喜色満面で。

 走っていく背中を見つめつつ、男は何処となく寂しさを感じるのだった。


◇◇◇


 エリクスさんが叫びながら走って行った先、馬車に乗っていた御者と思しき男性が困ったような表情を浮かべていた。そりゃあそうだ、突然見知らぬ人間が大声を上げて近寄って来たんだから。不審者って判断しなければいいけれど。

 だが、そんな懸念を撃ち払うように、馬車の扉は開け放たれた。そこから飛び出してくるのは、覚えのある青い長髪の女性。


「お、あっちから…」


 レイリの呟きには驚きが混じっていた。俺も驚いている。シュリ―フィアさん自身も、馬車から下りて走ってきているからだ。エリクスさんの浮かれようはまだしも、シュリ―フィアさんまでこれほど驚くとは。もしかして、俺がいない間に二人の関係にこれほどの進展があったのか?と一瞬思うものの、レイリが驚いているのだからそれも無いだろう。

 …となれば、何故?それとも単純に、シュリ―フィアさん自身の友情の表し方がこれ?

 そう思った俺達はエリクスさんに近づいたシュリ―フィアさんが両手を伸ばした所で、完全に予想が裏切られたのだと悟った。

 だって、まるで生き別れになった恋人同士が再会を遂げる場面のようではないか。僅かに存在している恋愛映画などの記憶から考えれば、これはもう、この直後に熱い抱擁が待ち受けているのだろうと、そう予測する事しか出来ない。

 レイリも驚愕の表情でそれを見つめているし、カルスとラスティアはまた(ほう)けていた。

 感動的とまでは言えなくても、良い光景が見られるだろうと思い、再び二人の方へ視線を向ける。

 するとどうだろう、シュリ―フィアさんとエリクスさんの間には、伸ばした腕一本分と少しくらいの距離しか無かった。後一瞬遅れただけで感動の光景を逃す事になっていただろうと思うと何故か冷や汗が出てくる。

 だがしかし、おかしな事が一つ。

 ――シュリ―フィアさんの腕が、開かれていない。あれでは抱擁では無く、掌で喉元に衝撃を打ち込む事になるような。

 そんな形だからこそ二人の距離を測る事が出来たのだが…と、そんな事はどうでもいいのだ。なぜ、あんな事に?

 そうしている間にも、二人の距離は詰められて行く。こちらからでは両者とも表情をほとんど窺う事は出来ず、たがいに何を想っているのかは分からない…。

 だが、そんな事を考えている間にも時間は進むのだ。

 ガッ、と。実際に音が聞こえたわけではないが、脳裏にそんな擬音がよぎるように二人は衝突した。

 よく見れば、シュリ―フィアさんの両腕はエリクスさんの喉もとでは無く、口に向けられているらしい。


「…って、なんじゃそりゃぁ!」


 叫び、走り出すレイリ。その後を追うように二人の元へと走ると、二人の間では既に会話が始まっていた。

 焦っているのはシュリ―フィアさん、何が起きたのかを理解できていないのか、頭に衝撃が通ってしまったのか、エリクスさんは尻もちをついて頭を前後左右に揺らしている。


「す、すまないエリクス殿!咄嗟に…あ、ああ、某はなんてことを!まずは館に運ばねば…レイリ殿!」

「お、お久しぶりです…というか、一体何故?」

「い、いや、勿論理由は有るのだが…と、とにかく、エリクス殿を運ぶのを手伝ってくれ!寝室で寝かせて、医者を呼ばねば!」

「そういう事なら、俺も手伝います。シュリ―フィアさんは先に、医者を呼んで来てください!」


 さっきの客間は寝室としても使える。あそこに運べば、少なくとも今のところ問題はない筈だろう。

 レイリに肩と頭、俺が足と腰を支えて、カルスとラスティアには館の扉を開けに行ってもらって。

 そうしている間、何故かシュリ―フィアさんに動きが無い。何か異常事態でも発生したのかとそちらを見れば――シュリ―フィアさんと目が合って。

 何故か、完全に硬直している事に気がつく。


「…シュリ―フィアさん?」


 俺が小さく呼びかければ、シュリ―フィアさんは大きく震え、そして、何か有り得ない物を見たかのような、或いは、何か下手な冗談を聞いたかのような表情でこちらを見つめ返してきた。


「…ま、まさか。タクミ殿…なのか?」

「はい、そうですよ?えっと、何処に医者がいるかは分からないので、手配お願いします!それでは!」


 そう言って、レイリと共にエリクスさんを館の中へと担ぎこんでいく。あまり振動を与えると悪影響が出かねないので、出来る限り揺さぶらない様に。

 だが、そこまで心配する事無く息を合わせて運び、ベッドに寝かすことに成功した。

 …ところで、シュリ―フィアさんから離れる直前、何か小さな声で呟かれたような気がしたんだけど、あれは何だったんだろうか?


◇◇◇


「…夢、という訳ではないだろうな。だがしかし、ここまで都合よく、(みな)と再会できるなどという事があり得るのか?某、さして運がいいという訳でも無いというか、むしろ運は悪いのだが…」


 シュリ―フィアは何が起きたのかを理解しきれていなかった。だがしかし、彼女も守人という重大な責任を追う仕事をしているのだ、当然、今一番するべき事を放棄する事などは無い。

 つまり、昏倒した――させた――エリクスの為に、医者を連れてくる事である。

 彼女は振り返り、御者に声をかける。当の御者はと言えば、目の前で撒き起こった光景にほとんど理解が及ばず放心状態だった。


「すまない、某は今すぐに医者を連れて来なければならなくなった、馬車と馬はいつものように頼むぞ、それでは!」


 そう言いながら、杖を含めた荷物を馬車から取り出して、全力で門の外へと駆けていく。

 幸いにして、貴族街内部には医者も多い。貴族達が自分の身可愛さに集めた者たちであり、金の亡者とも呼ぶべき存在だったが――(実際に役に立ってしまうのでは某が批判する事など出来そうもないな》、と、シュリ―フィアとしては全く以って心中複雑であった。

 とはいえ、自分がしでかした事に変わりはない。最も近くの診療所に駆け込み、助けを求める。

 ――幸運だったのは、そこの医者は彼女が守人であるという事を知っており、その彼女に対して高い金額を吹っ掛けるという蛮行を成そうと思えなかったことだろう。それが結果として、後に彼の診療所を盛り上げていく事になるのだから。

 そして、医者を連れてエリクスが寝かされた部屋へと戻ってきたシュリ―フィアは、エリクスを心配しつつも、そのそばに立つ少年――否、青年の姿を確かに見つめる。

 そこにいたのは、見間違えよう筈もない、数ヶ月前に波濤の果てに浚われ消えた冒険者タクミ・サイトウその人。

 ――だが、とシュリ―フィアは考え直す。だが、海に流されて行方不明になった者というのは、ここまであっさりと帰ってくるものだっただろうかと。

 どこかに漂着していたとしても、大規模な捜索隊を派遣されてようやく救い出されるようなものなのだ。流石にそんな事が行われていないというくらいの情報は彼女の元にも入ってきていた。

 だが、そこで思考が飛躍する。つまり――『タクミ・サイトウが帰ってきていないとすれば、目の前に立つこの男は何者だ?』と。

 …不運にも自分がエリクスを昏倒させてしまったり、そもそも再会が叶った事に大いに精神を揺さぶられていたからこその思い込みではあったが、もしこの事を彼女が後に振りかえるとすればそれは、大いに羞恥心をくすぐられる思い出になっているのだろう。


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