第三十四話:四人
いよいよもってカルスとラスティアが話題について行けなくなりつつあったので、説明を入れておく。
「えっと、シュリ―フィアさんって言うのは、エリクスさんが恋をしている人なんだけど」
「いや、ド直球に言い過ぎだぜタクミ…ま、否定はしないけどな!」
「はいはい。それで、二人とも。商会の仕事で島に行った時、スウィエト・アイゼンガルドって言う守人の人に有ったでしょ?シュリ―フィアさんは、あの人の娘なんだ」
「え、本当に?…何というか」
「世間、狭い」
「それは俺も思った。あの時にね」
「ちょ、ちょっと待った」
そう言って俺の眼前へと掌を突き出してきたのはエリクスさん。どこか焦った表情をしている。
「シュ、シュリ―フィアさんのお母様に会ったのか?というか、その人も守人なのか?」
「は、はい。スウィエト・アイゼンガルドという御名前で、シュリ―フィアさんとは少し違う気もしますが、魔術がお得意な方でした」
「そ、そうか…」
エリクスさんは何故か不機嫌そうな表情になった。だが、それに戸惑って俺が次の言葉を発さないでいると、小さく溜息をついてこう告げる。
「ああ、気にすんな。変な事考えてただけだよ」
「兄貴はたぶん、『俺より先にタクミがシュリ―フィアさんのお母様に挨拶した、だと…!?』とか考えてるだけだから、ほんとに気にしなくていいと思う」
「…おいレイリ、最近当たり強くね…?」
いつも通りに仲の良い兄妹の姿を見つつ、カルスとラスティアが状況を理解したという事を確認。エリクスさんに質問する。
「シュリ―フィアさんを探す、って、何か有ったんですか?連絡がつかないんですよね」
俺がそう訊くと、エリクスさんは顎のあたりをポリポリと掻き、少しだけ気まずそうにこう言った。
「いや、事件に巻き込まれたかもとか、そういう話じゃねえんだよ、たぶんな?ただ、正確にいつ王都に着くとか、どうやって落ち合うかとか、そういう話を決めてなくてな」
「…そりゃあ、連絡がつかない事態にもなりますよ。はっきりは知らないですけど、守人って多分、簡単に会える立場の人じゃないですよね?」
忌種に対する最高戦力であり、各国にそれほど数がいるものではないはずなのだ。嫌な話ではあるが――実現不可能かもしれないが――守人が暗殺されるような事態になれば、その国はいわば、内側への守りを失ってしまうことにもつながりかねないのだ。となれば、実力の高い守人はむしろ保護されていると考えるべきだろう。
…いや、シュリ―フィアさんくらい強い人達をどうやって暗殺するのか、という疑問はやはり浮かぶが。それにしたって、簡単には会えない筈だという俺の中での結論は揺らがない。
「ああ、ロルナンで別れる時、その事についてもっとしっかり話しとくべきだったよ」
「…えーっと、シュリ―フィアさんが王都にいるって言うのは、間違いないんですか?」
「おう。だから、王都の中は自由に動けるってことなんじゃないかと俺は思ってる」
「…成程、確かにそれは」
言われてみれば、その可能性は高いように思える。王都は、その高い壁や他の町と比べて圧倒的に厳しい検問など、内側に対しての守りが強いのだ。…治安が良いとは言い切れないのが玉に瑕だが、それでも、国中自由に歩き回るよりはずっと安全だろう。
「そんな訳で、道をぶらっと歩いてりゃあ何時かは会えるんじゃねえかとは思うんだが、正直なところあんまりゆっくりはしてたくねえ。早く会いたい。だからまあ、手分けして探してくれねえか、とな」
「…まあ、大丈夫です。少なくとも俺が王国に来た目的は、こうして今日、果たした訳ですから」
そう言うと、レイリが一瞬目を背けた後、何故か腕を組んでうんうんと頷いた。喜んでくれているんだろう。態度で表されると、俺も嬉しいというか、どこか気恥ずかしいというか。
さて、そうなれば、一応聞いておくべき事はある。
「シュリ―フィアさんの居場所、全く心当たりはないんですか?何か、居場所を仄めかすような事を聞いていたりとかは」
「いや、ねえよ。…あー、強いて言うなら、王都の中心側にいるんじゃねえのか、って言うことくらいで。こんなもん、守人だからっつう事以外に根拠なんてねえけど」
「そうですか…。貴族の屋敷が多いですし、不審者扱いされかねませんよね」
「それが問題なんだよな…」
そう呟きながら項垂れるエリクスさんの姿には、哀愁と、より大きな情けなさを感じた。いや、俺も同じような状況に陥れば“こう”なるのではないかとも思うのだが、傍目から見ているとかなり情けないのだ。その姿を他の誰より冷たい瞳で見つめるレイリの内心、推して知るべし。
そのレイリは一度ため息をついてから、こちらを見つめ、疲れた声音で話し出した。
「あー…兄貴はとりあえず無視だ。それで、そこの二人…ラスティアとカルス。一個聞きてえんだけど、…これからもタクミと一緒に行動するか?それとも、何か別の目的があるのか?」
それを聞いた二人は、顔を見合わせ、ぱちぱちと瞬きしていた。その質問は予想していなかった、というような表情だ。
…実際のところ、どうなのだろう。聖教国から出てくる時は、どこか、明確に行きたい場所があるという感じではなかったが――二人も王都や、ここに来るまでの旅路で新しい目的を芽生えさせているのかもしれない。
寂しい話だし、少し心配にも感じるが、二人がそれを選ぶとなれば…引きとめるのは、個人の感情以外にはないだろう。そして、多分、俺の意思は二人より弱いから…。
などと俺が後ろ向きに意識を暗く沈めている間に、二人は答えを出していた。
「今は、他に、目的は無い。だから、タクミと」
「それに、僕達もこれに慣れたし、何より楽しいから」
その言葉がする方向へと顔を向ければ、二人は何の気負いもない自然体の表情で俺の事を見つめていた。
自然と、胸中に温かい気持ちが溢れてくる、それは、二人が一緒にいてくれるという事からではなく、俺といる事を『楽しい』と言ってくれたからだと思った。友達という関係がしっかりと出来ているのだと、どこか客観的な視点で見る事が出来たから、安心しているのかもしれない。
それを聞いていたレイリは、俺の方を一度見てから何やら頷いて、それから、二人の方へと握った右手の拳を伸ばした。
「そういう事なら、これからはアタシともよろしくな。もう話は聞いてるみたいだけど、タクミのコンビやってるレイリ・ライゼンだ。馬鹿にしてないようなもんなら、どう呼んでくれても良いぜ?アタシはまあ、とりあえず二人とも呼び捨てにさせてもらうけど」
そう言って、首を傾げる。二人はレイリの顔を見つめてから、その意図に気がついたように拳を突き出した。
「じゃあ僕も、レイリって呼び捨てにするよ。一応自分からも名乗るね、カルス、家名は無いから、呼び捨てにしてもしなくても変わらないけど」
「私も、呼び捨て。…本名は、ラスティア・ヴァイジール」
そう言った二人は、レイリの突き出した拳に自らの拳を突き合わせていた。
…友誼を交わす、と呼べるような状況だったが、男女比1:2で行うにしては随分と男らしく見える。
それを数秒間見ていたのだが、どうにも終わる感じが無い。そのうえ、三人とも一言もしゃべらないのだ。
――というか、俺の方に三人の意識が少しずつ向いて来ている様な。
『…』
…友誼を交わしているように見えたのは事実だ。となれば、三人が視線で俺に求めている事も見える。
だが、こう、これに関しては、名前を呼び合えるようになった三人だけで済ませるべきではないのだろうか。
葛藤と気恥ずかしさを抑え、なんだかんだで嬉しい気持ちを感じつつ、俺もそっと拳を突き出した。
――いつの間にか復帰して居たエリクスさんがミディリアさんと共に微笑ましい者を見る目で見つめている事だけは辛かったが。まあ、その後レイリも怒っていたので気にしない事にする。




