第三十二話:待ちわびた…
やがて、ギルドの外、中庭の辺りが騒がしくなり、ギルドの中へと入ってくる人が増えた。その様相は周囲の冒険者と変わらず、どうやら調査隊に参加していたという訳ではないらしい。
だが、彼等はまるで押し込まれるようにこちらへ入ってくるのだ。それはつまり、中庭に大量の人間、或いは物品が現れたという事であり…調査隊の帰還を示しているように思えた。
「さてと…今から外に出たい気もするけど、ギルドの前で集まっているってことは何らかの話し合いか、そうでなくても解散式を此処でやってるってことでしょう?そこに入って行くのは流石に無理ね。…だからおとなしく待ちなさいって」
「は、はい…どのくらいで終わるんでしょうか?」
「短ければすぐにでも、長ければ…半刻?」
「うう…」
半刻は長い――今でさえ貧乏揺すりと視線を右往左往させることを全く止められていないのだ。挙動不審という自覚はあるが、体も心ももう待ちきれないらしい。
…そんな風に冷静な分析をしている間も、心臓の鼓動がバクバクとうるさかったのだが。
「報酬の支払いはギルド内で行う筈だけど、報酬額そのものの確認は外で行われているんでしょ。あ、ほら、ロルナンでタクミ君も経験した事があるでしょ?」
「瘴気汚染体云々の後ですね。…とすると、全て終わるにはかなり時間かかりますね」
「だから落ち着いて腰を下ろすの。それとも、窓まで行ってレイちゃん探してくる?」
ミディリアさんがそう言いながら向けた指の先には、確かに窓がある。
その周囲には人がいるが、誰もが調査隊に注目している訳ではない。割りこむ必要もないくらいには窓の周囲に空間は存在している。
「行きます」
「あら、そう…まあ、貼り付いたりしない事だけは気をつけてね」
そこまで周囲の視線が気にならなくなっている訳じゃないと思いながら、先程から少し挙動不審ではある。一度深呼吸をしてから、窓の方へと近づいて行く。
そこから外を見れば、決して広くはない中庭は人で埋まっていた。見る限りでは冒険者ばかりである。調査という言葉からは、学者のような人も同行しているのかと思ったのだが、違うらしい。あるいは、既に解散しているのか。…冒険者達の武器など以外に珍しいものが置いてあるわけでもないあたり、後者の方が正解だろうか?
扉の開閉音を聞きながら、更にくまなく調査隊を見つめる。そこに、レイリの姿は見当たらないようだった。
レイリの身長は女性としては高いにしても、男性、それも身体に自信のある多男達の中に混ざれば低いものだ。となれば、この中から見つけ出すのは困難だろう。
だが、エリクスさんならどうだろう?兄妹揃って綺麗な金髪をしているし、エリクスさんは高身長で、いい意味で目を惹く容姿をしている。となれば、有る程度は簡単に見つけられそうなものだった。
だがしかし、実際にはエリクスさんの事も見つけられない。ミディリアさんは、これが二人の参加している調査隊だと確信しているようだし、負傷者はいないのだからまさかの事態が起こった訳でも無い。となれば、二人は此処にいるはずなのだが…しかし、確認できない。
報酬を受け取った冒険者が少しずつ減っていっても、それは変わらなかった。まだまだ大勢の冒険者がそこに入るし、ギルドからは反対側、道に近い列にいるのならば見つけられない可能性もあるだろう。
あるいは、この解散式に参加する事は自由であり、二人は一度翠月――今は俺達も泊まっている宿へと一度帰ったのかもしれない。もしもそうだったのならば、完全に急がば回れという奴だ。いや、ギルドに来ないという選択肢は俺にはなかった。レイリは俺があの宿に泊まっているとは知らないから合流場所には選び辛かったのだ。
――今は待機するしかないだろう。レイリ達が報酬を受け取りにこのギルドへ来るまで。
そう考えつつ、視線を再び冒険者達の一団へと向けた。やはり特徴的な金髪は視界に入らず、まだ目に見えていない部分も有るにせよ、ここにはいないのだろうという予感が強まった。
とはいえ、今更ミディリアさんのいる机へと戻る気にもならなかった。こうなれば、レイリとエリクスさんがギルドの中に派へと足を踏み入れる瞬間を目撃してやろうという意味のない対抗心が鎌首をもたげていたからである。…どうやら俺は緊張しているらしい。挙動不審のうえ、微妙に情緒不安定でもあるようだ。
調査から帰ってきた冒険者達がギルドの中に入ってくるにつれ、男女の明るく騒がしい声が広間を満たして行った。
荷物の整理をしているだけならば、そこまで長い時間がかかる事はあるまい。食事を取っているのなら時間はかかるだろうが、それでもこうして待っていればいつかは来てくれる。余りの待ち遠しさにうずうずする気持ちに変わりはないが、今は耐えよう。
そうしている間にも、調査隊は半ば解散していく。やはり二人の姿は無い。
少し時間は有りそうだと、カルスとラスティアがいる売店の方を見てみれば、変わらず二人はそこからこちらを見ていて――しかし、何やらおかしな表情をしていた。
何と言うか、気まずそうな表情なのだ。額に手を当てて僅かにうつむいているカルスと、目を細め、微妙に歯を食いしばっているラスティア。…気まずそうというよりは、呆れているという表現も合うのだろうか?だが、それにしては妙に懊悩しているようにも思える。
「何だろあれ…」
言葉で表すのなら、『やれやれ』では無く『あちゃー』。どうやらあの二人からは俺が何か失敗しているように見えるらしい。
俺に見られている事が分かったのか、ラスティアは視線を俺から外し、カルスはむしろ何かを伝えるように腕を振り回し始めた。全く意味が分からない。
よくわからないままに視線を元どおり窓の外へ。いつの間にか周囲に人の気配が増えたようだが、恐らく解散した調査隊が報酬を受け取りに来たからだろう。冒険者というのは大体、仕事が終わったらすぐに報酬を受け取ろうとするものだ。月給制などでは無いのだから当然ではあるかもしれない。
しかし、俺の周囲の気配は少し静かなような気もする。報酬を受け取った冒険者は大小の差はあれど――俺を含めて――受け取った報酬に心を弾ませる物なのだ。それにしては静かである。
とはいえ、それこそ個人差だ。気にする理由もないだろうとギルドの外を眺め続ける。すると、今度は爪先で何度も地面を叩いている様な音がすぐ後ろから聞こえてきた。
苛立ちの類を示しているとしか思えないその音。そのうえ発生源は自分の真後ろなのだ。となれば、その矛先が誰に向いているのかもお察しである。
だが、何故?…いや、そうか。俺と同じで窓の外を見たいと思っていた人がいたのだろう。となれば、何時までも窓の中央に陣取って動かない俺は邪魔ものだったという事だ。
調査隊も解散している。何もギルドの中では無く、外で待っていればいいだろうと思いながら振り向いた俺の目に映り込んだのは、陽の光を反射して輝く黄金の長髪。
「――え?」
そこに立つ女性は、僅かに雰囲気は変われど間違いなく、自らのコンビで有るレイリ・ライゼンである事に間違いはなかった。だからこそ、歓喜にも似た激情が体中を駆け巡り、その気持ちを声に乗せようとして――。
苛立ちの混ざった視線に気が付く。同時に、先程床を爪先で何度も叩いていたのが彼女であるという事にも。
何故そんな感情を向けられているのか分からず、逡巡する。それに気がついたのか、レイリは小さく笑って、それから、
「――気づくの遅ぇよ!」
と、一喝。
「え!?あ、えと、え!?いつから!?」
うろたえる俺の視界には、ミディリアさんの隣でニヤニヤとこちらを見つめて笑うエリクスさんと、両手で顔を抑えて仰け反るカルスとラスティアの姿が映っていた。
こうして、念願の再会は何処までも締まらない物となってしまったのである。…もっとも、互いが一気に昔の距離間を取り戻した事を考えれば、それが一番だったのかもしれないが。




