第三十話:帰り道
「昨日の今日で手伝ってもらって、悪かったな」
「いえ、気にしないでください…というか、俺達もやる事が無かったので」
「それに、子供たちの事も心配でしたから」
「思ったより、大丈夫そうだった」
ラスティアさんの言葉に、子供たちの事を思い出す。
無理やり誘拐、監禁された事は勿論だが、そのうえ友達――というよりは家族か?――を忌種に食べられてしまったのだ。そこまで具体的な事は知らないとしても、死んでしまった事は理解していた筈。
当たり前だが、元気に走り回っていたという事はない。あの年頃の子ども達と考えれば、見ているだけで可愛そうなくらいに落ち込んでいたのだ。だが…涙を流す子はいても、塞ぎこんでしまう子はいなかった、というか。
あの年頃の子どもがどんな風に考えて行動していたかなんてことは、経験していてもとうの昔に忘れてしまった。だが、精神に傷が残ってしまう事は間違いないだろう。今の自分だって、どこかに家族や友人と監禁されて、その相手が化け物に喰われてしまったと知ったら…どうなることか。想像力が足りていないのが煩わしいが、少なくとも精神への影響は大きい筈。立ち直れるかどうかも怪しいだろう。
「子供たちも『命回帰』についての話を聞いていたから、という事も有るだろうが…昨日は僕とフランヒが、夜中につきっきりで慰めたり、話をしたりしていたからね。真夜中に一度大泣きさせてしまったけど、あれのお陰でむしろため込まずには済んだみたいで…よかったよ」
「そう、だったんですか…」
ランストさんの言葉に、カルスとラスティアさんもその光景を想像しているのか、黙って考え込む。
推測でしかないが、子供たちにとっては真夜中というのは恐ろしいものだった筈。暗いという事は、子供たちが捕まっていた地下室の事を思い出してしまうだろうから。そういう意味では、閉ざされた部屋というのも恐ろしかったかもしれないが…フランヒさんとランストさんがいたんだから、安心感はあった筈。
ただ今回の場合、大泣きしたのは恐怖だけではなく、他の子たちが殺されたという事を認識したからという事も有るんだろう。
断言できるわけではないが、きっと二人が選んだ方法はかなり正解に近いのだろう。少なくとも今、子ども達は暗い気持ちだけに囚われている訳では無くなっているのだから。
――だからこそ、気になる事も有る。
「その、…ハウアさんは、どうですか?」
「…ハウアは、な。三人がここに来るより前、一度話は出来たんだが」
その口ぶりは、状況があまり良くないと察するには十分なものだった。何よりランストさん自身の雰囲気も少し暗くなっている。
だが、俺がそう判断した事に気がついたからなのか、ランストさんは少し慌てたように再び口を開く。
「いや、心が折れていたとか、そういう事では無いんだ。勿論、普通に会話も出来た」
ランストさんは、そこで一度言葉を切った。言葉を挟む気にはなれず、俺達は黙ってその続きを待つ。
だが、ランストさんにとってハウアさんの今の現状は、簡単に言葉で表せるものではないのかもしれないと思った。なぜなら、十秒ほどたってもまだ悩むように視線を左右させているからである。
「何と言えば良いのか…ハウアの中で、何らかの踏ん切りはついているみたいなんだ。子ども達の死だって受け入れている。乗り越えられたのかは分からないが…いや、だからこそという事かもな」
「と、いうと?」
ランストさんの言葉は俺達に向けているようで、実の所自分の中で考えをまとめる為に発せられているものらしい。あまりにもこちらへ結論が届かないので、思わず訊き返してしまった。
「…『一度教会を離れて、冷静になりたい』とな。前にも云ったが、場合によっては彼女を療養のため、この町に残すつもりだった。僕達は転居するし、離れるという点では問題ないんだが…どうにも不安ではある。つまり、今は大丈夫でも、もし子供達の件についてまた何かがあれば、今度は僕達の知らない所で暴れそうなんだ」
「それは…でも、犯人はもう逃げたんですよね?ヅェルさん達も捕まえに行ってるし、少なくとももう戻って来ないんじゃあ」
「ああ。だがそもそも今回の事件の裏には貴族が――法衣貴族がからんでいる筈。この町にいる限り彼らとの接触はいつ起こるか分からず、もし万が一彼等がハウアを認識していたら、或いは、ハウアがその貴族が直接事件に関わっていると知ったら…」
ランストさんは不安そうだった。俺も、そう考えれば少し不安である。何より、俺なんかと比べられないほどにハウアさんを知っているランストさんが不安そうにしているという事実が重い。
きっと、少なくとも自分の命を投げ打つような真似はしない筈だとは思えるが、同時に、犯人の貴族を見つけた時に湧きあがるだろう怒りが想像を絶するものだろうという事も分かる。
「ハウアだって、分かっている筈だ。自分まで死んだら子どもたちや僕達がどれだけ悲しむか、そして、自分一人で権力に立ち向かう無謀さも…。
ああ、駄目だな全く。君たちに話すべき内容じゃなかった。少なくとも今、ハウアに対しては僕達が行動するべきだ」
「ランストさん…」
「…あの、一つ気になる事があるんですけど」
カルスがランストさんへと話しかける。ランストさんは少しだけ意外そうにカルスの事を見つめて、それから頷いた。
「何だ?」
「ハウアさんが一度教会から離れるとして、何処に住むんですか?」
「それはまあ、この教会に…ん?」
「…多分、難しいんじゃないですか」
想像してみれば、確かにカルスの言う通りだ。『教会から離れたい』というのはつまり、『一度違う事を考えたい』という事でもあるだろう。となれば、思い出の色濃く残るここに居続ける事は本来の目的とは合っていないと言える。
「…まあ、ハウアは冒険者でもあるから、宿に泊まれば…いや待て、それも厳しいのか?」
「王都の依頼って、貴族関係が多かったですよね」
「…なんてことだ」
ランストさんは頭を押さえて、溜息をついた。それから、腕を組んで何かを考え始め…。
「そうか。王都にこだわる必要なんてどこにもなかったんだ」
と、閃きのままに口を開いた。
――成程。確かにそうだ。ランストさんも俺も、何故かハウアさんを王都に残すと言う前提で話をしていた。
「となれば、ハウアも僕達と同時にどこか別の町に移動する事になる訳だ。いや、移動してから分かれ・・駄目だな。子供たちに引きとめられたらハウアも簡単には出ていけない」
「とめちゃ、駄目、なの?」
「止めたい所だが、気持ちの整理は必要だからな。ハウア自身はまた戻ってくると言ってくれたし、僕達としてはその意思を尊重したい」
「ええ――ハウアも、私達にとっては子ども…いえ、妹のような物ですから」
そう言ったのは、ランストさんの背後から顔をのぞかせたフランヒさんだ。
「ただ、ランストは少し心配し過ぎよ。見ていなかった私だって、昨日、ハウアが何とか自分を抑えきったって事は理解しているのに」
「いや、それはそうだが…言っては何だが、あの時は僕が止めなかったら危ないんじゃないかと」
「自意識過剰…?」
「な…!そんな事を言い出したら結論なんて出せないじゃないか」
フランヒさんによってランストさんがだんだん手玉に取られていく様を、俺達は生温かい視線で見つめていた。
どうやら教会の大人組三人の中では本来、フランヒさんが優位に立っているらしい。このあたり、やはり女性は強いという事かも知れないな。
「という訳で、私達の出す答えは同じですよ。今は私達に、そしてハウア自身に任せてください。タクミさん達が私達の事を気にかけてくれる事は有りがたいですが、ハウアも一人で考えたい事も有ると思うの」
そんなフランヒさんの言葉を聞いて、俺の中に最初に浮かびあがってきたのは『それでいいのか』という気持ちだったが――いくらなんでも、でしゃばりすぎという話だろう、それは。
二人へと別れの挨拶をしてから、帰路に就く。まだ太陽は王都の壁より高い所に有るが、それも長くは続かないだろう。
「――で、タクミ」
十五分ほど道を歩いた頃、カルスがそう切り出してきた。ここに来るまでにも会話は有ったが、どうにも雰囲気が違うので真面目な話かもしれない。
「何、カルス?」
「いや、さ。そう言えば、まだ聞いてなかったよね、明日の事」
「明日の?…えっと、どういう事?」
明日何があるのか、という事を悩んだわけではない。当然だ、何故レイリとエリクスさんの事を忘れられるのか。
だが、カルスがどういう意図でそう言ったのか分からない。明日の事で何か、気になる事があるというのか。
「タクミがその…レイリさん?に会いに行ってる時、僕達はどうしてよっかなって」
「え?…えっと、どうする?二人の事を紹介したいし、できれば近くにいてくれた方が」
「…そう言うかもとは思ってたけど」
「タクミ」
今度は、ラスティアさんが口を開いた。カルスは何だか呆れたような感じだが…何故だろうか。何も間違った事など言っていない筈なのに。
「私達が、言うのは、おかしいけど。…タクミ達に、とっては、大事な、再会の筈」
「うん、だから、僕達が近すぎる場所にいると邪魔になっちゃうでしょ?」
「邪魔、って事は無いんだけど…」
だが、二人の方に譲る気がなさそうなので言い返すのは止めておく。レイリやエリクスさんとはまず自分だけで会いに行って、その後二人を紹介する事にしよう。
「それと、もう一つ」
「ん?」
「私の事は、ラスティア、と」
…えっと。
「呼び捨て、って事?」
「うん。タクミも、カルスも」
「良いけど…どうして急に?」
「タクミが、コンビの事を、『レイリ』と呼び捨てに、しているから。さん付けは、他人行儀」
言われて、記憶を掘り返す。
『ラスティアさん』と呼び始めたのは、いつだっただろうか?
魔術を習い始めた当初は『師匠』と呼んでいたと思うけど、もしかしたらそれよりも前に名前を知っていて、『ラスティアさん』と呼んでいたかもしれない。
――それほど、その呼び方は当たり前になっていた。
友達に、仲間になっても、『さん』と。個人的な話をするのなら、異性を呼び捨てにするというのはやはり気恥しいものがあったからなのだが…同じ時期に出会ったカルスとは違う呼び方に、ラスティアさんには思う所があったのかもしれない。
そう言えば、レイリを呼び捨てにしたのはそういうふうに言ってきたからだったっけ?
それを考えても、もうラスティアさんに対してさん付けする意味はないだろう。あの時も確か『友達はそんな言葉づかいをする相手じゃない』というような事を言われたし。
「……じゃあ、これからは『ラスティア』と。…ちょっと慣れてないから間違えるかもしれないけど」
「えっと、僕もだよね。『ラスティア』。……僕の方が年季入ってるから、大目に見てね」
「…一週間、以内」
「ええ、それはちょっと怪しいよラスティアさん…あ」
うっかり失言を漏らしてラスティアさん…ラスティアに冷たい視線を向けられるカルスの姿を横目に見つつ、いい加減に体で覚え始めた道を歩く。町は少しずつ、闇に包まれ始めていた。
火曜日が試験最終日なんですが、その翌週が三泊四日の修学旅行…。また更新が遅れそうです。冬休みに挽回しなければ…!




