白銀達の戦勝
短いですし、多分人によっては嫌いな展開かもしれませんが…。
番えられた矢に、白銀の光が宿る。
光は、矢がより強く引き絞られる度に激しく輝いた。
その輝きを見つめるのは、射手と獲物のみ。故にこそ――その矢が放たれた事を認識できるものは、射手以外にはいなかった。
光が膨れ、空間を抉るように突き進んでいく。その速度は光速に等しく、光から逃れられる者はその場にごく少数しかいなかった。
しかし、余裕を持って避けられた者などおらず、派手に曝した隙をいての仲間に疲れ、その命を紅く霧散させていくだけだった。
弓が放たれてから、片方の軍が全滅するまでの間には二秒もかからなかった。双方共にただの人間が認識できる生きの攻防ではなかったが、その射手は余りに隔絶した強さを誇っている。
「掃討完了…ですね」
「はい。一度後方へ下がって、皆様と合流しましょう」
弓を持った女性の元へ、似た雰囲気の女性が駆け寄って行く。どちらも先程の光と同じく、白や銀の容姿を持ち、装いをしている。だが、その衣装には傷も目立つ。射手の女性の服も僅かに汚れていたが、彼女達の服はより強く損傷しているのだ。恐らく、彼女達はより敵と近い距離で戦っていたのだろう。
しかし、そんな彼女たちも肌には傷一つなかった。この戦、圧倒的な力量の差で彼女達が勝利したのだ。
「ええ、そうすべきですね。行きましょう」
立った一矢で幾多の敵を霧散させた者の発する声とは思えないほどに穏やかな声が空間へ沁み渡って行った。この集団の中で最も位が高いのが誰なのかという事ははっきりしている。
彼女等が立ち去って行く間、そこにいた者たちの残滓として揺れ動く紅い霧もまた、少しずつどこかへと去って行った。
◇◇◇
「『白銀弓姫』。そっちはどうだった?」
「勿論、掃討完了したわよ。そちらも恙無く事を運べた様ね、『炎陽清邪』」
「まあな…『淡漂白帯』ももう帰ってくるって話だし、俺たち以外の所も負けが無いらしい。戦には勝った、その認識でいいはずだぜ」
女性に話しかけるのは、燃え盛るような赤髪を白い光で薄く包む美男子だ。しっかり筋肉のついた体をしているあたり、彼もまた戦場に立っていたということだろう。
その言葉の内容を考えれば、彼ら二人と『淡漂白帯』の所属する軍、または同盟はその戦に勝利したのだという事もうかがえる。だからこそ『炎陽清邪』の口元には笑みが浮かんでいるのだ。戦いを否としないのであれば、自らの手でつかんだ勝利が嬉しくない筈はない、当然である。
だが、『白銀弓姫』の口元には笑みが無かった。声音は明るいものだったが、流石に顔を見れば彼女が戦勝に心躍らせていないことも分かる。
「ええ…戦には勝ちました。私達の世は安泰、久遠にも感じられる時を、本来の職務だけを過ごしていけるでしょう。ですが…」
「俺達が奴らを倒せば倒すほど、な…。だがしかし、結局は仕方がないだろ?俺達が負ければ、そもそも全部消えちまうんだから」
「だとしても、愛し子たちに負債を背負わせ続ける事を良しとは出来ません。間もなく、彼等の世は乱れる。せめて私達が、出来るだけの助力をしなければなりません」
「ああ。…なあ、こっちのゴタゴタで迷惑かけた所から来たやつが、見つけたんだろ?」
「一応は、ですね。元々は、分散してしまった彼女の血を、再びまとめ上げる為の策だったというのに…いつの間にか、彼等を隠し、閉じ込めてしまう事になってしまった。不可抗力ではありますが、近々責任を取らせると」
「ああ、『月煌癒漂』様の所の部下が操られてた、とかだったか?って、聞きたいのはそういう事じゃねえんだ…『愛貴慈浄』の奴が、命張って広げた血族だ。浄化の力、宿ってるんだよな」
「その筈ですが…何分、あの報告以来私も戦場に立ってばかりでしたから。近い内に確認をとならければいけません。しかし、その者達は確かに、白の光を纏っていたと」
「そうか。…そうか、なら、あいつはきちんと、自分で決めた事、やり遂げたんだな…」
『炎陽清邪』は感慨深そうにしみじみと頷き、『聖銀弓姫』もまた、何かを思い出すように視線を宙へと浮かばせる。
「彼女の事を思い出すのもよろしいですが」
そんなとき、二人の横合いより男の声がかかった。
「まずはこの場から引き上げるべきでしょう。戦勝に酔うのも、彼女を想うのも、すべてはそれからです」
その言葉は二人にとって、自らの思考に水を差されたという意味で不快ではあったが、なすべき事を的確についている正論で有り――そして何より、それこそ久遠の時を共に過ごし、どんな考えをしているのかを知りきっている人物からのものだった。
「お前はもうちょっと、空気を読むべきだぜ『淡漂白帯』。…お疲れさん」
「仕事を放ってそんな空気を作る方がおかしいのですよ『炎陽清邪』、『聖銀弓姫』」
「フフ、御免なさい。でもそうね…まずは、皆で戻らないと」
そんな言葉を交わして、三人はそれぞれの部下が待つ陣へと戻る。
目的地はただ一つ、彼等の主が待つ、白銀の陽都だ。
「ふう…」
部下へと撤収の命を下した『聖銀弓姫』――アリュ―シャは小さく溜息をつく。愁いを帯びたその瞳は、何か歯痒い出来事があるのだと周囲の部下に伝えるには十分なものだった。
「『愛貴』の子どもたちには、酷く負担を掛けさせてしまう事に成りますね…。それに、タクミさん達にも。あの世界の戦乱は、少なくとも数十年、起こる筈はなかったというのに」
もう一度ため息をついたアリュ―シャは、気を引き締めるように自らの頬を両手で軽く叩き、部下と共に帰路を急いだ。




