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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第五章:獣人、信仰、悪意、そして
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閑話三:蜘蛛走る/契約と感情


 暗い森を歩き、私に攻撃の意思を見せる忌種に、あの子たちを(けしか)ける。

 最早私にも正確には理解できない(・・・・・・)方法であの子たちは忌種を吸収、内部で活動のエネルギーや糸へと変換して行く。

 変わったのは、あの子たちだけではない。


「少し、疲れるわね。そろそろ陽も暮れるし、町へ帰ろうかしら」


 私も、主の下で暮らしていた時とは既に違う体になっている、のだろう。

 動けば疲れるし、そもそもエネルギー変換効率が下がっている感覚がある。排泄も明らかに生物のそれになり――有り体に言って、主が作った体ではないのだ。今の私は。

 ……正直なところ、それは身の毛もよだつ程の不快感を私に与える現実だ。だがしかし、この身を八つ裂きにした所で主の与えた体は還らない。

 なら、認められずとも諦めるしかあるまい。

 こうなれば私には、『人を知る』という主からの最後の支持を全うする事しか残っていない。人を知って、そして判断する。

 だから私は今、様々な町を巡り歩いて、人の営みを知っている所だ。

 一週間ほどで新しい町を目指して旅をする訳だが、人が形成する社会の中ではどうしても金銭が必要になってくる。貯蓄のなかった私は仕方なく、リィヴという男が経営するソウヴォーダ商会への対応と同じようにあの子たちを取引の材料として使おうかとも考えたのだが、それよりずっと都合のいい方法が見つかった。

 ――冒険者、という職業である。

 元々、旅をしている以上は職に就くことなんて出来ないだろうと判断していたが、成程、これは良いものである。

 何せ、忌種とやらを殺して死体を持っていけば金が貰えるというのだ。旅をしていれば私も襲いかかられる事が多々あり、道から外れる事が無いようにしていたが、これなら山野を突っ切った方が効率的なのだ。

 何せ、時間を削減できるうえに金を儲けられるのだ。これを利用しない手はない。

 実に野蛮な仕事ではあるとも思うが、そもそも相手の方がずっと野蛮である。比較的恵まれた食糧事情が、兵役以外に整理された戦闘力を確保しようとしたのかもしれない。

 それにしたって、少々異常だとは思うが。姿形が全く違う様々な生物を一纏めに忌種と呼び習わしているあたり、科学的なそれではなく人を襲う野生動物の事を指しているのだとは思うが、言語は解さないにしても人間の近親種のような物までいるというのに。

 そんな事を考えていると、ちょうどそれに近いものが現れた。

 角が付いた巨人。知恵も有るようだが、少なくとも私が理解できる言葉は話さない。雑多な忌種と比べれば強力であり、油断するべき相手ではない。

 ――だから、偵察用以外の蜘蛛を全て、一気呵成に襲わせる。

 一瞬で足の小指を失わされた痛みは相当なものだったのだろう、巨人は転倒、足を抑え…そこに見知らぬ蜘蛛がいる事を発見した。

 その時には既に、木々から飛び降りた蜘蛛、地面を走って来た蜘蛛、もともと潜んでいた蜘蛛にまとわりつかれている。

 体を分解される恐怖を前に必死に身を捩るが、既に今まで作った糸の一部を拘束に使用する許可は出してある。無駄でしかない。

 だが、油断してはいけないというのはここからだ。今にも死にそうな巨人の方へと走った私は、それを一気に追い抜いていく。

 偵察用の蜘蛛たちからの連絡では、異常を察知した巨人たちがこちらを追ってきているというのだ。彼等の一体一体を倒す事は決して難しくないが、彼等は頭を使って協力する。それを考えて行動しなければ、手痛いしっぺ返しを食らうことにもつながるだろう。

 だから、既に死した巨人を追い越す事で、本来形成される筈だった包囲を脱する。

 こうなればもう、冷静に対応するだけだ。

 私を追う巨人たちが、死した仲間の亡骸を見つける頃合いだ。彼等の眼には、骨格にこびりつく僅かな肉片と地面へ広がる血痕しか映ってはいないだろう。

 ――だって、既にあの子たちはそこにいないのだもの。

 仕留めたと確信して、立ち止まる。偵察用の蜘蛛たちからも危険は知らされていない。

 私が振り返った先、既に強固な糸で巨人たちは絡めとられていた。


「角を確保しましょう」


 あれから得られる金銭は多い。四体を狩れたのは幸運だった。

 すると、その時ちょうど報告があった。高木の梢へ向かわせた子が、近くに村を見つけたらしい。

 空腹も強まってきた所だから、そこへ立ち寄る事にしよう。


「そう言えば――あの商会は、あの子たちをどう商売に利用しているのかしら」


◇◇◇


「柔軟なのに、切断するとなると途端に高質化する…使い道は有りそうですが、加工が難しいという欠点は解消されていませんね」

「ああ、現状これを加工できるのはこの蜘蛛達だけだからな。…こちらの要求を理解してくれるのは助かるが、それにしたって遅すぎる」


 ハルジィル商会が所有する小規模な工房の中、糸を吐きだす三匹の蜘蛛を前にしたリィヴ・ハルジィルとローヴキィ・パコールノスチの二人は悩んでいた。

 ひょんなことから手に入れた――“ひょん“の三文字で表すには危険も多かったが――この蜘蛛は、特殊な糸を生みだす。

 切れ辛く、燃えず、軽く、太さをある程度自由に変えられる。粗雑な作りでは有ったが、これで服を作った時も特に問題は無く、応用の範囲が非常に広い素材だという事で彼等は非常に喜んでいたのだが、ローブキィの語る『加工が難しい』という一点の問題点が、彼等の事業を暗礁に乗り上げさせていた。

 まず、彼等は服飾の専門家ではない。非常に安価な器具とあやふやな製造方法だけで作った服は“着れるだけ”であり、とてもではないが金を出して買うような物ではなかった。

 だが、そもそも非常に加工が難しい糸なのだ。物理的にも科学的にも変質し辛いという利点が、好きに加工する事が出来ないという欠点に直接結び付いている。

 糸を吐きだす蜘蛛達は少なくとも糸の長さを自由に調節できるようだが、服を編んだりする事は彼等に出来る事ではない。彼等が事業を成功させるためには、この糸の加工方法を確立させることが不可欠なのである。


「ローブキィ、何か手は有るか?」

「伝手を頼る事は出来ますが…よろしいのですか?」

「流石に、この状態ではな。それに君も、あの家の長になったんだろう?…それこそ、まだここにいてもらっても良いのかと聞きたいくらいではあるが」

「その話はもう終わった事でしょう。言いたい事は、…家の利益にもつながるという事ですよね?」

「ああ。この糸についての情報が広まれば、欲しいと言いだすものは多い筈」

「今の状況でその手を打てば、恐らく商売という形にはならないかと」

「分かってる。だからこそ君に頼るんだ。…卑怯だとも思うがな」


 ローヴキィは既に、聖教国屈指の経済的影響力を持つパコールノスチ家を継いでいた。本来、後を継いだばかりであれば配下からも軽んじられる場合が多いのだが、彼女の家はそもそも家督を継いだ時点でその力(・・・)を認めざるを得ない。

 だから、彼女から服飾業界などへ声をかければ、この糸を加工するための手がかりをつかむことくらいは出来るだろう。そのくらい広い範囲へ声を掛ける事が出来るのだから。

 だがしかし、その糸を――加工さえできればいくらでも商売のタネになる物を持っている店が、出来たばかりの小さな商会であるという状況は、要らない嫉妬を呼ぶだろうとローヴキィは考えた。

 この場合、既にパコールノスチ家を継いだローヴキィが昔から肩入れしているという事も嫉妬に繋がる。事実とは関係なく、権力者に近いものは何らかの甘い汁を吸っていると思われてしまうものだからだ。

 恐らくは、何らかの難癖を付けて、糸その物をこの商会から奪おうとする物が現れるだろう。そうなった時、この商会に加工のすべがない以上は『パコールノスチ家の下に有る商会同士の協力』という正論に抗う事は非常に厳しい。

 だとすれば、リィヴが頼んだ事は『それもねじ伏せてくれ』という、今までには求めなかった強い内容。


「…本当にいいんですね?会長。…いえ、リィヴさん」

「ああ。…悪いな。元々の話とは食い違ってるよ、今の僕は」

「いえ、それは私も、同じ事ですよ」


 二人が思い返すのは、たった数ヶ月前の、しかしいつの間にかずっと昔の事のように感じられるようになった出来事。

 リィヴが商会設立の資金集めの初期段階として、聖教国内で砦を建設する仕事についていた時の記憶だ。

 

『商会の設立に、ご協力しましょうか――?』


 砦で日夜汗水たらして働いていたリィヴにとって、その言葉は渡りに船で有ったが、余りにも怪しかった。

 彼の前に現れた、自分より恐らく少し年下の少女が聖教国屈指の資産家の一人娘であるという事は、この場合より一層怪しさを増やすだけだった。当然だろう、何故そんな人物がむさくるしい建設中の砦の中に自ら入ってきて、知らない男に商売の話をし始めるなどと考えられるのだろうか。

 それでも、リィヴはその誘いを無視できなかった。

 何せ、商会の設立だ。とんでもない金がいる事は目に見えていた。自分一人で稼いでいては、到底賄いきれない程の金が。

 少女が異常なほどの低金利で、しかも正式な契約として自分に融資してくれると言ったのだ。怪しいと考えていても、夢を諦めない以上は手を延ばさない訳にもいかない。

 だが、その時リィヴは一つだけ条件を付ける事にした。

 どう考えても立場が下なのは彼の方だ、条件なんてつければ少女が契約を保護にする可能性だって十分にあると分かっていたが…利益に関わる事、そうでない事。新しく決まり事を作り、それを互いに守ることを明文化したのならば、心からその契約を信じられると考えたのだ。

 『パコールノスチ』という巨大な権力の下に入る事によって得られる利益と、商会そのものが『パコールノスチ』に取り込まれかねない危険。

 それをすべて受け入れる過程で作られた決まりの中に、こんなものがあった。


リィヴ・ハルジィルローヴキィ・パコールノスチの持つ権力を自らの商会の為に使用しない』

『乙は当商会の従業員としての立場のみ、当商会に対する利益を生む事が許される』

『契約の内容が順守される限り、乙は甲の部下である』


 リィヴは、一体いつの間に少女が自分の部下になったのかとその時は首を傾げていたが、恐らくは策略の一種なのだろうと考え、少女の事を疑いながらも部下として働かせた。その頃、リィヴと共に働いていたフォルト等の従業員は増えてきていたのだが、それでも人手は足りていなかったのだ。

 ――ローヴキィとしてはそんな気などは全くなく、ただ街で見つけた『やる気のある』才能の原石に手助けをするつもりだったのだが、それも様々な思いが変化した今となっては関係のない事である。

 そう、今となっては何ら関係のない事なのだ。

 正式な契約であっても、その違約を互いに報告しないのならば、問題になる事などはない。

 周囲の人間の方がより詳しく認識しているが、結局のところ二人とも、互いに好感情しか抱いていないのだ。契約で始まった関係の、それもたった数カ月で変わるとはとても考えられない事だったが――互いの相性も良く、何よりも真摯に仕事へ打ち込んだ結果かもしれない。

 そうやって二人が秘めやかに話し合っている所を――『周囲の人間』はしっかりと、目撃していた。


「待て、待つんだ皆…あの二人にはもう少し、良い空気を作ってもらおう」

「で、でも資料を渡さないと…」


 フォルトに部屋に入る事を止められた新人が、どうすればいいのか視線を左右させている。しかし、部屋の中から見えない場所で声を潜めているあたり、悩むふりをしていても、この場で部屋の様子を窺う方へ心が傾いている事は明らかだった。フォルトの言う『良い空気』が、彼にとっては部屋への侵入を阻む壁に変わっていたということも否定は出来ないが。

 だが、声を潜めたからと言って、二人に気付かれないという訳でも無い。

 

「何を待つんだ、フォルト」

「あ…会長」

「仕事の時間なんだから、きちんと仕事を全うしろ。あ、資料は貰うぞ」


 その言葉を聞いた新人はリィヴへ資料を手渡し、一礼すると立ち去って行った。


「部下にだけ働かせてないで、お前もきちんと仕事をしろ」

「いや、今日は先に片づけてから…はいはい、きちんとやりまーす」


 フォルトの態度はとても上司と部下の関係には見えないものだったが、そもそもが同じ場所で働く仲間としての関係から始まったのだ。他の商会などが関わる公式の場で態度を改めるのなら、リィヴにとってもむしろ望ましい良好な関係と言える。

 フォルトが建物の外へ出て行ったころ、リィヴにローヴキィが話しかけた。その手には紙束が掴まれており、どうやらどこかへ移動するらしい。


「それでは、私は少し出てきます。指示を飛ばさなければいけませんから」

「ああ、頼んだぞローブキィ」


 その言葉を背にローヴキィは扉を開けて、外へ出ていく。そんな姿をリィヴは見送り――ローブキィが振り返った事に気が付く。


「ここまでするのですから――勝ちましょう、なにが有っても」


 微笑みと共に放たれた言葉は(しっか)りとリィヴの心に刻み込まれた。

 答えを待たず閉じられた扉に視線を向けて、リィヴは一人、言葉を放つ。


「ああ――二人で、皆で。この商会を、きっとみんなが居たい場所にしてやる」


 普段口に出さない思いを露わにし、リィヴの心にやる気の炎が灯る。

 しかし、少しすると、誰もいない場所で話しているという事に恥ずかしさを覚えたのか、微妙に恥ずかしそうに頭を掻きつつ部屋へと戻っていってしまった。

 ――そういう場面を部下達が覗き見て、そっと上司たちへの忠誠心が高まったりもしているのだが…それに気が付いていないのは、幸運なのか不幸なのか。


以前言ったとおりに、試験週間に入りましたので更新速度は落ちております。閑話はあと一本か、あるいは書かずに本編再開かと。

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