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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第一章:沈んだ先の戦世界
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第十五話:瘴気汚染

 広範囲に点在する形になってしまったゴブリン達の亡骸から右耳を『風刃』で切り落とし、そのまま帰路へ着く。

 日々こんな形で報酬を手にしていれば、少なくとも生活に困る事は無いだろう。魔術を使える事や、強化された身体能力から来た結果だと言う事を考えれば、ああいや、そもそも本当ならあの時溺死していた筈だった所をこうやって転生させてくれたのだし、本当にアリュ―シャ様には感謝しきれない。

 しかし、『砂弾』は失敗だった…。何がいけないってこんな森の奥なんかで使ったのがいけないんだ。草原の砂は石に近い材質だったのに対し、森の中では落ち葉や腐葉土ばかり。魔術の効果でかなり固まりはしたみたいだけど、『砂弾』を当てたゴブリンの額を見ても何も変わりは無かったし、本当に痛みを与える程度の効果しかなかったようだ。

 反省点だ。もっと先の事を考えて行動しないといけない。森の中の土が落ち葉で埋まっていることなんて、少し考えれば簡単にわかる事なのに…。

 まあいい。とりあえずは生きているんだ。これから具体的な行動を起こして行けばいい。

 報酬額は、一体につき銅貨八枚。今日討伐したのは二十体だから…。百六十枚。………銀貨十六枚か!?それはつまり十六泊分の宿泊費を、一日で稼いだ事になる訳で…。

 うん。美味しいな。

 ………いやいや、少し落ち着こうか。金に目をくらませてはいけない。

 そうだ、よく考えたら俺は今戦いで金を稼いでいるんだ。つまり命懸け。そう考えればこの報酬の多さも納得はできる。

 つまり危険手当だ。

 ………やっぱり、危ない事をしてるわけだよな…。そりゃあ、アリュ―シャ様がくれた魔術の才能もあるし、今俺に一番合っている職業は冒険者だ、ってことになるだろうけど…。

 何で命を危険にさらすような真似をしているんだろうか?今日だって、ゴブリンの武器投げには、結局気が付いていなかったんだし、死んでいたって何らおかしくは無かったと言う事になる。つい最近死んだばかりだって言うのに、こんな風に自分から危ない方に向かって行くものだろうか?

 ………いや。


「まったく…、覚悟を決めてから、まだ二日しかたってないのにこんな事。冒険者になるって決めたのは自分じゃないか。今更だ」


 ずっとビビっている訳にはいかない。以前とは文字通り生きている世界が違うのだ。そろそろ、地球での甘い考えを捨てて、もっと自分に厳しく生きるべきだろう。ただでさえ俺は自分に甘いんだ。このまま何もしなかったら、また弛んだ生活を始めかねない。

 まともな人生を歩むって決めたのも俺だ。それを成し遂げやすくする力さえもらって、何もしないなんてありえない。

 と、何時の間にやら森の外が見えて来た。川を辿って歩いているので、迷っていると言う事も無い。早く帰ろう。

 森の外まで走り抜け、空を見上げる。昨日と比べればまだ日も高い。おそらくは三時ごろだろう。昨日よりも遠くへ行って、昨日よりも戦っているのにこの時間に帰れたということは、多少は慣れて来たってことかな?まあ、思い上がりは禁物だろうけど。

 …こんなところで立ち止まっていても仕方ない。早くギルドまで戻ろう。


◇◇◇


 一時間ほど歩いて、ギルドへと帰還。行きは、門を出てから走っていたのだが、三十分ほどで着いていた。それを考えると、身体能力強化はかなり効果を出しているのかもしれない。

 どちらにしろ、運動もろくに行っていなかった前世と比べれば天と地ほどの差があるのは間違いないだろうが。

 取りあえず、昨日と同じようにミディリアさんに報告しよう。幸いにも、この時間は他の冒険者さんがほとんどいないので、順番待ちをする必要もなさそう。

という訳で、ミディリアさんが居る受付へと向かおう。


「ミディリアさん、今日の分の仕事が終わりました」

「あれ?こんな時間に切り上げて来たの?まだ明るいのに」

「まあ、十分な成果は上げられたかな、と思いまして。あまり、欲張っても仕方がないと」

「そう。まあ、名前の通りに冒険なんてしたら大体死んじゃうし、それが察せているのなら、別にいいんだけれどね。さあ、ゴブリンの右耳見せて。この板の上に置いてくれればいいから」


 そう言ってミディリアさんがカウンターの上に置いたのは、金属で出来た長方形の御盆。恐らくは、血等が付いても問題なく洗い流せるようにしてあるのだろう。

 とにかく、ウエストポーチからゴブリンの耳を出してしまおう。今日は少し量が多いけれど、それくらいで取り出せなくなるほど質の悪い品ではないようだ。

 一つづつ取り出し、並べていく。


「えーっと…。これで終わりです。合計で二十枚ある筈ですよ、ミディリアさん。

 ………ミディリアさん?」


 どうかしたのだろうか?ミディリアさんが固まってしまった。こちらから声をかけても全く反応がない。

 ………。

 ………………。

 ………………………よし。

 もう一回、肩を揺さぶってみよう。


「おーい。ミディリアさん!お~き~て~く~だ~さ」

「ぎゃあああああああああ!!!」

「うわああああああ!!!」


 な、何ですかねぇ!?って、やっぱり不用意に肩とか揺さぶるべきじゃあ無かったな、常識的に。

 取りあえず、両手を挙げて無害を示す。


「えーっと…?」

「タクミさん!?これっ、ここここここれ何処でっ!?何処で取って来たんですかぁ!?」

「え?」


 何処って…。


「東の森ですよ?多分、間違えては無いと思うんですが…」

「東の森…!それ、本当ですね!?」

「は、はい…。」

「っっ!ちょ、ちょっと、待ってて下さい。確認してこなきゃぁ…!」


 そう言って、ミディリアさんはギルドの奥へと入って行った。

 ううん…何を確認しに行くのだろうか?まあ、ゴブリンの耳を持っていったんだから、あれに何かしらの問題があったんだろうか?

 …この世界の事情には明るくないし、悩んでも答えは出ない、か。

 ならば、今はとにかく待とう。ギルドの中には机もイスもたくさん置いてあるし、苦にはならない。


◇◇◇


 …一時間ほど経っただろうか?ようやくミディリアさんが帰ってきた。一時間、ということは、なかなかの大事だったのでは無いだろうか?となると…


「タクミさん、少しお話が」

「…はい」


 呼ばれるんですよね。分かりました。

 ギルドに来てからという物、俺個人を呼び出される回数が格段に上がっている気がする。トラブルメーカー、なんて扱いにされてしまったらどうしようか…。

 まあ、そんなことはどうでもいいのだ。おとなしく着いて行こう。


「え~っと…。今回は、何で呼ばれたんでしょうか?」

「先程タクミさんが持ってきたゴブリンの右耳、あれに瘴気汚染の疑いがあるんです。ロルナンからもそう離れていないのに、あれほどの数のゴブリンが瘴気汚染されたとなれば、どちらにしろ調査隊を派遣する必要があります。という訳で、その前段階としての事情聴取を行う事に決まりました」

「な、なるほど…」


 事情聴取って聞くと、なんか悪いことした気分だ。多分してないけど。…たぶん。

 歩いている廊下の道順を考えるに、今向かっているのは、あの時と同じ会議室らしい。あの部屋は確かに広かったし、先程のミディリアさんの口ぶりから考えるに、前回よりは多くの人数が集まっている筈。それなら、確かにちょうど良いだろう。


「今会議室にいるのは、ギルド長と副ギルド長。およびその御二方の秘書官筆頭が一名ずつの計四名です。さあ、入って下さい」

「は、はい…。失礼します」


 会議室の扉をあけて、中に入ると、そこにいたのは四人の男女。その内、名前と顔が一致するのは、ギルド長と副ギルド長に二人だけ。

 但しもう一人知っている人が。副ギルド長の側に佇む眼鏡をかけた男性だ。彼は、どう考えても昨日の買い物を手伝ってくれた構成員さんだろう。

 もう一人、ギルド長の隣に女性が立っているけれど、その人は完全に初対面だ。


「ふむ、ちゃんと来てくれたようだね、タクミ君。早速だが、これについて話を聞かせてもらおうかな…」


 そう言ったギルド長の右手には、黒ずんだゴブリンの右耳が握られていたのだった…。


「…何から、話して行けばいいんでしょうか?」


 ギルド長から問われている内容そのものは簡潔だ。だがしかし、結局あの耳の何が問題だったのか、それが俺には分からない。色合いやら習性やらが違う事も特徴と言えば特徴だが…。

 …ああ、それか。


「君が持って帰ってきたゴブリンの右耳、これは、瘴気で汚染されている物だ。忌種は元来瘴気を呼び寄せ溜めこんでしまう物だが…。

しかし、ロルナンの町には浄化機能も備わっている。だと言うのに、東の森なんて近場でこれほどの数の瘴気汚染体が見つかった、という知らせが入った。一体どういう事なのか、それを知るために君を呼び出した…。と、言う事だよ。ご理解いただけたかな?」


 と言ったのは眼鏡の構成員さん。副ギルド長の秘書官筆頭が彼、と言う事だろう。

 しかし…瘴気汚染体か…。話を読み取るに、やっぱり、あの森のゴブリンの体色や性質はおかしかったのだろう。


「えーっと…。今日は、常設依頼のゴブリン討伐をしに、東の森に向かったんです。それで、何だか昨日西の森で見たゴブリンとは違う、肌が黒ずんでいて、目が赤く光っている、猪突猛進で筋力頑強なゴブリンばかりが出没してきまして…。西の森と東の森では性質が違っていると言う事かと考えていたんですが…」

「…よくもまあ、そんなのを相手に出来たな、新人のくせして」

「お~い、そうやって遠回しに疑ってかかるの止めろって、趣味が良いとは言えんぞ」


 副ギルド長の発言に対して、ギルド長が…俺をかばったのだろうか?

 そして、次に発言したのはギルド長の筆頭秘書官であろう妙齢の女性。


「まあまあ皆さん。あまりピリピリすることは無いじゃないですか。町の近くで汚染体が発生することだって稀にある事ですし、むしろ、そんな状況でも無傷で帰ってきた彼の事を褒めてあげるべきではありませんかぁ?」

「まあ、そうなるな。…しかし、魔術を使えるようになったとはいえ、ここまで戦闘力が向上するとはな。瘴気汚染体は、身体能力が馬鹿みたいに上昇する物だし、何も知らずに挑めば、元の個体と同じと判断して、結果、命を落としてしまう物だしな…。」

「それは…そうだな。そう考えれば、彼がこうして無事に帰ってきた事を、とりあえずは喜んでおくべきかな」


 …と、とりあえず、俺が何らかの罰を追わされたりすることはなさそうだ。いまだに何が何だかはっきりとは分からないけど、あの、妙なゴブリン達が今回の騒ぎの原因、と言うのは間違っていないようだ。

 しかし…、あんなに多くのゴブリンが瘴気に汚染?されていて、どうして今まで報告とかされていなかったんだろう?そんなに一瞬で、普通の状態から瘴気汚染体とやらに変わってしまう物なのだろうか?


「どうかした?なんだか、質問したいような雰囲気だけど」

「えっ!?」


 そ、そんなに顔に出るんだろうか?いや、ちょうど良いし、質問してみよう。


「あ…のですね。どうして、今日俺がゴブリンの耳を取ってくるまで、誰もこの状態に気が付かなかったんですか?」

「む…!」

「あ」

「っ!?」

「…あら?」


 …あんまり、凄い事に気がついたとは考えてないし、実際すぐ気が付く事だと思うんだけど…、何で、こんなに驚いてるんですか?


「…いや、そうか。………少し取り乱してしまったな。確かに、この町のすぐ近くで瘴気汚染体がこれほどの数が見つかったとなれば、本来はそれより先に忌種の大量発生が報告されることになるはずだ。

 しかし、ここ半年の間、ゴブリンを東の森に討伐しに行ったものはわずか数人。しかも全員が帰って来なくてな…。それで、報告が無かったようだ」

「え?で、でも何人も人死にが出ているのなら、調査とかは」

「厳しい話だが、低ランクの冒険者が討伐依頼中に命を落とすことは『よくある事』としか言えない。今この町に存在する冒険者の中でFランクが極端に少ないのもあって、特に問題視はされていないのだよ」

「そう…何ですか………」


 ギルド長の言っている事を考えれば、それはつまり、あの森で俺と同じ立場の人間が何人も命を落としてしまっていると言う事になる。

 もう少し早い対応もできたのではないか、とも考えてしまうが、結局俺は純粋にこの世界の人間だとは言い切れない存在。何が間違っているのかなんて判断は出来ない。


 ただ…ギルドカードを受け取ったあの日、ギルド長が何度も俺に対して『覚悟』を問うてきたのは、きっと、いくら低ランクでも、死んでしまう事は少しでも避けたかったからなんじゃあ無いのか、と思った。


「さて…どちらにしろ、瘴気汚染体が見つかったと言うならば放っておく訳にはいかない。まずは東の森の封鎖。そして近日中に調査隊を結成。瘴気汚染体が一部だけの事なのか、それとも既に森の全てが汚染されているのかを判断してもらう」

「………今気が付いたのだけれど…」


 そう言ったのは、女性の筆頭秘書官。


「ガーベルトギルド長。確か、先日彼を捜索しに東の森に向かったのでは?奥にまで入って探していたなら、当然【小人鬼(ゴブリン)】とだって出くわしていると思うのですが…?」

「む…」

「あ、そう言えば、確かに俺を探しに行っていた、って」


 やっぱり、ギルド長が向かった先は東の森だったのか…。でも、何でゴブリンの異常について気が付かなかったんだろうか…?


「あの時はな…もう既にタクミ君が死んでおるかも知れんと思って少しばかり焦っていてな、そのうえ暗くなり、相手も高だか低位忌種、と思っていたから…、正直言って、全く観察はしていない」

「…………はあ」


 ………なるほど、救国の英雄は伊達じゃないってことなんだろうな、多分。 でもそれだと、結局いつから瘴気汚染が起こっていたのかがはっきりしないか…。


「ふむ、ところでタクミ君。今回の情報を伝えてくれた事と、魔術を覚えてからの実力の上昇。それらを鑑みて、君のランクをEに上昇させようと思う。

 …冒険者になって僅か三日でランク上昇と言うのもよろしくはないのだがね、それ以上に今の君の実力は上がっているし、ギルドや町に対して貢献してもランクが上がらない、と思われる訳にも行かなくてなあ…」

「まあ、そのあたりは難しい話ですよね。まだ若い彼のランクが上がりすぎると、それに対してやっかみを向けてくる、性質の悪い連中だっていますから」


 …若い社員が自分の上司になった、みたいな事だろうか?確かに、それは嫌だったりするかもしれないけど。


「はあ…結局すぐにランクが上がっているじゃないか…。最早一昨日の戦闘試験の意味が無くなっているし、俺の行動は何故無駄になりがちなのかのう…」

「いえいえ、少なくとも彼がFランクだったからこそこの情報も手に入れる事ができたと言えるのですし、むしろ正解だったと言えるでしょう。少なくとも、あの時に実力不足だったことは間違いない訳ですしね」

「………え~っと、結局、俺は…?」

「…Eランク冒険者タクミ・サイトウ、君はこれからも人々のために働く覚悟はあるか?」

「…!はい、有ります」

「ならば良し!これから君はEランク冒険者だ!今まで以上の働きを期待するぞ」

「…やっぱりギルド長って、軍隊臭のする行動が混じるわよね…。まあ、昔は王国軍最強と言われていた将軍だった訳だし、仕方ないのだけれど…」

「…しかし、タクミさんも大変ですね、聞きましたよ、海に流されていたって。それから四日でEランクにまでなって…生活の変化が激しい事でしょう」


 そう話しかけて来たのは眼鏡の秘書官さん。


「そうですね…正直なところ、まだまだ分からない事の方が多いくらいで…」


 彼が思っているよりも生活の変化は激しいのだが。


「あまり焦らず、慎重に慣れていく方がいいですよ。そもそもFランク以上、忌種との戦いが含まれてくるランクと言うのは、経験が強さと直結していくものですからね」

「はあ…それじゃあ、余り危険度の高くない依頼から選んでいく事にします」

「…どちらにしろ、早い内にEランクの仕事を一つはこなす必要があるんですけれどね」

「………ああ、昨日そんな事を言われた覚えがあります」


 …また、危険な仕事なんだろうなぁ…。


少しずつ展開を早めていく感じ。でもこのあと数日間ロルナンを離れることになる。

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