第二十話:救出へ
全員で市場に向かい、買い物をする。明日の潜入で役立つかもしれない道具や、子供達を助けた後に作る大量の料理の食材―――安心させるためにフランヒさんが本気で腕を振るう―――を購入するためだ。
と言っても、既に昼食も終えて二刻程は経っているのだ。あまり時間をかけ過ぎると、救援として到着するはずの人が教会で待ちぼうけを食らってしまう事に成る。
という訳で、時間削減の為に手分けして買い物をする事になった。ヅェルさんが潜入の道具、フランヒさん達教会の三人が食材を購入しに行った。
カルスとラスティアさんは、教会で子供たちと遊んでいる。ラスティアさんになついた子供達だが、俺と比べればまだ、カルスにもなついている。…正直微妙に傷つくのだが、子ども相手にムキに成っても仕方がない。
フランヒさんから言われたとおりの調理道具と、壁の簡易的補修の為の資材を買ってくる、というのが俺の仕事だった。仕事というより、おつかいというべきだろうか?
幸い、俺が買い物をする店は、他の二組よりずっと近所に店がある。だが、問題は―――。
「…重い」
壁補修用の木材を両腕に抱え、更に背中にも背負って歩く。既に二度目。これでも、背中に木材を背負う為の紐を用意しただけまだ効率的だと言えるだろう。
…一人だけに行かせる内容では無い気がする。
一度目で痛い目を見た後、先に調理器具を購入してからの再挑戦。恐らくは後二度木材を運んで、古くなった鋸などを買い換えてくればそれで終わりだろう。
明日の本番を前に、変な所で苦労しているな…なんて考えつつも、子供たちを助ける事は出来るのだと確信しているからこそ持てる余裕なのだろうと考えなおせば、これも心地よい疲労感に変わっていく気がした。
…子供たちを助け出した後も、遊びに行ったりしようかな。
「と言っても、俺はあんまり好かれてないけどね…」
一人で口元に苦笑いを浮かべながら、教会への道を歩いて行った。
◇◇◇
「分かりました、私達も精一杯協力させていただきます!ほら、お前達も!」
『は、はい!よろしくお願いします!』
そう言って頭を下げるのは、雰囲気こそ多少違っても、顔の作りは全く同じ三人の獣人。
歳の頃は俺達と同じくらいの、…三つ子、だろうか?それぞれ弓矢、槍、刀身がきつく曲がった剣を持っている。
その三人の頭を、右腕だけで器用に下げさせたのはもっと大柄の獣人だ。年齢としてはボルゾフさんくらい、三十代直前といった所だ。どうやら、この集団の代表は彼らしい。
「ああ、こちらからもよろしく頼む。早速だが、より詳細な作戦について詰めていきたい。良いだろうか?」
「はい。何処で話しましょうかね?あ、見りゃわかるかもしれませんが、私達は全員まともに戦えるくらいの強さは有ると自負してるんで、危険な内容でもどんとこいですとも」
ランストさんは礼拝堂へ四人―――最後の救援人員を連れていく。
昼間の朗らかな雰囲気とは打って変わって、もう一度気を引き締めているのだろう。
「まず、明日の潜入には後二人動員したいと思っています。貴方達四人の中から二人、という事に成るのだが…どうだろう?」
「ええ。だったらそうですな…。よし、トアは俺と待機。明日はノカ、ホサの二人で潜入だ」
「分かりました」
「えっと…そんなにあっさりと決めて良かったんですか?」
ランストさんが、余りにも早く結論を出した彼等の様子に疑問を抱いた。俺だってそうだ。彼等の中にも独特の決まりなどがあるのだろうし、おかしいとまでは言えない事だが、しかし即断即決が過ぎるように見えてしまう。
だがそれを問いかけられた年上の男性は軽く笑って、弓矢を持っているトアと呼ばれた少年の肩を掴んで引き寄せつつ、言う。
「私達の役割分担はもう決まってるもんでしてね。私は魔術士、トアは見ての通りに弓術しか弁えてないもんですから、ノカとホサの二人が一番狭い所で戦うのには向いているんですよ」
「…それでそちらが問題ないのなら、僕達からは何も。それでは、明日の目標と、助け出すべき子供たちについての話を」
「あー…。それと、私の方から先に話しておきたい事があるんですが、良いですかね?」
「はい?」
「いやね、もう、王都の中で孤児院を続ける必要はないんじゃないのか、ってね」
男性が切り出したのは、俺が以前、カルスやラスティアさんと話した内容に関する事でもあった。つまり、―――獣人の子供達を、王都の外へと逃がす為の話。
「は?…いや、だがそれは結局、以前から引き止められてばかりで遅々として進みはしなかった筈の話です。何故今に成って」
「いや、これが教会からの話では、決定的に行動が起きた今なら、圧力もきっちり掛けられるとか何とかでしてね」
「…それは、つまり。今までの嫌がらせじみた言い訳の数々も論破できると?」
ランストさんが言う『嫌がらせじみた言い訳』というのがどんなものだったのかは分からないけれど、少なくともこのままでは、何者かの妨害によって王都の外へと孤児院を移動する事は出来なかったという事なのだろう。あの時の想像は、当たらずとも遠からずだった訳だ。
「『王都内部における獣人への差別はなく、虚言、または被害妄想の類である』―――なんて妄言を公式文書に乗せてくるような奴でも、まあ、孤児院丸ごと誘拐されるような事件があったから、というお題目の前では、少なくとも今まで通りの事は出来ないでしょう?」
「…確かに、そこへ教会からの圧力が加われば、本来の権利通りに王都の外、獣人への差別が少ない場所へとのがれる事は出来る。それなら」
「ええ。何箇所か移転先の候補も絞り出せていますので、ぜひともそうしてほしい、というのが王国聖十神教の意見です」
「分かりました。…子供達が帰って来てから決めますが、僕達としてはそれで行きたいと思います」
ランストさんはフランヒさんの方を向いて、何やら目配せした後にそんな結論を出した。
ハウアさんも満足気な微笑みを浮かべている。孤児院全体において、最早流れは最高の状況へと向かっていると言っても良いかもしれない。
全ての本番は明日だが、これだけ良い事が多いのだ。幸せなままでこの事件を終わらせるためにも、明日は完璧に自分の仕事だけでも全うしないといけないな。
◇◇◇
―――肌寒い空気と夜闇が包む地下空間。その一室の中にある黒く大きな檻の中、押し殺された悲鳴と、肉と骨が擦り潰されるようなくぐもった音が、何処へとも無く響き渡った。
◇◇◇
夜の間に冷え切った空気が未だに残滓を残す町の中を、あまり目立たないように声を抑えて、しかし不審者のそれとは思われない様に自然体で歩く。
ただ、口を開かなかったのは決して意識したからという事では無かったのかもしれない。
―――体の中を、緊張感が満たしている。
隣を歩くカルスとラスティアさんの方にも、余り視線を向けられない。それでも意識して二人の動きを確認すれば、俺と同じく緊張して、少しだけいつもよりも動きが硬い事が分かる。
今日は決行日。事前の準備を済ませる為に、王都を囲む壁より高くに太陽が昇っていない内から俺達は宿を出て、教会近くの人目につかない集合場所へと向かっている。
昨日まで、難しい要素があると分かった上で尚、俺は今日の事にどこか余裕を感じていた。だが、今となってはそれが何と愚かだったのだろうと自分を呪うばかりだ。もっと、当日の事について詳しく考えを巡らせて、こんな自分を追い詰めるような緊張感を抱かなくて良いようにするべきだった!
深呼吸して、肺の中の温く澱んだ空気を、新鮮で冷えた空気と交換する。
…大丈夫。少なくとも俺達の仕事は、潜入するヅェルさんやランストさん達と比べればずっと楽で簡単なものなんだ。
そのうえ、昨日到着してくれた救援のトアちゃん―――三つ子の中で唯一の女の子らしい―――と、三人を率いてきたドゥーシスさんも、俺達と同じ外部攪乱組―――正式名称―――になったのだ。昨日の朝より、間違いなく安心できる状況なのだが…何処となくいやな予感がするのは、俺が臆病だというだけなのだろうか?
しかし、どんなに不安に思おうが、歩き続ければ目的地には突くものである。
教会の裏手、すこし奥まった路地で、準備を終えた皆が待っていた。




