第十七話:子供たちと
「―――だったら、私が」
挙手するハウアさんに、周囲からの視線が集まる。
ヅェルさんから、冒険者が護衛依頼を受けている可能性が高いという話を聞いてすぐの事だ。
「俺も行きます」
「あ、僕も。ラスティアさんは?」
「…私は、ここに残る」
―――「依頼を受けに来た冒険者へ攻撃することはないよね?」という考えのもとに、ヅェルさんへと参加の意思を伝えた俺は、ラスティアさんの選択に驚いて、彼女の方を見つめた。
いや、勿論十分にあり得る選択なのだが、これは単純に、今までずっと皆で同じような選択を続けてきたから違和感を感じているのだろう。
「皆が、出ていくと、もしここが襲われた時、守れない」
「あ…」
「む…」
「それは、僕も思っていた事だ。いっそ、大人が全員で言った方が危険は少ないほどだよ」
「え?」
ラスティアさんの言葉に、当然の事にまた気がつけなかったのだという羞恥心を感じ頭を抱え―――ランストさんの言葉に虚を突かれる。
…子供二人だけにして、安全な理由なんてあるか?
教会の事について元々理解している三人以外が完全に疑問符を顔に浮かべているのに気がついたランストさんは、少しだけ気まずそうに口を開いた。
「あー…言ってなかったね。あの日、リウとイルは別の部屋にいたから、襲撃者には見られていないんだ。勿論、相手に存在が露見していないとも限らないけれど…だからこそ、大人が出払ったりするのならそこには子供がいないって判断するんじゃないかって…あ、いや、そこまで深く考えてくれなくても大丈夫だ」
「そう、でしたか」
「ああ。だが、警備をあからさまに置いたうえで戦力を経足すのはむしろ危険かとな」
ヅェルさんは一瞬だけ悩むように左手を顎先に当てると、すぐにこう言った。
「そういう事なら、二人ほど残るようにしましょうか。出来れば、戦力がないと思われている方がいいかと」
「…なら私は駄目ね。一番長く襲撃者と戦ったのは私だから」
「…それなら、私も?」
「えっと、ヅェルさん。ここにいる冒険者でもある人って全員、子供たちが誘拐された時に襲撃者と戦っているので…大なり小なり警戒されている気はするのですが」
「でしたら、タクミさん達から二人程、という事でどうでしょう」
「ああ…それが良いな。頼めるか?」
ランストさんもそれで問題ないようだったので、俺達は一度視線を合わせて、誰が待機するのかと問いかけ合った。
「それじゃあ、私と」
「コンビという事で、僕が」
「俺が護衛依頼の話し合いについて行きます」
答えは自然と出て、分担は決定された。
集合は明日―――早朝だという事を考えれば、今日は長時間起きている訳にもいかないのだろうが、それにしたってまだ陽は高い。
しかしヅェルさんもランストさんも、何かしてほしい事はない様だ。手伝うほどの仕事自体していないから、俺達三人は手持無沙汰になっている。
「何か、手伝えること、有る?」
そうフランヒさんへ問いかけたのはラスティアさんだ。
それにより、俺達が何をするでも無く部屋をうろうろしていた事に気がついたフランヒさんは、『あ~』とでも言いたげな顔をして、しかし頬に手を当てて悩む。
実際、今頼みたい仕事というものがないんだろう。ヅェルさんが来て一気に調査が進んだこともあるだろうが、元から出来る事というのは減っていた。基本的に教会の中での仕事は三人のうちでまあせるものだったのだろうから、こんな状況に成るのも当然だ。
…だからって、貴族の家の護衛に行こうって気分にもなれないしなぁ。
半ば形式のみとはいえ、自分が仕事で守っている家に住んでいる貴族が、実は子供たちの誘拐を主導していました―――なんて、流石に冗談じゃない。
それ以外の仕事となると、もう殆ど王都の外…というより、ずっと円歩まで出向いて受けるような物ばかり。少なくとも、数時間で終わるようなものは存在しない。懐の余裕も少しずつ失われていくような感覚もあるが、それでも今、何か仕事を受ける事は出来そうになかった。
フランヒさんはしかし、結局思いつくものは何もなかったようで、首を数度横に振り、
「今はお願いする事、なにも無いわ。…えっと、もう帰っても大丈夫よ?多分今日は、これ以上何か仕事が生まれる事はないと思うから」
「そう、ですか…」
しょんぼりするラスティアさんの方をカルスと一緒に見つめて、何か声をかけようとした時、ちょうど声が聞こえてきた。
それは、教会に来るたびに聞いている物より幾分か元気を取り戻していたように思える。と言っても、その年齢の子供たちがはしゃいでいるのだと考えれば、まだ小さい方かもしれないとも思ったが。
「リウ、イル?二人とも、奥の部屋でハウアと一緒に遊んでたんじゃあ…?」
「つまんない!」
「ハウアお姉ちゃん、その…下手。つまんない」
「つ…」
鈍い音が二人の走ってきた方から聞こえた気がして視線を向ければ、扉から部屋へと入ろうとする途中のハウアさんが頭を壁へ押しつけて、微妙に濁った瞳でこちらを見つめたままにひざから崩れ落ちていく光景を見る事が出来た。
―――って。
「は、ハウアさん?その、大丈夫ですか?」
「………え、ええ。大丈夫よ。子供に心から面白いって言わせるのは難しい事だし、そろそろ二人も、大人に対して反抗したがる時期…!」
大丈夫かどうかという問いに対する答えは皆無だったような気もするが、立ち上がろうとして腕に力を込めている―――腰が抜けたのだろうか?―――ようなので、きっと大丈夫だろう。
「ああ…えっと、そうね。じゃあ二人とも、お兄ちゃんお姉ちゃん達と遊んでもらおうか?」
「え?」
二人はフランヒさんから言われた言葉を一度は理解できなかったようで数秒考え込み、そして俺達の方へ視線を向けてきた。
「お兄ちゃん達、遊んでくれるの?」
「う、うん。良いよ?何して遊ぶ?」
腰を落として、微笑みかける。―――微妙に頬がこわばっている様な、そんな感覚も有ったが、正直子どもに慣れていないとこんなものだと思う。
隣の二人も口々にリウくんとイルちゃんへと話しかけているが、実際俺よりも二人の方へと視線が向いているので、俺は避けられている…とは言わないまでも、親しみやすいとは言えないくらいの距離間に固定されてしまったのかもしれない。
「えっと、それじゃあ、お願いしますね。あ、くれぐれも教会の外には連れて行かないでください」
「えー?まだだめなのー?」
「まだ駄目です。外は今、危ないんですから。皆が戻ってくるまできちんと、良いつけを守りましょう」
「…はい」
未だに落ち込んだままのハウアさんと同じくらいにしょんぼりとしてしまった二人を連れて、教会の二階、子どもたちの資質が有る方へと向かう。恐らくは、二人がもともといたのも二階、もしくは三階だろう。だが三階はほとんど屋根裏部屋のような物、かなり狭いので自由に動ける場所では無い。そう考えれば、間違いなく二階だ。
…そう思って、二階に上がって部屋の方へ歩いて行ったんだが。
「タクミ、二人とも上にあがって行っちゃった。三階で遊ぶみたい」
「え?…俺立ち上がっても大丈夫なのかな?居住空間としては考えられて無さそうなんだけど」
「確か、倉庫。…重い物、多いから、床は、抜けないと、思う」
「まあ、丈夫に作ってある証拠か…」
と言っても、最敬礼するように身体を九十度折らなければ前に進む事が出来ないくらいの高さしか無い…屋根の傾斜により中心の方が天井は高くなるが、それでも腰を追ったままだ。
「まあ、リウくんイルちゃんは別か」
「二人ともまだちっちゃいからね…って、待って待って!そんなに走り回らずに落ち付いてよ」
「やー」
「つかまえろー」
「こ、子どもの行動力…。待って、せめてかくれんぼにしよう」
その後、かくれんぼで予想以上に手間取って、三十分以上見つからなかったリウくんが数時間の間拗ねっぱなしになったり、暴れた結果倒れた棚―――けが人はいない―――を直したりとしている内に、王都の壁の向こうへと太陽は沈んでいった。
「じゃあね、二人とも」
「お姉ちゃんバイバーイ!」
「バイバーイ!」
ラスティアさんは子供たちからすごく懐かれた。対して俺達は、昼から全く距離感が変わっていない。…やっぱりあのくらいの年頃だと、男より女の方にまだ親しみやすさを感じるのだろう。
同じくらい遊んだ俺達としては少し物悲しい所もあったが、相手は子供。深く考える事ではあるまい。
「それじゃあ、明日は陽が昇るより少し前には来てね?ランストの魔術で顔を変えて、それからバラバラに集合場所に向かうとなると、それなりに時間がかかっちゃうと思うから」
「はい、わかりました」
フランヒさんから明日の注意を聞いて、カルスと、子どもたちと別れたラスティアさんと共に教会を出る。
「明日は早く起きないとね」
「うん、ご飯食べたらすぐに寝る事にする」
「明日…ちょっと、緊張」
ラスティアさんの呟きを聞いて、俺も少し、明日の事について考え直してみた。
「うん。―――誘拐した側の人が確実に紛れ込んでるから、絶対に油断できないからね」
「うわぁ…」
カルスがげんなりとした声を漏らす。
「頑張らないと」
「…よし、早く帰って寝よう」
明後日が取引当日。明日の調査が終わった後、恐らくは来てくれる筈である他の救援を迎えて、そしていざ、子どもたちを救出するのだ。
一日が経つごとに緊張が高まる。しかしそれでも―――明後日の今頃には、全ての決着がついている筈。
そのためにも、明日、そして当日、頑張らなければならない。自分にできる精一杯をするのだ。




