第十四話:到着
そんな事を考え、そして決意を固めてからかれこれ六刻。あの後カルスから聞いた話について考えながら、もうすぐ到着するという救援の姿を全員で待っていた。
教会の入り口…の中。外で大勢が待っていると、いくらなんでも警戒されるから当然だ。遅い時間まで俺達が居ることも問題といえば問題なので、急遽宿泊も決まった。
教会の壁に背を預け、考える。
―――『子供を助けるのなんて、当然でしょ?』
カルスのその言葉は、ラスティアさんと同じ物。これに関しては間違いなく、個人の性質以前に村人全体がそういうふうに考えているのだと言えるだろう。
そうなると気になってくるのは、…カルス自身が、今回の事柄について特別幹事いるものがあるのか、という事だった。直接言うのは余りに無神経だから、どう問いかければいいのか分からず、最初の質問以降少し子ど場を探す為に時間を取って…それをカルスに察知された。
『もしかして、僕がどう考えてるのか…だから、僕も両親がいないけど、今回の事件とか、孤児その物とか、どう考えているのかって話?』
『あ…うん』
そういうカルスの表情に影は無かった。元々、これまでも特別違和感などはなかったから、カルス自身はそこまで気にしていないのに、俺が無駄な気遣いをしてしまったという所だった訳だ。
…だが、この事件自体にカルスが憤りを感じていないという訳では決してなく、怒りその物はラスティアさん並みに持っている様だ。
『ほら、僕は両親の事を覚えてないんだけど…あ、お父さんが事故で木材の下敷きになって亡くなった後に、お母さんが僕を産んで、でもその時に身体を弱らせて、一週間くらいで、って話。…それで、僕は親の事を知らなかったけど、村の皆が…今考えると、きちんと親代わりに成ってくれてたんだなって思うんだよ』
そう語るカルスの瞳は、どこか遠くを見ている様だった。
きっと、聖教国にいて離れ離れになった村の皆の事を考えていたんだろう。
村にいた時、カルスには良く大人が話しかけていた。それは、俺と比較していたから、単純に村人とそうでない自分との差だと思っていたのだが…きっと、家族の関係に近い物が有ったからなのだろう。後から知った事実で記憶の見え方が変わる、というのは面白い経験だった。
なんて考えていたのだが、カルスの話はここで終わりじゃない。
『ここにいる大人三人と、リウくんとイルちゃんとの関係を見てるとさ、形は違うけど、多分僕と皆みたいに…うん、家族みたいな関係が有ったんだと思うんだ。
…だから、もし僕が村から攫われたら、とか。そんな風に考えるとさ…凄く怖くて、嫌で、そうした相手の事、絶対に許せないって確信がある』
『…カルス』
そんな、カルスからの強い怒りを感じるのは初めてだった。いや、理由としては、共感できずとも理解できる事だったが。
カルスも、ラスティアさんも、それぞれが自分にとっての強い理由で動いているのだ。…ぼんやりした理由で動いているのは俺だけか。
助けたいと思ったことは間違いないし、その気持ちは消えていない。だが、自分自身に対しての自信が萎れていくような感覚だ。…いや、そこまで膨らんでいた自信なんてなかったんだが。
どちらにしたって、子供達を見放す理由なんて何もない。やる事は変わらない。
―――自分についての事は、今すぐ解決できる問題では無いのだろう。二人と比べて間違いなく人生を過ごした時間は長いのに、薄い経験しかないというのは本当に、本当に情けないが―――それでも、まともな大人になるって決めて、こうして新しい人生を歩んでいる。
自分で、それを選んで良かったと思える選択を続けていけば、二人や、今まで出会ってきた人たちみたいに、尊敬できる大人になれると、そう信じている。
―――そうじゃないと、地球での人生も、このアイゼルに来てからの人生も、全て意味がない物になってしまうじゃないか。
「む、…来たわね。この暗い中、堂々と道の真ん中を歩いて一人、歩いて来てるわ」
ハウアさんの呟きに場の緊張感が増して、俺も思考の海から浮上する。
数秒して、カルスとラスティアさんも何かを感じ取ったように外を見つめる。二人には何か感じ取れたんだろう。一瞬俺も魔術でそれを確かめたいと思ってしまったが、魔術まで使うのはおかしな話だ。少なくとも三人、接近を感じ取っている以上は、俺が手を出す必要は何らない。
とはいえ外は暗闇。教会の中に光源があるから少しは先を見ることも出来るが…それも十メートルほど。それより奥はどれだけ見つめても何も見えない。路上に有る筈の光る石畳も、ここまで光を届ける力はない様だ。
だが、それから一分ほどたった後だ。こちらの耳にはっきりと、足音が聞こえた。
王都といえど、このあたりは酒場なども無く、当然、夜中に人の行き気がかなり少なくなる。そんな場所で…それも恐らく、意図的に足音を届けるように歩いて来ているのだ。これはほとんど、救援として送られた人がこちらにその存在をゆっくりと伝えてきていると考えていいのではないか?
俺の視点からはまだ姿が見えないが、明かりが灯っている場所を見ることは、もっと遠くからでもできる筈だし。
もうすぐここへ来るのだ。そんな確信を持ちながら光と闇、その境界線のようになっている部分の地面へと視線の向けていると丁度そこへ、足が踏み出された。
規則正しい足音、それと同じ拍子で近づく足は、黒いズボンを穿いているようだ。そして次に見えた腕も、黒い袖で覆われている。
…どうやら黒一色の服装らしい。潜入などに向いているという事前情報を思い出して、先入観にとらわれている様な気がしつつも、成程と思った。黒、陰に隠れたりしつつどこかに潜入するには、単純ながら最も効果を発揮する色だろう。
…近づくにつれ、どうやら単純に黒一色だけという訳ではなく、僅かな彩りを加えるように、白銀と朱の色押し対象が施されている事も分かったが。この人が所属しているという特殊部隊の制服か何かかもしれない。
服装の観察を辞めて、視線を上げ、―――そして、言い知れない違和感に襲われる。
この人が悪人だ、とか、そういうものではない、ただ、どこかで見覚えのある相手だったような気がするのだ。
「聖十神教王国支部、及び国王派からの救援として来た。教会の代表者、ランスト・ヌートゥはいらっしゃるか?」
「…僕が、ランスト・ヌートゥだ。まず、僕達からの突然で、危険のある救援要請にこたえてくれてありがとう。…ただ、一つ聞かせてくれ。国王派といったよな?…僕は王国側へと情報を伝えた覚えはないのだが」
「…そうですね、説明は難しいのですが…。国王派は決して、現状を良しとはしていない、といった所でしょうか。国王は獣人への差別を続けることが確実に国家への不利益になっていると確信しておられますし、そもそも聖十神教の教徒でもありますから」
「国王が、か。…まあ、真偽を確かめるような事をしても意味はないか。だが成程、君は王国の特殊部隊員だという事だ。…特殊技能持ち、という事かも知れないな」
「…フフ、それを俺の前で言うんですか?ええ、でも…あなたに害意がないという事は明かりましたし、中へ入れて下さい。不審に思われてしまいます」
ランストさんと男性の会話が続いている間、俺はそれを眺めている事しか出来なかった。何やら考えていたのは教会の大人とラスティアさん。…つまり俺とカルスはその話し合いから深く何かを考える事は出来なかった。
ちょっと、それぞれの関係性とかをあまり知らないので、判断を付ける事が出来なかったのだ。
…ただ、特殊技能という言葉は気になった。言い方からして、職人芸とでも呼ばれるような技能という訳では無く、それこそ魔術のような、或いは俺の『戦闘昇華』みたいな、不思議な力が働いた物のような意味合いが込められているように思えたのだ。
ともあれ、考えても分からない事なのだが。真正面から問い正せば何か教えてくれるという訳でも無いのだし、今はそれについて考えるのをやめる。
そうしている間にもこちらへと近づくランストさんと男性。どんな人なのだろうと顔を眺めていると、…どこかで見た顔だなと、再度感じる。
こうなるともう、確信に近い。町中ですれ違ったという程度ではなく、言葉を交わした相手だろうとも思う。
…ただ、名前は出て来ない。何処で出会ったのかも思い出せないからそれも当然だ。…どこかで有った事がありませんかと聞いてみるくらいは、問題ない行動だろうか?
よし、聞いてみよう。そう決めて男性へと口を開き、
―――それより先に、男性の視点が俺へと固定されている事に気がついた。
約二週間投稿できずそのままにしていて申し訳ありませんでした。
試験などが終わったので、これからは今までの速度に戻れると思います。ただ、週末が忙しいので遅れるかもしれません。




