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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第五章:獣人、信仰、悪意、そして
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第十二話:人と戦う、と言う事


「手加減なし、武器は本物、そして何より、人と戦う事を先に理解している相手に襲われる。…経験則で話すけど、三人とも、人を殺した経験って無いわよね?」


 …意識していなかった、しかし当然の事実を指摘され、頭が真っ白になりながらも頷く。


「試合とは違うの。今言ったけど、相手は貴方達に手加減してくる事は無い。その相手を殺せなんて言わないけど、迷いなく攻撃する事が出来ないのなら、一方的に攻撃される可能性は高いわ。そして、そんな後ろ暗い場所での仕事なら、貴方達の事を始末することも厭わないって人も間違いなく多い…でしょう?」

「…は、い」

「タクミ君は人と戦った事は有るけど、殺したことはない…少なくとも、殺そうとした事はなさそう。当日に気がついた時が恐いから言っておくけど、奴隷取引の護衛依頼があるかどうかを探していたって事は、冒険者が護衛についていたって事よね?…相手が犯罪行為を行っていたとしても、最初に戦うことになるのは冒険者、仕事としてそれを行う人達よ。…どう?容赦なく攻撃できる?相手はきっと、その覚悟をとっくに済ませた相手だけど」


 ミディリアさんの言葉は止まらない。それが、こちらへと今の状況が危険であるという事を伝えるために続けられているのだという事は分かるのだが…だからこそ、胸へ深く突き刺さる。

 個人的な考えとして、今更子ども達の救出を取り辞めたくは無いのだ。だが…余りに杜撰、自分自身と、行動についての理解が足りないままの思考だったのだという事がはっきり分かって、動揺している。…それこそ今更だろうが。


「今迄に言った事は三人全員に共通した事だと思う。…そうね?それで、そんな三人を連れて行ったら、孤児院に居るって言う大人たちや、救援に来た人たち、どうなってしまうのかしら?…貴方達を助けようとして、本来の行動が遅れるか、或いは、それを避けて見捨てるか…どちらにしても、望まない結果に陥るわよ?どうするの?」


 ―――俺は、口を閉ざしたままだった。何かを言わなければいけない。言い返すような事じゃない。それでも、…ミディリアさんは一方的に何かを言っている訳じゃなくて、何度も何度も問いかけを繰り返し、反応を待ってくれているというのに、それができない。

 何故かと言えば、(ひとえ)に、俺の中で確固たる意志と、それを裏付けするに足る経験、証拠が、決定的に足りていないからだ。

 …これじゃまるっきり、子どもがその場限りの考えで行動しているだけじゃないか。


「で、でも」


 口を開いたのは、カルスだ。


「僕達にその覚悟がないって事と、子ども達を見捨てるってことは関係ないじゃないですか」


 …それは事実で、俺自身も考えた事だったがしかし、それは今言うべきじゃない言葉だった。

 それでも、何も言えない俺よりはましなのだろうが―――。


「そうかもしれないわね、でも、貴方達が事件を目撃した事と、子どもたちを見捨ててはいけない事にも何ら関係はない…そういうことになるわ」

「…で、でも、もう助けるって言ったんです」

「その後に降りても良いって言われたらしいわね。覚悟がないのなら、そういうことになるんじゃないかしら?」

「…は、い」


 そういうことに、なる。未だに俺は言い返すことも出来ず、頭の中に残り続けるミディリアさんの発言を繰り返し、考え続けていた。

 覚悟は有る、だなんて最早簡単に言えない。経験もない。ミディリアさんの言い分だけで考えれば、俺達が手助けする理由は無く、むしろ迷惑で、降りるべきだということになる。

 最早、言える事があるとすれば感情論だけ。しかしそれも、カルスの発言が否定されることによってミディリアさんの言葉に打ち勝つ事は出来なくなったと言っていい。


「私は、…子供達が、攫われて、無理やり、奴隷にされる事が、許せない。子供は、そんな事、されていい存在じゃ、ない」


 …ラスティアさんが俺達の中で一番、今回の事件に関して何か熱い思いを抱いている。そんな気配は感じ取っていたが…それをここまではっきりと聞いたのはこれが初めてだ。

 それを聞いたミディリアさんは、ほう、と息を飲む。ラスティアさんの言葉に何かを感じたという事なのだろうか?


「それは、当然ね。私だってその場に居れば、憤るし、何か力に成りたいと思う筈。…でも、自分が力を貸したから事態が好転する、そんな事ばかりで世界が出来ている訳じゃない―――さっきも言ったけれど、覚悟の足りない貴方達が首を突っ込む事で、事態がより悪化していく可能性はまだまだ多くあるのよ」

「…それは、理解、した」


 今度はゆっくりと、諭すように告げられた言葉に、ラスティアさんも俯きつつ、しかし、カルス以上に納得したような声を出す。

 未だに何も言わないのは俺だけ。俺以外の三人の意識が、少しずつ、俺の方へと向いて行くような錯覚を感じる。

 いや、それは錯覚ではないだろう。少なくとも、ミディリアさんが未だ待っているのは、俺の発言を待っているからだ。三人全員の口から思いを語らせ、そのうえで俺達が持っていた思いこみを壊し、諭す。それが目的だと考えていいだろう。

 これは、俺達の為を思った行動。それは分かっている。

 ―――感情論だけを振りかざしたんじゃ子どもと同じ、明確に俺達の行動についての不利益を示された以上それは出来ない…でも、それでも、やっぱり諦めるのは嫌なのだ。

 …また説き伏せられるだけかもしれない。でも、言うだけ言ってみよう。このまま黙ったままで居たって仕方がないし、せめて俺が何を考えているのかをミディリアさんへ伝えなければ。


「ミディリアさん、俺、それでも、子どもたちを助けたいんです」

「…ねえ、タクミ君。さっきから言っているけど、君たちが行動する事で事態が絶対に好転するってわけじゃないのよ?」


 それは、分かった。はっきりと言葉にされたのならば、自分が今までの人生で一度も失敗した事がないと思っている人間以外は、その言葉に同意を返すだろう。それほどまでに当たり前で、今回の事態に良く合っている言葉だ。

 それでも俺は何かをしたくて、でも、人と戦う覚悟を持つことは出来ていない。戦いに巻き込まれるのが間違いない潜入役に回れば、間違いなくランストさんやフランヒさん、ハウアさん達の足手まといになって、子どもたちを助けられずに全員が捕まるなんて、最悪の事態に陥ってしまうことになるかもしれない。

 ―――潜入役に、回れば。

 これ以外には無いだろうという発想のままに、ミディリアさんへ続きの言葉を放つ。


「絶対に、護衛と戦わなければいけない仕事じゃないといけないってことはないんです。それ以外にも、子どもたちを助けるために手伝える仕事は有る筈―――だから、俺はそうやって、別の事で手伝う事にします。それなら、ミディリアさんが不安視しているような事態には、きっとならないです」


 俺の言葉を聞いたミディリアさんは、右の腕で顔を覆うようにしてゆっくり後方へと振り返り、そこで一度大きなため息をついて、再度俺達の方へと視線を向ける。


「あのさ、私、そういう社会的な危険がある事に関わってほしくないなぁ、って考えて今の話し合いをしてたんだけど…本気で動きたいの?」


 ミディリアさんの口調が若干、いつもの砕けた物に近づいている事に気がついて、ああ、辛い時間は終わったということかなと考える。

 ミディリアさんは多分、もう全力で俺を止めようとはしない筈だ。勿論、ここで俺が前言撤回、潜入役になるなんて言いだせば話は別だろうが…絶対に止めなければいけないほどに危険な事はしないという言葉を信じてくれるくらいには、俺も信じられているのかな。


「はい。今更止めるなんて言いたくなかったし、自分が関わった事件を放りだすのは嫌だって個人的な理由も有りますけど…やっぱり子供達を見放す、って言うのが一番、しちゃいけない事だよなって」

「はぁ…まあ、いいわよ、もう。でも絶対に、奴隷救出のために取引現場や閉じ込められている場所そのものに潜入したりはしない事。人と戦ったり、殺したりする経験なんて、無いのなら無いが一番いいのよ」


 ミディリアさんにはやはり、深い考えが有ったのだろう。最終目的は単純に、俺達の行動を止める事だったのだろうとは思うが…今の言葉には、何かの現実に裏打ちされた重みがあった。

 パンパンと、空気を変えるようにミディリアさんが手を叩いた。話は終わりだと言われている様な気がして、俺を含めて全員席を立つ。ミディリアさんが扉を開けて外へ出てから、俺達もやはり、同じように外へ。


「えっと…ミディリアさん、忠告、ありがとうございました」

「ええ、全くよ。どうして三人とも、考えなしに危険な場所へ突入するんだか…いい?」


 三人の視線が自分に向けられるまで待ったミディリアさんは、更に一拍置いてから、言う。


「このくらいなら大丈夫なんて考えない事、絶対に無事に帰る事、そして、帰って来てから調子に乗らない事。…絶対に守りなさい。いいわね?」

『…はい!』


 そう返事して、三人でギルドの外へと向かう。

 …明日は、ランストさん達に謝って、俺達が今考えている事をまた、伝えるのだ。


覚悟は持てなかったけれど、持つ必要がないならそれでいいよね?と言う話。尚、国家間に不穏な空気が流れている模様。

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