第十一話:密室
ギルド内の一室、俺が冒険者登録をする際に入った部屋にも似た場所へ通された。密閉性が高いこの部屋で重々しい雰囲気を保ち、机を挟んだ反対側の椅子に腰かけてこちらを見つめるミディリアさんと、その視線に抑えつけられるようにうつむき加減で膝の上に拳を置き、どう咎められてしまうのかと僅かに怯える俺達の姿は、第三者視点からだと刑事と取り調べられる被告人の様相を呈しているのではないだろうかと考え―――そんな事を考えているのが現実逃避だという事に気がついた。
ゆっくりと息を吸って、少しずつ視線を上げていく。ミディリアさんは喋らないが、本当は、こちらから何かを言いだすのを待っているのではないか?だとすれば、俺が視線を上げた先にはきっと、睨むようなものではなく、問いかけてくるような優しい視線が待っている筈…。
「―――それで、どうして三人の口から奴隷取引なんて単語が出てくるのかな?」
睨んだまま問いかけられて俺の視線が再び下へ向かった。
ちょっと今までに感じた事がない種類のプレッシャーだ。強さとすれば、ロルナン近くの森の中、初めて【小人鬼】討伐に出会って軽く死にかけた時に近い。
だが、明確に問いかけられた以上は黙っている訳にもいかない。もう一度視線を上げていき、眼光が少しだけ弱り、こちらの答えを待つような物へと変わっている事に少し安心してから、話し出す。
「一昨日、貴族宅の護衛依頼を受けましたよね」
「ええ、そうね」
「あの日、宿へと帰っている途中、教会に暮らしている獣人の子供達が攫われていく所に遭遇したんです」
「…うん?」
「攫われない様に少しだけ抵抗で来たんですが、結局七人攫われて…見て見ぬふり出来なくて、教会の大人が子供達を救出するのに協力しようって話になって―――」
そこから、今日の質問に至るまでの流れを説明する。少し説明がはっきりしない所も有ったのだが、そこはカルスかラスティアさんが適宜埋めて行ってくれた。
全てを聞き終えたミディリアさんは、瞳を閉じて腕を組み、頭を下へ傾けながら数秒沈黙し、
フ、と吐息を一つ。
「全く、冷や冷やさせないでよ…。私はてっきりタクミ君が、家も無しに奴隷を購入しようとか考え始めたのかと思ったわ」
「え!?いや、そんな気はないですよ」
奴隷を買うのは、まず精神的に忌避感が強い―――日本人として、現代の社会の中で暮らして居れば、当然の事だと思うのだが、人を売り買いしているという時点でもう駄目だ。あり得ないという感想しか出て来ない。
それは勿論、誘拐された奴隷とかでは無い、公的にも認められているらしい犯罪者への罰としてでも同じだ。というかその場合、そんな扱いを受けるような犯罪者を自分の側においておきたくないという思いの方が強い。
「当たり前よ。大体、奴隷なんて、私たちみたいなのが買っても百害あって一利なし。まあ、タクミ君は違ったみたいだけど、くれぐれもそんな乱心起こさない様に」
「は、はい」
ミディリアさんの発言は、奴隷その物を許容して居る前提から来てるよな…と思いつつ、まだ話を続けそうな気配を放っているミディリアさんの方へと視線を固定したままにする。
「それで、―――奴隷の救出、だったわね?」
「はい、俺達も手伝うことに決めました」
「そう…ねえ、三人は王都に、長く留まるつもりってあるの?」
ミディリアさんの言葉に少し考えて、俺自身はレイリと合流すれば、後はレイリが町を出るときまででいいと思っている。それ以上に滞在する理由もないからだ。
…だが、二人はどうだろう。いろいろと後ろ暗い姿を持っているとは言っても、ここは一国の首都。もう少し長くとどまろうかと考えていてもおかしくはない。
「俺は…レイリと合流して、王都を出て、家を買う予定だっていう町に移動するって話になったらすぐにでも出ていくと思います。王都そのものに用がある、って訳じゃなかったので」
「ふうん…二人は?」
一瞬、カルスとラスティアさんが互いに見つめ合って、カルスが先に口を開いた。
「僕は、何処に行こうって明確に決めている訳じゃないので、タクミが移動するのなら同じでいいかな、くらいにしか考えてないです…」
「私は、…王都に留まりにくくなるのなら、出ていける」
「え?」
ラスティアさんの発言に疑問を覚えて考え直し…ミディリアさんからの質問の意図を深く考えないでいた自分に気がついた。
王都に長く留まるつもりがあるのか、と問いかけている以上は、そう出来なくなった時どうするのか、という事を問われている様な物でもあるのだ。ラスティアさんはそこを理解して返していたが、俺はそのまま答えただけだった。
「それならまだマシ、といったところね。…まず間違いなく、奴隷取引…それも裏の物を潰したとなれば、その顔を覚えて地の果てまで追いかけようって考えの奴は出てくるわよ」
「…え」
「それでもまだ、他の町に見つからず逃げる事が出来れば、ほとんど本人を特定することは出来ないわ。だからまあ、…顔を見られたと思ったら、すぐにでも王都を出なさい。どこかのギルドで手紙を出すなりしてくれれば、私からレイちゃんに連絡を取る事は出来るんだしね」
本当に狙われたら非常に危険だが、しかし、顔を変える魔術を使っているから、むしろ顔を覚えられた方がはっきりと追跡を免れそうだ。…一応、聞いてみようかな。
「あの、ミディリアさん。もしも顔を変える魔術を使っていたとしたら、その人達をだます事ってできますか?」
「え?…魔術の精度によるわよ。よっぽど別人で、魔術だと見抜かれない様な自然さがあるかどうか、ってところだと思うけど」
「…それなら、大丈夫?」
耳元でラスティアさんが、蚊の鳴くような声で確認を取ってくる。俺もミディリアさんから顔を背けるようにして、カルスも混ぜて顔を寄せ合い、
「大丈夫…だよね?顔の仕上がりは凄く自然だったし、誰が誰だか分からなくなりそうなくらい自然だったし」
「いくつも顔を用意できるみたいだから、それこそ顔を変える所を見られなければ大丈夫じゃないかな?」
「あれで、見抜かれるのは、おかしい」
結論が出た所で再度振り返ると、話の途中で内緒話をされた事が気にくわなかったらしいミディリアさんの表情がまた少し厳しくなっていた。
「えっと、その魔術に心当たりがあるので、大丈夫です」
とりあえず正直に言おうと思っての発言だったが、それを聞いたミディリアさんの反応は眉間にしわを寄せて、そこを右手の日と刺し湯部と親指でつまむという…疲労を感じているような表情だった。
「………一応、その類の魔術って、ほとんど世に出ない物なのよ?多分使ってる本人も、むやみに喋ったりしないだろうって判断でその魔術を見せたんだと思うから、止めなさい、ほんとに」
「ご、御免なさい」
「御免なさい、そこまで、想像、してなかった」
「御免なさい…これ、明日ラン…あの人にも謝った方がいいよね」
「そう、きちんと確認を取っておきなさい。…って、何の話をしてたんだっけ?」
「奴隷の、救出に、向かうのか、という話を」
「ああ、そうだったそうだった…」
ミディリアさんが頭を切り替えるように深呼吸をする。結局、今回の話の核心にはまだ到達していなかった感じが有ったので都合が良かった。
「さっきの、顔を覚えられる危険は無くなった。そういう事にしておいてあげる。…でもね、単純な話。奴隷取引現場で奴隷を救出するって言う事は、何か有った時にはやっぱり戦いになるし、敵は強いのよ」
「…はい」
確かに、そうだ。少なくとも、子ども達を七人攫ったうえで俺達の追跡を振り切ったあの男は居るし、それ以外にも同じくらいの強さの奴は居ると考えておかしくない。単純に、苦戦することは間違いないだろう。
明日の夜に到着する特殊部隊の人がどのくらい強いのかにも、成功率はかかってくる。
「…何だか、あまり伝わってない感じね」
「え?」
「タクミ君もそうだけど…ラスティアちゃんとカルス君にも、私の言いたい事は伝わりきってないわ。もう一度言うけど、単純な話―――」
ミディリアさんはそこで、ほんの一瞬だけためらうように間をおいて、そして、息を吐く様に、一気にその言葉を告げた。
「貴方達、人と戦うことになるのよ?」




