第十話:取引現場
「ガラの悪い男が説明…間違いないな」
「ええ、奴隷商の行動として実にありきたり。…ねえ、その男、猫背だったりした?」
ランストさんとハウアさんが、俺達の報告を聞いて話し合う。さらなる確認を求められた俺は、記憶を掘り返しながら、
「あー…はい、猫背で小柄の男です」
「なら、そこで正解ね」
「ランスト、後で魔術を掛け直して、案内してもらいましょう」
「ああ…予定より少し時間がかかってしまうが、三人とも、問題ないか?」
二人の方を見れば、どうやら拒否しようとは思っていないらしい。小声で確認を取ってから、了承の返事を返した。
「それなら、また姿を変えよう。こっちだ」
そうやって路地裏に入って、ランストさんから魔術を掛けてもらう。
「そう言えばランストさん、その魔術って、普通のとは違うんですか?」
「ん?…ああ、確かにそうだな。さっきも言ったが、あんまり広く使われてる魔術じゃない…というか、むしろ隠されて居る類の魔術。流派という面で見ても、ありふれているとは口が裂けても言えない」
「…流派、というと?」
どこかで聞いた事がある言葉な気もするが、はっきりとは思いだせない。道を一番はっきり覚えていたカルスの案内に従って路地裏を歩きながら、ランストさんから魔術についての話を聞く。
「…まあ、魔術を独自に発展させたりした形、か?説明は難しいんだが、とりあえずこの場合、起句を少なく絞るやり方だと、顔の変化に遊びが無くなるって話らしい。自由に魔術の内容を変化させるにはあれが一番だそうだ」
「成程…その話、今初めて聞きました」
「私も、詳しく、聞かせてほしい」
ラスティアさんも知らなかったという事は…村にはその技術が伝わっていなかったということかもしれない。…決して、完全に秘匿された物ってわけではなさそうだけど。
それにしても、起句を単純なものにするのってやっぱりありふれたものだったんだな。初めからそうしていたけど、魔術士の多くと俺は似た発想をしていたらしい。
俺としてもぜひ詳しく話を聞きたかった所だが…しかし、ランストさんの表情はあまり優れない。
「詳しく、と言われるとな…。俺も一応、魔術士ではあるが、結局のところ、使えたら便利そうだ、という理由以外で詳しく調べていないんだ。だから、その獣人に話を聞いた時も方法だけ、何故、ってところには一切触れてなかった。すまない」
「い、いえ。…ちなみに、その獣人さんは今どちらにいらっしゃるんですか?」
「…分からないな。そもそも王都で会った訳じゃないし、どこかに定住しているって訳じゃなさそうだったから」
まあ、それもそうかと。そこまで落胆することはなかった。だって、差別をされる事もある獣人が使う、見た目を変える魔術なのだ。人目を避けるように生活しているということを示しているようなものだと、考えれば分かる。
「ここの曲がり角を左に曲がって、すぐそこにある屋敷です」
カルスの声を聞いて目を向ければ、そこは確かに、先程歩いた道だった。
数歩進んで見えてきたのは、あの広い家。観察したい気もするが、見張りの人間もいる。留まらず、通りがかっただけだというふうに見せながら、黒い塀の横を歩き抜いて行く。
「…あそこ、か」
「はい。間違いないです」
「大丈夫かしら…攫った子たちを傷つけるような真似、しないと思うけど」
現場から離れつつ、話をする。ハウアさんは俺達から少しだけ後方へと離れ、尾行されていないかを確認しているようだ。
ランストさんやフランヒさんからも信頼されているようだし、ハウアさんは実力がある人なんだろうな…って、考えるまでも無いか。建物の上まで魔術を使わずに跳躍、しかも毎歩ごとに飛べるのだから筋力だけでも間違いなく俺より上だ。
…こういう所で、俺にアリュ―シャ様が与えた力はやっぱり『死なない為』の物であって、決して『強くある為』の物では無いのだろうという事が分かる。実際、そっと生きるだけなら言い魔の強さでも充分だろうとは思うし。
それでもまあ、何らかの形で強くなりたいと思うのは止められない。魔術が使えるようになったからなのか、…未だに勝てるイメージの浮かばないレイリに、きちんと追いついて並びたいと考えているからだろうか。
レイリとの再会が近づいて、少し焦っているのかもしれない。
「とりあえず、戻る事にしよう。三人組が二つ、という印象を与えるのもまずいから、これからは、人数や組み合わせを変えて、慎重に偵察することにする、それでいいか?」
「はい」
「明日は、どういう調査をしますか?」
「そうだな…出来れば中に入りたいが、いくらなんでも危険すぎる。出入りしている人間と、表から分かるだけでもいいから警備の戦力を調べる事、だろうな」
「成、程」
「…ねえランスト」
フランヒさんがランストさんへと、何かを提案するように左手首を挙げて話しだした。
「冒険者に救助を要請するのはどう?直接攻め入るのは駄目でしょうけど、誘拐の被害を訴えれば、可能性は有るんじゃない?」
…冒険者へ依頼、か。俺達と同じような形では無いにしろ、王都の冒険者の実力は高いのだから、戦力として非常にありがたいとは思う。
だが、どうだろうか。
「無理、だろうな。少なくとも可能性は低いし、危険性もある」
「…どうして?」
「さっきの見張り、何人かは冒険者だろう。という事は、ギルドに依頼が出ているということだ。…好んでこの依頼を受けたがる奴は多くないだろうが、その少数が俺達の依頼を見たとき、こちらに潜入して情報を得、そして奴らに報告する。そんな構図が発生しかねないからな」
「うう…」
「だがまあ、明日の夜には…そうだ、伝え忘れていたが、明日の夜には救援の第一陣が到着する予定だ。昨日報告が有ってな、何でも、ちょうど隣町に、教会側で王国の特殊部隊員でもある男がいるらしいんだ。後ろ暗い現場に潜入することに関して一級品の腕前を持つという話だ、心強いよ」
「本当ですか!?」
「大声を出さないでくれカルス君。…ただ、到着するのはその男一人。それ以外にも数人は送られる筈だが、到着は恐らく、決行前日だろうな」
決行前日―――つまりは四日後。そこでこちら側の戦力が最も大きくなるらしい。
まず、明日の夜に到着するという男の人は優秀そうだ。少なくとも俺とは比べ物にならないだろう。教会から派遣された、王国の特殊部隊員―――特殊部隊ってなんだ?スパイのようなものだろうか―――。肩書だけで有能だろう事が伝わってくる。裏切る心配も、ランストさんが感じていないのならばない筈。
「よし、このあたりでいいか…」
ランストさんが立ち止まって、俺達の方へと振り向く。
「魔術を解除するぞ。最初とは違ってほんの少しだけ痛いが、出来るだけ動くなよ」
そう言われて、少し唾を飲み込みながら、眼前に迫る掌を見つめる。
ほんの少し痛い、というのは、受ける側にとってそこそこの痛みだったりもするので緊張していたのだが。
「『擬装の時は過ぎ、己が身で立つ時が来た』…よし、どうだ?」
「え?…あ、もう終わりですか?」
「ああ、大丈夫だっただろう?」
「はい、全然」
一瞬だけ静電気に似た痺れが顔面に走った気もしたが、今回の起句は前回に比べるとずっと短い物。顔を触って確かめれば、慣れた今の顔がそこにある事が確かに分かった。
魔術を解くのはこれだけ簡単なのかとも思ったが、考えたら俺の魔術も止めようとした時の方が早い。そういう物なのかもしれない。
「ほんの少しだけ進んで、一人ずつ魔術を解除していく。一つ家を越えた先の路地で合流して宿に帰ってくれ」
「分かりました。じゃあ二人とも、後でね」
「うん」
「すぐ行くよ、あんまり移動しないでね?」
そう言って路地をくぐるように抜けて、向こうへ。
少しだけ先へ歩いて待っていると、十分後にカルス、十五分後にラスティアさんがそれぞれ違う路地から現れた。
「終わった」
「うん。じゃあ…帰る?」
「まだ明るいけど、昨日よりは遅い時間だね。帰っていいんじゃないかな?」
「待って」
ラスティアさんがそう呼びとめるので、動き出していた足を止め、振り返る。
「ギルドに行って、奴隷取引の、護衛依頼、確かめよう?」
「あ…そうだね。確認しておいた方がいいかも」
「どんな人が出したのか、分かるかな…?」
ギルドへ到着してから依頼掲示を覗いてみたが…しかし、目当てのものはない。
数日間分の依頼を先に決めていた、ということかもしれないが、出来れば詳しい事を知りたい。
「ミディリアさんは…」
「どうかした?」
振り向けばそこに、探そうとして居たミディリアさんの姿が。
「うわッ!」
「タクミ、実は、二分くらい前から、居た」
「タクミがそれに集中して全然振り向かないから…というか、本当に気がついてなかったんだ」
どうやら依頼を探すことに集中していて、ミディリアさんの接近に気がつかなかったらしい。
「で、私に何か用があるって感じのひとりごとだったわね?言ってみなさい」
「え、えっと…ど、奴隷取引の護衛依頼について、何か知りませんか」
俺がそう言うと、ミディリアさんは一瞬ピクリと脈打つように動き、そして固まってしまった。
「え、えっと…どうしたんですか?ミディリアさん」
「どうしたんですか、って…ああ、ちょっとこっち来て!三人とも!」
そう叫んだミディリアさんに腕を引かれながら、ギルドの裏へと連れて行かれる。周りの人の視線が突き刺さってくるようで何やら気まずかった。
…もしかして、奴隷取引は口にするのもはばかられるような内容なの?




