第八話:扱いの理由
報酬、一人銀貨七枚。
一日に銀貨三十五枚も支払うとは、やはり貴族、高級取りなんだろう。…もしかして、王都に冒険者が集まっているのは、大した危険も無く給料を貰えるから…?
「協力してくれる人を呼ぶって言ってたけど、どうなのかな?」
「どうなのかなって、何が?」
カルスが呟いた疑問に、疑問で返す。
「いや、こんな事件が起きて、で、それが起きるかもしれないって分かってる街で、ずっと孤児院続けてたんでしょ?…本当は、別の町に移転することだってできたんじゃないかなって」
「…確かに。何でそうしなかったんだろう」
例えば、あの獣人の女性と出会った隣町。あそこに行くだけでも、獣人にとってはずっと居心地のいい場所の筈。だというのに王都で孤児院を開く理由があるのかどうか。
「…ギルドカード」
「え?…えっと、ラスティアさん、どういう事?」
ラスティアさんが何を伝えたかったのかが分からない俺は、聞き返す。…ギルドカードが、何で子供たちの問題につながるんだろうか。
「私達は、ギルドカードで、町に入れる。多分、冒険者じゃない人も、できる。…でも、孤児院、って事は」
「………もしかして家族が居ないから、町を移動するのに必要な身分証明が出来ない、とか?」
「かもしれない。…あんなに小さいと、冒険者にも、なれないから」
「だから、孤児院で保護してたって事?…理由があれば出してもらえそうなのに」
カルスの言葉を聞いて、俺の中で一つ、ぼんやりとした仮説が生まれた。
あの孤児院には、まだ幼い獣人しかいなかった。それは、あの日に攫われた子ども達だけが暮らしていたという前提で成り立つ物だが…犯人の狙いが獣人だとすれば、それ以外の理由で子どもが居なくなる理由も無いので、間違っていないと思う。
ともかく、普通の人の子だって、親が亡くなったりすれば孤児院へと預けられる事は多いだろう。ここからはかなり推測の域を出ないが、獣人と人間の区別をしていない聖十神教の教会が運営している以上、あの孤児院が獣人専門という事はない筈。
「だから、獣人の子供たちにだけ、王都から他の町へと移る許可が出なかったんじゃないかな?事故とかじゃなくて、それを出せる立場の人間が差別主義者だ、って理由で」
「…えーっと、じゃあ無理やりこの町に閉じ込められてるってこと?」
「そうじゃないかな、って俺は考えた。これが合ってる証拠なんてないけどね」
「でも、それなら、…一応、理由には、なってる。隠れて逃げても、他の町の中で、身分証明は、必要な筈だから」
…そもそも、あれだけ小さな子供たちでは、一体どんな仕事に着けるというのか。せめて他の孤児院と協力しなければやっていける訳も無い。
教会で孤児院をしているのは、慈善事業という側面が強そうだ。恐らくその資金は、高い高いと言われる教会のお布施の一部からきているのだろうが、足りていないのはむしろ人手や、その施設を設置することについての根回しなどかもしれない。少なくともこの町では、孤児院に入っても獣人の子供たちに本当の安心は訪れないだろうから。
「国の方に敵がいる…となると、これは、根本的な解決をしなきゃ駄目だろうけど、俺たちじゃどうしようもないね…」
「うん…いくらなんでも、そんな人達に言う事聞かせられる様な力は何処にもないし、そもそも会いに行くことだって出来ない」
「そもそも、どうして、こんな町に、獣人が、集まってきたんだろう」
「…あ」
確かにそうだ。王都についての不評は、少なくとも隣町には渡っていたのに、子どもまで連れて王都に来た理由って一体何だ?あの町にいる人がもし、王都へと向かう獣人を見つけたら、確実に注意する筈だ。…分からない事ばかりだ。…まだまだ知らなければいけない事が多いけど、そうと気がつくのは実際に疑問を得てから。この国で育っていない俺達三人には、本来育まれるべき常識という物が致命的に欠けているのだ。
「理由がない、なんてことはないと思うけど…それこそ、そうしなければ生活が立ち行かなくなったんだろうね。いくらなんでも、強制的に連れて来られた、なんてことにはなっていないと思うし」
「うん。…何とかならないのかな」
宿の端に置かれた机を囲むように座って、話し合う。この時間でも酒を飲んでる人がいるのは、午前中に貴族の屋敷を警備してきたのだろうか?なんだか退廃的な雰囲気が漂っている。
「と言っても…どうすればいいんだろうね。前提として、何が問題でこんな事態になっているのか、って言う事も良く分からないし」
「明日、あの三人か、ギルドの…ミディリアさんに、聞いてみたら?」
「…そうだね、それが良い」
明日の集合時刻は昼。昼食は教会で取ると決まったので、それより前ならミディリアさんに話を聞く事も出来るだろう。…当事者以外に訊いた方が、客観的な意見を聞ける、よね?
今は陽九刻。陽が沈むまでは時間があるが、しかし今から新しい事をしようと思うと、時間が足りない。そんな微妙な時間だ。
町を歩いても、これだけ大きな都市なのにあまり楽しくない。このまま宿の中で話をしているのが一番いいだろう。
「じゃあさ、この三人で戦う時、どんな風に動くかって事を、もう少し考えておかない?」
「えー。タクミはレイリって娘とコンビなんでしょ?再開するまであと…八日くらいしかないのに、何言ってるの?」
「いや、子ども達を助けに行く時に、戦いになるかもしれないからさ、連携できる方が良いかなって」
「戦いに、ならないのが、一番」
「まあ確かに、秘密裏に助け出すのが一番いい事だけどさ…。やっぱり、無理やり攫ったんだから、奪い返そうとする人が居るのは予想していると思わない?ランストさんから教わった方法で、子ども達が攫われたって証明する事が出来るかもしれないけど」
「…まあ、良いよ。何もしないよりはずっといいもんね」
◇◇◇
「あの二人が何故調査に…?いや、それは良いのだ。だが、今はあまり、あちらに近づくべきではないし…ううむ、もう少し早くあの二人の存在に気がついていれば、無理やりにでも調査へと突いて行くことも出来たというのに」
王都の中、比較的外縁部のとある道を歩くシュリ―フィア・アイゼンガルドは、そんな事を呟いて、一つ、地面にまで堕ちていく様子が見えそうなほどに重苦しいため息を吐いた。
その理由は、彼女の別れた友人二人が、実は王都に来ていたという事実を知って―――しかし、それに気がついた時、その二人が遠出する仕事の途中だったという事。折角念願の再会をできると思ったのに、実はそうではないと言われたら、そんな思いため息も出るというものだ。
「…とはいえ、護衛にはあの者が付いている。よしんば、帝国軍に襲われても、間違いなく守り抜くだろうが…早く会いたい物だな」
そう言って見つめたのは、その二人が宿泊しているという宿『翠月』。中に入るべきかと、そう考えた彼女は足を一歩、其方へと向けたのだが。
「…いや、あの二人が居ない以上は、この宿に行く意味はないな。…これから数週間、緊急の事態さえなければ仕事も無い。早く帰ってくればいいのだが…一週間以上かかるとなると、やれやれ、なかなかに疲れそうだ」
『仕事がある方が疲れない』と遠回しに言ってのけた彼女は、町の南側へと向けて歩き始めた。
守人として、彼女も屋敷を一つ、渡されている。だが彼女は、それをあまり好ましく思っていなかった。
「なにせ、情報なら何でも手に入れて報告する事を生業としていそうな侍従達ばかりが控えているからな…。二人と会うときは、あの屋敷は使えまい」
他にも、屋敷を与え、そこを住居とされる事で、何だか自分をそこへ縛り付けているような感覚を得ていたのだ。
実際、それはそこまで間違った物ではない。彼女にとっての故郷とはクィルサド聖教国だが、王国は第二の故郷だというふうに見ている。
だが、どうにも貴族というものを好ましく見られないのだった。善人が居ないなどとは思わないが、悪人の数が多過ぎる。そのうえ、国ではなくあくまでも自分を守ろうとするため、守人は自らの近くへ近くへと集めたがる。
彼女は、そしてほかの守人たちの多くも、もっと辺境、常に忌種の暴走の危険性がある危険地帯にこそ守人は派遣されるべきであり、それこそが自らの仕事を果たす形だと考えていたのだが、そんな意見が取り入れられた事はない。
例えば、彼女の友人二人が住んでいたロルナンという町で起こった瘴気汚染体の暴走も、きちんと辺境での討伐作業を行っていれば起こり得なかった筈なのだ。
「忌種の発生量が少しずつ増加しているというのは、前任と現任、二人の間で一致した意見だった筈。そのうえ、あの得体のしれない邪教もよく動いている。…某にも、もう少し何か、出来る事はないのだろうか」
西側へと大きく傾いた太陽を見上げて、『少し不敬だな』と考えつつも、抑えきれない溜息をもう一つ、シュリ―フィアは吐くのだった。




