第十三話:槍
あの後は微妙な雰囲気になったクリフトさんを誤魔化すのに手間取った。何であんなふざけた事言ってしまったんだろうか…。とにかく、変な思考が外に出ないようにしないといけないと思う。
「…で、もう一度聞くけれど…なにか悩みごとかい?今は少し時間があるから、多少は相談に乗れるけれど?」
…!クリフトさんは町の衛兵隊の隊長!だったらその部下には魔術を使う人だっているだろうし、どんな使い方をすれば良いのかも教えてくれるかもしれない!
「え!クリフトさん!俺に魔術について教えてくれませんか!」
◇◇◇
とまあ、クリフトさんに質問してみたわけだが。
「…魔術、かあ…私自身はあんまり詳しくないんだよね。私は肉弾戦一本だし。でも、タクミ君は魔術の素養があったんだね。よかったじゃないか、魔術を使えるのと使えないのでは選べる戦法に差があるからね。…そうだね…、どんな魔術を使いたいかい?」
「ええ、と、忌種に取り囲まれた時に、複数体を同時に攻撃することで脱出できるようになりたいんです。でも、そのためにどんな魔術を使えばいいのか、思いつけなくて…」
俺の発言に対して、クリフトさんは少し考えた様子で、
「…そうだね…。一度に大勢の敵を倒す魔術で、尚且つタクミ君の様な初心者でも運用できる魔術かぁ…。あれ?というか、そもそも殺傷性の高い魔術って、初心者が簡単に使えるような物じゃあないと思うんだけど…。使えるの?」
「あ、はい。一応。…一つだけですけれど」
「へえ~、才能あると思うよ、それなら。でも、そうだな…有る程度は、効果の方を重視するべきか?だったら、確か二番隊副隊長のレッゾがそんな魔術を使っていたような気がするな。え~っと…どう説明すればいいのかな?自分の周りの地面や水辺から、棘を作って上方向に伸ばしたり、打ち出したりするような魔術だったと思うよ。詳しい事は魔術を使えない私にはわからないけれど、君の求めている効果には成ると思う。参考になったかな?」
「おお、なるほど。…何だかイメージがわいてきた気がします!有り難うございました!」
「いやいや、お役に立てたのなら私としても嬉しいですよ。それでは、私はそろそろ仕事に戻らせていただきます」
「はい!本当にありがとうございました!」
クリフトさんは町の中へと歩いて行った。これから衛兵隊の隊長としての仕事が待っている、という事だろう。
しかし、ダメもとで頼んだようなものだったのが全くもって予想外の成果だった。クリフトさんの部下は、何やらすごそうである。
…地面や水場から棘を伸ばしたり、打ち出したりする魔術か…。なるほど、イメージが湧いてきた。
今日もゴブリンの討伐に行く前に、町の外で練習してみようかな?前回よりも効果範囲が広そうだから、ちゃんと人がいないか確認しなければいけないけど。
まあ、とりあえずは目の前の門をくぐって、町の外に出なければいけないだろう。
◇◇◇
………さて。
やってまいりましたロルナン郊外野原With川ッ!
何故かと言われれば答えは単純。そう、クリフトさんに聞いた魔術を試してみようと、条件の合う場所を探していたのだッ!つまりこの場所ッ!土も水も豊富に有るこの野原…。
…やめよう。疲れた………。
………一人でハイテンションになる、というのは、あまり長続きしないのが当たり前か。いい加減に普通のテンションに戻しておかないと、後で更に疲れそうだ。
と言う訳で、昨日に引き続き魔術の特訓を始めたいと思います。
今日の魔術は、土や水を棘状に加工。そのまま伸ばしたり打ちだしたりと、なんだか汎用性の高そうな物。まあ、『ウインドカッター』も同じようなものだが。
ちなみにこの川、町の中まで引き込まれており、井戸が無い家庭や建物では飲料水にも使われているようなので、水そのものを操るだけにして、川の水は汚さない方がいいと思われる。
それはともかくとして、一体どんな方法で魔術を実行しようか…?
………土を押しだす?…空気と違って、あまり動きが想像できない。土を、棘状に固めて、そのまま飛ばしたり、伸ばしたり…。
………何故、飛ぶのか、飛べるのか、土よ。ロケット噴射でもしているのか。
いやいや待て待て。ここはファンタジーな法則が蔓延しているだろう異世界。別に科学的に考える必要は無いんじゃないのか?もっと、自分のインスピレーション次第で何でもできる、そんな素敵な力なのではないか?魔術とは。
そう考えると、やはり頭で悩むよりも先に実行してしまった方が早いんじゃあないだろうか?と思い始める。そうだ、起句を考えなければ。え~っと、棘、棘は…スピア?いや、それは槍か。ニードルは針だし、ヌードルは麺…。
…くだらない。思考が既におっさん化していたのだろうか?
………よし。
「土槍!」
既に、日本語だ。しかも語呂が悪かったのを理由に棘から槍に変えて。その上変化後もけして良い訳では無いというオマケ付。
………つい最近アリュ―シャ様に言った、『この世界の人には分からないように英語を~』とは、一体、何の冗談だったのだろうか。そもそも、英語が堪能な成績優秀者ならニートの道には進まなかっただろうし。
でも、よくよく考えれば、魔術の詠唱を「翻訳したくない物」として考えながらしゃべれば、この世界の人に伝わる事も無いのでは?日本語そのものが有るとも思えないし。それもまた外国語、みたいな。
…まあ、長々と言い訳をしているのだが、何が言いたいのかと言えば答えは簡単。俺の浅い浅い知識が、底をついたと言う事。
こんな事なら、いっその事『ウインドカッター』も『風刃』とかに変えてしまおうか?その方が統一性もあっていいだろう。
………今考える事じゃあないか。さて、『土槍』は一体どうなっているのか…。
………あれ?
………草の生えた、美しく、なだらかな平原。流れる川は心地よいせせらぎ。世界を照らす太陽は、正面から見据えるには眩しすぎる。そう、そんな、平和な世界。
…有体に言えば、変化なし、である。
「な、なんでだ…」
『ウインドカッター』、いや、今は、『風刃』か、まあとにかく、あれを始めて練習したときだって強風くらいは吹いたものだが、何故今回は何一つとして変化が無いのだろうか?
………いや、思い当たる節はあるか。魔術その物の違い、と言う事を抜きにすればそれ以外で最も大きな差異は、やはりイメージ不足だろう。前回は未完成だったとはいえ、完成時の途中までと同じイメージで作っていたのだから。
やはりイメージ。それもぼんやりとした物ではなく、恐らくは最低でもどんな風に形状が変化していくのかは考えなければならないように思える。発想よりも想像か。いわゆる“中二臭い”というやつかもしれないが、想像を、創造と置き換えられる事を考えると、何だか少し感慨深い気がしなくもないかもしれない。
…いや、もしかして“親父”臭いのかも。またダジャレみたいな方向で言葉遊びをしていた気がするし。
精神が老化している…。三十代に入ったとはいえ、こんな事言うタイプではなかった筈。むしろ父親なんかが偶に言いだした時なんかは、『何言ってんだ…』みたいな視線を無遠慮にぶつける側だったとも思っていたんだが。感覚からして身体能力の強化とは別に肉体年齢が十代終盤程度まで…つまり、十数年若返っていたように感じていたのだが、精神が老成してしまっているとは…。
………まさかとは思うが、身体が若返った反動で、なんてオチが用意されている訳では無いよな…?
まあ、今はどうでもいい事か。もしそれが、なんの関係もない、ただ自分の性質だった。なんて事になっては目も当てられないし。とにかく今は、土槍を完成させなければいけないだろう。
「…土を…深いところから順に持ち上げて…一気に押し出すように…いや、それだとどういうふうに尖らせればいいんだ…」
絶賛苦戦中。
と言うのも、土を固めて槍を作る、と言うイメージが湧きにくいのだ。空気を固める『風刃』は、その性質が風である事から形状の変化の過程が想像しやすいのだが、土には基本的に動きが無いので、どうして槍の形に成るのか、と言う疑問が先に立ってしまうのだ。
一度土を諦めて、水でどうなるかを試すべきか?水なら川を常に流れている訳で、動きは土よりイメージしやすい。まあ、固体と液体では動かし方だって違ってくるだろうが。
と言う訳で実践してみよう。
流れる水面の一部を自分で管理していくイメージ。どれだけの水があるのか、どんな形状をしているのかを把握する。その水をまとめ、尖らせ、上方向に一気に押し出すように…ッ!
「水槍!」
川の水が盛り上がり…僅かに水面を離れたかどうか、と言うところで推進力をなくして再び小川と合体。やはり簡単にはできないようだ。
しかし、『土槍』と比べたらあからさまに変化があるのが目に見える結果。モチベーションが上がった感じだ。この調子で何度も試行錯誤していけば、昨日と同じように魔術を完成させる事ができるんじゃあないだろうか?
◇◇◇
約二時間後。
………一応、完成と言っていいだろうか?あの後、まず四十分程連続で『水槍』を使ってみたのだが、その頃に槍の形にして飛ばす事…六、七メートル程度だが…には成功し、その後複数を操る事にもどうにか成功。どのくらいの強度があるのかを確かめる為に何か的の代わりになる様な障害物が無いかと川を辿って上流側に向かった結果、この川が東の森の中から流れてくる物だと判明し、森の木々を相手に『水槍』を放つ事で確かめていた(この時点では殆ど水をかけたのと変わらず、木にぶつかった途端にはじけてしまう程度の強度)のだが、ようやく先程木を貫通する威力を出せたので、それがどこまで通用するのかを試していたのだ。
飛距離その物は最初よりも伸びてもいたのだが、結局高い威力を保てるのは六、七メートルと言ったところだった。『ウインドカッ…『風刃』は、二十メートルほど先に生えていた木を切っていたようなので、少し短い感じはするが…まあ、そのあたりは誤差というものだろうか?使い分けを考える必要もあるだろうが。
それでは、次は『土槍』の方に取り掛かる事にしよう。『水槍』は水辺でなければ使えないので、基本的にはどこでも使える『土槍』の方がより重要。
と言う訳で、早速始めよう。
イメージが必要なのは分かっているが、さっきと同じままではどうにもならない。ただ、一つ思いついた解決方法があるのだ。
先程『水槍』を使用していた際には、水面の波を集めるようにイメージをしながら使っていたわけなのだが、これを『土槍』にも当て嵌めることで、成功させる事ができると思うのだ。と言うのも、ここは野原、雑草の生えていない場所なんてほとんどない。こんなところで土を持ち上げようとしても根っこに邪魔されてできるわけがないだろう、と考えてしまうのだ。まあ、これが俺の思考の問題なのか、魔力、と言う物の限界なのかは分からない。前者であればまだ希望があるが…、思考がそれた。今は置いておこう。
とにかく、地中では植物の根に阻まれて土を動かせないならば、地表のわずかな土を集めてくればいいだろう、という考えだ。安直過ぎる気もするが、今はそのくらいの解決方法しか思い浮かばない。
とにもかくにもまず実践。実践第一と言うやつだ。
俺の周り、約数mの地表の砂が風に吹かれて舞い上がるようなイメージ。そのまま砂埃を俺の前に集中させ、槍の形状にまとめていく。正面の木に狙いをつけて、『水槍』と同じ要領で硬度を増したら…
「土槍!」
乾いた砂の色と同色の槍が目の前の木へと迫り、貫通。そのまま奥に有ったもう一本の木の横腹を抉りながら勢いを弱め、落下、砂山に変化。
初めて撃ったと考えれば、充分な威力だと思う。一時間以上掛けて形にした『水槍』と同じだけの威力を最初から出せているのだし。…もともと固体だったのも関係しているかもしれない。
ただ、一つ問題がある。…時間がかかり過ぎているのだ。約五、六秒ほど発射までにラグがある。『風刃』も『水槍』も、一秒有るか無いか、と言う事を考えれば、比べるべくもない程だと言う事も分かる。やはり、土を集める過程に無理があったのだろうか?土が集まるのに四秒ほど、つまりほとんどの時間を費やしていたわけだし。
ついでに言うなら、飛んでいく速度も今までの魔術の中で最も遅い。まあ、簡単に避けられはしないと思うので、本当に次いで、と言う程度の問題でしかなかったが。
う~ん…どうしようかな…。あっ!…良い考え、かもしれない。
今の形状ではなく、使用する砂の量を減らして、集めるまでの時間を減らせばどうにかなるかもしれない。
◇◇◇
「土槍!」
内側から砂を抜く事で砂の使用量を抑えることに成功した『土槍』は、俺の創造を超えて使い勝手が良い物へと変貌した。
と言うのも、軽量化された『土槍』は、『水槍』と同じか、少し早いかもしれないと思われる程のスピードに到達したのだ。
もともとは、ついで程度にしか考えていなかったとはいえ、この変化は幸運だっただろう。
但し、問題点は残ったままだ。それも、唯の問題ではない。集団相手に打ち込むために作っているのに、砂の使用量が多過ぎると作れない以上、結局は複数の『土槍』を作ることは出来ないと言う、かなり根本的な問題だ。サイズを小さくすることで、複数作れる可能性があるかもしれないが、小さくなってしまえば、それは最早槍では無く…
「いや…?それで良いんじゃないか?槍にこだわる必要は皆無だし。威力は下がるけど…多分ゴブリンは倒せる筈。槍と言うよりも…弾って感じか。『土弾』…?」
『土弾』…どだん。いくらなんでもこのままだと語呂が悪い。…『砂弾』ならまだマシか。つまり、一本だけなら『土槍』、複数同時なら『砂弾』だ。
………と言う訳で、『砂弾』を使ってみましょう。
さっきまでと同じ、改良型『土槍』と同じように周囲の砂を浮遊させる。浮遊した砂を五センチほどの長さ、二センチほどの幅に形状変化させながら、複数組み上げていく。大雑把に方向を決めて…
「砂弾!」
………よっし!成功だ。前方に生えていた幾つかの木に複数の穴をあけることに成功。目で追えた数は約十五個だったので、ほとんどの弾は当たっていると言う事になるはずだ。起句を唱えてから実際に発射されるまでの時間も一秒とかかっていない。複数を同時に扱うのは大きさとはまた別の理由で難しいかとも思ったが、やってみた限りそんなことも無いようだ。
一応もう少しだけ練習したら、森に入る事にしようかな。
◇◇◇
―――ロルナン郊外、東の森中心部。
『ゲギャァッ!』
『グギャァァッ!』
『ゲァアッ!ギキャア!』
『ゴガァアアア!!』
太陽の光が全て届かないほどに生い茂った木々と、それ単体でも仄暗い瘴気に埋め尽くされたこの場所で、複数の【小人鬼】…いや、それだけではない。重度の魔力汚染や負の感情により生み出された瘴気を啜り続けることで中位忌種【人喰鬼】へと堕ちてしまった者達すら含む忌種達の群れが、何かを奪い合うかのように、争い続けていた。
『ゴガァアアアアアアッ!グラァアアアアアアッ!』
『ゲピャァッ』
本来、そんな戦いは起こり得ないと言っていい。もちろん、忌種が争い合う事が無いという意味ではない。彼らは同族すら常に略奪の対象として見ているし、争いあいだっていつもの事だ。
だが、今ここには並大抵の事では覆すことなどできない位階の差と言う物が存在している。【小人鬼】がどれ程集まろうと、低位忌種でしか無い彼らには、もともと自分たちと同じ存在だったとしても、中位忌種【人喰鬼】へ変貌してしまった物たち、それも複数…そんな相手に敵う道理などは無いのだ。
現に今も一体の【人喰鬼】が両腕を振るっただけで、十数体の【小人鬼】達が無残にも屍と化しているのだ。しかし、それに足をすくませる者は一匹たりともいなかった。
…いや、すくませられる者が、といった方が正しいのだろう。平時において彼らの戦闘力、そして生存率を上げる思考能力は、この時全くと言っていいほどに働いてはいなかった。最早彼らにはほんのわずかな理性さえもない。目につくすべての動く者に対し牙をむく、ただの狂犬の群れと言ってもいい。
では、一体何が彼らを狂わせたのか。その答えこそ、彼らが争い合う森の中心…その地中に埋められている物だ。
ロルナンの町に潜むミレニア帝国の密偵。その人間の手によって約三か月前にひそかに埋められた人工瘴気。忌種本来の性質である瘴気を集めることで穢れを増し、また、発生させる事を利用し、忌種達の争い合いで濃度を増して行く瘴気により新たに強い穢れを抱えて生まれた忌種を争わせ…。
この闇に包まれた深い森の中。蠱毒めいた、よりおぞましいこの行為に気付いた者は、まだいない。
取り合えず、最初に使っていく魔術は少なくしておきたい所存。
まだ武器も手に入れてないし、色々足りてない主人公ですが、温かく見守ってやって下さい。




