第七話:救出への計画
「―――二人とも、寝かしつけたわ。待たせてごめんなさいね」
そう言ってフランヒさんが帰ってきたのは、十数分経ってからだった。あれだけ怯えていた子供達をこの時間で寝かしつけられるという事は、かなり信頼されているのだろう。
フランヒさんも俺達の前方へと移動し、席に座った俺達三人と、教会の大人三人とで向きあうような形になった。
「お前達が子どもの救出に参加する必要はない。もうやめようと、そう考えた時点で勝手に去ってくれて構わないが、他の人間にこの話をすることはないように、誓えるか?」
「はい」
全員同じ答え。これに関しては、誓わないと話が進まないし、誓う事が当然だろう。
「ならば、―――今日は帰れ」
◇◇◇
瞼を閉じ、分厚い敷布団に体が沈みこんでいく感覚に身を任せる。
話は明日だと、そういうことになっていたらしい。確かに、もう月四刻位にはなっていたので帰るべきではあったのだが、…なんだかな。
「…まあ、とにかく、明日だ」
◇◇◇
朝食をかき込むように食べ、宿の外へ出る。町中を走るのは流石に怪しまれるので、ほんの少し急ぎ足にはなりながらも普通に歩く。
教会への道は覚えているが、すぐに着くと言う訳ではない。
「明日の朝くるように、って言われたけどさ。このくらいの時間で良かったのかな?」
「たぶん、ね。早朝とか、そういう指定がなかったから」
「…でも、急ぐ」
真夜中はいくら王都といえど、人通りはかなり少なかった。教会のある地区に酒場など、夜中ににぎわいそうな場所が少なかったからかもしれない。
だが今、朝の道は人でごった返していた。こうなる事は昨日ギルドへ向かう途中で分かっていたが、何というか、少しストレスが溜まる。
とはいえ、それは恐らくこの道を歩いている人全員が抱いている物。文句ばかり言っていても意味がない。
「…攫われた子どもたちって、奴隷にされるんだよね」
「うん。あの、前の町にいた女の人の言う事が正しければ、たぶん」
「…なら、何処から、助けるの?」
「…自分の家で働かせるため、って事じゃないだろうし。どこか、奴隷たちを集めて取引するような場所がある、…んじゃないかな?」
奴隷…それが、地球のそれと違う存在じゃないとすれば、どこかから攫われてきて、そして、物のように売り買いされる、そんな扱いを受ける人たちの事を指している筈だ。
こんな大きな町では無く、凄く小さな村だったりしても…奴隷にされる、攫われる、といった恐怖心を抱いているような感じはしなかったのだが、昨日は町中で堂々と獣人の子供達が攫われてしまった。恐らく“王都では”という注釈がつくんだろうが、獣人に対しては苛烈なのかもしれない。
数十分歩くと、教会に着いた。明るい内にじっくりと見ると、庭には芝生が敷かれていて、木なども少しはえており、居心地のよさそうな場所だという事が分かった。…だからこそ、散らばる建物の破片がその景観を壊しているのだが。
教会も、倒壊の危険性はないだろうが、外観には欠損個所が多く有った。昨日は柵を乗り越えるようにして中へと入ったが、どうやら本来の入り口は、教会の建物の近くに有るらしく、俺達は教会を眺めながらそこへと近づく。
すると、入り口の所に、昨日俺達と一緒に誘拐犯を追った女性が立っている事が分かった。
「おはようございます」
「来たね。…まずは、昨日の部屋へ。そこで説明するから」
中に入ると、昨日と同じ三人が立っていた。
「まずは、…そうだな、自己紹介でもするか。そちらから頼む」
「あ、はい…じゃあ俺から」
少し考えて、話し出す。
「タクミ・サイトウです。職業は冒険者で、魔術士です。王国から事故で聖教国に流れ着いて、そこで出会った二人と一緒に、王国にいる友人と再会するために戻ってきた所です」
「…じゃあ、次は僕が。カルス、です。タクミが流れ着いた場所に有った村の住人で、タクミとラスティアさんと一緒に王国に来ました。あ、職業は冒険者で、魔術は使えないけど、短剣や体捌きはきちんとできます」
「…ラスティア・ヴァイジール。冒険者、魔術士。カルスと同じ村に住んでた。そこからの経緯は同じ」
俺達三人が話し終えると、男性が一歩前へと出て、話し出した。
「俺は、この教会兼孤児院で司祭を務めてるランスト・ヌートゥだ。…が、俺自身にはたいそうな力はない。戦いも出来ない。強いて言うのなら、魔術士ではあるという事だけだ」
「私は、フランヒ・マターシャ。…えと、保母さんって言うのかな?皆のお母さん代わりです。…私は、魔術も使えないから、全く戦えないの。ごめんなさい」
二人の自己紹介が終わった後、最後に出てきた女性が、俺達と誘拐犯を追った赤髪の女性だった。
「ハウア・カーミジーロット。この三人の中では、一番戦える。…あいつらと正面きって戦える。魔術は無理だけど、その分、力がある」
その耳は、毛皮に包まれていた。横側に突き出されているから分かりにくいが、その尖った三角形は、何となく狼のように見える。
「…まあ、このくらいでいいだろう。それじゃあ、内容の説明を始めるぞ」
ランストさんはそう言って、聖教国で俺が聖十神についての話を司祭さんから聞いた時と同じ、演台の後ろ側へと回った。
両腕を縁台の端に乗せたランストさんはこちらを見つめて口を開く。その姿は何処となく、学生に話をする教師のようでもあった。
「攫われた子ども達は、十中八九取引所へと運ばれた。だが、何処にでもあるような普通の奴隷取引所では無く、違法な誘拐奴隷達が取引されるような後ろ暗い物の筈。…恐らくは王都西側、外縁の低所得者街のどこかで行われているという物の筈だ。ここまでは良いか?」
…聞きたい事は有るので、手を挙げてみる。
「奴隷って、攫われた場合は違法なんですか?」
「お前は何を言っているんだ?違法に決まっているだろう。当たり前だぞ?」
「す、すみません。常識に疎くて」
『常識に疎くて』、と言って誤魔化せるようなものではないのかも知れないな、とは思ったものの、どうやら追及はしてこないらしい。
低所得者街、という物についても質問したかったのだが、王都は中心付近に行くにつれて貴族などの屋敷が増え始める事や、その名前の響きからするに、恐らくはスラム街のような物なのだろう。
「次に行くぞ。子ども達が取引され、どこの誰とも知らぬやつに買われて見ろ、何処に連れているか分かったもんじゃない。だから、次の取引までに絶対に助け出さないといけない。…実際のところ、今日一度、取引がある。だが、昨日の今日で出品は出来ない。一人一人に個別の術式を当てはめなければいけない以上、どれだけ早くても三日はかかるという話だからな。故に、猶予は七日間だ」
「…成程」
やはり俺自身に知識が足りていないのだろう。分からない事も多いから、後で質問する事にする。
「教会、或いは王国内の十神教派に連絡して、手助けを頼むことは可能だが…取引そのものをなくすことは出来ない。勿論、出来るのならずっと前に無くなっているだろうからな。
さて、それでも怪しまれないように動こうと思えば、要請できる助けも合計数人。精鋭を集めても…決して簡単な話じゃない。あっちも金をかけて警備を集めるからだ。慎重な下調べと、結構段階で怪しまれない事が必須だ。これに関しては、幸運にも俺の魔術でどうにかなる。だがしかし、普段から知らない人間が出入りする事は出来ない…となると、決行日は一週間後、取引の日に乗じるしかない」
…という事は、俺たち以外にも信頼できる、尚且つ実力のある人が力を貸してくれるのか。かなり心強い。
「六日間の間に下調べをするが…今日中に救援を双方に要請して、派遣される人間がこの近くにいたとして…どれだけ早くても合流は三日後だろう。それまでは、ここにいる六人で出来る限りの事をすることになる。決行日の計画は、後々決めるから…今話すべきはこのくらいだろう。
…よし、質問を受け付ける。あまり理解が足りていなさそうだ」
◇◇◇
「それじゃあ、明日。取引現場の捜索をしましょう」
「ああ、今日はもう解散だ。休むもよし、ギルドなりなんなりに行くもよしだよ」
教会で昼食を頂いてから、俺達は解散となった。ランストさんにいろいろと質問したので、ある程度知識の不足を補う事が出来たと思う。
ちなみに昼食は、子供たちとも合流して食べた。こちらを不審がってはいたが、大人三人からの説明で警戒を解いてくれた。どうやら、兄妹とかではなく双子らしい。…自分達がどの椅子に座ればいいのかと困惑していたのは、普段もっと多くの子供たちと並んで座っていたから、そこに違和感を得ていたんだろう。
「これからどうする?」
「…こんな時間に宿に帰る、って言うのもちょっとね。ギルドにでも行こっか」
「それが、良いと、思う。…昨日の、報酬、貰ってない」
「「あ」」
完全に忘れていたな、と思って街を歩く。昼間は、皆がある程度バラけたり、或いはそれぞれの職場に居るからだろうか、人通りが多い事に変わりはないものの、かなり隙間が多くなっていた。
そうして歩きながら町を見ている内、何となく思った事がある。
「…何か、町の人があんまり、楽しそうじゃないよな」
「え?」
「うん。…フィークの人達とは、ちょっと違う」
「あー…確かにそうかも。何というか、あんまりニコニコしてないよね」
「うん。俺がいたロルナンでもさ、もっと、家族ぐるみで町を歩いたりとか、そういう光景がよく有ったのに…王都で子どもって、ほとんど見てない様な気がする」
いくらなんでも、子供なら見境なしに攫うなんて事態になっている筈はない。そんな町が首都なら国が滅びる。だが、そうでなくても、子供達を町で歩かせたくないと考えているというのならば、そして、それが町中の人が、何処となく張り詰めた雰囲気を醸し出している理由だというのならば、…この町にはどれだけの脅威があるというのか。
「…妙に落ち着かないのは、そのあたりに理由があるのかな、なんて」
「うーん…恐いね、それ。あんまり長く住みたい町じゃないかも」
「まあ、レイリもここじゃなくて隣町あたりに家を持つ、見たいな話だったから、心配しなくても大丈夫。俺もそっちに行くと思うから」
「…一番、大きな町が、こうなのは、危ないと、思う」
「それは間違いないけどね」
何となく不穏な雰囲気を漂わせる街を歩きながら、俺達はそんな会話をしていた。




