第六話:教会の三人
「手伝う、って…。駄目よ。そんな危険な事はさせられない」
「だったら、諦めるんですか」
掴んだ手の先、拳は、全力の力で握りしめられていた。肌へ喰い込む爪の先から、うっすらと血が滲みでている。…これだけの悔しさを持っている人が、そんな選択をする筈はない。
「そんな訳が…!」
自分が最も忌避する選択を提示されたが故の、跳ね上がるような怒りが発せられた。予想は出来ていた事だ。彼女はきっと、無理をおしてでも子どもたちを助ける。
「なら、一人では無く四人で挑んだ方が、ずっと可能性は上がる筈です。
…俺達三人は、あのこたちを助けられたかもしれなかったのに、助ける事が出来なかった。今更見て見ぬふりなんて出来ません」
「…なら、せめて場所を移してから話をしましょう。こんな所で悠長にしてはいられない」
彼女は再び走り始める。だが今度は、俺達との距離を開ける為でなく、往くべき場所へ行くための走りだ。俺達もすぐに追いかけ始める。
教会の敷地の中へ入って、更に建物へ。ガラスの破片などは外側へと散らばるばかりで内側にはあまりなかった。靴の裏に刺さる危険性などは考慮しなくてもよさそうだ。
だが、壁や扉から散ったのであろう石と木の破片は目立つ。随分と荒らされてしまったのだろうと冷静に考えるとともに、何故、無理やり誘拐するにしたってわざわざ扉や壁を壊しながら外へ出たのだろうかという疑問が生まれた。見つかったとしても、壁を壊すよりは扉をきちんと開けた方が早いと思うのだが…それこそ、魔術を使ったとしたって、壁よりは扉の方が壊しやすい筈。
この建物そのものにも、損害を与えたかったという事だろうか?誘拐だけが目的では無いのかもしれない。
足元の破片を踏みしめながら彼女が向かったのは、一段と大きな扉の前。ここは…聖教国で聖十神についての話を聞いた部屋の入り口とよく似ている。正確な名称は分からないが、礼拝堂とでも言うべき最も大きな部屋の入り口と考えていいだろう。
扉に手を掛けて、彼女は一息に押し開く。
その奥はここよりもずっと暗く、中に何があるのかはよく分からない。
だが、彼女が奥へ入っていくと、『無事だったのね』や、『でも、取り返す事は出来なかった。…路地裏で撒かれてしまったの』といった会話が漏れ聞こえてきた。
『この子たちは無事だ。…どうする?今回の件はあまりに挑発的だ。教会へ協力を要請するべき』、そんな声が聞こえてきた頃、俺達もその部屋へと踏み込む。
「ではないだろうか?幸い、聖教国側から王国へと、差別に対する問題への注意文が届けられたと…ッ!誰だ!」
「ひぇっ」
「怪しい者じゃないです」
「味方」
俺達が入ってきた事に気がついて、男性の獣人が大声を上げた。こんな状態で説明なく入ってきたら、さっきの男と仲間と思われても仕方ないか。
攻撃の意思はないと表す為に両腕を上げてみたが、多分意味はなく、むしろ奇行に見える分逆効果になってしまったかもしれない。
「タ、タクミ…。これもしかして、さっきの人が僕達の事を話すまで、待ってた方が良かったのかな?」
「たぶん、そう」
「うん…二人の言う通り、待ってれば良かったね」
だか後悔先に立たずという奴で、今更どうする事も出来ない。固まったままで待っていると、先程の女性が一歩前へ出て口を開いてくれた。
「その三人に関しては、とりあえず、敵じゃないわ。…怪しくないとは言い切れないけれど、あの子たちを助けようとしてくれた」
「何?…本当か?」
「その質問に意味、無いわよ。助けるのなら手伝うって言うから、とりあえず今、連れて来たの」
「そうなの…?それなら、私達も、出来るだけ人手は多い方が助かるわ」
「は、はい。子供達が攫われた所を見てしまった以上、見捨てる事は出来ないと思いました!」
「タクミ、ちょっと、落ち着いて」
「というか、落ち着いた結果がそれかもしれないけどさ、…正直怪しいって」
え、とこちらが心中で驚愕している内、視線の先の三人から放たれている視線の温度が数度、下がったような気がした。
ただでさえ少ない信用が怒涛の勢いで減っている。それを察した俺は、何とかこれを解決しようと口を開きかけ、
「―――」
しかし、止める。変に次の行動を始める方が今は愚かしい事だろう。
「…今、この三人に出来る事なんてそうは無いわよ。怪しい事に変わりはないけど…それでも、きっと敵じゃないわ」
「だが、それこそ子どもたちを助けようとしている事が筒抜けになってしまうかもしれない。ただでさえ、こちらに出来る事は限られているというのに、これ以上追いつめられる訳にはいかないぞ」
ここで、俺達の助力を渋っている男性へ、納得できるような言葉を告げる事が出来れば一番いいのだが…少なくとも俺には、良い案は浮かびそうになかった。いざとなれば、俺達三人だけで動く事も出来るだろうかと、そんな風にも思ったが、その場合は致命的に情報が足りない。あれほど大胆な犯行だったという事は、普通に訴え出ても相手にされない、そんな可能性すらあり得るのではないだろうか。
「…いえ、実際、この人たちが敵である、というのは…自然ではないと思います。今回は一人の下手人に七人を攫われて、ここにはもう二人しか残っていません。もしもそちらの三人が同時に仕掛けてくれば、間違いなく、子供達は全員攫われてしまっていた筈です」
「………確かに、そう、か」
「…攫って行った男はかなりの実力者だった。それに、私がこの三人に追跡の邪魔をされたってわけじゃない。…まだ信用できる筈だ。まともな魔術、体術を持つ人間なら、何人いても困らない」
向こうの三人が話しあっている所を、固唾をのんで見守る。ラスティアさんは両手を胸の前で組んだまま動かない。…祈りをささげる聖女のようだ、なんて感想はたぶん、この場所が作りだしたものなんだろう。
「タクミ、ちょっと」
カルスが俺にそう囁く。あちらに聞こえていないかとも思ったが、話し合いは少し加速しているようで、こちらへの意識が少し逸れているようだ。
「何?」
「あそこ、僕達が入ってきた扉」
見てみると、二人の子供がこちらを見ていた。恐らくは男女、同じ薄赤の髪をしている事から考えると、兄妹かもしれない。
その視線には怯えの色が多く含まれており、俺達の事を怪しんでいるのだろう事が分かった。
当然だ、二人にとって、恐らく友人か、あるいは家族も同然なほどの関係が合った子供達が一斉に攫われ、そして知らない人間が三人も来ているのだから。
「リウ、イル、部屋に戻っていなさい。…私もついて行ってあげます」
そう言ったのは、教会の中で待っていた方の女性。白いレース生地のような物を、頭の後ろから耳までを追おうように掛けている事が特徴的だ。そんな女性は、二人の方へとゆったり両手を広げながら歩み寄り、片手ずつを握って、僅かに持ち上げつつ歩いて行く。
「あのね、かえったけど、みんな、居ないの」
「とびら、バラバラだった。ねえ、みんなは」
「皆、戻ってきますよ。だから、今日は目を瞑ってお休みです」
三人の姿が見えなくなった頃、俺達に声が再び掛けられる。
「フランヒが帰ってきたら、詳しい話をしてあげるわ。今はその辺の椅子に座って待ってて」
「は、はい」
言われたとおりに、近くの椅子に腰かける。
フランヒというのは…多分、さっきの子供達を連れて行った女性だろう。柔和な物腰で、接しやすいお姉さん、という雰囲気だ。俺が言うような事ではないかもしれないが。
「なあ」
そう声を掛けてきたのは、男性。俺達に対しての不信感が最も強かった人だ。…というのは、俺が勝手に苦手意識を持っているだけかもしれないが。
男性は、こちらへと顔の近くへ掲げた左の掌を向けながら、ゆったりと口を開く。
「いきなりだが、三人とも、戦いという場面で何ができる?」
「え?」
もっと、こちらへの疑いを含んだ言葉を投げかけてくるのかと身構えていた俺は、拍子抜けした声を出してしまった。見れば、横の二人も同じような顔。
「え、っと…。俺は、魔術で戦ってて…武器とかは全然使えません」
「私も、同じ」
「僕は、この短刀で。攻撃を避けたり…細かい動きは得意だと思います」
「そうか、分かった。…冒険者か?」
「はい、三人とも」
「ランクは?」
「Dです」
「そっちの二人は」
二人が同時にDと答え、それを聞いた男性は満足そうに数歩下がって、佇む。
後はフランヒさんが帰って来てからだという事だろう。俺達も静かに、それを待つことにした。
土曜の更新は無理そうです。




