第四話:警護と悲鳴
翠月で摂った二度の食事は相当に美味だった。王都の中心で綺麗な宿をやっているだけあって、おやっさんの料理にも引けを取らないほどである。…おやっさんの料理がどれだけ美味かったのかという話でもあるが、まあ、今はどうでもいいか。
今は、ギルドで依頼を受けようとしている所である。
昨日ミディリアさんは、王都の中心部には仕事以外で行かない方がいいと言っていた。つまりは、そんな仕事が存在しているという事である。
そんな俺が今、手に取っているのは…貴族宅の警護だ。同じ内容の紙が何枚か重なっている。
「…というか、そんな依頼内容ばっかりじゃないか」
周りに有る内容を覗いてみても、貴族宅の警護やら、貴族が町を移動する間の警護など、貴族がらみの物ばかり。貴族なら自分の部下…というよりも、配下の兵なんかがいる物じゃあないんだろうか?何故冒険者にそんな依頼を頼むのか、理解が出来ない。
だがなるほど、ここで受けられる依頼の多くが貴族がらみの物だから、ミディリアさんも注意を呼び掛けたうえで、仕事ならば仕方がないというふうに説明をしたのだろう。
―――仕事がないのならば絶対に近寄るなというふうにも受け取れるのだが、さて。
「こっちには、違うのも、有る」
「どんなの?」
ラスティアさんが手に取っていた依頼文を読む。その内容は…盗賊退治?
「セウィル周辺に潜伏中の盗賊の殲滅…物騒だなぁ。ねえタクミ、セウィルって何処?」
「いや、初めて聞いた町。いや、地域、かな?」
どちらにしろ、今日この依頼を受けると次に帰って来られるのが何時になるのか分からないから、駄目だろう―――というよりも、相手が盗賊だとしても、それを傷つけにはるばる向かう、という事に生理的嫌悪を覚えてしょうがないのだ。『殲滅』と表現したという事は、恐らく、捕まえるのでは無く殺す方が中心になっているのだろうし。
盗賊によって大きな被害がもたらされたからこそそんな依頼が出ているのだろうが、
「人殺しをしようなんて、やっぱり考えられないし―――」
「え?」
「あ、いや、何でもない」
かなり小さい声…というより、口の中でモゴモゴと音を出しただけだったのだが、近くにいたカルスには聞こえていたようだ。何を言っていたのか、は分からなかったと思うのだが、とりあえず軽く誤魔化しておく。
「ともあれ、この感じだと受ける依頼は貴族宅の護衛かな。ちょっと不安でもあるけど、依頼がこれだけあるなら受ける人も多いって事だろうし、あんまり変な事をしなければ大丈夫の筈」
「うん。えーっと、敬語と、勝手な行動をしない事、だよね。機嫌を損なわせない、とかはちょっと分かんなかったけど」
「まあ、その二つが出来てれば、よっぽどじゃないと機嫌を損ねられたりしないと思うぞ。それでだめなら、そもそも冒険者は雇わないと思うし」
冒険者はなんだかんだと、気性の荒い人間が多い。町中で突発的に喧嘩を始めたりするような所は見た事がないが、ギルド内での言い争いくらいは有る。まあ、自分から戦いを主とする職業に就いた人間なので、そうなるのも当然と言った所だろう。
流石に貴族もそれは分かっている筈。勿論、態度を改めるのは前提だが、多少の乱れは許されている筈だ―――じゃないと、冒険者が依頼を受けなくなる筈だから。
「じゃあ、受けに行こうか。ちょうどミディリアさんもいるみたいだし、説明は聞けるかな」
ミディリアさんのいる列に並び、順番を待つ。
俺達の晩になると、ミディリアさんは驚いたように目を見開き、
「え、もう仕事するの…?到着したのは昨日なのに、頑張るわね」
「まあ、一日中何もしないんじゃあ、暇ですからね。お願いします」
依頼掲示の紙を渡すとミディリアさんが、
「あ、昨日、依頼の紙を持ってくるようにって言うのを忘れてたのに、きちんと持って来たんだ」
「あ…実は、貴族の名前とかの細かい所まで覚えられる気がしなかったんで、直接見せようかな、と。…それに、同じ紙が何枚か重なっていましたし」
この貴族…アルスワル侯爵からの依頼だけでは無い。様々な家から依頼が来ていた。
「そう。仕事を請け負っていない冒険者が何人も来たら大変だから、ある程度の人数制限をしているの。…一枚につき四人までだった気がするから、全員この一枚で受けられるわ。えーっと」
そう言うとミディリアさんはカウンターの下側へと手を伸ばし、そこから判子のような物を取りだすと、神の右下部分へと押しつけた。どうやら既に朱肉は付けてあったらしく、真っ赤な文様と、中心部に小さく『ギルド公認』の文字が紙へと現れる。
「これを見せれば、三人とも正式に仕事を受けた扱いになるわ。じゃあ、お昼頃にはこの場所の、煉瓦の壁と白い屋根の屋敷に行って、そこにいる…衛兵みたいな人にこれを見せれば、仕事について説明は受けられるわ。…そこまで難しい内容じゃないから」
簡易的な地図に指をさしながらそういうミディリアさんの言葉に、首をかしげながら、思ったままの事を口に出す。
「そうなんですか?」
「ええ。元々、兵の数が減っているから冒険者の動員が増えてはいても、貴族の家に盗みを働こうって考えるような奴、そうはいないから」
「ああ、そういう事だったんですか…。じゃあ、昼頃にきちんと向かいます。ありがとうございました」
「どういたしまして、っと。じゃあ三人とも、気をつけてね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ありがとう、ございます」
二人はまだ、ミディリアさんとの関係もぎこちない。いや、俺も最初の頃はこんな感じだったと思うし、最初から知り合いの知り合いという、少しは近しい関係だ。多分俺よりは早く慣れてくれるだろう。
ともあれギルドを出て、アルスワル侯爵の屋敷に近い方へと移動しながら、昼食を取る事が出来る場所を探す。宿に戻れば食事を頼む事も出来るだろうけれど、悲しいかな、屋敷とは逆方向なのだ。
「あ、あのあたりからいい匂いがする様な…」
「何処?…あそこか」
「お酒、飲んでる人、多い」
つまりは歓楽街、飲み屋などが立ち並ぶ場所だ。昼間に行き場所ではないし、そもそも未成年が行くべきじゃないだろう。食事を出している所もあるかもしれないが、せめてそこに詳しい人がいないと、中に踏み入るのは躊躇われる。
「あそこはやめておこう。もうちょっと、普通に昼食が美味しそうな店を探した方がいいって」
「うん、ちょっと、危なそう」
「そうかな…?まあ、いっか」
それから十分も歩いていると、良い定食屋…というより、レストランというべき店が、見つかった。
王都の店は、平均的に味が良いのかもしれない。この店の料理も、翠月程ではないにしろ美味だった。料金は割高だった気もするが、ぼったくりだと感じるようなものではない。
現在は陽五刻くらい。昼までは後一刻くらいあるし、とりあえず歩いていれば、十分昼前につくだろう。
何せ―――円周に沿うように歩いてきた今までとは違い、町の中心部まで一気に直線で歩いて行けるのだ。
「そういうふうに考えると、かなり気が楽になった気がしない?」
「あー…確かに、有るかもね」
「実際、距離も、短い」
「うん。二、三十分で着くかな?」
道を通って行くと、広い庭がある教会があった。子供たちが大勢いたので、遊び場でもあるのだろうか?大人は少ししかいなかったので、誘拐されたりするような程の治安の悪さは無いのかもしれない。
そうして、アルスワル侯爵の屋敷に到着した。俺達の前に来ていた冒険者は二十代後半くらいの男女二人組だけ。恐らくはコンビだろう。
門番のように立っていた衛兵へ依頼の紙を渡して、ギルドカードを渡す。受け取った衛兵は門の奥にある小屋――おそらく衛兵の詰め所――へと移動した後、数分もせずに戻ってきて、俺達に仕事の説明を始めた。
結局、仕事内容は屋敷周辺の警護だった。つまり、塀の周りを歩き回って、怪しい人物が侵入したりしていれば取り押さえる、という物。どうやら、貴族本人と出会う機会はなさそうだ。
気をつける事は、道を通る馬車の邪魔をしないことくらい。これだって、道の端を最初から通っていれば、気にする必要がない。
そもそも、この地区全体がある程度で入りを制限されているので、怪しい人物どころか人通りも少ない。近くにある他の貴族の屋敷も警備されているので…こんな依頼をする理由はないんじゃないのだろうかとは思うのだが。
「なにもない、ね」
「うん」
「平和」
結局その後、陽が傾いた陽十刻まで、何一つトラブルは発生しなかった。俺達は衛兵から別のハンコを紙に押してもらい、ギルドへと帰る。
「この仕事、せめて夜中じゃないと意味がない様な気がするよね…。日中に堂々と塀を乗り越えて盗みに入ったりする人、いないだろうに」
「もしかしたらさ、不安なのかもよ?ずっと警備されてないと、何が起こるか分からないって考えてるのかも」
「暗殺、とか?」
「…確かに、貴族が怯えるような事と言って思い当たるのはそれだよね」
帝国との戦争もあったから、敏感になっているという事かも知れない。
まあ、仕事が多いのならば喜ぶべきことだ。内容にやりがいを感じられないことが難点だが。
歩いていると、次第に暗くなってきた。まだ日は出ている時間だろうと思ったが、恐らくは壁と、大きな白の陰になっている事で日照時間が短いのだ。正直なところ想定外で、少し焦る。
月の光も、薄い雲に覆われてぼんやりとしている。
だが、それとは別に、ほんのりとした明かりがある事に気がついた。白と薄い緑。その二つだ。
近くに有る白は、二人の魂光。
そして、足元に有る緑は…。
「石畳が光ってる…?凄いな、こんな事が出来るのか」
ぽつぽつと、道を四つに分割するような三本の線が真っ直ぐ、道の奥まで伸びていく。それぞれの家からもランプの明かりが漏れてきて、目の前が見えないと言うほどでは無くなった。
とはいえ、このあたりには屋敷のような物がない。数メートル先に立つ人の顔が見えるかどうか、という明るさにしかならなかった。
「綺麗だ…。王都って凄いね、タクミ」
「うん。凄く工夫されてる街並みだ…」
「この、石畳…魔法陣?内側に、有るのかも」
ラスティアさんの言葉を聞いて石畳を見ると、それそのものは平らで、周りの物と何一つ変わらないものだった。となれば裏側か、或いは、魔法陣を彫った石板を間に挟み込んでいるのか、といった細工があるのだろう。
「これなら、夜中に出歩いても迷うってことはない、かな?知らない場所に行かなければだけど」
「うん。大通りだけを歩いてれば大丈夫そう」
安心した。まあ、治安が悪くなってくるのは夜だろうから、長居は無用かな…?
そう考えて、再び宿への道のりを進み出そうとした時、
―――唐突な、破砕音。
ガラスと石材が砕けるような音と共に、数人の悲鳴が連鎖した。
それは、俺達の進行方向から少しだけ外れた場所から聞こえた。しかしその距離は、数十メートルも離れていない筈だ。
「タクミ!」
「うん、行こう」
「『飛翔』」
カルスと共に走り出し、一瞬でラスティアさんが追い抜いていく。周りの人に見つかるのを避けたのか、低空飛行だ。この暗さならばそれで十分だろう。
俺達も速度を上げていく。
―――何か、事件が起きたのだろう。事故にしては、先程の悲鳴は驚きよりも恐怖の感情が強かったから。
「急がないと―――!」




