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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第四章:聖教国と神の子孫
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閑話一:パコールノスチ:『賢静智深』

「今回」

「喜んで承らせていただきます」


 『おお…』と言う感嘆の声が室内に満ちる。まあ、これが出来ないと私もこの場に立つ資格が無いという事になりますから、当然ですね。…この発言に関しては、知ろうとせずとも予測するだけで内容は分かりましたが。

 お父様からこの時期に呼び出され、親戚一同の前に立たされているという事はつまりそういう事でしょう。こうなってくると商会の方との仕事を両立するのは少し面倒な気もします。

 ―――全く個人的な意見としては、商会の方を優先してしまいたい気もするのですが…。


「前任、フィナンサ・パコールノスチの引退、および派遣に際し、その娘であるローヴキィ・パコールノスチ様への家督の移行について、異論はございますか?」


 静寂。

 私としては、何らかの否定意見など出して頂いた方が、こちらの実力をしっかりと示す事が出来て都合が良かったのですが、まあ納得しているというのならば仕方が有りません。

 あまり怯えないで貰いたいとも思いますが、歴史の積み重ねと言うか、本家の家長とそれが選んだ人間を一つ上に置く事に全く迷いが無いです。

 それは本来間違った事では無いのでしょうが、ここまで大きな家…自分で言うのは少し自惚れが入っている様な気もしますが、事実として経済的に強い力を持つこの家の主導権を握ろうとする野心を持っている人はいないのでしょうか。

 危険を求める理由は有りませんが、誰も歯向かってこないのならば対抗するための力に意味が無くなってしまうと言うものでしょうに…と、これは危険な思考ですね。

 この場の人間の思考には従順しか浮かんでいません。ならば、私の代でもパコールノスチ家は完全な体制のままその繁栄を続ける事でしょう。それは非常に素晴らしい事です。私も、少しばかり退屈に思ったからってこれを崩そうなどとは考えていません。

 ただ―――。


「私の方から一つ、お願いが」

「な、なんでしょうか」

「いえ、当たり前のことを確認するだけですよ。『家長就任者がそれ以外の職務を持つ際、それを兼任することは可能である』…この家訓は変わっていませんよね?」

「は、はい。ですが、できれば」

「いえ、こちらとしても職務の内容に応じてこちらを優先させてもらいますよ。そこまで強情な事を言うつもりは有りません」


 分家やパコールノスチ家系列の商会連合重役は、昔から本家筋の人間にはこちらの仕事や、或いは引退後の職務を全うしてほしいと思っている節が有るのだが、私達は基本的に頭を使っていないと鬱憤が溜まってくるのだ。

 一緒に働いていたいと思える相手まで見つけた以上、それを手放すなんてことは考えられない。…そもそも、会長に関しては気に行ったという事よりも、まず将来有望と言う面が強いですからね。単純な商才が優れている訳ではありませんが、今までにいなかった人材ですし、…そうですね、かなりパコールノスチ家との繋がりは強くなりましたが、ここは一つ婚礼でも挙げてみましょうか…?私も初めての挑戦ですね、それは。


「ローヴキィ様、早速ですが、先月有った帝国の王国進行に王国が守人を派遣して迎え撃った後、街道等の補修事業において、我々にも手を伸ばせそうな物が幾つか有ります。どうしますか?」

「現状、資材などの確保は順調に行っています。聖教国から王国への街道も今は通りやすいですので、手を付けるのならば早めにお願いします。事業内容についてはそちらに任せますが、予算などの明細は提出してください」

「北方より食材の買い付けが増えておりますが、規制はしなくてもよろしいでしょうか」

「それは瘴災が原因の食糧不足が元となっておりますので、むしろ恩を売るいい機会でしょう。勿論、量については調整するべきですがね。種類と量、出来る限り詳しい資料を貰えれば調整は可能ですが、そちらで自由にしてもらっても構いません」

「大陸との交易権について―――」


◇◇◇


「少し疲れましたね。ですが、一月に一度程度ならば問題もありません。…さて、どうしましょうか」


 誰もいない部屋で呟いている以上は、返事など返ってくる筈もない。

 何を悩んでいるのかと言えば、つまりはいつ商会の元へ帰るのかという事だ。これ以降は一日ここで仕事をした後はすぐに帰る、ということも可能だとは思いますけど、今回は家長となったばかり。だと言うのにすぐに出ていけば、いくらなんでも部下達の機嫌を悪くしてしまいます。

 ―――一週間はここにいましょうか。会長には十日間は話し合いが有るかもしれないと伝えましたし、余裕を持って帰れる筈です。

 となれば出来る限りの仕事を終わらせていくことが望ましいですね。教会や議会への報告もこれを機に済ませておくのが一番いいでしょう。

 お見合いに関しては…まあ、どうにか断ったうえで商談につなげることくらいは出来るでしょう。と言うか、そのくらいはしなければパコールノスチ家長の名折れです。

 さて、早速仕事を終わらせてしまいましょうか。


「農耕、牧畜、漁業、林業、…今年も好調のようですね。貿易関係も好調ですが…帝国はいかんともしがたい所が有りますね、これは」


 頭を捻るだけでは解決しない問題も多いですが、それでも考える事を放棄してはいけません。

 それが、パコールノスチ家に生まれて、この『知る力』を持った物の義務。『賢静智深(けんせいちしん)』様の血族として、恥じぬ冷静さと智を持ち続けなければ。

 …そうでなくとも、私の名には『賢い』という意味が有ると聞きます。せめてその名に恥じない知性を持ちましょう。


「…結婚」


 私ももう二十歳を過ぎましたから、これは余り悠長な事を言っていられないような内容です。

 …本気で会長に仕掛けてみましょうか?あの人ならば、やはり悪くないでしょう。大きく成功することはなくても、絶対に失敗しない様な人だと思いますし。

 問題は、会長が大きな財閥や商会に吸収されたくないと思っている事ですよね。だとすれば、あの商会そのものを大きくする事はやはり必然的に必要…。


「フフ…」


 久しぶりに楽しくなってきました。どうすればいいのか全く分かりません。恋と言うものはどうにも、個人差が大きすぎるきらいが有りますね。

 ですが、それでも諦めはしませんよ。リィヴ会長が、今私が最も求める相手なのですから。


「…そうですね。帰ったら、久しぶりに『リィヴさん』と、そうお呼びしてみるのも良いかもしれませんね。ええ、それが良いでしょう」


 仕事を終わらせて、身を清めてから寝所へ入る。

 一週間。長いと言えば長い時間ですが、まあ、暇な時間だと言う訳でもありませんし、楽しい事がその先に待っていると分かっていれば、『耐えよう』なんて考えでは無くただ『楽しみだ』となるものでしょう。


「貴方なら、そう簡単に私の物にはならないのでしょう…?」


 …本当に、楽しみです。


閑話はもう一本です。

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