第四章エピローグ:旅路の始まり
「そうか…唐突だが、まあ妥当な時期だな。了解だ。二人の方もきちんと手続きは取っておく」
「ありがとうございます。それでですね、王国ってどういうふうに向かえば良いんですか?」
翌朝、朝一で商会に向かった俺達は、以外にもあっさりとリィヴさんから許可が取れた事に少し驚きつつもそんな質問をしていた。
「それを、今更聞くのか?」
「え?」
「何時まで経っても聞きやしないから既に知っている物だとばかり思っていたのに…はぁ。方法はいくらでもあるが、まともなのは三通りだ」
やっぱり俺は事前準備と言うものが苦手らしい。いや、今回はそれを忘れずに行動できたから、これでもまだ進歩と言うべきだろう。こうやって安心を自分に与えるから失敗を続けるのかもしれないのだが。
「まず、王国北方から入国する方法。これは遠回りだな。ロルナンにも王都にもとにかく遠い上に、街道の整備が三つの内では最も粗い。他の小国が近くに有るから問題も多いと聞く。これはもう除外するべきだ。
次に、王国中央付近から入国する方法。これはまあ、基本的なものだ。
ロルナンに向かおうとすると少し遠いが、王都に行くのなら最も近い。人も多いから、忌種と出くわす危険性も最も低い。当然、街道の整備状況も綺麗なものだ。
最後に、海路でロルナンに向かう方法だ。これはつまり、僕がここに来るまでの道筋を逆になぞる訳だな。忌種に出くわす可能性はそこまで高くないんだが、元々事故が起こると命にかかわる場所だと言う事に変わりはない。瘴災なんかに巻き込まれれば一発だ。
と言う訳で、僕としては二つ目、王国中央付近への入国をお勧めする」
…凄く分かりやすい説明だ。中央付近から入るのが一番いいだろう。北方はもう論外。
ロルナンに行きたい気持ちもあるが、最優先はレイリとの再会だ。となると間違いない。
「はい、そうします。その為にはどうすればいいですか?」
「そうだな…ここまで来ているという事は船に乗るつもりだったのかもしれないが、もう一度北へ上がって、フィークより三つほど遠くの町…町だぞ、村は数に入れるんじゃない。ともかくそこに、 という町が有るから、そこで王国行きの馬車に乗りかえるんだ。二日に一回は出ている筈だ」
「成程。分かりました。何か準備していくべき物って有りますかね」
「常識的に、金と、後お前らはギルドカードを…って、流石に忘れるわけ無いか。
それ以外には衣服、それに、必要な分の食糧を適宜購入する事だ。荷物も持てる限りは持っていくべきだな。
お前達三人に限っては貯金の心配が無いし、…まあ、こんなものじゃないか?」
「ああ、良かったです。何とか準備出来てました。…あの、貯金の心配は一応あるんですけど」
そこまで懐に余裕が有るわけでは無い。依頼を受けないまま旅を続けるとなると、期間によっては危険だろう。
「あれ、言って無かったか。お前が気絶した時の【犬穢娘】討伐については、あの後守人が話からギルドに口添えが有って、報酬が口座に入ったぞ」
「え、なんですかそれ」
「いや、なんかあの守人、お前の事を気にいっててな。良い魔術だったし、これであの海の【犬穢娘】のほとんどが死んだから報酬は払うべきだって言ったらしい」
「…気に入られた、ですか?なんかそれ、ちょっと怖いんですけど」
「ああ、そう思うだろうと考えて、起き上がったばっかりの時に言えなかったんだ」
守人に気に入られる―――いや、それは決して悪いことなどでは無い。シュリ―フィアさんはいい人だったし、そのお母さんだっていい人そうだ。気に入られるのは名誉だとも言える。
だが、魔術の強さで、とか。流石に過剰評価が入ってはいないだろうか。これでギルド側に勘違いされてランクを上げられたりすると流石に恐いぞ。今だって怪我はしているのだから。
「じゃあ、今日中に出発できる方法もありそうですね」
「ああ。準備も考えて二本目に出発した方がいいとは思うがな」
「そうですね、ギルドなんかにも寄ってから出発する事にします。…じゃあ、えっと。今までお世話になりました。また聖教国に来たら、今度は客として寄りますね」
「…ああ、じゃあな。その時はきちんと貢献しろ」
そんな会話を交わして、リィヴさんとも別れる。奇跡的に再会できたわけだけれど、これで再びの別れという事になる。
でも、この調子なら商会の方は大丈夫だろう。それに関しては安心だ。
「馬車が出るまでまだ時間は有るよね。ご飯を食べるのは当然として…何する?」
「ギルドに行こうよ。僕もまだ、守人さんが増やしてくれたって言う貯金とか確認できてないし」
「あー…そうだね。ラスティアさんもそれでいい?」
「私も、気になってたから」
と言う事で、少し遅めの朝食を取った後はギルドに行くことに決まった。
聖教国の料理は、味も良いのだが見た目にこだわりを感じられる。王国の料理は、味はもちろんいいのだが、それよりもむしろ量を求めるような大衆の食事という印象が強かったが、こちらは…そう、洒落たフランス料理屋で出てくるらしいソースなどで彩った小さな料理。あれに近いのだ。
まあ、どこもかしこも高級料理を扱っているという訳ではないから、食事の量そのものが足りないとまで思った事は無いのだが。しかし国民性と言うものはこういう所にも表れるのだろう。
そんなこんなで貝と海老のクリームパスタとでも言うべきものを食べてからギルドへと向かう。
目的としては、貯金残高の確認と、もしもあるのならば護衛依頼の確認だ。だがまあ、後者に関しては街道の整備状況が良いと言っていたから正直期待はしていないのだが。
「Dランク冒険者のタクミ・サイトウです。貯金残高の確認に来ました」
「あ、はい。承りました。…あ、タクミ・サイトウさんにはお手紙が届いております。確認までのお時間でお読みになりますか?」
「お願いします」
手紙。
…そうだ、届いてるよな普通。あれから何日たったと思っているんだ。
すぐに手渡された手紙は二通。
片方には、予想通りと言うべきか待ち望んでいたと言うべきか、『レイリ・ライゼン』という署名。だが、もう片方には『ミディリア・エリアス』と言う署名が有った。
気になったので、ミディリアさんの方から開封してみる。
「何故ミディリアさんから…?って、ああ、成程…」
内容としては、無事を喜ぶ挨拶から始まり、今この町にはレイリが居ないという情報を俺に伝えるものだった。恐らくはギルド職員としてこの情報を知った後、レイリの所まで情報が届いていないかもと危惧して書いたのだろう。結果的にその心配は杞憂だったのだが、有りがたい。
さて、もう一通。前に読んだ手紙は、俺が見つかるより先に書かれたものだった。その後に届けられた手紙で有る以上は、今のレイリから書かれたものである筈だ。
…俺が書いた手紙を受け取っているかどうかはまだ分からないが。
『タクミへ
クィルサド聖教国に流れ着いたらしいな。良かった良かった。そっちならまあ、どうにか生きていける筈だな。
―――さて、いつ帰る?
いやまあ、急ぐ必要はないんだけどな。アタシもまだ、住む家とか決められた訳じゃないし。
タクミも、あの時からギルドで生存確認取るまで何カ月も経ってたって事は、いろいろ面倒なこともあったんだろ?遭難とか。怪我とかがもし有るのならそれをきちんと治して…って、それは流石に当然か。
アタシはアタシで、最近は兄貴と修行三昧だ。確実に強くなったって感触が有る。タクミも色々有ったろうから強くなってるとは思うが、まず間違いなくアタシ程じゃないぜ?
今はもう王都について、そこで屋敷を探そうとして土地が高すぎて挫折してる所だ。まあどうせ、王都近くの町に住むことになるとは思う。
兄貴は兄貴で、シュリ―フィアさんを探すのに夢中でな。遠くでの仕事も多いだろうし、守人は間違いなく簡単に会える存在じゃないだろうに、聞く耳持っちゃあいねえんだ。
…ま、なんだかんだで楽しくやってるよ。タクミも早く帰って来い。って、なんか矛盾してる気もするが。
そっちからも手紙書けよ。アタシもきちんと書くからな。
レイリ・ライゼンより』
…うん。レイリも楽しくやってるみたいだ。
エリクスさんがシュリ―フィアさんを追いかける形で引っ越したんだと思うけど、でもそうだな。守人は何らかの形で保護されている筈だから、例え知り合いだと言ってもそう簡単に合う事は出来ないだろう。落ち込んでいるのか、更に燃え上がっているのか。
ふと背後に妙な気配を感じて振り向くと、二人が俺の左右の肩から手紙を覗きこんでいた。
「…ちょっと、二人とも」
「あ。…この手紙を書いたのが、タクミのコンビ?」
「レイリ・ライゼン…。間違いない」
「いや二人とも、人の手紙読むのはやめようって」
俺がそう言うと、二人はバツの悪そうな笑みを浮かべて目を逸らした。
「いや、やっぱり気になってさ」
「…情報、収集?」
「…そりゃあまあ、見られて困る内容ではないけどさ」
そんな風に二人の言い訳を聞いたりしていると、受付嬢さんが三人分の預金額が書かれた紙を持ってきてくれた。
「こちらがタクミ・サイトウさん。こちらがラスティア・ヴァイジールさん。最後にこちらがカルスさんの物です」
「はい、ありがとうございます」
受け取って、封筒に入った紙をとり出す。そこに書かれていた預金残高は、金貨五枚と銀貨四十五枚。
…金貨五枚?
「あの、金貨って銀貨何枚でしたっけ」
「金貨一枚に対して銀貨百枚となっております」
「…成程、そうですか」
だとすると、銀貨五百四十五枚を持っている事になるのか。
―――絶対におかしいだろう。それは!
「いやいやいやいやいやいや」
口元を押さえつつ小声でそう呟き続ける。脳の混乱が収まらない。
隣で、俺ほどではないが貯金額に驚いているらしき二人が、しかし一際目立つ俺の動きに視線を向けてくるのが分かる。俺は深呼吸をして、落ち着くために状況を考え直した。
あの時は確かに、大量の忌種を討伐した。中位機種ともなれば一体ごとに支払われる報酬は大きい。銀貨を一体で複数受け取る事は出来る。
―――が、五百枚も受け取るほど討伐したとは思えない。大量に討伐したのは事実だが、あからさまに多過ぎるのだ。
これはもしかしなくても、スウィエトさんが何らかの形でボーナスを付与している。でも、なんで?リィヴさんは気にいってたとかなんとかいってたけど、まさかそれだけの理由で?
「タクミ?どうかした?」
「え?…何だか報酬が凄く多い」
ラスティアさんの問いかけに対して、あまり何も考えずそのまま話す。
「見ても良い?」
「うん」
二人に見せれば、目を見開く様子が観察できた。
「いや、これ何…?」
「あからさまに、破格」
「だよね…。いや、問題は発生してないみたいだから、もう何も言わず受け取っておこうかとも思うんだけどさ、何でスウィエトさんはこんな事したんだろうって思って」
少々の恐怖は残ったが、しかしスウィエトさん本人はもういないのだ。確認のしようが無い。
「…もうそろそろ、馬車の中で食べる物でも確保しておこうか。あんまり時間も無いし」
「うん。…タクミ、大丈夫?」
「へ、平気平気。報酬が多かったって言うのは喜ぶべきことだからね」
そうは言いつつも、喜ぶ“べき”と無意識にも言っている時点で、喜べていないのだなと感じた。
ともあれ気分一転。買うものは何時かと同じく、果物だ。季節はすっかり春…いや、もうすぐ初夏なのではないかというような陽気。少しずつ品ぞろえも多くなっているように思える。
俺は何故か何時でも大量に並べられているペクリルを二つ購入して、それぞれ別の果物を買ってきた二人と共に馬車の方へと向かった。
「―――フィーク方面へ向かう馬車に乗る方はこれだけですかー!」
御者さんが張り上げる声を聞きながら馬車の荷台で待っていると、隣の二人がなんだか変な雰囲気を纏っている事に気がつく。
「どうしたの二人とも」
「いや、なんかさ…結局フィーク行くんじゃんって思って」
「そう思うと、虚しさとかが、ね」
「まあ、村の皆に会いに行く必要はないんだし、我慢したら?」
「いや、もし町中で出くわしたらとんでもない気まずさだよ。特にラスティアさんとか―――うわっ!?」
カルスが話している途中、馬車が急発進した。御者さんの謝る声がして、カルスが『大丈夫です』と返事をする。
「出発か、…いよいよ」
「王国までどのくらいかかるんだろう?タクミも知らないんだよね?」
「一週間は、かかると、思う。きちんと計画、立てないと」
「ああ、本当にね…。よし、頑張ろう!」
長いようで短かった一つの生活が終わって、旅が始まる。
俺の隣には友達でもあり、頼れる仲間の二人。俺の行く先には、同じく友達で、唯一のコンビ。
不安も不確定要素もたくさんあるけど、でもきっとどうにかなるし、どうにかしていくのだ。
―――行こう。
第五章の開始前に閑話を挟みます。




