第十二話:服
卓克の今の服装、ぼろぼろになっている、という以外にも忘れてはいけないツッコミどころがあるのです。
朝。今日は、…そうだ、服を買いに行くんだった。まだ少し薄暗いけれど、もうギルドは開いているんだろうか?
取りあえずベッドから身を起こす。畳んで置いていた服を着て、少し部屋の中を歩き回りながら寝ぼけた頭をリフレッシュ。
一度一階まで下りて、もう朝食が出来ているんだったら先に食べてしまおう。
◇◇◇
「あ、おはようございます、おやっさん。朝ごはんってもう食べられますか?」
一階に降りたら、既にフロントの奥におやっさんが立っていた。服装もいつもと同じだったので、恐らくはもう仕事中だろう。
「ああ…ワリィな、飯ならもう少し待ってくれ。滅多にねぇことなんだがよ、今日は飯を焦がしちまったんだ…今から炊きなおすから、あと一時間くらいはかかっちまうんだ」
「そうなんですか?じゃあ俺は用事済ませてからもう一回食べに来ます」
「おお、了解了解。しかしこんな朝早くから用事たぁ、まだ若いのに、なかなか大変だよなぁ」
「いえいえ、大変な事なんかじゃないんですよ。純粋に、こっちに来てから着る物が一枚しかなかった事に今更ながら気が付いたっていうだけの話なので、ハハ、昨日まで無一文だった事を考えれば随分マシな悩みですよ」
「予想とは方向が違うがどっちにしろ大変なことには変わりねぇじゃねえかッ!着の身着のまま故郷から出て来たってことかよ!常識知らずかッ!………一般人に見えても、なんだかんだぶっ飛んでるあたり冒険者に向いてはいるのかもしれねえな………」
…最後はあまりうまく聞き取れなかったのだが、どうやらおやっさんの中で俺は常識知らず扱いらしい。しかし、仕方ないのではないだろうか?この世界で使えるお金なんて持っていなかったのだし、服だって普通持ち歩いていない。そもそもこの世界の常識なんて知る由もないのだ…。
………って、これでは結局、自分の常識の無さを自分で確かめているようなものじゃないか…。
「………そうですね。常識知らずでした、はい」
「?急に落ち込んだな…まあいい、どちらにしろ今日はまだ早いからな、その用事のついでにギルドに行って服を買ってこいよ。もう今頃にはギルドも空いている頃合いだろうぜ」
「はい、…といっても、その用事って言うのが服を買いに行く事なんですけどね」
「ああ、なるほどな…って、確かにだいぶ汚れてるな、その服。それなら早く行って来いよ。ずっとそんな恰好でいるのも嫌だろ」
「はい、それでは行ってきます」
扉を開けて外へ出る。朝の冷えた空気が呼吸と共に僅かに残っていた眠気も吹き飛ばしたのを感じる。
「…良い空気だな…朝って言うのも有るけど、純粋に綺麗な空気なんだろうな…。っと、先ずはギルドに向かいますか」
深呼吸をすることで空気を目一杯肺に吸い込みながらギルドへの道を歩き出す。日本ならばいちいち自然豊かな森などに行かなければ吸えないような綺麗な空気であふれた世界…。素晴らしい。
◇◇◇
そしてだいたい十五分ほど移動した後、冒険者ギルドへと到着。扉が開いていると言う事は、少なくとも入っていい状態では有るだろう。というわけで早速中へ。
「おや?タクミさんじゃないですか、今日はずいぶんと早いですね。まだ仕事を始めるには数時間くらい余裕があるようにも思いますが?」
中に入ったら数歩もあるか無い内に横合いからミディリアさんに声をかけられた。
「おはようございます。ミディリアさん。あの、今は仕事を貰いに来た訳ではなくてですね…。………まあ、見てのとおり、かなり服がボロボロになってしまったので、新しい服を買おうかと思ってるんです」
「ああ、昨日の一件で一気にボロボロになったあの服ね…まあ、仕方ないよね、着の身着のまま流されて来たんだから、服もそれ一枚だけだったんだろうし。
…ねえ、タクミ君。これから買う服って、仕事用?それとも生活用?」
「…この服装だと機敏に走り回ったりとか、正直言って厳しいんですよね…なので、仕事用の服を買おうと思っているんですが?」
ちなみに、今着ているこの服、何を隠そうスーツの成れの果てである。というのも、あの日はスーパーに面接に行った帰りに川に落ちて死んでしまったわけだけど、そのままこっちの世界に転生してきているんだから、服装だってそのままだったのだ。
怒涛の展開が続き過ぎて、自分の服を気遣うという発想すらなかった。
しかし、スーツで森を駆け回る様子はさすがに奇異なものだっただろうか?
まあとにかく、こんな硬い生地で運動しようなんて事がおかしかったのだ。柔らかく動きやすい服装で行くべきだろう。
「そっか…でもそれだと、あんまりいいのは買えないと思うわよ?」
「え?」
「だって、いくら鎧を使わずに服で済ませようとしたって、急所を守れる部分だけでも何かしらの金属部品はとりつけておかないと、かなり危ないじゃない。でも、やっぱり値段も張っちゃうから…」
「あ…」
…確かに、そうだ。鎧が高いのは分かっていたけれど、仕事用に服を用意するとなったら、防具としても扱える必要もあるだろう。普段着と同じでは身を守ることなど出来やしない。
「確かに、そうですね…。じゃあ、結局今日は買えそうにはないんでしょうか…」
「…いえ、最も安価なものくらいなら、昨日の報酬の残額でもギリギリ買えるかも…ああ、でもそんな物を買っても無駄遣いにしかならないですね…」
「………じゃあ、今日は服は買わずに帰ります………」
「いや、ちょっと待ちなさいよ!どちらにしろ今は服無いんでしょ?だったら普段着だけでも買いなさいよ!…元は高級な服だったのかもしれないけれど、その服はもうボロボロなんだし、それ一枚でずっと生活とか、正気の沙汰じゃあ無いわよ?」
「はっ!た、確かにそうです!…盲点でした…」
「何で気がつかないの…?」
何で少し考えれば分かるような事に気がつかないんだろうか…?う~ん、もっと想像力をつけた方がいいんだろうけど…。
「…なんか、すみませんでした。とりあえず服を買って赤杉の泉に帰ります」
「そう、じゃあね。またお昼に」
◇◇◇
あの後ギルドのお店の中で数枚の動きを拘束しなさそうな服を買った俺は、赤杉の泉で朝食を食べ終わり、部屋に戻って服を着替えていた。
ちなみに購入したのは下着を含めて上下三枚。朝などの硬い植物の繊維で出来ているのかと思いきや、肌触りからして綿製品だったようなので結構気に入っている。ちなみにお値段は銀貨一枚に銅貨五枚。 まあ、妥当なのではないだろうか?
その内の上下一枚ずつに着替え終わって、おやっさんに服を洗えるのか聞きに一階に下りた。
「服か…井戸水で洗って、裏庭の物干し竿の端っこの方にでも掛けとけ。夕方にはそれで乾く」
「了解です。それでは、お借りしますね」
そんなこんなで洗濯(簡易版)完了。そろそろ街も賑わってきたし、ギルドに向かいましょうかね…。
◇◇◇
ギルドに到着。今日の仕事についてミディリアさんに質問しようと思ったのだが、ミディリアさんに限らず構成員の皆さんは皆俺と同じで仕事を受けにきた冒険者たちの対応でいっぱいいっぱいのようなので少しの間ギルド内を見回っていたのだが。
「これは…!クエストボードというやつではないのか?」
ギルドの壁に沿うように作られた依頼内容の書かれた紙や布を貼っておく板の様なものを見たとき、咄嗟にそんな反応が口をついてしまったのは仕方がない事だと思う。
縦に二メートル、横に五、六メートルほどの大きさで作られたその板には、最上部に“依頼掲示 ※引き受ける際には受付まで”と書かれてある。
非常に分かりやすいので助かる。
と、言うわけで。
「今日はこの中から仕事を探すか」
“依頼掲示”を眺めながら仕事を探し始めて早十分。
…厄介な事態に陥り始めていた。
というのも、だ。この“依頼掲示”…分かりやすさを重視するために、その形状から“板”の字も加えさせてもらえるならば、“依頼掲示版“…一体どんな仕事があるのか、非常に分かりづらいのだ。縦二メートル、横六メートルならば大きいとも感じるが、そんなことは無かったようだ。何せその板を覆い隠すように様々な紙、布が張られ、更にそれを覆い隠すように…という状況。その上目の前のいくつかの依頼の《適正ランク》という欄には、:Aランク、や、:どなたでも歓迎します~、:Dランク以上~、等々多種多様、様々な条件が乱舞しているのだ、完璧に自分に合った条件の依頼を見つけるだけでも一苦労である。
「…取りあえず、ゴブリンの討伐依頼を探そうかな…あれなら、とりあえず俺が受けられるのははっきりしているんだし」
というわけで捜索スタート。一応今ここに有るのではないかと思う根拠としては、町の近くにいる事、俺が見た奴らだけでは無いだろうこと、などから、常時依頼を受けられるのではないかと踏んでいる。
右端の方に移動して、一つずつ確かめていく。もちろん、下に隠れている可能性だってあるので、重なっている依頼書がある場合はその都度めくって確かめる。しかし、
「………う~ん、見つからないなぁ…。なんだかんだで、もうそろそろ真ん中付近なんだけど…」
全く見つからない。ミディリアさんが昨日話していた町の警備や商人たちの護衛の仕事というのも考えたのだが、今まで経験が無い上に単純作業ではないし、忌種を討伐するよりも仕事としての難易度が上がってしまうので、やはりゴブリンの討伐依頼を探そうと思う。
………やっぱり滅茶苦茶に重ねてはりつけられているのがいけないんだよなあ。もっと分かりやすく分けられていればいいのに…。
探し始めて、約十五分後。
「あ、………有ったぁ…」
かなり左端でようやく発見。しかも二重三重に重なった依頼書の下に有ったのだ。これじゃあ、いくらなんでも不便な気がする…。
取りあえず内容を確認する。どれどれ…。
基本依頼 低位忌種【小人鬼】討伐依頼
討伐場所 ロルナン郊外 東の森林
報 酬 一体につき銅貨八枚
《適正ランク》F~E
この依頼は常時受け付け可能です。
………うん、単純明快、というか、凄い分かりやすい。ゲームみたいに理解しやすい…というか、翻訳能力で出て来た字が妙に機械的、というのは有るのだけれど。でもこれは、文字の翻訳能力が上手く作用している結果じゃあないだろうか?もちろん、俺にはこの世界の文字そのものを読むことはできないのだが…、ここまで丁寧に文字が並んでいない気がする。
そう考えれば、どこかシステマチックなこの文字列にもわずかに納得。おそらくは、能力という形でなにか、アプリケーションソフトの様なものでもインストールした結果なんじゃあないだろうか。
…怖っ。
「…まあ、とりあえずはこの依頼を受ける事にしようかな。結局内容は昨日とは変わらない…あれ?東の森林?…昨日俺が行ったのって、ここから西にある森じゃあ無かったっけ…」
まあ、いい。あまり気にする必要はないだろうし。とりあえず今日は東に行けばいいと言うだけの話だろう。
しかし、どうやって依頼を受ければいいんだろうか?引き受ける際には受付まで、と書かれているが、どの依頼を受けたいのかを判別する方法が無いような気がする。依頼所の数も一枚だけで、ここから剥がして行ったら流石に迷惑だろうとも思うし…。
…取りあえず、覚えられるだけの情報を頭に叩き込んでおいて、一度受付に行く事にしようかな?
◇◇◇
受付の列に並んでから五分ほど。俺の番が回ってきたようである。ちなみに列の先で待っていたのは、
「おはようタクミ君。服はしっかり買い換えたようね」
お察しの通り、ミディリアさんその人だ。
「はい。流石に汚かったので、着替えられて良かったです。と、今は仕事を受けにきたのですが…あそこの依頼掲示に貼ってあった、ゴブリンの討伐依頼を受けたいんですが…?」
「ああ、あれね…よくもまあ、あんな紙と布でごった返した中から一つの依頼を見つけられるわね…。あれ、私たちではもう片付けられないからって、半ば放置状態にしてあるんだけど…。と、【小人鬼】の討伐依頼だったわね。え~っと…あれは常設依頼って呼ばれている物で、実は許可を取りにくる必要無いのよ?」
「え…!そうだったんですか…?」
さっきの俺の頑張りとは一体…。
「そう。だから勝手に行っちゃいなさいな。…一応言っておくけれど、場所はあくまでも東の森だからね?西の森じゃあないから」
「…了解です。それでは、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。頑張ってね~」
ミディリアさんの声援を背にギルドの出口へと向かう。…何となく、だが、最後に添えられた一言って、昨日は行く先を間違えてましたよ~、とか、そんな指摘をされたと言う事なのだろうか?昨日はギルド長が『見当違いの所に』と言っていたが、俺がここの地理について詳しくない事を考えれば、ギルド長ではなく、俺が間違えていたと言う事になるだろうし。
…扉を開けて外へ出て、昨日と同じ門の方角へと進む。陽もある程度昇って、朝の肌寒さは既に一掃されたようだ。ちょうど体を動かしやすくなる程度の気温、ともいえる。服もスーツよりは格段に動きやすいわけだし、そう考えれば今日は昨日よりも速く走れるのではないだろうか?。
そうだ、別に防御を考えるのではなく、避けに行ったって構わないのではないだろうか?こう、走って魔術を撃ったり、武器を当てていったり…。
………流石に妄想が激しすぎるか。この世界はファンタジーで溢れているけれど、だからと言って漫画やアニメと同一視していては危ないよな。カッコつけて死んだ、とか、笑い話にもならないし。
でも、自分に有った戦い方を考えるって言うのは必要かも。俺がどんな魔術や武器を使っていくのかなんて今はまだ知る由も無いけど、いざという時に自分の戦い方って言う物があれば対応もしやすいと思うしなぁ…。
ま、とりあえず今は良いか。考えるための材料が足りないし。ああ、でも『ウインドカッター』以外にも魔術のバリエーションを増やしておくのも良いかもしれない。あの魔術は一体一体を個別に相手するようになっているけど、昨日みたいに同時に囲まれて、もしも対処が間に合わなかった時には火力が足りないと昨日のギルド長の発言で思ったのだ。複数体、多方向に対して効果のある魔術を作れればいいと思うのだが…。
…ウインドカッターをフラフープみたいに展開…?
いやいや、流石にそれはウインドカッターに思考が引っ張られ過ぎているだろう。しかし、どうするべきか…包囲されている以上、確殺とは行かないまでも、数体は仕留められる程度の火力は欲しいしな…いや、そもそもフラフープみたいに展開したら狙っていないところにまで被害が出てもおかしくない、もっとしっかり考えなければいけない。
う~ん…。
う~ん……。
う~ん………。
「おや?うんうんと唸って、どうかしたのかい?タクミ君」
「あっ!クリフトさん!」
どうやら口に出るほど悩んでしまったらしい。いつのまにか門の前まで来ていた俺は、門番の方達の近くにいたクリフトさんに声をかけられた。本日も絶賛職務中らしい。とりあえず、
「お疲れ様です。お仕事、頑張ってください」
「………え~、と。
………おや?うんうんと唸って、どうかしたのかい?タクミ君」
…?なんで繰り返し同じ言葉を…。
あ。そうか。
………やばい、普通に会話の流れぶった切ってたぁぁ!
ストックが尽きるまでは毎日投稿したいと思います。評価・ご感想お待ちしております。




