第五十一話:誤解の解消
本日二本目
息を切らしてこっちまでかけてきたカルスが、膝に手をつきながらも顔をこちらへと向けた。息遣いで分かっていた事だが、相当疲れているようだ。この距離で疲れるとも思えないので…何らかの形で焦っていたのだろうか。
「タ、タクミ…えっと、何処、行こうとしてたの?」
「え、フィークに戻ろうとしてただけなんだけど…」
「え」
「え?」
何故かカルスには驚かれた。ラスティアさんはそこまで表情を変えていなかったので、予想していたことだったのか。というか実際、フィークに戻るよね普通。
そんな風に考えていると、カルスが視線を斜め上の方に向けつつ、何やら言い辛そうに口を開いた。
「…あー、ほら。僕等、あの、ほら、儀式突破して来たって言うかさ、その、ね?ついて行こうとか、そういう」
「…え?えっと、何の話?」
儀式、というのはまだ分かる。一日中かかる例の奴だ。俺の脳内ではカルスがラスティアさんと結婚するために戦っている事になっているというあれだが…話がかみ合っていない以上、もしかして考え違いだったか?何について行こうというのだろうか。
あー、うー、と唸るカルスの横では、ラスティアさんが何かを把握したように目頭を押さえ、そして頷きを繰り返す。
「…カルス。これは、事前に話を、しなかった私達が、悪い」
「えー…でも、もうちょっとうまくいくって思ってたんだって」
「あのさ二人とも、出来れば何の話してるのか説明が欲しいんだけど、大丈夫?」
そう言うと二人はこっちを一度見つめて、小声で話を始めた。心なしかその視線には『お前が言うのか』とでも言いたげなものが含まれていた様な気もしたが、俺としては二人に何かしろとか言った覚えが無いので何故そんな視線を送られるのか分からない。
そうしているうちに、何やら二人の間で決着がついたらしい。急かされるようにカルスが前へと押し出され、ラスティアさんは後ろで佇んでいる。
「…タクミはさ、王国に帰るんだよね」
「え、あ、うん」
「だからさ、ずっとってわけじゃないけど、会えなくなるよね?でも、それが嫌だったからさ、村を出る許可を得ようって話にラスティアさんとなってさ」
「え!?」
それはつまり、俺に着いて来るために必要だったのがあの儀式だということか?って、いやいや、そうじゃなくて。
「ふ、…二人とも、俺に着いて来てくれるの?」
「う、うん」
「友達、当然」
「お、おおお」
うわ、なにそれ凄い嬉しい。え?え?
「…って、でも、待って。カルスはまだ分かるけど、ラスティアさんは大丈夫なの?族長の一人娘なのに」
「それを含めての、許可。多分、親戚間で回される」
「あ、そう…。で、でもその、カルスがさっき言ってたけどさ、本当に、頻繁に帰ってくるってわけにはいかないんだよ?大丈夫?」
「それこそ、今更。私達は、何度も、話し合った。…カルス、タクミは、私達がしようとしてる事、察しているって、話は?」
「え?えーと」
「…いや、俺は初耳なんだけど」
二人がついて来てくれたら嬉しいと考えた事は有ったが、二人からそんな話を聞いた事は有っただろうか?…いつ王国に帰るのか、とかを聞かれた覚えは有るけど、二人の意思を知る様な事は無かった筈だ。
「え?でもあの時…」
―――カルスの説明によると、どうにも初めて儀式が有ったあの日、俺がカルスに言った言葉で、俺が二人の思いを知っているという事になっていたらしい。
はっきり何を言ったのかは覚えていないけれど、間違いなくそれは、カルスとラスティアさんが結婚しようとしているのだろうと考えた時に出た言葉だ。二人の思っていた意味は全く含まれていない。
俺がそう説明し返すと、二人は脱力したようにその場へへたり込んだ。
「と言うか、僕とラスティアさんが結婚するって何…?」
「いや、勘違いだったみたいだけど、俺もあの時はそんな風に推理しててさ」
「それは、ただの、妄想…」
「う…い、いや、でも実際どうなのさ」
苦し紛れに俺がそう言うと二人は見つめ合う。三秒ほどが経って、同時にこちらを見つめ直してから口を開くと、「恋愛感情は、無い」と異口同音にそう言った。
「…そんな冷静に言っちゃうのか。まあ、いいや。
それで、何時ごろ王国へ向けて出発するの?」
「え」
「…今日から、じゃ、無いの?」
「…いやいや、それは無茶だよ。王国への道筋も分からないから、それを調べて、旅に必要な物資を買いこんで、きちんと計画も立てないと、どこかで立ち往生したり遭難したりしたら大変だからさ」
「…ち、ちなみにタクミ。これから何処に?」
「フィークに帰って、計画立てよっかなって。二人がついて来てくれるんなら、今までより出発も早めることにするから、あと数日のうちには王国へ向かうよ」
「あー…無理そうだなって事は承知で言うけどさ、今日中って訳にはいかない?」
「うーん…。完全に無理とは言わないし、王国と接している場所は一か所じゃないだろうから、今ならまだ東以外は何処に行っても王国に行く道の可能性は有るけど、でも何で?」
「…ラスティアさん」
「…なら、ここからは、私が」
何で二人がそんなに焦っているのか、という事に関して、俺は『まさか、二人は実際の所儀式を突破できていなくて、逃げてきたのか?』という疑いもあったのだが、どうもラスティアさんの話を聞くに違うらしい。
…要約すると、許可は出ているのに変な啖呵切って出ちゃったから、すぐに戻るには些か忍びない、ということか。
「でも俺、まだフィークに荷物あるから、流石に放り出して行く訳にもいかないでしょ。それに、族長からの話も聞いておいた方が良いようには思うよ?」
「…お父さんとは、もう話したから、誰にも見つからない様に、荷物を持ってきて、出来ればフィークじゃ無い町で、王国に向かう計画を、立てよう?」
「うーん。…だったら二人は、先にザリーフに行って待ってて」
「ザリーフで?」
「ザリーフは港町だから、もしかしたら王国に行ける船が有るかもしれない。少なくとも、聖教国の他の町に行く船は出てると思うから、選択肢を増やせるかなって」
「…分かった。じゃあ、先に」
「うん。…今日中に頑張って帰ってくるから、前に村の皆を泊めた宿に泊まって。俺の名前をそこに店主に伝えたら、多分俺が行った時に二人の部屋が分かると思うから」
「了解。じゃあタクミ、また後で」
二人と別れて、高揚したテンションのままに『飛翔』の速度を上げてフィークへと突撃。前を向いていると呼吸困難になるような速度で飛んだ結果、あれだけの遅れが有ったというのに日中に着いてしまった。
ギルドカードを見せて町の中へ入り、また急いで村の方に行く。
―――真正面から入ると見つからないわけが無いので、一度隣の森の中に入って、誰とも出くわさない様に村近くへと移動、晩餐が始まるのを確認してから家へと近づいて行く。流石にもう暗い。
「やっぱり村の感じも、そこまで違わないな。…ちょっと静かだけど、変な空気って程じゃないか」
族長からの説明、或いは、もともと村の皆は儀式について知っていたという事だろう。知らなかったのは俺ばかりか。
まあ、変な感じだったけどサプライズだったな。結局嬉しい事に変わりはないのだ。
扉を開けて中へ。鞄から出していた荷物はそこまで多くも無いので、手早くまとめて外へ出る事が出来た。再び森の中へ戻って、町中を経由してザリーフに向かうだけだ。
だけ、なのだが。
…この晩餐にしばらく、或いは、永遠に参加できない。
そう考えると何となく寂しかった。いや、何となくとかではなく、単純に寂しい。
結局、皆と出会ってから数カ月。人生すべての内で言うと少ない期間だが、アイゼルに来てからを考えるとかなりの割合だ。
別に、もう来られない訳じゃあない。だが、ここから離れれば、それはやはり、一つの別れ、その一区切りとなる。
―――いや、待たせてるもんな。いかなきゃ。
振り返り、足を動かす。自分の口でしっかりと別れを告げないのは卑怯かもしれないと、そんな事を考えながら。
「―――ッ」
両の唇を巻きこむように噛めば、涙は止められるものらしいと、今日初めて知った。
◇◇◇
「思ったんだけどさ、二人は今、ソウヴォーダ商会の正式な会員だよね。リィヴさんに辞めるって言わなきゃ駄目じゃない?」
「…駄目?」
「駄目なのかな?」
「駄目でしょう」
ザリーフに着いたのは完全に暗くなって、満月から離れ始めた月が綺麗に浮かぶ真夜中月四刻程だった。いつもはこんな時間に活動する事が無いから、月何刻と言う表し方を新鮮に思ってしまう。
さて、ここに着くまでいろいろと問題点や不安な事を脳内で上げていたのだが、何となく出てきたのはこれだった。
リィヴさんには聞きたい事もあるし、明日の朝それを伝えに行く事にしよう。
「明日はリィヴさんの所に行って、出来れば地図なんかも買って、王国行きの計画を立てる。国交が有るって言うんだから間違いなく入国できる筈だけど、制度に関しては俺も良く分からないから、きちんと下調べしていこう」
「うん。…えーっとさ、もし明日、商会辞められなかったら?」
「…残るしか、無いんじゃないかな」
「ちょ、ここまでしておいてそれは無いよ!」
「ははは、冗談冗談。リィヴさんなら分かってくれるでしょ。…さて、起こした俺が言うのも悪いけど、今日はもう遅いから、お休み」
「おやすみ」
「うん、お休み」
自分たちの部屋へ入って、寝る。明日はまだザリーフかもしれないけど、旅はもう、今日から始まったようなものだ。
次回エピローグです。




