第五十話:減少
「…いやいや、そんな」
神の子孫とかじゃないですよ?何処にでもいる一般人だったし。
「瘴気その物を、魔術では無く魔力だけで動かす事が出来るのは神の子孫だけです。勿論、自覚が無いのは仕方ありませんが」
「いや、その…それはありえないというか」
子孫も何も、祖先がいるのかどうかすら怪しい体なのだが…。
ただ、考えられる可能性―――素人考えだが―――としては、俺自身がアリュ―シャ様によってこの世界に連れて来られた人間だし、瘴気に干渉した魔力だってアリュ―シャ様が用意した物で、更に言えば、肉体そのものがアリュ―シャ様によって用意されたものだ。
―――神様の子孫ではないけれど、神様の力が入っていたとしても不思議ではない、かな?
「と、とにかく、今は無理です。その、…言い方は悪いんですけど、まだあなた達の組織をはっきり信じられた訳じゃないですから」
「そう、ですか…。ですが、私達としても新たな同志を捨て置く事は出来ないのです。
今すぐに、とは言いません。ですが、これからも勧誘はさせていただきますね?…えっと、お住まいの方はどちらになります?」
「えっ…えっと、もうすぐ住所不定に、なる、かもしれないです」
今は村の皆と同じ場所に住んでいるが、そう遠くないうちに王国へ出発するつもりだ。…それに、司教の目的が神の子孫だと言うのならば、間違いなく皆にも目を付ける事になる。結局信頼しきれてはいない以上、それは避けたい事態だ。となれば、場所を伝える事は勿論、出来るだけ早期に出ていく必要がある。
「…あの、私共の方でも住居の用意は出来るのですが、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。きちんと宿に泊まれるだけの金は持っている筈なので」
「そうでしたか…それで、どちらに?」
「王国の方に帰ろうと思っています」
一瞬、素直にしゃべっても良かったのかと思ったが、しかしこれは予想の範疇だろう。少なくとも俺が意図して聖教国側に来たとは司教だって思っていない筈なのだから。
「やはりそうでしたか。私も王国方面で仕事をすることは多いのですが…少し難しいですね。別の者が向かうかもしれません」
「あ、そう、ですか…」
難しいのならば来なくていいのだが、今更どうしようも無い。
とはいえ、常に俺の位置を特定することは出来ない筈だから、ずっととは言えないにしろ、逃げる事は出来るだろう。
…ところで、一つ気になっていた事が有る。
「あの、どうやって瘴気を浄化しているんですか?」
「はい?」
「いえ、火を使っている訳じゃあないんだろうな、と思ったら興味がわいたというか…」
興味は湧いたけど、実際の所はそこがはっきりしないとこの人たちの行動に対して正しい判断をする事が出来ないだろうと思ったから聞いたのだ。
…結局のところ、司教の言う事を信じ切れないのは変わらないだろうけど。
「…そうですね、浄化すると言うよりは、量そのものを減らしているというべきなんですが、…あの、瘴気をきちんと肉眼で確認する事は出来ますか?」
「魔術を使っていいのなら出来ます」
「それで良いです。…えっと、それでは始めます」
司教がそういうので『探査:瘴』を使う。すると、辺りを漂う瘴気がいつものように目に映り始めた。
数秒の間それを眺めていると、少しずつそれが司教の方へと漂っていくのが分かった。纏う服と同じ色が司教の体へと重なって鎧のようにも見える。
「これをですね…何と説明すればいいのかはっきりとは分かりませんが、体内に」
そう言って司教は袖を捲る。そこから現れた腕は白い―――病的なほどに白いものだった。瘴気を纏っている事で変色、傷んでいるようにも見えて…態度には出さなかったものの、少し気味悪く思った。
そうして見つめていると、今までの司教へ流れていくという大雑把な動きでは無く、より肌そのものへと纏わりつくような…と言うよりむしろ、肌の奥へと吸収されるような動きへと変わっていく。
一秒、二秒と続いたその流れは、しかし止まって、反転する。…つまりは、体の中、肌の中から噴き出してきたのだ。
「う…」
と言うよりは、毛穴の中と言った方がいいのかもしれない。風呂桶の中に入れた入浴剤から出てくる泡のように、沸々と腕から、体中から瘴気が湧き出してくる。
正直に言うと、本当に気味が悪い。今にも腰が抜けてしまいそうだ。生理的嫌悪感を抱かずにはいられない光景だが…結局は自分で求めた光景だ。耐える。
「えーっと…分かりますか?」
「え?」
既に変化が…瘴気の現象が起こっているのかと目を凝らす。だが、正直に言うとよく分からない。なんだか空気中の瘴気が薄まったような気がしないでもないけれど、確信は到底持てない。
「…正直な所分からないです。どう違うんですか?」
「…まあ、減少量は少ないですからね。準備なしで出来るのはこのくらいでして…もう一度お願いします」
「あ、はい」
何故司教はここまで俺に対して下手に出るのだろうか…?ともあれもう一度集中する。
すると、今度はさっきより多くの瘴気が手のひらから入りこんでいくのが見えた。…と同時に、肌そのものが紅く…というよりは赤黒く変色していく。
心なしか司教の顔も苦しそうだ。それから数秒立つと、赤黒く変色した部分が移動を始めた。
肘と手首の間を何度か行き来して、そして、肘近くからぷくりと、紅い玉が浮き上がってきた。
その直径、二センチ程。
「あれ?小さい…」
さっき指から入って行った瘴気の量を考えると、その玉に含まれている瘴気はかなり少なくなっているだろう。間違いない。
「はい。という訳で、瘴気が減っていますね。
これ以外にも、魔力のかわりに瘴気を代用とする事で総量を減らして行く事が、やはり可能ですね」
…魔力のかわりに瘴気を代用?
「あの、それって瘴気で魔術を使えるってことですか?」
「…まあ、そうですね」
「…ええ?」
「良い事ばかりではありませんよ」
ここに関してはあまり話したくなさそうだったが、それはかなり有利な事だと思う。何らかのデメリットが有るにしたって、魔力では無く瘴気と言う何処にでもある物を使って魔術を使えるのだから。
…って、感心してる場合じゃないぞ。
「体内に入れて循環する事と魔術に利用する事なんですね、分かりました。
…その、それではそろそろお暇させていただきます」
「おや、そうですか?…もう少しお話していきませんか?」
「い、いえ、そろそろ時間が危ないかな、と」
そろそろ時間が危ないのも本当だけど、これ以上、正しいと思える内容が帰ってきそうな質問が思いつかない事と、ここに長居する事が安全とは限らないという事を今更ながらに思い出したからというのが結局大きい。
「…それでは、またいつかと言う事で」
「あ、はい。それでは」
司教の方へと笑みを、恐らくは盛大に引き攣らせて向けつつ、森の外近くへと一時的に移動。周りに馬車が無い事を確認して再度『飛翔』、邪教と遭遇した所から離れてから、再度森の中へ入る。
「…なんかもう、頭がいっぱいいっぱいだ」
結局司教一人の視点からしか話が来ていないから、どれだけそれっぽかったって信じきることは出来ない。
大体、ここまで壮大な勘違いが長い間続いて、それで実際の被害が出ているなんて事が有るわけないじゃないか。そういうふうに考えれば、司教の言葉は全て嘘と言う事になる、が。
「…でも、俺が死にかけたって事はともかく、ロルナンでの事件の時、直接殺された人っていなかった、のかな?」
怪我人は多かったと思うけど、死者としては、邪教側からしか出ていないのではないだろうか。
―――なんて、結局あの事件が終わった後、結果として町に何が有ったのかを見ていない俺には、これもまた正しい判断をつけられるようなものでは無い。
「何となく今まで敵だと思ってた相手が、実は大勢の人を救おうとしているのかもしれない、か。…変な感じだな。いや、それはまあ、人同士で争い合わないのが一番だとおボッ!」
痛い!…木に頭をぶつけていた。
森の中に入ってからも考える事を止めずにただまっすぐ飛んでいたから、まあこうなるのは当然と言えば当然だ。
あまりの痛みに『飛翔』を止めてしまって顔面から茂みに落ちた俺は、分からない事が多過ぎるときに感じる特有のイライラを晴らすように頭を掻き、葉っぱを落として立ち上がる。
「髪伸びたな…」
近い内に切らなければいけないと思うが、しかし散髪屋とか見た事無いな。探せば有るんだろうか?
あー、なんかもう、考えるのが面倒くさい。…ちょっと頭空っぽにしていよう。
森の外、堂々とは飛ばないもののこちらへ視線を向ければ見つかるくらいの高さで飛ぶ事にする。もう疲れた。今日はフィークに帰って休もう。
―――なんて思ってから、一刻程だろうか?
街道を走っていた一台の馬車の速度が唐突に緩んで、そこから二人、降りてきた。
一瞬、『飛翔』に目を付けられたのかと思って警戒したが、しかし、
「タクミー!」
「…カルス?じゃあ、あっちはラスティアさんかな」
カルスの声が聞こえてきて、片方は俺と同じく『飛翔』した。特徴的な白髪まで確認できたので間違いなくラスティアさんだ。
…でも何で、先にフィークへ帰った筈の二人がここに?
更新が遅れてしまって申し訳ありません。今日中にもう一話投稿できると思います。




