第四十七話:儀式再開
「あ、やっと…あれ?タクミ君は?」
「タクミは、ザリーフに、残っている」
「え?…へえ、そう言う事ね。でも、今日はもう遅いから、明日にしなさい」
一番最初に出会ったのはミィスさんだった。その対応は…何だか変な所もあったけど、大方予想通り。僕達としても、今日中に挑む気はなかったから。
僕はラスティアさんと一緒に、族長の家へと向かう。と言っても勿論、ラスティアさんにとっては自分の家に帰ると言う事だけど。
でも、僕の目的は…言わば、宣戦布告。本当は、初めて挑んだあの日には済ませているけれど…僕達が本気だってことを、もう一度伝えるのだ。
「明日の朝一番、お願いします」
「今度こそ、勝つ」
扉の横の壁へ背を預け静かに瞑目していたニールンさんへ、僕とラスティアさんはそう告げる。ニールンさんはこちらを見つめた。一秒、二秒、三秒…。そして、溜息。
「分かった。フィディの方にも伝えておいてやるから、さっさと寝ろ。全く、何日も帰って来ないと思ったら…」
ニールンさんの口調はあくまで厳しいものだったが、しかし、そこから感じるものは優しさだった。やっぱり悪い人じゃないのだ。小さいころからこの人は凄い…凄い人だったけど、そこも変わっていない。
ラスティアさんを村から出そうとしない事も、結局は家族と別れたくないという思いが強いからだろう。
「じゃあラスティアさん、また後で」
「うん、また」
別れを告げてから、一人だけで家へと向かう。今日も静かなものだ。
荷物を置いて、夕食を食べに外へ出る。これもまた、いつも通りの日常。
明日、ここから出て行くのだから、何か特別な一日かもと思ったが、そんな事は無かった。
「なんて言って、明日勝てなきゃ意味無いんだから…よし、気を引き締めよう」
◇◇◇
「と言う訳で、もういつでも出来るわ。カルス君とラスティアちゃんの都合がいい時に言ってね」
「え?」
朝、寝起きの僕に対して、家の扉を思いっきり開けて入ってきたミィスさんの発言に僕は混乱していた。
何ができるのかと言えば、まあ、戦いだ。それは分かる。だが何故、そこまで完全な準備が出来たような言い方となるのか。
「あの、いつでもって言っても、朝食とかが有るじゃないですか。どうするんです?」
「あ、朝ご飯より先にするのならすぐに言ってね?対応できるできる」
「…えっと、だったらラスティアさんと話してきます」
短刀を手に取り、部屋の外へ出る。
どういう事なんだろうか、本当に。今回の戦いは儀式…という事になってはいるが、しかし大勢の生活を左右する事でも無いので、村人全員が儀式に協力するような事は無いし、食事時間等には強制的に中断されたりもするのだ。
…だが、今の状況はやはり、おかしい。
「お、今日はあれだろ?がんばれよ」
「いやー、若いもんが二人もいなくなるとさびしくなるな!」
「あの二人倒せるのー、ほんとに?」
通りがかった人から、そんな風に声を掛けられる。あれだけ散々に負けたけど、その後また帰ってきた以上はまた儀式に挑戦する…そんな風に考える事は何ら不思議ではないけれど、でも、こんな風に声を掛けてくれるとは思ってなかった。最初はただ動揺しているだけだったけど、ラスティアさんと広場で合流する少し前には返事も出来るようになった。
「ラスティアさん、これは…?」
「分からない。お父さんが、皆に、話してはいる、らしいけど」
ラスティアさんの方も色々な人から声を掛けられていたようで、その瞳には動揺の色が見て取れる。
族長が声をかけた…?にしては、みんな思い思いの事を言っていた気がするし、それだけとは考え辛い。…或いは、自分から僕達に対して声を掛けてきたのかもしれないけれど…。
「…って、そうじゃなかった。ラスティアさん、何時から始める?」
「…カルス、今疲れてる?」
「ううん。お腹もすいてるって程じゃない」
「じゃあ、もう始めよ?食べてからすぐに戦うよりは、その方がいいと思う」
「分かった。…じゃあ、えっと。ミィスさんに伝えればいいのかな」
「―――いや、私が聞いているから問題は無いよ」
そう言ったのはラスティアさんの背後に現れた族長。一度頷いて、周りへと指示を出し始める。
「早速だそうだ!茣蓙はまだ敷いていないな?よし、…ニールン!フィディ!」
族長に呼ばれた二人は…すぐには表れなかった。いや、正確には、ニールンさんはすぐにそこへ現れて、広場の反対側に立ってこちらを密得ていたが、フィディさんがこちらへ来ない。
「すみません、遅れました」
そう言って現れたのは、五分ほどたってから。族長の言葉を聞いてから何人かがフィディさんを探しに言った筈なので、かなり遅かったと言える。だが、それよりも気になったのは。
「…フィディさん、体調悪そうだよね?」
「最近は、元気、だったけど…今日は、歩くのも辛そう」
ラスティアさんの言葉の通り、フィディさんは戦う前から既に息が少し荒く、顔色も悪く、つえを片手に持っているような状態だ。
これでも昔と比べれば随分と良くなったものだが、…最近は何事も無いかのように歩きまわっていたから、やはり違和感を覚える。
「大丈夫かな…?いや、僕も今更止めようとか言わないけどさ」
「…多分、大丈夫」
「え?」
ラスティアさんの言っている事は少しわからなかったが、恐らく魔術士同士では分かる何かが有るのだろう。
「双方、準備は良いか?」
族長がそう訊いてk地アので、僕はラスティアさんと一緒に『はい』と答える。向こう側に立つ二人も頷いた。
「それでは―――始めッ!」
前へ出る。ラスティアさんは既に『飛翔』で上へ行った。
蜘蛛娘さんと馬車の中であの後も色々と作戦を考えたりもしたのだが、これなら勝てる!と確信できるようなものは無かった。
例えば、ラスティアさんが『飛翔』で空高くへ…フィディさんより高くへ行って、そこから攻撃をする。そして、ラスティアさんへと攻撃しようとする相手を僕が対処する、という方法。
これは、思いついた中ではかなり良い方だとは思う。思うのだが…
「フィディさんも結局調子いいじゃないか…!」
既に狙いは読まれているらしく、フィディさんも上昇していく。顔はつらそうだが、その飛行速度には一点の翳りも見られない。
フィディさんからの魔術による攻撃は減っているが、しかし、そのかわりとも言うべき敵が、僕の前に立ちふさがる事になった。
「…ニールンさん」
「前回とは違うが、…容赦はいらんな?」
そう言ったニールンさんは槍を左側に構えて、こちらへ一気に接近してきた。
槍は長い、が、刃として使えるのは先端のみ。勿論、柄の部分も使い方でどうとでもなるが、最も危険なのは両端だけだ。
そして、僕が使うのは短刀。当然、その攻撃が届く距離は短い。だとすれば、攻めの為にも守りの為にも内側へと潜り込まなければいけない…のだが、そう簡単にそれができるのならば、こんな風に苦戦はしていないのだ。
突きだされた槍を、外側へとずれる事で避ける。するとニールンさんは、僕の移動した先を中心として円を描くように移動する。この間に槍を回し、牽制と次の攻撃の準備を終わらせる。この時、ニールンさんの懐へ潜り込むような隙は無いから、まだ回避する事しか出来ない。
いや、これ自体は分かっていた事でもある。実力に差が有る事は分かっていたのだから、せめて二人で協力し合わないとどうしようもないのだ。それはもう前提として何度も話し合っている。
―――ラスティアさんの助けを得るためにはフィディさんを牽制しなければいけないし、その為にはニールンさんに隙が生まれないといけない。
このままでは懐に飛び込む事がままならないと判断した僕は一度後退、踵で掘り出した石を
つま先で跳ね上げ、短刀を持っていない方の手に収める。
個人でニールンさんと対抗する方法は無い。本能を操るのは二人とも同じだから、むしろ意識がぼんやりとしてしまってラスティアさんと協力できない分不利だ。
この状況を打破する方法を考えなければいけないが、しかしニールンさんも甘くは無い。すぐに距離を詰めてきて、突きだし、振り上げ、一度回して振り払い…攻撃の連続だ。
この戦いではいつも自分が使う武器をそのまま使っているから、寸止めが前提だ…が、ニールンさんはそれを本当に覚えているのかと疑いたくなるような勢いで槍を使う。
「―――ッ!」
「そう簡単に余所見は出来んぞ」
いざとなったらこの手に握った石を槍の刃へとぶつけて止めようと決意をしつつ、何度目かもわからない槍の突き出しを僕は回避した。




