第四十六話:戦いとは
「あの、僕達と一緒に来てもらって本当に良かったんですか?」
「ええ。そもそも私の目的は旅でしたから、最寄りの町へ案内してくれるのであれば、それが一番いいのです。
…実を言うと、リィヴ・ハルジィルさんから、あちら側にもあの子たちを届けてくれというお話でしたから」
「な、成程…」
フィークに向かう道すがら、単純な疑問と―――僅かばかりの打算を込めて、僕は蜘蛛娘さんと話をする。
打算と言っても、別に彼女が不利益を被るような事ではない。だから多分、普通に聞けば教えてはくれる筈なのだ。…ちゃんとした、戦い方というものを。
個人の力をただ振るうという事だけでなく、それを活かして、皆で戦う。
少なくとも今までの僕はその発想に辿り着いてはいなかったし…僕以外の二人も、彼女ほどではない筈だ。
あの二人と戦っても、今までどおりじゃ絶対に勝てない、けど、この人から話を聞いて、それを実行に移す事が出来れば、或いは…。
「あの…変な話ですけど、ちょっと聞きたい事が有ります。いいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「えっと、蜘蛛娘さんって、戦いの事について詳しいんですか?」
「…いえ、決してそんな事は有りませんよ」
「え?でも、昨日はあんな風に指示を出していましたし」
「あれは、私でも口が出せそうだと判断したと言うだけの話です。私など所詮、情報と数カ月程度の経験しか持ってはいないのですから」
それは、遠回しに僕達はそれ以下だと言いたいのだろうか?…いや、それは流石に意地悪く受け取りすぎだよね。
実際、僕達もその程度…いや、蜘蛛娘さんの言う『情報』が重要なものだったとすれば、間違いなく劣っている。
「でも、僕達にとってはあの一言が大事だったんです。ありがとうございました」
「いえ、当たり前の事をしたまでですよ。奴らを暴れさせたのは、私が島から追い出してしまったからかもしれませんし」
「な、成程…。それで、ですね。実は今、僕達…僕とラスティアさんは、とある戦いに勝たないといけないんです」
「と言うと?」
説明する。『どんな戦いなのか』に関しては何の問題も無かったが、しかし、『何故戦うのか』は、少し伝え辛かった。ちょっと、事情について分かっていない人には理解が出来ないかもしれないと思ったから。
途中で、見周りを頼まれて『飛翔』による高所からの偵察をしていたラスティアさんが帰ってきた。僕の方を見たラスティアさんは状況を理解してくれたらしく、自分からも話してくれた。
だから、と言っていいのかは分からないけれど。
「…まあ、いいでしょう。別に、教えてはいけない理由なんてありませんので」
「本当ですか!」
「有難う、御座います」
「とはいえ…先程も言った通り、私の知識と言うのは付け焼刃、机上の空論と言うものです。そのまま用いただけでは、とてもそれほどの…いわゆる、絆と言うものを懸けた戦いに打ち勝てるとは思えませんが」
絆…。絆を懸けた戦いか。なんだか胸が痺れるような言い方だけど、この場合は、そう言いきるのは少し恥ずかしい所が有る。
蜘蛛娘さんの懸念も、違う意味で解消できるかな?
「実は、その戦う相手って言うのは、知り合いというか、親戚と言うか…険悪な仲じゃない人なんです」
「…手心を加えてくれる、という意味でしょうか?」
「はい。多分」
…フィディさんはともかく、いざとなればニールンさんは本気を出してきそうな気もするのだが、きっと大丈夫だろうと信じておく。
「僕達を村にいさせようとはするかもしれませんけれど、それは、僕達自身が村を出たいと思っていなくて、そのうえ実力も足りていない場合だ、って言う事だと思うんです。だから、この勝負にさえ勝てば」
「村を出る事は、認めてくれる、筈」
「…それでは、あなた達が思う前回の戦いでの失敗は何かを教えてください」
蜘蛛娘さんが急に感情を消したような表情で僕たちへ話してきた。
「えっと…自分達にの得意不得意を全く考えずに、ただ目の前の相手と戦った?」
「互いの状況、確認、してない」
「ふむ、とりあえずは正解ですね。正直なところ、これ以上どう助言を出せというのだ、いい加減にしろ、と言った感じでは有るのですが…」
「え、ええ…?」
いい加減にしろ…?急に荒々しい言葉遣いだなぁ。でも冷静なままだし…。
いや、そうじゃない大事なのはもっと別の所だろう。
「まあ、先程の点を意識する事と…そうですね、あの化け物共…忌種とやらには通用しない事かも知れませんが、相手の意図を読み取る事は重要です」
「相手の意図を読み取る、ですか?」
「はい。常道で勝てない相手で有るのなら、如何にして隙を作るのか、という事が重要になってきますので。…そうですね、今回の貴方達の敵は親せきなので、この手は使えないと思いますが、相手の作った取り決めをよく考えて、抜け穴を突く、という手もあります」
「…その、それは、卑怯、だと」
ラスティアさんが少し目元を引き攣らせながら呟く。僕も同意見だ。
その言葉を聞いた蜘蛛娘さんの方は、一瞬考え込むような無表情を見せた。
「…まあ、そこは意見の相違が有ると言う事にしましょう。今回は別に、命がかかっている訳でも無いようですし」
蜘蛛娘さんは一度そこで言葉を区切って、僅かに空気を吸って再度口を開いた。
「ともあれ、私が口を挟めそうなのはこのあたりまでですよ。戦いの為に生み出された訳ではないのですから、そこまで期待はしないでください」
「あ、はい。すみません。ありがとうございました」
「有難う、御座いました」
少し機嫌を悪くしたのかもしれないと思ったが、しかしそう言う事でも無いらしい。蜘蛛娘さんは今までと何ら変わらない様な調子で『どういたしまして』と言って、手で何か小さなものを弄る作業に戻った。
―――しかし、戦いの為に生み出された訳ではない、って、何だかやたら深い言葉だよな。もし蜘蛛娘さんが大物になったら、名言みたいに扱われるのかもしれない。
◇◇◇
フィークに着いたころには、既に夕方だった。この調子だと、今日中に戦いを挑む事は許されないかもしれない。
「ねえラスティアさん。…大丈夫?」
「…うん。へいき。キッチリとお母さんに勝って、タクミの所に、行く」
ラスティアさんはいろいろ心配だからだろう、元気が無いというか、少し活力が足りていない。でも、きちんと勝つって言えているから大丈夫…かな?
ただ、僕は僕でいろいろと思う所もある。それは、ラスティアさんと同じ物もあれば、違うものもあるだろう。
…ラスティアさんの不安は多分、二つ。タクミの容体と、ニールンさんについて。
タクミの容体について、僕は実のところそこまで心配していない。気絶したって来た時は驚いたけど、ローヴキィさんは丁度明日の朝頃に目覚めると言っていたし、その発言が適当なものじゃないという事はその場にいた昔から商会に勤めている人達の反応で分かったから。
ただ、目覚めたタクミがうっかり王国へ向かわないかという心配はうっすらとあるけど。まさか何も言わずに行くなんて事はしない筈だけど、いずれ王国に帰るって話をした以上は油断できない。…これに関しても一応、商会長に、タクミが王国へ行くと言っていたら引きとめて下さいと言っては有るから、何とかなるとは信じているが。
「ニールンさん、本気だよね」
「お母さんは、私を、次の族長に、したいみたい」
「まあ、僕が言うのもなんだけど、それが普通だよね。…でも、嫌なんでしょ?」
「うん。…もう決めてるから」
ああ、やっぱり大丈夫だ。なんだかんだ言っても、意志そのものは前から変わっていない。後はただ、勝負するだけ。
でも、今はただ、皆の所に帰るのだ。もしかしたら、今日を最後に長い間ここへは戻ってこないのかもしれないのだから。
…ああ、僕には両親がいないからまだいいけれど、ラスティアさんは僕より辛いはずだよな、それでもこれだけがんばってるんだから、…少なくとも、僕が失敗することは許されない。落ち着いて、正確に、今日の蜘蛛子さんの話を思い出して…。
―――絶対に負けない。




