第四十五話:『戦銀弓姫』
「質問ですか?どうぞ。私が答えられる事で有ればいいのですが…」
メシリム司祭は不安そうにそう言ったが、一つ目の質問に関してはフィディさんも大凡の事を知っていたから問題は無いと思って、そのまま質問する。
「聖十神のそれぞれには、従っている幾多の神々がいる、というお話でしたよね?どのくらいいらっしゃるんでしょうか?」
神様の事を聖職者に話す時って、こういう言い方でも問題ないのだろうか?質問しながら凄く不安だったが、少なくとも司祭が機嫌を悪くすることは無かった。
「それはもう、数限りなく。正確な御名前が伝わっているのは、それぞれの聖神に五柱程ですけれど」
「…その中に、アリュ―シャ様という女神はいらっしゃいますか?」
「『聖銀弓姫』様ですね。『聖陽白浄』様に従う神々の中、より高いく愛を持つとされる四柱の中一柱です。…都の端、白銀の神殿にて弓に銀炎の矢番う『戦銀弓姫』…という一節が一番有名だとは思います」
…あれ?アリュ―シャ様って戦の女神だったの?そんな印象は全く無かった…いや、前にアリュ―シャ様に出会った時、右腕に包帯のような物を巻いていた。あれは戦争の影響だったという話も聞いたから、この話は多分、かなり正しい話だ。
…しかし、『聖銀弓姫』、か。司祭さんの口元を眺めていて気がついたのは、俺が『聖銀弓姫』という言葉を聞いた時、司祭さんの口がアリュ―シャと発音するように動いていた事。いや、読唇術なんて出来ないから絶対とは言えないけれど、発音としてはアリュ―シャと言っているんだと思う。でも、地球用に変換すると『聖銀弓姫』になる訳か…。
アリュ―シャ様とは日本語で会話するけど、でも、アリュ―シャって聞こえてたよな?神様と会話する時と人と会話する時ではやっぱり、違うってことなのだろうか?
神が住んでいる世界の出来事がかなり正確に伝わっているというのも凄い話だけど…司祭さんの話は、信じられそうだ。
そう言えば、アリュ―シャ様は昔、上司と相談するって言う話をしていた事が有った気がする。
「『聖陽白浄』様に従う神で御名前が分かっているのはその四柱だけなのです。『聖銀弓姫』様以外には、『炎陽清邪』様、『淡漂白帯』様、そして、『愛貴慈浄』様。それぞれが『聖陽白浄』様から直接の指令を受けて、更に下位の神々へと指令を伝えていくのです」
「へえ…」
神様の世界もきっちりシステム化されているんだな。へえ、なんて反応しか出来ない自分をちょっと恥ずかしく思いながらそう考えた。
「他の聖神の方々にも、同じように格の高い四柱、或いは三柱が突き従っております。『時無尽』様に関しては、少々特殊な形ではありますが。…さて、他に質問は御座いますか?」
「えっと…神様とお会いする方法って、有るんでしょうか?」
言ってから、ああ、これはちょっとまずいかな、と思った。神様と直接会うって、多分不敬とかに当たるんじゃないだろうか。俺は既に出会っているから感覚がおかしいのだ。
「方法…という意味では、有りませんね。いえ、有るには有りますが、それは禁忌ですし。ただ、出会う可能性ならばありますよ?」
「というと、どのような」
司祭の発言は意外なものだった。ただ、恐らく意図的に出会えるようなものではないのだろう。…しかし、禁忌の方法ってまさか、死とかじゃないだろうな?そりゃぁ、『命回帰』様なり『深淵裁審』様には出会えるのだろうけど、よしんば自殺だったりすると裁かれること間違いなしだろうに。
「神々は、地上へ降りて来られる事が有ります。…といっても、聖十神が降りて来られたのは世界の始まりのみ。それ以降もごくごく稀なうえ、自らを神とは名乗らない場合がほとんどですので…出会ったとしても、そうと気づけるのかどうか」
「成、程」
…じゃあ、カルスやラスティアさんの祖先となる地上に下りた神って言うのも、一般には伝わって無いのだろうか。
いや、一応訊いておこう。
「あの、地上に下りた神様と人間の間に、子孫が生まれている、という話は有りますか?」
「有ります、よ。…何処でその話をお聞きになりました?」
「え?」
もしかして何か聞いてはいけない内容だったのだろうか。いや、司祭さん自身が有ると答えた以上そこまでの問題は無い筈だけど…。
「いえ、そんな事もあるのかな、って思っただけです。凄い話ですね」
誤魔化すことにしよう。神様が地上に下りてきた事が有る、という話は事実なんだから、そこまで疑うようなないようにもならない筈だし。
「ええ。彼等の中にもまた、自らが神の子孫である事を自覚している者としていない者がいるのでしょうが…」
「という事は、神の子孫だってことが分かっている人もいるんですか?」
「ええ。教会で保護する場合もありますが、元々、家格や実力という意味で強い力を持っている場合も多いので、結局そこまで公になってはいません」
「…という事は、神の子孫だっていう事を抜きにしても有力者だって言う事ですか?」
「はい。…神の子孫だ、などといっても基本的に怪しまれますし、そこまで乗り気にならないのは当然なんですけれどね」
まあ、実際に神の子孫だと分かれば、尊敬だけでは無く嫉妬や憎悪なんかを集める場合もあるだろう。関わり合いになりたくないと思えば、隠しておくのも必然か。
…やっぱり皆の事は隠しておいた方が―――少なくとも当面は―――よさそうだ。
「『聖陽白浄』様は太陽、『征星雪海』様が遠くの星々、そして、『月煌癒漂』様は月にいらっしゃるんですよね。それ以外の聖十神は何処にいらっしゃるんですか?」
次にしたのは、この質問。アリュ―シャ様と出会った空間が太陽だったとは考え辛い。少なくとも、熱は感じなかったし、これからこの星に下ろすという表現では無く、アイゼルという世界へ送るという言い方だったのだから。
太陽にいるのか、それともただの言い伝えか、何かの隠喩なのか…。最後に関しては違うとも思うが。
「ああ、すみません。これは私の言い方が悪かったです。残りの七柱に限らず、聖十神は皆、正確にはこの世界にはいらっしゃいません」
「…というと?」
「聖十神の皆さまは、私達の世界だけを支えているのではありません。なので、その全てへと手が届く距離に別の世界を作っていらっしゃるのです。その世界における太陽や月にいらっしゃるんですよ」
「それは…壮大ですね」
「ええ、流石は神々の御技です」
凄い話だけど、まあ、納得だ。というか、何が凄いってそこまで正確な話がきちんと神から人へ伝わっている事だけど。
「あと少しだけ、聞かせてください」
「いいですよ。今日は私も、仕事というべきものは他に有りませんから」
◇◇◇
「で、結局三時間も話してきたわけですか。いえ、司祭の方にも用事は無かった筈です~mんだいないのですが…。タクミさん、もしかして聖十神教に入信を?」
「えっと…入信した訳じゃないです。でも、出来るんだったらやっぱり入信した方がいいですか?」
「やめておきなさい」
司祭との話を終えて商会に帰った後、ローヴキィさんと話した内容だ。
「延々とお布施を要求されることになりますよ。勿論、直接的にではなく、遠回しに仄めかすばかりですが」
「ええ…?でも、今日はそんな風に感じませんでしたけど」
「私が紹介したから、ですね。というより、パコールノスチ家が、ですけど」
「…あの、もしかして実家から多額のお布施が出ている、という事ですか?」
「はい。私の実家は潤沢な資産を持っていますから、そのお布施の額もまた、莫大です」
…つまり、何の紹介も無しで教会へ向かうと干からびるまで絞りとられたかもしれない訳だ。それは流石に遠慮したいし、恐ろしい。
「でも、あんまり悪い人たちには思えなかったんですけど…何でそんな、大量のお布施を受け取ろうとしているんですか?」
「…まあ、その行いが善行なのは間違いないんですけれど」
ローヴキィさんの話では、どうやら教会へ流れた多額の金は、瘴災等を含めた災害の被害者の救済、冒険者ギルドを通した冒険者に対する福利厚生、村々を結ぶ街道の整備・保全などに使われているのだと言う。国がやるべき事が多く混ざっている気がしたが、これはもともと、教会側が主軸となって行う事らしい。
…というか、あの冒険者に対する厚遇は、教会側からの資金が流れていたのか。知らなかった。
ちなみに、冒険者は厚遇が始まってから少し管理も厳しくなったらしい。ギルドカードやランクが決まり始めたのもそのころだとか。…俺は知らなかったが、あまりに依頼を受けていないと警告を受け、その後強制的に脱退させられるらしい。俺も実は危なかったのではないだろうか。
「…とはいえ、お力添えも出来たようで幸いです。ところで、これからタクミさんはどうするんですか?今日の内にフィークへと向かう馬車はもうすぐ出てしまいますが」
「え?…うーん、まだ昼食を取っていないし、その馬車に乗るのは…えっと、他の町って、馬車で行かないといけないって言う決まりは有りませんよね」
「それはまあ、そうですが…ああ、成程。『飛翔』を使っていくのなら、あまり人目に触れないようにしてください。魔術を使う事は違法でも何でも有りませんが、人が飛ぶ姿はあまりに怪しいものですので」
「は、はい…」
ローヴキィさんには何でもお見通しなのだろうか。
ともあれ、今日の事にもう一度礼を言って、俺は商会を出た。『飛翔』を使っていけば、まあ夕方にはフィークに着くと思っていたが、結局人目を気にする以上は夜になりそうだ。
食事をとって、町の外へ。しかし、人も多いので忌種を討伐しに行く冒険者の振りをして森の中へ入り、街道の近くをゆっくり飛んでいくことにした。
ここまで街道に近いと、森の中だと言ったって忌種もそうそう出て来ない。だから安心して呑気に飛んでいた時、
―――視界の端に、紅一色を纏う一団が映り込んだ。
「…あれ、って」
近くの木を後ろ側へ飛んだまま移動、音を消す為に枝を掴み、片足で木の幹を踏みつつ『飛翔』を止める。そのままゆっくりと足を下ろして、木の陰からその一団を見つめる。
…間違いなく、あれは邪教の一団。そして、その戦闘で何やら話しているのは。
「あの時の、司教―――!」




