第四十四話:聖十神
「本来なら、この世界がどうして出来ているのか、という所から話すべきなのですが…。貴方はどうやら、聖十神そのものについて知りたいようだ。ですから仕方有りません、今日は特別に、十の神それぞれについてお話しさせていただきましょう」
「あ、ありがとうございます」
「それでは」
司祭さんは少しの身振り手振りを加えて、話し出した。
「まず、空に浮かびし白の太陽。清浄なる聖上『聖陽白浄』。我らに、忌種が持つ瘴気を清める術を伝えたもうた偉大なる神の一柱」
その名前を聞いている間、俺は違和感を感じていた。司祭が神の名前を読み上げるたびに、発言が遅くなるのだ。…いや、実際には司祭の口は動いて来るのに、俺の耳に届く言葉は酷くゆっくりとしているという事。日本語で表せば『聖陽白浄』だが、アイゼルの言語では全く違う、もっと長い名前なのかもしれない。
しかし、太陽その物が神であるかのような言い方だったが、それはつまり太陽神、という事だろうか?日本で言う天照大御神のようなものだろうかとも思うが、そもそも日本の神話だって詳しくは知らない俺には、その詳細を想像することは出来なかった。
「次に、雲中より現れる神速の姿。雷纏う皇『皇龍雷越』。十の神の中、外敵を撃ち貫く三柱の武神、その内の先陣を切る一柱」
龍?龍の神か。…強くて、速い、と。
「続くは、光を振るって敵穿つ、蒼き覇の女神『蒼光覇伐』。かの女神もまた、武神の一柱。最も凛々しき女神」
…な、なんというか、それはシュリ―フィアさんみたいな女神様だな。数ヶ月前の記憶が酷く刺激される。
「人では無い、しかし命ある物たちにとって最も尊ばれるのは、『赫獣魄栄』。本能に従い、怨敵の喉元へ爪牙突き立て仲間を守る。かの神もまた武神であり、そして、最も多くの敵を討ったと言われている」
獣か。普通の獣と普通の人が戦ったら負けるのと同じで、普通の神も神になった獣には負けるのだろう。その中でも一番上に位置する獣なら…成程、確かに強そうだ。武神三柱は、これで全てか。
「十神の中で最も知恵深き神は、『賢静智深』。他の十神すら、知恵を求めに首を垂れるとすら言われている。当然、我ら人間では到底及びの付かないほどの存在だ」
…駄目だ。ちょっと想像つかないぞ。えっと、今までの神様でも分かんない事が分かるって事かな?…それ、全知全能の全知ってやつじゃないだろうか。そう思うだけで凄い神様に思えてきた。
「遠き星々の果てまでもを行き来するのは『征星雪海』。炎により清められた瘴気は、巡り巡って星々に変わると言われています。かの神はその役割を担うため、従う大勢の神々と共に遥か彼方を旅し続けているのです」
征星雪海、非常に壮大な逸話が有るな。しかし成程、言われてみれば浄化した瘴気の色というのは夜の星の様でもある。聞きたい事も生まれたけれど…とりあえずは、説明が終わるまで待っておく事にする。
「この世で罪を犯し、それを自らの善行で贖おうとすらしなかったものが送られるのは女神『深淵裁審』の司る死の国。罪によって穢れた魂を『命回帰』の御許へ送らない為、そして何より、罪人の魂すら救える限り救おうとして自ら穢れへ近づいた聖なる女神」
『深淵裁審』については、閻魔大王と同じ認識で良いかもしれない。閻魔様も多分、汚らわしいものじゃなくて、…言ってしまえば、凄まじい権力をもった裁判官みたいなものだろうって認識が有ったから。
「我らを癒し見守るのは母なる月の女神『月煌癒漂』。戦いに傷ついた神の軍を、その包みこむような暖かな光で癒すのです。輝きの最も強い満月の晩には、我等人の地上にまでその力ははっきりと及びます」
―――!そう言えば、例の傷跡が治り出したのって月が半月から満月に向かう途中からじゃなかったか?少なくともこの話、俺はもう完全に信じてしまうぞ。
「我らも、そして神々すらをも縛り付ける時という楔から唯一抜け出た神は『時無尽』。かの神は過去、今、未来の全てにおいて存在し、しかし全てが、かの神にとっては同時の事である。故にこそ、明確な形を持てなくなったのは、悲しい事ですが」
時!そんなものまで司る神がいるのか!いや、神様だもんな、出来ない事は無いって考える方がむしろ普通なのかもしれない。
「罪の無い魂、罪を祓った魂、そして、遂に『深淵裁審』の下ですら穢れたままで合った魂が最後に行きつくのは『命回帰』の御許。全ての魂はその下で新たな器を得るのか、最早致し方なしと消滅されるのか、その最終判断を受ける事となる」
…少しだけ、ぞっとした。この世のすべての魂が、最終判断を下される場所へと流れていく光景が脳裏をよぎったからだ。もしも罪を犯してしまって、そのうえ『深淵裁審』の下ですら穢れたままだったとしたら…ああ、想像するだけで震えが走る。
「十の聖なる神と、それぞれに従う幾多の神々を以って、全知全能。どれだけ偉大な神々でも、たった一柱では世界を支える事は出来ないのです。…これは、今日は省くつもりだった始原摂理の最終節ですが、これを入れた方が伝わりやすかったと思います。
…えっと、ある程度のご理解はいただけたでしょうか?」
「は…はい!えっと、でも質問もあるんですけど―――」
…これ、前話とくっつけてしまった方がいいだろうか?




