第四十三話:教会へ
「ありがとうございました。でも、あんなに用意してもらってよかったんですか?」
「まあ、お前は部下だからな。慰労という事にしておけ」
「しておけ、って…。でも、美味しかったです。ちなみに、これは誰が作ったんですか?」
ソウヴォーダ商会ザリーフ支店。その奥に設置された従業員用の休憩室で食事をとって、ローヴキィさんがこっちに来るまでの間、リィヴさんと話をしていた。
昼食はかなり多めに用意されていた。内容は、海産物を使った洋食。酸味の利いた味付けが、疲れた体に染み渡る様だった。
「ああ、ローヴキィが作ったんだよ。数十分くらい前にな。だから多分、もうすぐ帰ってくると思うんだが…」
「これをローヴキィさんが…ちょっと意外です」
「ん?ああ、確かに料理とかするようには見えなかったよ。でもあいつ、意外と家事にも興味が有るみたいなんだよ。修行なんて言って、仕事が空いている間は裁縫とかにまで手を出してるって聞いたな」
「へぇ…」
言っちゃあなんだが、ローヴキィさんはどちらかというと真面目で、更に言えば仕事人間のように見える。そんな彼女には、しかし家庭的な面も多かったようだ。
…というか、前々からうっすらと思っていた事ではあったが、もしかしてローヴキィさん、リィヴさんの事が好き、なのだろうか?
実家からの融資、自分も会社に入る。リィヴさんの秘書で、フォルトさんを越えて一番親しげ。そのうえ、リィヴさんに自分の家庭的な所をアピールして…ああいや、これは思い違いだな。最近何だか人間関係を恋愛にからめて考え過ぎだな。
そんな事を考えた時、俺の背後で扉が開く音がして、リィヴさんの身体が一瞬ビクッと震えた。
「どうやら、都合のいい時に帰って来れたようですね。おはようございますタクミさん。よく休めましたか?」
「あ、ローヴキィさん。おはようございます。あの、美味しいご飯を用意して下さったり、これから教会に連れて行ってくれるって聞きました、ありがとうございます」
「いえいえ、当たり前のことですから。ところで会長、ご飯、美味しかったですか?」
ローヴキィさんからの問いかけに、リィヴさんはどこか気まずそうにしながらも、『あ、ああ。美味しかった』と答えた。
「そうですか、良かったです」
そう言うローヴキィさんの表情は花が咲いたと比喩するに足る満面の笑み。非常に幸せそうであり、また、いつもの真面目な感じとは違ったかわいらしさを感じさせる。これを正面からリィヴさんに向けているという事は、俺の想像もあながち捨てたものではないかもしれない。…リィヴさん自身はどう反応していいのか困っているようだったが。
「それでは、タクミさんと教会の方へ行ってきます…と、タクミさんも、それで問題ありませんよね?」
「は、はい。お願いします」
ローヴキィさんの後ろをついて、町中を歩く。十五分もすると、それと分かる建物が見えてきた。
「あそこに見える建物が、ザリーフでは一番大きな教会ですね。私達の商会でも、ここに店を出すときに話をしに来たわ」
「話を…?え、もしかして、店を出す時って聖十神教側からの許可がいるんですか?」
「そんな事はないですよ。商売繁盛なんて、神様へ願う事でもありませんからね」
「は、はあ…」
商売繁盛って神様に願う内容としては至極まっとうな物でもある様な気がするけど…ああいや、自分達の力で大きくなるとか、そういう精神なのかもしれない。
教会の建物は、周りの建物と比べればかなり大きいが、それはギルドと同程度で、驚くほどという訳では無かった。ロルナンの教会は相当大きかったので、こっちの方が普通なのかもしれないが。
「私から、ここの司祭を呼び出します。多分問題ないとは思うのですが…」
そう言って、入り口近くにいた男性に声を掛けた。数度言葉を交わすと男性が教会の中へと入って行ったので、恐らくは司祭を呼んでくるのだろう。
「幸運なことに、私の知り合いの司祭がきちんと今日は居ました。彼ならば、まあ…お布施を要求される確率は低い方だと思います」
「あ、要求される確率有るんですね、って、俺は今、あんまり手持ちのお金がないんですけど、大丈夫ですか?」
「…無いなら無いで、要求される事は無くなるのではないかと思います」
「えーと…私達ががめついと思われるような発言はちょっと、困ります」
急に、聞いた事の無い男性の声が聞こえた。振り向けば、以前ギルドの中で出会った聖十神教の勧誘をしてきた男性と同じ服を着た、物腰の柔らかい男性が立っている事に気がついた。
以前で有った男性と違う所と言えば…首飾りだろうか?少々意匠が異なっている。太陽から光の線が延びている絵といえば近いとは思うのだが、それぞれの先端に白を混ぜて薄めたような色の石が付いている所が違う。おそらくは、司祭等の階級による差なのだろう。
「という訳で、お久しぶりですローヴキィさん。その後、商会の方はどんな調子でしたか?」
「大繁盛ですよ、ええ、全く問題ありません」
「そうでしたか、それはおめでたい。…其方の青年が、聖十神について知りたいと言う方ですか?」
「ええ」
話の流れからすると、恐らく俺が自己紹介するべきなのだろう。ローヴキィさんの視線からそう読み取って、俺は口を開く。
「はじめ、まして。タクミ・サイトウです。今日は聖十神教について質問したい事が有ってきました。
ただ、俺は今まで聖十神教に入信してなかったので、聖十神教その物についても説明して頂けるとありがたいです」
「成程。…少し長くなりますが、本日の予定はどの程度有りますか?」
「予定は今のところ無いんですけど…仕事の方は大丈夫ですか?」
最後は、ローヴキィさんに向けての質問だ。商会の方から何か仕事が入っているのなら事前に知らされているだろうとは思うが、念のため。
「はい、勿論です。あ、メシリム司教、彼は王国出身です」
「へえ、そうだったのですか…というと、そちらの商会長のお知り合いでしょうか?」
「えっと…知り合いではあるんですけど、会長が住んでいた町に俺が住み始めたのって、会長が出ていく少し前だったので、そこまで深い付き合いとは言えないんです」
王国出身でも無いのだが、そこまで言うと話が拗れるから、今は言わない。
「そうでしたか…。どちらにしろ、再び出会ったのならば、何か縁が有ったんでしょうね」
「それは確かに、思います。違う国に違う時に行って、互いに会おうとしていなかったのに、突然出会いましたから」
「ええ、素晴らしい事ですね。それでは、彼の事を少しお借りします。よろしいですか、ローヴキィさん」
「はい。お願いします。それではタクミさん、私はこのあたりで失礼します。終わったら、出来れば報告してください」
「分かりました。ありがとうございますローヴキィさん」
ローヴキィさんは小さく手を振って帰って行った。
メシリム司教は俺の方を見て微笑んで、右腕をゆったりと教会の扉の方へ差し出し、こう告げる。
「ようこそ、聖なる十の神を祀る私達の教会へ。聖十神教は、あなた達を広く迎え入れます」
◇◇◇
中に入ると、外側の簡素なつくりからは少し違った印象を受ける様な、見ただけで高級と分かるような椅子や机、燭台に、ステンドグラスなどがたくさんあった。高級といっても、その素材そのものは恐らく、そこまで高価なものではない。だが、その一つ一つに精緻な装飾が幾重にも施されているのだ。ここに有るものすべて合わせると、加工費は莫大な額になる筈。
特に目を引くのは、ホールの中に立つ十本の柱。これは装飾としてだけでは無く明確に天井を支えている事も分かる。これは他の装飾より来られているし、天井近くからは何か―――柱の本数から考えて、恐らくは神々―――が彫り出されている。ここからでは数本分しか正面から眺める事が出来ないのだが。
…その元となったお金がお布施だとするとちょっとやる瀬ないが、しかし、彼ら自身はそこまで贅沢な暮しをしていないかもしれない。…といっても、全員が比較的ほっそりとしていて、暴飲暴食なんてことは行っていなさそうだと言う事が分かる程度だが。
「今日は皆さん、何事もなければ礼拝に訪れないでしょうし…そうですね、タクミさんは前方の椅子に座ってください。一応、いつもの通りに行う事に致します。よろしいですか?」
「分かりました。えっと、守らないといけない決まりって有りますか?」
「我らが十神への侮辱は当然、許しません。ですが、それ以外には指して気まりは有りませんね。ああ、騒いだりするのは流石に駄目ですが」
「それなら、大丈夫です」
俺はそう答えて、司祭さんが勧める椅子に座る。司祭さんはそのまま前へと移動して、一段高くなった所に有る演台の後ろに立った。
「それでは、始めます。しっかりと神々の教えに耳を傾けてください」
PCの調子が悪いのか、なろう側の調子が悪いのか、次話投稿時の直接入力ができなくなりました…。




