第四十一話:『刃槍嵐舞』
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こんな混沌とした状況では、その場に立っているだけで周りの事を把握するなんて事は出来ない。よっぽど頭がいい人なら話は別だろうが、俺は凡人だ。
だが、こうして物理的に俯瞰できる位置に立つ事が出来れば話は別。船の上部全て、周りの海まで全てが見渡せる。
この位置からの視界が有れば―――いける。まだ間に合う。そして何より…ここからでも俺とラスティアさんの魔術はどうにか届く。
今の戦闘力を落とさないままに今までより効率的に戦う事が出来る。
「自分の技術を駆使できる事を考えなさい!それが一番効率的なのよ!」
蜘蛛娘さんの怒号が響き渡る。全くもって単純な内容だが、しかしそれにすら思い至らないほど焦っていたらしい。
船上へ登りつつある【犬穢娘】達へ『風刃』を幾度となく叩きこみながら、カルスへ叫ぶ。
「カルス!海側は俺が対処するから、ラスティアさんと一緒に、船上の奴頼める!?」
「…良いよ!船室には近づけさせないから、頑張って!」
その返事を聞いて、少し海側へと下りる。
忌種というものは人を襲う。それは最早、本能的なものの様だ。ならば、『より近い所に人がいれば』どちらを襲うのかも明白だろう。
「ガァッ!」
「グルォォッ!」
全くもって予想通りに、俺の方へ向けて一斉に襲いかかってきた。少々の危険もあるが、俺は今、奴らからするともしかしたら届くかも知れない程度の高度でゆったりと飛んでいる。
それに誘われた奴らを引き連れて、船から十数メートルは離れた場所へ。このくらいになれば、万が一にも船へ被害を出すことはないだろう。
『飛翔』には、安全を確保することや素早く移動すること以外にも、こんな使い方が有るのだ。まあ、今思いついただけなのだが。
―――さて。
「『水槍』!『水槍』!」
流石にこの数、限が無い。後、非常に気分が悪い。人の頭を吹き飛ばすような光景を何度か見てしまった。自分でやっているのだからもうどうしようもないが、恐らく俺、しばらくまともに眠れないんじゃあないだろうか。
そんな不安を振り払いつつ、思考を再開する。
引きつけた時点でかなり状況を好転させることはできているが…しかし、俺の事を狙えないと分かればまた船を襲おうとするだろう。
なんとか一網打尽に出来ないものか。魔術を乱射しつつ俺は考える。未だに数十体もいるのだから、何か画期的な方法はないだろうか。ああいや、もう単純な力押しだって構わないから…。
そんな風に考えて思い浮かぶのは、やはり、新たな魔術。
海中にいる大量の敵に対して効果的な攻撃とは何か。
沈めてしまえば溺死するのではないかとも思ったが、よく考えたらこいつ等は海中を移動してきたのだから、海中で呼吸できるのか、あるいは僅かな酸素で長時間行動できるかのどちらかだろう。となれば、そんな単純な…『操水』で渦潮を作る、なんて考えでは、たぶん駄目だ。
もっと直接的に害を与えられる様な魔術でないと効果は薄いだろう。
今この場で使える魔術は『水槍』と『風刃』。『砂弾』は陸上でしか使えないので今は考えないでおく。
さてこの二つ、どちらも【犬穢娘】を仕留める事が出来る程度の威力は持っている事がはっきりしている。
―――ならば、だ。実現可能かどうかはともかくとして、この二つの魔術の規模を大きくするというのはどうだろう。
間違いなく力押し、自分でも薄々、これは駄目じゃないかなぁと思いもするが…。
『風刃』により吹き荒れる嵐、海面から同時に突き上げる『水槍』―――そんなイメージが脳内へ浮かんだ。
同時に、自分の中にある魔力というものを、より深く感じた気がした。
どんな現象を起こすのか、何をすれば奴らを一網打尽にできるのか。
「―――『風刃』、『水槍』」
無意識のうちに止めていた魔術の行使を再開し、そのうえで、心地よく回転する脳へ身を委ねる。他に考えている事が有った様な気もするが、全て忘れていっている気もした。まあ、今は奴らを倒す方が大事だろう。こちらを襲ってくる忌種どもを。
そう、なにも一つずつで使う必要なんてないんだ。二つの力を合わせた方が、当たり前の事として、強い力になるんだから。
イメージする。強く、深く。奴らを一撃の下に倒す―――殺すと。
逡巡など最早無く、自分が何故この忌種に攻撃する事をわずかにためらっていたのかという事を、いつの間にか考えないようにして―――。
「―――『刃槍嵐舞』」
スッ、という擬音を、脳内で聞いた気がした。それと同時に、肌にはりつく、粘着質なペチャ、という音も。
変に脳を回転させていたような疲れが有る。しかし、何とか奴らを一掃できるような魔術を造り出す事が出来た。即席でこんな事が出来たのだから、とりあえず良しとしよう。皆の方はどうなっているだろうか…。
「ォウ」
喉の奥から、酸味と共に変な声が出た。
振り返って船の方へ視線を向けようとするも、出来ない。俺の視線は今までと同じ、しかし、【犬穢娘】達のいなくなった海へ向いていた。
―――いや、いなくなったというのは間違いだ。今も、そこかしこに浮いて、こちらを見ている。
散乱した肉片が海を漂い、事切れ、なにも映さなくなった人の瞳、犬の瞳が、こちらを見つめてくる。
海は紅かった。ただの血だけで染まったとは思えないほど鮮やかな紅。
いや、【犬穢娘】達の毛は黒い。それが今、最も多く海面に浮いている物だ。
「…ぁ」
ゴクリと唾を飲む音が、奇妙なほど大きく聞こえた。
俺は一体、何をやったんだ?
いや、そうだ。【犬穢娘】達を一網打尽にしようと、新しい魔術を使ったんだ。そう、『刃槍嵐』を…。
―――竜巻のように風刃の群れが吹き荒れて、斬り刻まれながら【犬穢娘】達が宙へ浮いて、そして、海面からそれを貫く様に幾多もの水槍が突き出てきたのだ。
泣き叫ぶ【犬穢娘】達は槍に繋がれたまま、風刃の嵐に呑みこまれ、そして―――この、惨状。
「ェォゥオッ!オウッ!ウオエアボオッ!」
胃の中から込み上げてくる熱を、抵抗する事無く外へと吐きだした。気持ち悪い。奴らの視線が離れない。いくら人のように見えても奴らはただの忌種、人を襲う化け物なのだと言い聞かせても、目の前に広がる惨状が強制的にこちらの精神を刻んでいく。
吐き出すだけ吐きだして、喉の隙間が埋まるような息苦しさを感じながら、同時に俺はこうも思っていたのだ。
―――自分がしでかした事で、なに被害者面しているんだろう、と。
そんな風に思ったと同時に全身から力が抜けた。『飛翔』すら止めて、俺の体は海面に―――。
◇◇◇
「タクミ、タクミ、しっかりして…?」
残り全部の【犬穢娘】を、謎の…多分、新しい魔術を、使って、殺した後、タクミは、倒れた。
海に落ちる前に、私が、捕まえたけど…起きない。それに、吐いたみたいだから、寝かせて、あげないと。
だから、船室にねかせて、声を掛けてる。でも、まだ起きないみたい。
「どう?」
「だめ。…多分、やりすぎた」
「うん…タクミのお陰で僕達は楽だったけど、無理しすぎだよ」
あんなに凄い魔術、練習もせず使ったら、体調が崩れるのは、当然。それに、…多分、あの状況のせいで、余計に、精神が疲れてる。今はもう、休ませよう。
「カルス、あの…スウィエトさん、もう来てるの?」
「う、うん…。タクミの事、かなり気にしてたみたいだよ」
「そう…だったら、行こう」
カルスと二人で、船室を出る。次にここへ来た時は、タクミが、目覚めていてくれると、良いけど。
―――タクミが元気になったら、今度こそ、村を出る許可を得る。もう、負けない。今日の戦いで、きっかけは掴んだから。
◇◇◇
タクミを寝かせてある部屋から、ラスティアさんと一緒に出る。かなり体調が悪そうだった。無理をしすぎだ―――とは思うけど、正直助かった。後で謝ったり、感謝したりしないと。
「先ほどの少年は冒険者ですか…成程。それでランクは?」
「Dランクです」
「へえ…意外ね。Cランクくらいかと思っていましたけれど」
「本人も、常に依頼を受けている訳ではありませんので」
部屋から出た先、スウィエトさんとリィヴさんが話していた。タクミの事らしい。
スウィエトさんという人が自分達の船の周りにいた忌種を倒し終わってこちらへ合流した特、僕達はぎりぎりで船上の忌種を一掃した所だった。タクミが飛んで行った後、蜘蛛娘さんの指示で凄く効率的に動けたからだろうか、多分、二人だけで十五体くらいを倒したと思う。
互いの強みを生かして戦うって言うのは、難しいけど、理解できたら凄かった、自分自身の力が上がったかのような錯覚を得たくらいだし。
その後、船に周りにいた少しの忌種をスウィエトさんが一瞬で倒してしまったのを見てその思い上がりは消えたのだが、むしろ強い衝撃を得たのはその後の光景だった。
―――タクミが、たった一回の魔術で残りの忌種を全て倒してしまった。
どうやら相当に無理をしたのだろう。その場で意識を失った様だし、今も眠っている。けど、…凄い。本当に。
だからだろう。あのスウィエトさんという人も、何故かよく分からない期待の視線を向けている。
なんだか不安に感じるけれど、それでも、あの人自身が悪い人じゃないのは分かるから、まあ、大丈夫…なのだろう。
辺りを見渡して、再度思う。僕は、僕達は幸運だと。タクミは勿論、タクミが紹介してくれたこのソウヴォーダ商会の皆も、悪意を持っている人が誰もいない。
だからまあ、もうすぐここを離れるのかと思うと、少し不安もあったりする。
―――だが、その為にはフィディさんに―――いや、あの二人に勝たなければいけない。
今日はもう遅いから、挑戦は明日、或いは明後日だろう。タクミは、元気になったらいつ出ていくか分からない。もう全然、時間は残されていないのだ。




