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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第四章:聖教国と神の子孫
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第三十八話:陽気な守人

「…あら、あなた、うちの娘を知ってるの?」

「は、はい。数ヶ月前、王国で助けてもらいました」

「ああ、もしかして、港の方で瘴気汚染体の暴走が有った時の事?」

「そうです。その時大港湾町ロルナンにいて、えっと…シュリ―フィアさんは凄く強くてカッコいです。尊敬してます!」

「あら、ホント?うふふ、あの娘もきちんとしてるのね、安心したわ。…でも、やっぱり手紙や人づてだけじゃ無くて、面と向かって話がしたいわね。もう何年か会っていないし…」

「え?そうだったんですか?」

「ええ。まあ、会えていないってだけで、話が出来ないってわけではないのだけど。やっぱりお布施の額も多いから、ためらっちゃうわ」


 まあ、守人は忙しいんだろうし、なにより、あんまり外国とかに自由な移動を許されていなさそうなんだよな。スウィエトさんも、『聖教国で』守人を務めていると言っていたわけだし。

 …しかしお布施とは。もしかして、聖十神教辺りに関わる内容なんだろうか。


「…そうか、あの時派遣されていた守人の」


 リィヴさんが呟く。あの事件の時もロルナンにいたリィヴさんにも、思い当たる所は有ったんだろう。


「さてと。そろそろお仕事の話に戻らないとね?

 この島を覆った白いものの正体や、その元凶とかについて、貴方達に何か心当たりは有る?」

「え…?」

「…」


 沈黙。スウィエトさんからの質問の内容は、ここにいる全員が答える事が出来た。

 だがしかし、『元凶』という表現をされると、少々言いだしづらい。悪意がない事を説明することくらいは出来そうなものだが、いくらスウィエトさんが温厚だからって、相手は守人。危険と判断した場合は、わりと躊躇ない行動をとるかもしれない。

 そっと、蜘蛛娘さんに視線が集まる。蜘蛛子さんの方でも何となく状況は察しているらしく、何処となく視線を反らしているようにも見えた。

 もう少しスウィエトさんとの間に距離があれば、小声で対策を練ることも可能だったかもしれないが、この近距離ではいくらなんでも内容がばれてしまう。


「………この島に、糸を巻きつけたのは、私です」

「へぇ?」

「え?」


 蜘蛛娘さんが自白した。

 皆、俺と同じでどう誤魔化そうかと考えていたようなので、これには意外そうにしている。スウィエトさんすら意外そうなのは、この場に元凶がいるとまでは考えていなかったからだろうか。


「なぜ?わたくしには、島一つを覆ってしまうほどに糸を巻きつける理由に心当たりがないのですけど」

「…実は私、漂流の結果この島に流れ着いてしまいまして。

 それで、どうすれば人を呼ぶ事が出来るかと考えて、島に大きな異常があれば注目されるのではないかと考えたんです」

「…成程。それは大変だったみたいね。…ところであなた達、あそこの船を所有している商会の会長さんと、その部下の方って事でいいのよね?」


 スウィエトさんはあっさりと蜘蛛娘さんの言い分を受け入れた。正直今の説明には穴もあるとは思うのだが、相手に悪意がないのならば、深く追求するつもりはなかったのかもしれない。

 俺がそんな事を考えていると、リィヴさんが後の質問に答えていた。内容は当然、肯定。


「そう…えっと、そちらの、遭難されていた方は、何処からいらっしゃったの?」

「…何処、と言われると、少し答えづらいですね。

 私は、ある…母と二人きりで暮らしていました。そこは、基本的に他の人間が足を踏み入れない場所でしたし、私もその外へ出た事は有りませんでしたから」


 そういう蜘蛛娘さんの瞳は、昔の事を思い出しているかのように細められていた。

 まあ、思いだしたり、悲しんだりすることも当然だろう。蜘蛛娘さんはもう死んでしまった。どうなっても、彼女のいう『主』とは二度と出会う事が出来ないのだから。


「そう、でしたか…」


 スウィエトさんも辛そうに視線を落とす。俺も、なまじ自分が同じような経験をしているだけにつらかった。

 彼女の悲しみ方を見るに、恐らくは俺よりも辛い別れ方をしたのだろうと伝わってくるから尚更に。

 しかし、スウィエトさんはその悲しみを振り払うかのように二度頭を振り、そして、蜘蛛娘さんの方を安心させるような声音で提案を出す。


「ねえ、あなたが良ければ私たちの方で、仕事や住む場所なんかを用意してあげましょうか?勿論、ただでとは言い切れないけど。そこまで大変な内容ではないから」

「…そうですね。悪い話では、ないと思います」


 この発言に、頬を引き攣らせるリィヴさんとローヴキィさん。まあ、折角、商会にとっての新しいチャンスを得られる所だったのに、それが無くなってしまいそうなのだから、商売人としては実に当然の反応だ。


「ですが」

「あら?」


 しかし、そこで蜘蛛娘さんが話の方向性を転換した。スウィエトさんは既に自分の提案が受け入れられたのだと思っていたらしく、かなり意外そうだ。


「私は、既にこのリィヴ・ハルジィルソウヴォーダ商会会長より、この島からの脱出における取引を済ませておりますので、貴女方が手を煩わせる必要は御座いません」

「そう、なんですか?会長さん?」


 スウィエトさんに見つめられたリィヴさんは少し動揺していたが、よく考えなくてもやましい事などはしていないのだとばかりに自信を取り戻し、はっきり言い切る。


「ええ。彼女がこの島を脱出する事に協力すると、私たちは既に取り決めました。やましい内容等が有るわけではありませんので、御心配でしたら、ここで再度説明する事も出来ます」

「…一応、これも仕事のうちですので、聞かせてくれませんか?」

「分かりました」


 説明する事、事態は問題ないが…しかし、糸の事などをどう説明づけるのだろうか?


「彼女がこの島を覆うように巻き付けた糸。私たちはその糸に商品価値が有ると判断しました」

「ほお…」

「故に、彼女を大陸へ送り届けるかわりに、その糸を買い取らせてもらう事になったのです」


 あれ?と思った。

 糸の事とかの説明は、そんなに簡単に終わらせても良いのだろうか?そりゃぁ、深く突っ込まれなければそれが一番良いのだろうが、

 

「ですがあなたは、その糸に商品価値が有ると言いましたね?だとすれば、それ以降も糸を定期的に欲するのではありませんか?」

「はい、そうなります」

「…それは、彼女をずっと糸を作らせるためだけに働かせ続けるという意味でしょうか?だとすれば、わたくしはそれを許しておく訳には行きませんが」


 …少しずつ、スウィエトさんの語気が強いものへと変わっていく。というか、リィヴさんの話し方からは、事情を知らない人間からすると強制労働をさせようとしているようにも聞こえてくる。

 でも、リィヴさん自身がその誤解を招こうとしているように見えた気もする。何故だろうか。

 そんな風に感げていると、リィヴさんが精いっぱい明るくこう言った。


「いえいえ、問題ありませんよ。私たちの職場はきちんと休憩をとっていますし…それに、今回に限っては、そもそも彼女はほとんど働かないので」

「………というと?」


 スウィエトさんもこれには困惑しているようだ。

 元々蜘蛛娘さんの事情とこれからについて話を聞いていた俺たちならまだしも、スウィエトさんにこの話の詳しい所まで推測しろなんて、いくらなんでも無茶が過ぎる話だが…『守人』と名のつく人は、正義感は有るのに、どこか抜けている所が有るみたいだな、なんてことを失礼にも考えてしまった。


「彼女の魔術…ああ、彼女は魔術で糸を生み出すのですが、その魔術はかなり特異なものでした。彼女自身ではなく、彼女が端末と呼ぶものからも、糸を出す事が出来るのです」

「………なんと!そんな事が可能なんですか!?」

「はい。…そうだよな?」

「…はい!私には可能です!」


 妙に蜘蛛娘さんが強い意気込みを見せたので、俺達はそれを表に出さないようにしつつ、内心少し驚いていた。こんな所で急に大きな声を出したりするような人では無いと思っていたのだが。


「え、ええと…一応、見せてくださる?わたくしも信じてあげたいのですが、流石に突拍子もないお話でして…」

「分かりました。来なさい!」


 蜘蛛娘さんが森へ振り返り、片手を振りながら声を上げる。蜘蛛を呼び寄せているんだろう。振り返った所に会った森は、かなり糸が少なくなっている事が分かった、着々と回収されているらしい。

 と、十秒もしないうちに蜘蛛娘さんの足元へ蜘蛛の一体が走ってきた。一瞬スウィエトさんが小さく『ヒッ…』と声を出した気がしたのだが、もしかして蜘蛛が苦手なのだろうか。いや、俺も苦手なのだが、現実味の薄い大きさと光沢、そして何より今の、蜘蛛娘さんの指示に的確に従う…子どもというよりは忠犬の様に見える姿を見ていると、どことなく可愛く思えてきた。


「この子たちが私の端末です」

「は、はあ」

「それでは」


 矢継ぎ早に蜘蛛娘さんが話し、そして膝を屈め、右手を蜘蛛の前に差し出した。

 『え?え?』と同様の収まっていないスウィエトさんを横目に、呼び出された雲は体をふるふると揺らす。

 俺はこの時、蜘蛛って確か、尻の方から糸を出すんだったよなぁ、なんてことを考えていた。それを疑問に思ったのは多分、蜘蛛娘さんが蜘蛛の顔側に手を差し出したからだろうと思う。

 待ち時間は数秒。スッ、という音が耳に届いたと共に、蜘蛛から糸が見る見るうちに出て来た。

 七か所から。


「あ!?」


 あまりに異常な光景だった。尻の先端から糸が出る事を俺は予想していた。皆もその認識を持っていたかは分からないが、少なくとも、こんな光景を予想していた者はいなかった筈。

 まず、尻の先端。これは当然。残りの六つは…蜘蛛の大きな腹、その左右に三つずつ開いた穴から、するすると出てきたのだ。

 いくらなんでも異様である。言いたくはないが、蜘蛛娘さんの主とやら、もしかして趣味が悪かったのだろうか?

 もしかしたら蜘蛛娘さんの住んでいた世界には、こういう生き物が生息していたのかもしれないが…どちらにしろ、あまり眺めていたくは無い光景だった。さっきまでは可愛いなんて思っていたのに現金な事だと我ながら思いはするが。

 しかしどうやら、周りの皆は何が起きているのかはっきりと分かっていないらしい。俺と同じように眉を顰めたのはスウィエトさんだけの様だ。視力がよくなっている事の、これはデメリットだとも言えるだろう。

 そんな風に少々苦しみながらみ続けていると、どうやらその蜘蛛は、腹から伸ばした糸を腹の下で纏めて、前方へと送りだしているらしい。元の糸は繊維と呼ぶべき細さだったが、こうなると皆の目にもはっきり見えてくるらしい。周りから『おお』という感嘆の声が紡がれ始める。

 そうしているうちに蜘蛛娘さんの手には糸が重なって行った。


「そろそろ止めて」


 手の上に溜まった糸の量を十分だと判断したらしい蜘蛛娘さんは糸の排出を蜘蛛に止めさせた。そして、その右手に握った糸の束をスウィエトさんに見せる。


「こうやって、作りました」


 スウィエトさんは、何だか憔悴しているようだったが、一度深呼吸して落ち着きを取り戻し、再度話し始めた。


「成程…これはもう、魔術というよりは特殊技能の類よね…。でもまあ、分かったわ。一応言納得も出来たし、その蜘蛛も貴女のいう事をきちんと聞いているみたいだから、もう何も追及したりしないわ」

「ありがとうございます」

「いえいえ。時間をとらせたのはわたくしの方ですから。さあ、それならもう行きましょう?」

「ええ、そうですね。じゃあ全員あの舟に…少し厳しいか。タクミとラスティアは、『飛翔』で飛んでくれないか?」

「あ、分かりました」

「問題、ない」


 まあ、金属で出来ているらしき蜘蛛を十体も乗せるのだから、この小さな船では心許無いだろう。

 スウィエトさん達も、同じように船に乗り込んだ。


「じゃあ、一応『操水』を使いつつ飛びますね?」

「ああ、遅く行く理由はないからな」


 リィヴさんに確認を取って、『操水』を使い船の速度を上げる。なんだかんだで、今日は良い事尽くめだったな、なんて考えながら舟に乗った皆の頭部くらいの高さで飛んでいると、

 ―――水中に、何かがいるような気がした。


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