第三十六話:正体
「この子たち、って。でもそんな…」
「…ああ、言い方の問題ね。生物的に親子の関係が有るわけではないの。身も蓋も無い言い方をすれば、一種の端末かしら」
「え、え?えっと…え?親子…え?」
困惑しているカルスを尻目に、俺はなかなかに衝撃を受けていた。
『生物的に親子の関係が有るわけではない』『端末』。
あたかも機械であるかのような発言ではないか。恐らくは、彼女があの蜘蛛たちを開発したのだろう。だがしかし、あれは地球でも作る事が出来る程度の技術で出来ていただろうか?俺の主観でしかないが、もっと発達した文明でないと作れない様な動きをしていたと思う。テレビなどで見た記憶のあるロボットは、生物として見ると動きに違和感が多かったけれど、あれはとにかく素早く大きな蜘蛛だというふうに見えたのだ。少なくともこのアイゼルで開発できるようなものではない筈。機械の機の字も見なかったのだから間違いない。
だとすれば。だとすればなのだが。
「あ、あのッ!もしかして貴方は、俺と同じで―――ッ!」
「ウ、ッ!」
『一度死んで、こちらの世界へ来たんですか?』と。そう訊こうとして声を上げ、そして彼女と目が有った瞬間。激しい心臓の痛みと体の震えに見舞われた。
多分、どこかで一度味わった感覚だ。そんな気がした。
「タクミ、それに、えっと、大丈夫!?」
「い、あ、大、じょ」
「全然大丈夫じゃ無いじゃん!あー、えっと、と、とりあえず立つのはやめて、おとなしく座るか横たわって!」
「ご、ごめ、ん…」
「―――ッ!いった、い、何を」
「いや、俺は、何も…」
痛みは数分間続いた。いや、そこで完全に消えたわけでは無かったが、しかし慣れた事と、痛みが治まってきた事で冷静になる事が出来たのだ。
呼吸を整えて、俺も切り株に腰かける。
最も大きな切り株で作られたテーブルの反対側からこちらを見ているのは、先程俺と共に頭痛で苦しんだ、もしかしたら異世界から来たかもしれない女性。
かなり訝しげに見つめてくる。俺は何もしていないのでそんな目で見られても困るのだが、とりあえず、先程の頭痛はこの女性が何らかの方法で引き起こしたものでは無い様だ。
「…さっきのはお前が引き起こしたものではないのか?」
かなり不機嫌になったらしい女性が、こちらを詰問してくる。
「ち、違います。俺もひどい痛みでしたし、どうやればそんな事が出来るのか、見当もつきません」
「…だが、あれは」
「確かに、俺も、貴方と顔を合わせた瞬間に痛みが始まった気がしますけど…ああ、いえ、そうでは無く。
えっと、ですね。もし違ったら無視して下さって構わないんですけど、その」
歯切れの悪い俺の言葉に苛立ちを増した女性は、眼光鋭く見つめてくる。
「死んだ経験…というか。あの、神様に会ったり、とか、そういう経験ってありませんか?」
「…ハッ」
「え、えと?」
俺のすぐそばでカルスがかなりうろたえている…まあ、いきなり話したんじゃあ意味が分からないよな。カルスとは離れておくべきだったかもしれないが、とりあえず、今はこのまま。
「あるわよ?魂がどうとか言って、白い娘が…そう、土下座してきたわね」
「…そうです、多分、俺と同じような状況に、貴方もなっているんだと思います。えっと、…ねえカルス。ちょっとここからの話、聞き流す感じでお願い出来る?」
「心配しなくても、何一つ理解できる内容話してないから、今のタクミ。何それ、何の話?」
「えーっと、前に神様の話、したでしょ?あれに関わりのある話かな」
カルスはその言葉を聞くと何となく納得した感じになった。そりゃあ、全てを納得するなんて出来る話でも無いだろう。
「という事は、そちらも死んだわけね…ねえ、一つ聞くけれど、ここから、私が元居た場所に戻ることはできるの?」
「…出来ない筈です。俺は、そういうふうに説明された記憶が有るんですが」
「…そう」
彼女はかなり消沈した顔で呟いた。帰りたい理由が有るのだろう。
そう考えて、俺自身は地球に帰りたいと思っていない事に気がついた。強いて言うのなら、親には謝りに行きたいと思うのだが。それ以外に惹かれる物を感じられないのだ。地球にも友達がいるというのに、自分でも驚くほど再会したいという欲求がない。
どうやら俺は、早々に地球での生活というものを諦めてしまっているらしい。こちらの…アイゼルという世界は過酷だが、しかし地球よりも生き生きとした生活を送れているから、だろうか?
…あんまり楽しんでいるだけじゃ駄目だな。以前よりはましだと思うけど、これからもきちんと働こう。
…誇り、か。仕事に誇りを持つって感覚、まだあんまりないけど。でも、頑張り続けたらきっといつかは
「ちょっと」
「はい」
また変に思考が逸れていた所を、女性からの一言で何とか戻す。
「今あなたは何処で暮らしているの?仕事は?家族がいる訳ではないのね?」
「えっと、ここから船で半日ほどで着く大陸にある、クィルサド聖教国にあるフィークという名前の町です」
「…何一つ聞いた事がない名前ね。そこには勿論、人が大勢いるのよね?」
「はい」
「そう、なら連れて行ってほしいのだけど」
「…えーと」
「私も、人の事を知らなければいけないからね。この島に留まっていては、一体いつ人が訪れるのか分かった物じゃなかったから。貴方達に連れて行ってもらえないと、厳しい所もあるのだけれど」
「お、俺にはそれを判断する権利がないので、ちょっと上司と相談しないといけません。後で上司もこちらへ来ますので、少しお待ちいただけますか?」
「良いわ。もう数ヶ月間はここにいたから」
待つのには慣れている、という事だろうか。
さて、俺は現状勝手な共通項を彼女に見出して連帯感を抱いているのだが、彼女を大陸の方に連れて行く、となると…不安要素も生まれてくるのだ。
彼女がこの世界における一般的な生活方法を知らない、という事では、勿論ない。そんなのは俺も同じだったし、教えればすぐに理解も出来る内容だ。
だがしかし、あの蜘蛛を連れて行くとなれば話は別だろう。
彼女に悪意が有るかどうかは分からないが、あの蜘蛛は危険…だと思う。
「二つ、聞かせて下さい。あの蜘蛛たちが貴方の子どもだというのなら、この島を覆う意図を出したのは、その蜘蛛たちで良いんですか?」
「ええ、この子たちと、それから私も。船が通っているのは分かったから、こうして島を白くしたら目立つでしょ?誰か来ると思って」
「な、成程。確かに、俺達はここにきてますしね」
「狙い通りよ」
「…もう一つ。人間に害意は持っていますか?」
ちょっと緊張する。正直に答えられない可能性もあったけど、聞かざるを得ない内容だ。
もし「有る」と答えられたらどうしよう。なんてことすら考えていなかった。
「ないわね。基本的には」
だから、その答えを聞いて、俺は酷く安心したのである。
「基本的には、というと、例外が有るんですよね?それは一体?」
「私の主を殺した者達。でも、あなたの話が事実ならもうこの世界にはいないのだろうけどね」
「成、程」
「あとは、まあ、私に害を与えて来た人間かしら?自衛もさせてくれない訳じゃないでしょ?」
「それは当たり前です。…えっと、あの蜘蛛たちは何を食べるんですか?」
「普通に、お肉とか、植物とかでも良いわね。…何でもいいわよ?」
「…分かりました。えっと、俺達は一度戻ります。数刻程で戻ってくるので、待っていてください」
立ちあがって、結局話の内容の半分以上を理解できていなかったらしきカルスと共に歩きだす。
帰りの道のりは短かったように感じた。恐らくは、この場所に対する不安感という物がほとんど消えたからだろう。
巣の外へ出て、ラスティアさんと合流する。警戒を続けているラスティアさんに声をかけた。
「ラスティアさん、もう大丈夫」
「大丈夫?二人とも、怪我はない?」
「う、うん。ただ、何が有ったのかいまいちわからないというか」
「えーっとね…相手は話ができる相手だったから、あの蜘蛛たちが攻撃してくる事はないし、こっちも攻撃しちゃいけない事になった」
「え?…ゆ、友好的?」
「まあ、そんな感じかな?一回、リィヴさんに話をしに行こう」




