第三十二話:誤解
(―――いつものタクミと違う)
「あ、うん。頑張る…」
いつも、という程ではないにしろ、突発的な行動をすることはあったが、基本的には落ち着いている、というのがカルスから見たタクミの評価だ。
だから、今日の発言に関しても、その『突発的な行動』が来たのだとも考えられた。
だが、彼はこの儀式について知らない…筈、なのだ。確証は持てないが、しかし好き好んでしゃべろうとする人間はいない筈。
だとすれば、推測したという事なのだろうか。しかし、その上でのこの発言は―――。
(挑発、してる?)
それこそ、いつものタクミの行動から考えられるものではない。一度はその発想を忘れ、他の可能性を推測しようとしたカルスだったが、ふと、自分の思考に引っ掛かるものがあった事に気がついた。
(いつものって…今はいつも通りなんかじゃない。タクミはいつ王国に行くか分かんなくて、僕達はこの村から出て行くことを許してもらえていない…友達と別れるかどうかの瀬戸際みたいなものなのに)
だとすれば、だ。カルスは考える。
(『儀式なんてさっさと乗り越えて、俺と一緒に来られるようにしろ』、…タクミは言いそうにない言葉だけど、もし、そう言ってくれたのだとすれば)
「―――うん、頑張る。だから、タクミもちょっとだけ、待っててね?」
◇◇◇
「…?まあ、ビシッと決めてくればいいよ。二人ならきっと何とかなる!」
俺は何を待てばいいのだろうか、と思ったが―――つまりは、交際出来る事になったとか、あるいは結婚報告とかだろう。いや、後者は流石に気が早いか。
こうも堂々と宣言されると、予想していたとはいえ少し恥ずかしいものがあるな。恋愛模様的には当事者でも何でもないのに。
まあ、友人同士の恋愛について報告すると言われたのならば、それを待っているのもやぶさかではない、かな?少なくとも、結果が出るのはそこまで遠い話ではない筈だし。
先程までとは打って変わり、硬さの取れた会話を駆使返していると…いつの間にか食事を終えていた。その頃になってもラスティアさんは部屋から出て来なかったので少し不安だったのだが、途中でニールンさんが二人分の食事を持って帰ったので、恐らく元気にはなったのだろう。それでもまだ、人前には出て来れないようだが。
ともあれ、今日もまた布団へ入る。
…相も変わらず、寝苦しいばかりだったが。
どういう異常が体に起こっているというのか。不眠症なんかの症状に似ているようにも思えるが、俺はそれの原因とか、治療方法とかに詳しい訳ではない。
―――いい加減に精神的な疲れが溜まって来たぞと思いながら、妙に重く感じる布団を畳み、外へ出る。
朝食にはラスティアさんも出てきた。てっきりカルスと、ついでに俺から見引き剥がされるものかと思っていたのだが、一晩明けただけで何もなかったかのような扱いである。
それとも、『お前たちの思いなんて知った事ではない』なんて…いや、流石にニールンさんを貶めすぎか。脳内だけとはいえ、少なくとも悪意はなさそうなニールンさんを悪く言うのは避けておこう。
さて、今日は何をしようかと考え、とりあえず二人を誘ってどこかに行こうと思ったら、用事があると言われてしまった。
まあ仕方がない。大人しく身を引こう。
となれば、最近の疲れをとるために家で休むことにしよう。そう考えて家に入ろうとすると、
「あの、タクミ君。今日もちょっと…儀式が」
そんな事を言われて、今日も村を出る事になった。
ミィスさんはもしかしたら、俺に対して申し訳なく思ったりもしたのかもしれない。今日は村の手伝いなどはしなくても良いと言ってくれた。
正直ありがたい。何もしない、というのもここ最近なかった事だが、…どこかでゆっくりと休むことにしようか。
そう考えた俺は、夜になるまで、例の森の中とか、それに程近い町の外の草原などで昼寝をすることにした。
作業するよりはマシにしろ、布団で眠る事よりは疲れが溜まってしまうかとも思ったが、思ったよりも調子がよくなってきたように思う。
つまりは、それだけ長い時間を眠りに費やしてしまったという事で…瞳を開いた俺の視界には、半分だけの月が映っていた。
最近はあまり月を見なかったので恐らくはこれから満月になるのだろう。一月で新月から満月になるのならば地球と同じだが…まあ少しは違うのだろうな。
「…そんな事考えてる場合じゃないな。流石に時間がかかりすぎた」
勿論急いで帰ったのだが、何故かカルスとラスティアさんに心配された。この町のすぐそばにはここ最近忌種が出ていないらしいから、そこまで心配しなくてもいいと思うんだけど…。
だが後で考えれば、盗賊なんかが現れる可能性も無いとは言えなかったのだ。警戒が薄かったのは事実だった。
ともあれ、この日から数日間、同じような暮らしを続けることになった。ここまで儀式が長期間にわたるものとは思わなかったが、或いはカルスがラスティアさんと付き合う許可を得るための違う内容へと移り変わったのかもしれない。
しかしまあ、何時までも同じような生活が続くという訳でも無く。
初めて儀式が合った日の四日後。ソウヴォーダ商会の仕事としてロルナンに向かう日が訪れた。
「じゃあ、この辺の荷物を積んでいきますんで、終わったら馬車に乗ってください。あ、今回は他の作業より護衛としての仕事に期待してます」
「はい、わかりました」
フォルトさんから仕事の内容について聞いた俺は、荷物を積み込む作業を始める。
しかし実際のところ、俺の隣で作業を続けている二人の存在が気になって、少々作業がおぼつかないのが事実だった。
「…ねえ二人とも、いろいろとこう…儀式についての問題って、解決したの?」
「…ううん、まだ」
「今は、仕事だから、大丈夫」
そういう物なのか…そういう物なのか?
二人とその友達である俺で遠出させるのって、駆け落ちのチャンスだと思うんだが…よく許可出したな。それとも、勝手にそんな事はしないと信頼されてはいるのか。
二人は儀式を終えられない事にかなり落ち込んでいるようで、いつものような元気は感じられない。
道中で少しでも元気づけた方が良いな。また空回りしかねないけれど、何もしないよりはマシだろう。
◇◇◇
「え、海に出るんですか?」
「ああ。そろそろ貿易を本格化…といってもまあ、家の商会の規模で出来る事にはまだ限界もあるが、とにかく、本格化できる事になった。お前らが持ってきた荷物以外にも、よそから取り寄せた物とかも積め込んで海に出る」
ロルナンへ到着し、出迎えてくれたリィヴさんが俺に告げてきた言葉がそれだ。
今日は日帰りのつもりだったのでこれは意外。島と言っても一か所だけでは無いのだろうし、何日かはかかるのだろう。まあ、俺自身は問題ないが…。
「二人は大丈夫?儀式とかもあるけど、泊まりになるって話は有ったっけ?」
「いや、僕達は聞いてる」
「…お母さん達も、納得済み」
「あれ?」
そこまで許可が出ているのか。なんか随分甘い様な気がしないでもないけど、…いや、都合が良いから気にしないでおこう。
と、俺は俺で、リィヴさんに聞いておきたい事は有ったんだ。最悪違っても問題はないけれど、そっちの方が安心できるし…。
「あの、リィヴさん。この町の聖十神教の人につながりってありますか?ちょっと話を聞いてみたい事がありまして」
「ん?そうだな…」
悩むリィヴさんには、しかし心当たりがありそうだ。
「…まあ、良いか。この仕事が終わったら、ローヴキィに話を付けておく。あいつの紹介があれば、特に問題も無く話くらいは聞けるだろうさ」
「本当ですか。ありがとうございます。…仕事の方はいつごろ出発ですか?」
「このまま馬車で港まで行って、一刻もしないうちに出る。ちょっと長丁場だが、食糧は買いこんであるし、心配するな」
「はい」
いろいろと気になる事はあるが、しかし問題は起こらず、初めての貿易が始まろうとしていた。
「第二十八話:診察」に、少し追記。ストーリー上の変更はありません。




