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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第四章:聖教国と神の子孫
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第三十一話:妄想

「…ッ」

「そろそろやめにしておいた方がいいと思うよ?」


 地面に倒れ込み荒い息をつくカルス。服は泥にまみれ、一部は破れてもいる。そんな彼のすぐそばでゆっくりと語りかけるのはフィディ・ナルクだ。

 彼等の戦い―――出奔の儀式は既に六時間以上、連続して行われている。となれば、彼が倒れ、動き出せないほど疲労することに無理はないだろう。


「まあ、君たちの視点から見てもまだ時間はある筈だよ。むしろ、明日に疲れを残さない程度の頑張りで抑えておくべきだと僕なんかは思うけど…どうする?まだやる?」

「………今日は、止め、…ます」

「よろしい」


 彼がそういう決断をした事には、単純に疲労の限界が来ていたというだけでなく、もう一つの理由があった。

(ラスティアさんが、もう倒れてしまった…)

 彼の友人であり、現在はコンビでもある女性、ラスティア・ヴァイジールは、数十分前に倒れたまま反応がない。恐らくは気絶してしまっている。

 正確には、そのあとすぐに彼女の母にして儀式の相手でもあったニールン・ヴァイジールに抱えられ、家の中へと運びいれられてしまったという話だが。


「じゃあ、夕飯の準備をするよ。ここ使うから、離れて離れて」

「う…」


 フィディはそう言いながら、自分でカルスの体を引きずるように広場の端へと移動させた。

 痛む体を抑えつつ、先程までの戦いを思い出す。

 ―――どう動いても、近づけない。

 もうこちらは一歩的に甚振(いたぶ)られたようなものだった。

 タクミやラスティアが使う物と同じ、『飛翔』の魔術。

 それをフィディに使われたカルスは、最初から圧倒的なハンデを背負わされることとなってしまった。

 何せ、攻撃が届かないのだ。彼が短刀というリーチの短い武器を使っているから、という理由ではない。そもそも手で持つ武器で十メートル程度上にいる相手に攻撃する農法なんてないだろう。

 もしあり得るとしたら、それは武器を投げる事。しかしそれも、上方向に投げる事により減速を余儀なくされてしまう程度のもの。結局は投げた後から余裕を持ってフィディに回避され足り、或いは掴まれ、投げ返されたり。

 だが、結局この戦いの最中に相手を倒すという意味で本気を出していたのは自分とラスティアだけだったのだろうと彼は考える。

 なぜならフィディは、相手に対して攻撃を当てようとはしていない事が、ありありと分かったから。

 フィディへとどうにかして攻撃を当てようとカルスが考えを巡らしている間も、フィディは魔術による攻撃を行ってきたが―――しかし当たってはいない。

 だが、元々立っていた場所の地面を隆起させたり、避けた先の足元に穴をあけたりと、どう考えても彼の動きを予想しきっているのは確実だった。

 そして、それはラスティアとニールンの戦いにおいても同じ事が言えるのだ。

 戦法としては同じ。ラスティアが『飛翔』、地面からニールンが攻めるという形だ。

 カルスたちと同じ方法を採っていれば、勝利したのはラスティアである筈だった。

 ―――だが、結果が反対である事は、もう既にはっきりしている。

 ならばなぜラスティアが勝てなかったのか。

 それは、簡潔に表現すると『経験の差』と呼ばれるものであり、もう少し詳しく言うのならば、ラスティアが有利に立つためにどういう行動をとるのかという事を事前に予想しきっていたニールンと、遠距離に対する攻撃方法を持たない相手には『飛翔』で完封できると考えていたラスティアの油断が生み出した差である。

 勿論カルスは、その戦いの全てを観察できていたわけではない。何せ自分が劣勢に立たされていたのだから。

 …カルスにも、ラスティアにも、隠しきれない焦りがあった。

 彼と彼女が戦った相手は、元から村の中でも付き合いの多かった相手である。ラスティアに関しては母親なのだから語るまでも無い。

 だから二人は、分かってもいるのだ。フィディもニールンも、自分達を意地でも村にしばりつけようとはしていない筈であり、この儀式をきちんと突破さえすれば、恐らくは何の後腐れも無く村から旅立たせてくれるのだろうと。

 だが、そうして作り出された儀式という壁が、彼等の予想よりも高く、そして分厚かったという事。

 地面の草を掴んで体に力を戻しながら、荒く息を吐き出して体を起こす。

 住む場所が変わっても、彼等の生活は結局、変わっていない事の方が多い様だ。今も広場の地面に茣蓙を敷き、そして作り終えた料理を配り始めている。

 カルスは食事を受け取ろうと立ちあがり…自身が今、一人きりである事に気が付く。

 ここ数カ月の間、彼は専ら食事というものを三人で摂っていた。自信と、タクミと、ラスティア。勿論、周りには村の皆がいたし、三人の間だけで喋っていた訳でもない。

 しかし三人は多くの時間を、特に最近はより長く過ごしていたのだ。だというのに、


(―――三人でこれからも一緒にいたいって頑張ってるのに、何だか逆効果みたいだ)


 その思いはきっと、未だにタクミがここへ帰って来ないことも拍車をかけているのだろう。

 カルスはこのまま一人で食事を受け取る気分ではなかった。ラスティアが家から出て来ない事に関してはまあ、しょうがないとも思う。しかしタクミは、そろそろ帰ってくる筈だろうと考えているから。

 それは正しい。


「ただいま、カルス…ど、どうしたのその服!というか、怪我!?」

「…まあ、いろいろ。というかタクミ、遅かったね、どうしたの」


 早く会いたいと思っていた相手の、しかし予想以上に楽天的な声に、心成しか苛立ちが混ざっている事にカルスは気がついた。


◇◇◇


 …な、なんかカルス、怒ってる?


「え、っと…ミィスさんが、今は儀式中だから入れないって言ってて…」

「―――成程、ね。それは仕方ないか」


 一応、カルスからの問いに対しては明確な答えが有ったのでその通り答えた。カルスの反応からは怒りの気配を感じなくなり…しかし硬さが残っているような気がする。

 何か有ったんだろうか…というか、あったんだろうな。じゃなかったらこんなボロボロの姿で広場の端に一人で立ってたりしないだろうし。

 そう言えば、ラスティアさんの姿も見えない。今はもう晩御飯が配られているというのに。


「ほら、とりあえずご飯、受け取りに行こう」

「う、うん…」


 カルスに今日何かが有ったのだとすれば、それは間違いなく儀式の場だろう。それでボロボロになる…まさか、村の決まりとかに反した行動をして、それでこんな…って雰囲気では、ないよな。

 いやしかし、本当に想像が付かないな。実際、他の村人たちとカルスの間に変な空気が発生しているってことはなさそうに見える。料理を受け取るのだって、その間に周りの人と少し話をするのだって、いつも通りなのだが…。


「とりあえず、食べようか。…今日はラスティアさん、こないかも」

「…えーっとさ、もしかして、今日の儀式で何か有ったの?」

「…タクミ、儀式の事、知ってたんだっけ?」


 カルスの視線が厳しくなった。内容がどうとか以前に、一応部外者である俺が儀式の開催を知っているのは許されない事だという事なのか。

 …もしそうだとすれば、ミィスさんのうっかり具合がとんでもないのだが、果たして。


「それも、ミィスさんが言ってたよ?」

「内容は?」

「いや、それは言っちゃ駄目らしくて」

「なら良いや。ほら、食べないの?」

「あ、うん」


 良いのか。いや、それならそれで良いんだけど…。

 って、そうではない。カルスがボロボロだったりラスティアさんがここにいなかったりするのは儀式のせいだって可能性は相当大きそうだぞ、これ。だってあまりにもカルスの反応がおかしいだろう。

 何かを取り繕おうとするのではなく、むしろそこから率先して目を離させようとするような、話の進ませ方。

 …基本的に外れてばかりだからよろしくないが、ちょっと想像してみるか。

 この場にいる人の顔ぶれを見る限り、いつもと違う様子なのはカルスだけ。でも、ラスティアさんに加えてニールンさんもここにはいない。

 正確にはナルク夫妻もいないが…まあ、フィディさんの体調は決して完全に良くなったわけではない。外を出歩く事も増えたし、食事時はしっかりと休んでいるのだろう。それは今まで通りの事だ。

 それ以外は本当に異常がない。となれば、異常なのはこの三人か。

 族長もいつも通り、というのは少し腑に落ちない所だが、儀式…というより、恐らくは起こったのであろう何らかの問題にかかわったのがこの三人という事、と仮定しておく。

 とすると、カルスとラスティアさんの間に問題が起こり、それを仲裁したのがニールンさんという場合か、カルスとラスティアさんの二人とニールンさんが問題を起こした、という場合があるのではないだろうか。

 問題の内容そのものに関しては、恐らく重大なものではなかったのだろう。個人的に譲れない物ではあったのかもしれないが、村全体を脅かすようなものではない筈。

 その時、俺の脳裏に天啓じみた閃きが訪れる。

 俺は少し前に何を考えていた?そう、カルスとラスティアさんが恋仲になったのではないか、という事だ。そしてもう一つ、ラスティアさんが族長になるための儀式なのではないか、という事。

 だとすれば、だ。

 ―――族長という高い位についてしまうラスティアさんとそのままでは恋人でいることを認めてもらえない、なんていうふうに考え、儀式の最中で待ったをかけた―――そんな事も、あり得るのではないのか。

 流石に考え過ぎだろう、とは思う。自分でももともと、よく間違えると考えてからこの想像―――妄想―――を始めたのだから。

 その上、どこかのドラマか小説かで読んだのではないかという程に覚えのある内容。正しく安っぽい妄想の類であり…しかしだからこそ、もし本当だったらと思うと興奮が収まらない。

 友人二人の恋愛模様に首を突っ込むとか、場合によっては祟られそうなものだけど。


「ねえ、カルス」

「何?タクミ」


 それでも、応援したいと思うのだ。


「俺、カルスとラスティアさんには頑張ってほしいって思ってるから!諦めないで、頑張ってね!」


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