第三十話:寂しさ
森の入口に立っていた衛兵にギルドカードを見せ、ソウヴォーダ商会にも所属していると伝えると、簡単な説明のみであっさりと森の中へ入れてもらえた。
さて。夕飯の食材を取ってこいと言われた訳だが…村の皆、全ての分を集めるのだろうか?
いくらなんでもそれは無理だ。第一、この森には狩猟制限がある。
何人かで分担して取っているうちは、少なくとも立ち入りが制限されるまでは問題ないだろうが、一人で大量に持っていったらいくらなんでも止められるだろう。その時に動物たちは死んでいるから、下手したら処罰が下る。
そんな事を考えつつ森の奥へ入っていくと、陽の光が豊かに入ってきている環境にもかかわらず、予想外なほど多く動物がいる事に気が付かされた。
毎日ここから、町に住む人々の食糧として動物や植物は減っていく筈。ここで直接狩り、家で食べるのか、ここで狩られたものを店で買うのか。さまざまに形は有るだろうが、恐らくこの町に住む人々の食事のうち、大きな割合を占めるのはこの森で採れた食材だろう。
だというのにこの生態系の保たれ方…。これも何かあるの、かな?魔術とか、地球風に言えばパワースポットみたいな場所とか。
魔術がある世界だし、そのくらいは有っても不思議…不思議ではあるけど、あり得ないとは言い切れないだろう。
だがこう…ある意味で生物にとっての楽園にも似た光景を見ると、そこにいる動物に手を出していいものかと僅かに懊悩する自分がいる。
と、その時近くの茂みから尾が一メートル程度あるタヌキの様な見た目の動物が通りかかった。
…そして、回り込むように木々の間を縫いながら現れた一人の男性も。
「あ」
「…ぁ」
飛び出してきた男性―――スェイフさんは、勢いを止めきれなかったタヌキの首筋を踏みつけて止め、首筋に細い刃物を刺し込む。尚、その間も俺と視線は合ったままだ
「え、っと…お疲れ様です、スェイフさん」
「…どうも」
…何やら気まずい雰囲気が漂っているが、どうすれば解消できるだろうか。
あまりこの人と話した事はないが、はしゃいだりとかは嫌っていそうなので、迂闊に楽しく話そうとすると今よりひどい状況になりかねない。
―――が、今の状況とか、聞いておかなければいけない事も多いだろう。
「あの、スェイフさん。俺も今、この森で食料を集めるように言われているんですけど、村の皆はどのくらいいるんですか?」
「私を含めて、八人です。半分程度は集め終わっているので、もうそこまで時間はかかりませんが…そうですね、タクミさんには植物類を集めて頂ければ」
「あ、はい。…果物とか、ですか?」
「それもそうですが、北側に、畑の様になっている場所があります。そこに行っていただければ野菜も確保できる筈です。あちらには二人いますので、詳しい話はそちらに」
「成程、分かりました。それでは行ってきます」
本当の所はスェイフさんに、今村で行われている儀式というのが何なのかを聞きたかったのだが…この人とは少し話しづらいのだ。
真面目すぎるという事もあるのかもしれないが…純粋に、余りこちらへ心を開いてくれてないという感覚を得ているのが強いかもしれない。勿論、それは当然の事である。
元々、俺は村からすれば異物。ほとんどの人は受け入れてくれたが、関係がぎこちなくなっている人もいる。更に言えば、スェイフさんとは関わった回数そのものが少ないのだから、心を開くも何もあった物ではない。
それが嫌なら関わるべきだが、自分から離れて行っているのだ。
微妙に後ろめたい様な気持ちで、俺は歩く。目指すは北。木々の隙間から、一昨日までいた例の山を見つけたので、そちらへ。
十五分も歩くと森が更に開けてきて、人の手が入ったらしき一帯が見えてくる。見た限りでは、この地帯を越えた後も森は続いているので…やはり相当な面積を持っているのだろう。山一つを越えた先すらこの森なのかもしれない。
そんな事を考えつつ人影を探すと、少し離れた所に村の人と思しき人影を二つ見つけた。
話を聞くと、このあたりにある野菜を持っていくらしい。種類はバラバラなので、恐らくこの広い畑を細かくブロック分けして、そこに様々な種類の野菜を植える事で採りやすくしているのだろう。様々な人が採りに来るのだから、一つの品種を採りすぎることなんかも抑制できているのかも。
「…でも、結局儀式については教えてくれないのか」
トウモロコシに似た丈の高い野菜の陰に隠れて二人からは見えない場所で、ホウレン草の根元を黄色に染めたような葉野菜を籠に入れつつ呟く。
結局その後何度か質問してみたが、儀式については全く教えてくれなかった。だが、もう村に帰るらしいので、恐らく儀式が終わっている時間になったという事だろう。
途中でスェイフさんを含めた村の六人と合流。合計九人の集団で森を出る。衛兵からは特に注意などは無かった。
なんだかんだで大量になった荷物を抱えて買えると、途中で町の方から村へ向かう一団と出会った。彼等はソウヴォーダ商会で働いていた人たちが中心の集団だ。その手にはやはり食材。町で買い物をしてきたという事だろう。
これだけあれば、もともと村で用意している食材などと会わせると十分すぎるほどの量があるだろう。昼間は軽食しか取っていないので俺も随分腹が減った。
―――が。
「まだ入れないのか?」
「う、うん。ごめんね、仕事終わりで皆疲れて…あ、でも、なんだったら皆は大丈夫よ?でもタクミ君はちょっと」
という訳で、俺だけが村の前で待たされたまま。ミィスさんと微妙な空気を発生させております。
「…あの、ミィスさん。儀式ってどのくらいかかりそうなんですか?」
「えーっと…私の予想だと、もっと早くに終わってる筈だったんだけど」
「何か有ったんですかね、問題とか」
「…どれだけ頑張れるか、とか、逆に、とりあえず今日は諦めるとか、そういう問題なんだけどなぁ」
「…わりと融通が聞くんですね、儀式」
「まあ、対象は個人だからね…あ」
ミィスさんの表情が変わった事から察するに、このあたりも俺には話さない方がいい内容だったみたいだ。
儀式の内容が知られたからって俺が止めると思うのだろうか。いや、例えば俺を殺す為の儀式を行っているとかだったら本気で止めると思うけど、今更村の皆がそんなことするとは思えないし、儀式とか必要なく俺の事は殺せると思う。
―――思考が物騒になったが、もともと俺一人をどうこうする事に大したメリットも無いだろう。つまり、この儀式は他の人に向けて行われている。
村人全員が参加しなくてもいい、という事は少人数で行われているという事。族長がその儀式の先だったりしたら、…多分皆が行くと思う。だったら族長では無いな。参加はしてるかもしれないけど。
なら、…ラスティアさんとか?族長に襲名したりでも、儀式という形で行いそうだし。
…そうだよな、あんまり元気そうだから忘れてたけど、族長の寿命が短いって言うのはフィディさん達一部の村人にとってはもう確実視されていたようなものだし、恐らく本人も知っている筈。
となるとそれが有力、なのかな?“族長”だから、一族の血が入っていない俺は村に入れない、みたいな決まりがある事はおかしくない。今日その儀式を行う、というのはあまりに急な話だとは思うが。
―――でも、そうだったら、もうラスティアさんとはあんまり一緒に依頼受けたりとか、出来ないんだろうな。寂しくなる。特にカルスなんか、コンビとして登録しているというのに。
何となく脱力して、草むらに寝転がる。
うっすらと夕焼けに染まりつつある空を見上げて、一つ溜息。
「なんだかなぁ」
こんな風になるのも、やはり寂しいと思っているからか。どうにかラスティアさん以外に族長候補がいれば、と思わない事も無いし…実際いるんだろうけど、今まで村で暮らしてきた記憶を顧みるに、ラスティアさんを押しのけて族長になろうとする人については心当たりがなかった。
もうこうなっては仕方がないのかもしれない。今すぐラスティアさんが族長になるなんて事はないと思うが、もうあまり、自由に遊んだりできる時間は無いのだろう。
―――いや、そんな事は元々か。俺自身が王国に帰ろうとしているのだから。
ラスティアさんとカルスと俺。この三人の関係と、レイリと俺、このコンビの関係。
二つを両立するというふうに今までは考えていたが、それは不可能なのかもしれない。
諦めよう、とは思わない。俺は、その二つの関係を両立する方が楽しいと思うし、なんだったら二つの関係を一つにしたいとも思っている。
だがしかし…ラスティアさんが族長という立場を得ると、言葉にはしがたい壁のようなものが生まれてしまうような気がする。
ラスティアさん本人が変わるという訳でなく、今の関係から少しづつずれて行くという事が、自然と関係を薄くしてしまうような。
だが、族長になるという事を止める様には言えない。少なくとも、ラスティアさん本人が止めたいと思っていない限りは。
なんだかんだで真面目なラスティアさんはそのまま族長になってしまうんじゃないかな、と思った所で、俺はまた深いため息をついた。




