第二十九話:儀式?
商会の建物は、周りの建物と比べても外装に大きな差はない。だが、大きく『ソウヴォーダ商会』と書かれた看板を掲げているので非常に見つけやすい。
だがしかし、今日リィヴさんはいなかった。
「会長は数日間くらい帰ってきませんよ?昨日の夜、島の方に商談を持ちかけに行きましたから」
というのはフォルトさん。何と昇格して、今はこの店を取り仕切っているらしい。
ちなみに、ザリーフ側の店長がローヴキィさん。リィヴさんはその上に位置している、という構造だそうだ。
「そうですか…あの、仕事とは関係がない事で一つ、質問があるんですけど」
「ん?なに?」
「いえ、ちょっと聖十神教の教会に用事がありまして。もしこの町の教会に知り合いの方がいらっしゃったら、紹介してほしいな、と思ったんです」
「うーん…ちょっと伝手は無いかな?教会の人とそこまで深い関係を持ってる人って言うと…パコールノスチさんくらい?」
ローヴキィさんはザリーフ担当。という事はここにはいない。
「分かりました。じゃあ、今日の所はお暇します。何か仕事がったらまた、教えて下さい」
「分かった。…あ、そうだ。ザリーフに行ける仕事あるよ?」
「本当ですか?」
それは都合が良い。恐らくはフィークなどの内陸にある都市から島へ向けて貿易品を運ぶ物の護衛、という所だろう。
その予想は実際に当たっていた。
「出発は…明後日はもう誰が行くのかって事がきまってるし、四日後かな?」
「四日後、ですね。分かりました、じゃあ、その時にまた来ます」
商会から出て…さて、するべき事が無くなってしまった。
教会に今行く必要はないし、…レイリからの手紙は流石にまだ届いてないだろう。
「あ、めぼしい依頼がないかどうか見に行くのは有り、かな?」
後は以前の依頼でまたも損傷してしまった服の買い替えとか。
という訳でギルドへ向かう。
以前【白金牛】の依頼を見つけた時には、確か中位忌種の討伐依頼がもう一つあったと思う。
場所が違ったから受けられなかったのだと記憶しているが、それがどんな内容だったのかという事に関しては正確に記憶していない。
ギルドの扉を開いて中に入り、依頼掲示の元へと歩く。
少し探しにくい程度の散らかり方なのは変わっていないが、以前探した経験からそこまで長い時間をかけずに見つける事が出来た。
「ふーん…【犬穢娘】か。…娘?聖教国近海の無人島に生息…一つの島じゃないってことかな?地図とかも書いてない訳だし」
島という事は、ソウヴォーダ商会の依頼でかなり近くまではいけそうだ。とはいえ仕事で行った場合、途中で『忌種の討伐に行ってきまーす』と言って抜け出す訳にもいかない。となると、少し受けづらい内容ではある。
なら他に何かあるのかと探ってみるが、下位忌種…それも、【小人鬼】のもの等のありふれたものしかない。近場ならまだ考えたかも知れないが、泊まりがけで行くような距離にいると言われても、流石にやる気は起きなかった。
「…あの森に忌種が出ないって話とかあるし、このあたりはかなり安全ってことなのかもしれないな」
【白金牛】も泊まりかけで行かなければ倒せない所に住んでいたのだし、相当住みやすい町だろう、ここ。
そう言えば、町は外壁で包まれているが、ロルナンのようにその上へ衛兵が見回りをしていたりはしなかった。内側も、治安が良いことの表れなのか、余り衛兵の姿は見ない。
―――そんな所へあれほど簡単に人を住まわせられるとは、リィヴさんって一体…?
しかしその疑問と、今正しく発展中であると見受けられるソウヴォーダ商会の二つがイマイチ重ならない。会長であるリィヴさんや商会そのものではない、別口で何らかの権力が有ったのではないのかと思わされる。
「ローヴキィさん、とか?」
パコールノスチという家が、何やら相当な権力というか、力の様なものを持っているのかもしれない。
まあ、あまり首を突っ込まないでおこう。少なくとも、そこに今のところ悪意は感じられないから。
売店の中へ入って、やはり変わり映えのしない簡素な服を一枚購入。
…少しは懐に余裕もあるわけだから、もう少し洒落た、出かけるときに着るための服なんかを買っておいても良いのではないか?
そう考えてはみたものの、一応これまでこんな服ばかり着ているのは、自分のファッションセンスというものがずれている事に自覚があるからであり、一人で服屋に行ってもまともなものを買う気がしなかったからだ。
僅かな頭痛と共に服の事を考えないようにして、ギルドを出ようとした所に丁度、大きな荷物を持った人が入ってきた。それが手押し車の上においてある事からして、配達員だろうと思った。
「すみません、手紙が何枚か届いています」
「分かりました。奥へどうぞ」
ギルドに裏口の様な物は用意されていないのだろうかとも思ったが、これ自体はいたって普通の事らしい。
しかし、男性の持ってきた荷物はどう考えても『手紙が何枚か』という表現とは合致していない。手押し車に乗せていてもかなり移動が辛そうなので、間違いなくもっと重いものが入っている筈だ。
基本としてギルドに届けられる何らかの物資だ、という事かも知れないと勝手に納得した俺は、しかしギルドを出ようとする足を止めていた。
「手紙…」
俺が手紙を出したのは昨日。間違いなくレイリには届いていない。聖教国の中にあることは間違いないだろうし、このギルドから出発しているかどうかも正直怪しい所だ。
だが、気になる。
それを意識した時には既に机に座って、先程の男性と受付嬢さんがギルドの中から出てくるのを待っていた。
既に陽七刻。陽は真上からずれ始めている。正直腹が減ったので、ギルド内の酒場に注文、軽食を摂る。
数十分ほどすると丁度、受付嬢さんがでてきた。先程の男性はまだ中にいるようだ。
「あの、すみません」
「おや、タクミ・サイトウさん。今日はどうかしましたか?」
…この話し方で全て察した。届いてない。届いてない。
「いえ、もしかしたら手紙が届いているかな、と思ったんですが…すみません」
「いえいえ、むしろそれだけ相手の事を考えているのはいい事です」
受付嬢さんは微笑んでそう言う。彼女は俺が『レイリ・ライゼン』という女性に対して手紙を書いたり、受け取って凄く嬉しそうにしていた所を見ている訳だから、…恐らく、恐らく恋仲か何かと誤解している所がある。
「…まあ、大事なコンビですからね。今は離れ離れになっていますけど、近い内にまた再会しようって決めてるんです」
「ええ…え、あ、コンビですか、そうですか」
一瞬しんみりとした雰囲気のまま流そうとした受付嬢さんが困惑しているのを横目に『今日は失礼します』と言って俺は離れる。
よし、村に戻ろう。
まだ頭痛とかもちょっとあるし、二人と少し話して、村でも何も仕事がないようなら昼寝でもしようかな?
そう思って歩き続けた先、皆が今日も暮らしているであろう村の前に立っていたのはミィスさん。
「あの、タクミ君?」
「こんにちはミィスさん。…えっと、どうかしたんですか?」
何故か両腕を広げ…足止めか、『私の胸で泣きなさい』というような恰好で立つミィスさんに事情を聞く。少なくとも、無視して回り込むように横から入る事は憚られた。
「えっと…今はちょっと村には入れませんよ!」
なんだか無理している気がする。雰囲気が違う、態度が違う、話し方が違う…何かしらの理由があっての行動だという事は分かった。
「何かあったんですか?」
「…う、うん。だからタクミ君には、森の方で何かこう…ご飯の材料とか、取ってきてほしいかなって」
やっぱりミィスさんから違和感を感じる。相当無理して取り繕ってるのが俺にすら分かるというのは、流石にどうなんだろうか。
だがまあ、これだけ堂々として、尚且つ何人か見える他の人すらそれを止めず、むしろミィスさんに対して『頑張れ、頑張れ』と言わんばかりの視線を向けているのだから、これに悪意とかはないんだろう。
―――というより、いっそミィスさんがかわいそうに思えてきたからもう、その設定に乗ってあげる事にするべきだろうと思っただけという面も大きいのだが。
「分かりました。俺は俺で、適当に何か狩ってきます」
「あ、お肉だけじゃなくてもいいのよ?」
「あ、そうですね。…ところで、村の中では今何が?」
「うーん…儀式かな?うん」
一瞬ミィスさんが誤魔化す為に適当な事を言ったのかと思ったが、後ろの人達が一瞬うろたえていたのが見えたので、まあ何らかの儀式なのは間違いないんだろう。
宗教的な理由で村の血筋のものしか入れない、とかだったら無理を言う訳にはいかない。ここはおとなしく森に入ることにしよう。
「それでは行ってきます。―――どのくらいで終わるんですか?」
「…夜になることには間違いないと思うけど…どうかしら?」
随分アバウトだな、と思いつつ、もう一度挨拶して森へと向かう。
一体どんな儀式が行われているというのか。というか、そんなものがあるのなら朝のうちに説明してくれればよかったのに。そんな不満も少し抱えながらだが。




